第2話 悪役令嬢
「第一王子殿下、第二王子殿下はもちろん、他の貴族家の方々の誰もが私がその立場に立つことは望まないでしょう」
これは断頭台を回避する為の言い訳ではない。実際に私のことをこの国に必要、と認めてくれたのは、今、目の前にいる王妃とこの城の女官長だけだった。
まあ、それにあと一人はいるけど……表に出ている立場の人はその二人だけ。本当に、笑っちゃうわよね。
五歳から一度も離宮から出ることもなく、粛々と教育を受けていたのに、結局その十年間で二人の王子も、それに一緒に王子妃教育を受けていた子女さえも誰一人として私と向き合い真摯に話しかけてくれた人は居なかったのだ。
王妃や王子妃になることを望んだことは一度もなく、ただ生き残り全てのことから解放されることだけを考えていた。それなのに、周囲は私が王妃を望んでいると嫌味を言っては嫌がらせを繰り返す。
その理由は、私の私の生家であるプルースト侯爵家の悪名、そして私にその悪名を覆す、または切り離すだけの魅力が無かったことだろう。
私は銀色の髪、碧眼だが銀色の髪はくすんだ灰色に見えるし、碧眼も深海を思わせる暗い色だ。そして目鼻立ちも前世の記憶からしたら十分に美人だが、代々美人の因子を取り込み続けて来た貴族家のキラキラしい美しさとは無縁の顔立ちだった。
それに、五歳の時に生家から捨てられるように離宮に来たが、メイドも最低限の世話をしてくれただけだったし。これで天真爛漫でいられたら、とんだお花畑だわ。
私の生家であるプルースト侯爵家は、元々ここ何代も悪名ばかりを積み重ね、黒い噂しかない。今、廃爵になっていない理由も、裏で暗躍した結果だろう。
その上、私が候補として残っていることから更にやりたい放題な為、子女達は親に言い含められているのか目をそらし、王子二人も最低限の接する機会でもいつも不機嫌な顔で無視をされるのでまともに顔を会わせたこともない。
もうこうなると、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したんじゃないか!とか思っちゃうけど、この国には貴族の子供が通う学校はないのよね。まあ、考えてみれば男女一緒に思春期を過ごす、なんて家の面子を重要視する貴族世界ではあり得ないしね。
魔法があれば国の監視の元に訓練、なんて名目からもしかしたら学院もあり得たかもしれないが、この世界には魔力も魔法も存在しない。
まあ、でも彼らからしたら、私は正に悪役令嬢なんでしょうね。私という悪役、下に見る存在があれば団結しやすいし。
この国の成人は十七歳で、貴族は十七歳になる年、新年の王家主催で行われる舞踏会で同時にデビュタントを迎えて成人とみなされる。
幼少期の家同士の繋がりの為の婚約もあるが、嫡子以外の子は婚約が子供の頃に整いにくい為、お見合いを兼ねたデビュタント前の社交の訓練としての茶会が、毎年社交の時期に王城で何度か開かれている。
これは同世代の顔合わせを兼ねており、国内の貴族の十四歳からデビュタントを迎える前の子供が全員対象となる。なので婚約をしている男女も参加するし、そして王子二人と王子妃教育を受けている子女も参加が義務となっていた。
そこでも私はいつも一人で、そして下級貴族の子からさえも、悪意ある嫌味を聞こえるように言われては嘲笑をされていた。
誰一人として、嫌味以外の声を私に掛ける人はいない。
……第一王子は病気がちということもあって出席してもいつも青白い顔をしているし、悪名高いプルースト侯爵令嬢である私を避けるのもまだ理解出来る。でも、第二王子は……。
病気がちな兄、第一王子よりも自分の方が王太子に相応しい、と常に貴族子女に嘯いているのだ。はっきり言って国王陛下の権限を侵しているので、第一級の犯罪、王家反逆罪でそれこそ断頭台へ一直線となってもおかしくない。
いくら公式の場ではそのような発言をしていないとはいえ、護衛と監視役である王家の影がその発言を国王陛下へ報告しない訳がないというのに……。
それなのに未だに私の方を見て、「悪名高い家が国の顔となる王妃になろうなどと厚顔無恥も甚だしい!」とか言っている神経が信じられないわよね!毎回たくさんの令嬢を何人も侍らせていることからしても、この国の未来には不安しかない。
……自分に影が常についていて、その行動の全てを監視されている、と知らない訳ではないわよね?王子だもの。まさか知らない、なんてことは……。
コツン、と音が出てないか出ているか、というくらいの微かな音が私の脳裏に響き、ハッと顔を上げる。
分かっているわ、アン。今が勝負時。必ず私の自由を勝ち取ってみせるわ!
そう、天井裏かどこかに今も隠れて見守ってくれているだろう、私の影であり、ただ一人、私のことを理解し、心配してくれたアンに心の内で誓ったのだった。
さあ。始めましょう。ここからが交渉の時よ!
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