白夜の抱擁 第十章 梅雨寒って呼ぶのかな…

 その時のみおさんと僕は……本当に二人きりだった。


 監視塔という狭い空間……決して密室ではないが……

 その監視塔内に限らず、他に乗艦しているお客さんも……この雨でこれまで一人も見ていない。


 それまでの二人は、話題が話題だっただけに、そんな気分ではなかったが……

 やっと少しは、ロマンチックな空気になったような……そんな気がした。


 みおさん……こんなに近づいてしまったなんて……。



「れい……」

「なに?」

「ごめんね」

「なにが?」

「土曜日も出勤で残業……遅かったからさ。眠いのはホントなんだ」

「昨日の日曜日……ツバキに来る前に昼は……休めなかったの?」

「色々……あるのよ」


 この『色々』が何を意味するかは……約二ヶ月後に明かされる。


「たぶんこのまま眠っちゃうと思うけど……」

「うん……」

「ツバキのみんなには……今日のこと内緒だよ」

「うん……元から話す気なんてないけど……なんで?」


 あ……まただ。どうして僕は、要らない質問をしてしまうんだろう?


 みおさんが……長いまつ毛をピクリと反応させ、そして俯きがちに……


「だってぇ……恥ずかしいじゃん。この私がよぉ……なんか、れいに甘えてるみたいでさ……」


 この時のみおさんの声は、いつもと違う……本当に甘い……愛しさを込み上げずにはおけないような、可愛い声だった。


「みおさんは、甘えちゃいけないの?」

「そんなこと……ないけどさ」


 さっきまで僕を叱り飛ばしていた、あのみおさんとは……まるで別人のような……。


「みんなの前では、僕がみおさんの弟分ってことになってるから?」

「そんな……トコかな」

「じゃあ……僕がもしも……もう弟分じゃ嫌だって言ったら?」


 何を……何を言ってるんだ、僕は。

 どんなつもりなんだ? 自分が何を言っているのか、判っているのか?


 でも、もう……想いを制御できなかったんだ。


 だがみおさんは、それには答えず……一度だけ顔をこちらへ向けてくれて……

 そっと微笑んでから……ゆっくりと頷くだけだった。そして……


「もう六月なのに……気温低いね。梅雨寒って呼ぶのかな……」


 そう言って……改めて、僕の肩に頬を乗せてくれた。


 寒さをはっきり訴えたのと、ほぼ同じ意味だというのに……

 何もしてあげられない……何も言ってあげられないのはどうして……?


 胸の高まりは、確かに感じていた。

 だがしかし……それまでの過去の自分の、女性への『愛し方』に関する……後悔と懺悔と……疑問と混乱で、何かが止まってしまい……

 結局は目の前のみおさんを、抱きしめてあげられなかったんだ。


 それでもそんな、みおさんの仕草が愛しくて……嬉しくて……

 僕もそっと、みおさんの髪に頬を寄せ……そして、目を閉じる。


 前夜から寝ていない疲れもあり、二人は座ったまま……身を寄せ合ったまま……

 本当に二人きりの三笠艦上で……眠りに落ちて行った。


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