白夜の抱擁 第九章 二人きりの監視塔

 止まない雨が降り注ぐ、記念艦三笠の上甲板上で……

 戦時中の東京大空襲……否、東京大虐殺についての、みおさんのおじいちゃんからの話に対する……

 僕の……テキトーでいい加減な即答に激怒したみおさんだったが……

 みおさんのその熱い気持ちを、僕が理解したと判った途端に浮かべてくれた笑顔が……

 僕を一層、みおさんへと魅きつけさせたのだった。


 そんな話をしながら、せめて雨からだけでも……みおさんを守れる場所を探していた僕が見つけたのは…


 監視塔。


 厚い鉄に覆われた、筒状の小屋のような形状。

 ここなら雨や風も凌げる。


「あぁ~ここ、いいねぇ。なんか、狭くて落ち着く」

「みおさん、狭いトコが好きなの?」

「うん! だって、お互い近くて安心できるでしょ?」


 まるで家族・姉弟同士……家の中にいる場合が前提かのような……あっけらかんとしたみおさんの台詞。


 その時はそれ以上訊かなかったが……本当はどんな意味だったのか?

 しかし、二人きりの監視塔にそんな答えは必要無いのだろう。


 『近く』がそんなに安心できるなら、みおさん……もっと……僕はもっと近付いてもいいですか?


 そんな希望を抱いてしまった僕だったが、その時のみおさんは……僕のそんな心の声が聞こえたかのように、座ってすぐさま……肩を寄せて来てくれたんだ。


 監視塔の壁にもたれて、そのまま寄り添っていた二人。

 もっと何か話さないと、なんて思った僕は……

 サイゴン・シェイクスが大好きなみおさんに対して、自分の知っていることもひけらかしたくなってしまい……言ってしまったんだ。


「サイゴン・シェイクスのメンバーって、フィンランドへ帰国したら即、徴兵が待っているから……だから絶対帰国しないんだってね」


 そんな僕の言葉に対して即座に、睨むような視線を僕に向けたみおさんだったが……

 直ぐに、その視線は崩れるように……瞳はとても哀しく移ろい……

 そして再び……縋るような瞳で、僕を見つめる。


 まるで……


「そんなことは知っているけど、今は言わないで……」


 とでも言いたそうな視線だった。


 暫くの沈黙の後に、ボソッと続けるみおさん。


「私が……」

「え?」

「もしも……私がね……もしも私がフィンランド人で、ミカエルの家族だったとしても……」

「……?」

「ミカエル達は帰っても来ないし……フィンランドの国民を……ううん、私を……家族さえも護ってはくれないんだね」


 ミカエルとは……サイゴン・シェイクスのヴォーカリストであるミカエル・モンロー。

 その時、僕は後悔した。

 またも、考えなしの発言をしてしまったことを。


 みおさんの、サイゴン・シェイクスとそのメンバーに対する深い想い。

 その中にある、矛盾した現実。

 しかし……その『矛盾』からさえも、逃げずにきちんと言葉にして受け止める、真摯なみおさんに……

 堪らない愛しさがこみ上げてしまうのを、抑えることができなかった。

 ミカエルが……みおさんを守ってくれないなら、それならば……僕が貴女を護るから。


「みおさん……」

「なぁに?」

「やめようか、こんな話」

「ごめんね……私が勝手に熱くなって……」

「いや……僕が……僕が余計なことを言ったから、みおさんを惑わせてしまって……ごめんなさい」


 何か込み上げるものを抑えているような……今にも泣き出してしまいそうなみおさんに、なんて詫びればいいのかわからず……


「本当にごめん……僕、また余計なことを言ってしまって……」

「ううん。れいは……悲しい気持ちからも、私を守ってくれるのね」

「え? 雨からじゃ……なかったの?」


 その時は……何のことを言われているのか、すぐに気付かずに、またも考えなしの即答。

 少し微笑みを取り戻したみおさんからは……


「ばか……もういい。眠いよ……」


 そう言ながら瞳を閉じ……

 僕の肩へと、そっと頭を乗せてくれたみおさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る