断頭台の歩き方 ~悪役令嬢などありえない
カナデ
第1話 覚醒・覚悟
「……意志を問うのはこの一度だけです。諾、と答えたのならば二度と戻ることはかないません。貴方に問いましょう。王家の秘事を修める覚悟はありますか?」
その問いを聞いた時、一瞬の眩暈の後で人格が切り替わったことを自覚した。
多重人格ではない。王妃からの言葉を受け、稲妻なような衝撃が走り前世を走馬灯のように思い出し、瞬時に前世の人格と統合を果たしたのだ。
それは六歳から十六歳となる現在まで、十年間に渡って受けた王子妃教育の成果である、思考の加速が遺憾なく発揮された結果だった。
……六歳で子供を断頭台への一本道へ乗せ、そのまま放置して自分達だけその栄耀を享受するなんて、モンスターペアレントも真っ青じゃない。王子妃候補として家から通うことも出来たのに、王家へと預けてそのまま放置。都合がいい時だけ王子妃候補という看板を利用して、私が一歩間違えれば自分達も断頭台へ消えることを自覚さえしていない。最低ね。もうこれ以上、そんな実家の為に王家なんてものに関わって人生を棒に振るなんて真っ平だわ。
この国、アーベンレール王国には現在年子の王子が二人いる。継承権の順位は原則として生まれた男子の順となるが、今代では第一王子は体が丈夫ではなかったことから、立太子の選定は二人の王子が成人の儀を迎えてから、と王により決定されていた。
だが、選定を待っていては当然王妃、王子妃の教育が間に合わない。だから王家は今から十年前、高位貴族家へと通達を出したのだ。
【王妃、王子妃候補の選定、教育は同時に行うものとする】
第一王子、第二王子のどちらの婚約者とは定めずに、同時に王妃と王子妃候補の選定を行う、と宣告したのだ。
しかも決定枠は二つでも、あくまでも候補の選定なので王子と同世代、五歳から七歳の高位貴族の子女を複数募ったのだ。
本当に悪辣よね。候補と言いながら指名せずに伯爵家以上の爵位から募る、だなんて。まあ王家としては得しかないものね。嬉々として送り込んだ私の生家ような貴族家や、王家が参加を促した家の子女、同時に資質を図れたのだから。
王妃、王子妃候補を募り、教育を始める相手が五歳から七歳の子女。家の教育がいくら行き届いていても、限界がある年齢だ。
当然のことながら嬉々として王家へと送り込まれた子女は、半年と持たずに半分以上が資質なし、と帰された。
そうしてこの選定方法の悪辣さを理解していた良識ある家は、子女に献身的な努力を求めずに、能力に能わず、と辞退を申し出て去って行った。その代償は王家への手前辞退した子女は高位貴族へ嫁げないことだが、それよりも娘の命を選択したのだ。
私の家はその点侯爵家の中でもここ何代も悪評を極めている。それでも侯爵家にとどまり続けられるだけの能力を有していたことが、更に私を断頭台への一本道への選択へと進ませた。本当に笑い話にもならないわよね。
私はとりわけ優秀な子供ではなかった。一緒に王子妃教育を受けていた子女の中でもついて行くのはいつもギリギリだ。それでも自分に帰る家も待つ家族もいないことが理解出来るだけの頭があったことで、惰性のまま幼少期を離宮で王子妃教育を受けて過ごし、死にたくないが為に頑張ってしまった。
だって途中で脱落したら帰るのは実家ではなく、そのまま良くて修道院、悪ければそのままどこぞへ捨てられるかそのまま幼児趣味の家へ出されるだけと分かっていたからだ。その諦観が私から子供らしい喜怒哀楽を奪い、皮肉なことに王妃、王子妃の適正を高めてしまった。そうして今、候補に残っているたった二人の内の一人となるまでになっていたのだ。
その結果が断頭台、だものね。ふざけるな!よ。さあ、考えるのよ。今までは逃げて生存することへの希望が一切抱けなかった。でも前世を思い出した今なら別よ。このまま死んでなんてやるものですか。絶対に私は諦めなんてしないわ。
この十年間の教育で培った思考加速を、今こそ十二分にでも発揮する時だ。
今までの私なら言えなかった。いえ、言えないという絶望が前世の記憶を呼び起こした。だからさあ、始めましょうか。
「ティリア・プルースト侯爵令嬢。貴方の答えはーーー」
「ーーー私には、王家の秘事を修める覚悟は持ちえません。私がその尊き立場に立つことを望む方は誰もおりませんし、私もそれを望みません。候補からの辞退を願います」
断頭台への道のりから、降りて私は私の人生を歩む為に。
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