白夜の抱擁 第十一章 もう少し…こうしていたい…

 三笠の監視塔で眠ってしまった二人。


 ほぼ同時に目が覚めたのは、もう夕方近くだった。

 監視塔から外の様子を窺がうが……変わらずの冷たい雨が、日章旗を濡らしている。


 みおさんの言う通り梅雨寒で、本当に気温が下がっているようだった。

 どこかテンションが下がってしまった気持ちで、もう一度腰を下ろした。


「寒い……」


 そう言いながら、肩に頬を寄せて来るみおさん。


 なのに……なのになぜ、直ぐさま抱きしめてあげられない……。

 なぜ……こんなに大好きなみおさんが、こんなに近くに……温もりを求めて来ているのに……

 なぜ……抱きしめてあげられない……?


 なぜ……。



 この日、確かにみおさんとは急接近した。


 「二人で消えちゃおうか?」と誘うみおさんの望み通り、横須賀行きの電車に乗ってから……

 こんなにも寄り添い続けたことは、それまで無かった。

 こんなにも身を寄せ合っているのなら……心だって、同じく接近しているはずなのに……。


 しかし、言葉では「好きだ」と言っておきながら……

 自分を『監視』するもう一人の自分が、何かを赦さず……『監視塔』から常に僕を見張っており……

 みおさんへ真っ直ぐ向かってゆけない……もどかしさがあった。


「れいは……寒くないの?」

「うん、大丈夫。ありがとう。みおさん、遅くならないうちに……帰る?」

「もう少し……こうしていたい……」

「うん……」


 みおさん……抱きしめてあげられないけど……大好きなんだよ……。


 言葉にも行動にも移せないその気持ちは……

 まだ二人きりで、監視塔の中へ閉じ込めておき……

 暫くはみおさんの望み通り、寄り添っていた。


 そのまま、またウトウト……幸せに眠りそうになったものの……いつまでも三笠ここに居るわけにもいかないだろう。


「みおさん……冷えちゃうから、もう行こうか」

「雨……止まないね」


 力無く立ち上がり、振り返ると……

 みおさんはまだ座ったまま……何かを諦めたような笑顔で、手を差し出している。

 ああ……レディが立ち上がるのに、手を添えなきゃね。


 みおさんの手……こんなに冷えてしまったのか……。


 みおさんの、その冷たくなった手を……しばらく離せなかった。

 いや……離したくなかったんだ。


 その後23年間、再びくぐることのない、監視塔のゲートを出て……

 同じく23年間、再び上がることのないタラップを降り……戦艦三笠を後にした。


 駅へ向かう二人の距離……。

 来た時よりも、一層近付いていたはずだったが……

 それに比例して強まってゆくのは、自分自身へかけるブレーキ……。


 確かに、毎回躊躇いはある。

 恋が始まる時はいつも、何かに戸惑い、何かを恐れ、何かに躊躇う……。

 それは誰でも……そうなのかもしれない。

 しかし今回は、些か事情が異なっていた。


 自分自身を……まだ、どこか赦せていないのだろう。

 決して『遠く』はない過去に……

 自らの幼さのせいで、ゆなさんとまゆなを……深く傷つけてしまった、自分自身を。

 そんな『自意識』とはうらはらに……

 みおさんを「好きだ」というオーラは、しっかり伝わっていたらしい。

 そして、そこにブレーキをかけようとしている気持ちも……

 同時に見逃さなかった、みおさんだったんだ。


 寒そうなみおさん。ぴったり寄り添って歩いてくれるが……

 抱きしめてあげられない僕……。

 みおさんからは決して……腕を組んだり、抱きついてきたりはしないのが、その証拠だったのかもしれないが……

 それが、一本気なみおさんの……とるべき距離だったのか……。


 そして……東京へ戻る電車の中でも一言も話さず、ただひたすら寄り添っていただけの二人だったのも……

 みおさんの決めた、最も近づける距離だったのかもしれない。


 二人の行先は、三笠の羅針盤でも……

 まだ……見付からなかったんだ。



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