白夜の抱擁 第八章 仕方なくなんかないよ!

 みおさんの手を引いて上がった、三笠の上甲板上……雨に濡れない場所を探しながら歩く二人。

 そこでみおさんの……おじいちゃんからの話。


「空襲でね……」

「え?」

「空襲で、おじいちゃんの住んでいた下町は、全部焼かれちゃったんだって。よく話してくれたな、おじいちゃん」

「おじいちゃん、今は?」

「もうとっくに、亡くなったわ」


 そうだった。みおさん、お父さんが離婚して、お母さんと二人で暮らしている……そんな話は、以前から聞いていた。


「じゃあ同じだね。ウチのおじいちゃんは……僕が生まれる前の年に亡くなったんだ」

「え? じゃあれいくん、おじいちゃんには……」

「うん、会ったことない」

「そう……だよね……」

「戦時中は、軍需工場の工場長さんだったから、赤紙が来なかったんだって」

「へえ~! それはそれで、この三笠と同じくカッコいい!」

「そ……そうなの?」

「だってそうでしょ。れいくんのおじいちゃん、日本を護っていたのよ。ロジスティクスが途絶えたら終わりなんだから」


 ロジスティクスって……?

 当時の僕に、そんなカタカナ英語は理解できていなかった。

 みおさんも、それには直ぐに気付いてくれて……


「あ、ごめん。だから……実際に前線には出なくても、銃後の守りって言うのかな? 前線で戦っている兵隊さんの装備品を作っていたんでしょ?」

「あ! そうか……わかった! てことはじいちゃんも、日本を……日本人を護っていたんだね。カッコいい!」


 静かに微笑むみおさんだったが……

 この人、何者? なんて思ってしまったのは……

 みおさんがさっき言っていた「映画の中の大和くらいしか知らない、勉強不足」は、やっぱり謙遜だったと判ってしまったから。

 それについては口に出さないでいると……


「だからこそ、大変だったんじゃない? だって、よく狙われなかったね、B29に。工場、どこにあったのかな?」

「えーと……今の実家よりもちょっと駒沢公園寄りの坂の下の……公園から数十メートルの位置にあったらしくて……空襲は受けなかったらしい」

「駒沢……? オリンピック公園!? あの場所昔、皇室御用達のゴルフ場だったのよ!」

「え? そうなの?」

「もぉ……自分ちの近所の歴史くらい知っときなさい、山の手ボーイくん!」

「あ……うん」

「あ~あ……。それに引き替え下町は、軍も民間も関係なく、真っ黒焦げだったそうよ」


「空襲は……戦争だったから、仕方なかったんじゃないのかなぁ……」


 そんな僕の……『何となく』の……否……『考えなし』な受け答えが、言い終わるか終わらないかの速さで……


「仕方なくなんかないよ!!」


「え……?」


 さっき怒ったみおさんよりも、明らかに……更に恐い表情だった。


「戦争中だったら、誰を殺してもいいの?」


 誰を……殺しても……戦争中……? そんなの、考えたこともなかった。


「軍部以外の国民は、丸腰の民間人よ! 民間人への武力での攻撃は、国際法で禁止されているんだから!」


 やっぱりみおさん……ただのサイゴン・シェイクス大好きなロックねえちゃんでは、なかったのかも知れない。


「おじいちゃんね……逃げながら目の前で、生きているまま燃えている人を、何人も見たって!」


 今から考えれば国際法とは……

 1864年のジュネーヴ条約が『ジュネーヴ諸条約』として締結されたのが1949年で、第二次大戦後だから……

 1945年……東京大空襲時点での、みおさんの言った国際法とは……

『ハーグ陸戦条約』のことか……?


「あの空襲はね! 下町の墨田区が民間の密集地だとわかっていた上で、焼き払ったのよ!」


 当時の僕に、そこまでの知識はなかった。


「しかもアイツラ、酷いんだよ! アメリカの砂漠に、紙や木でできた日本家屋の実物大模型を作って……その中に、ちゃぶ台やお茶碗や箸まで並べて、どんだけ燃えやすいか爆撃実験までしたんだから!」


 そんなこと……知らなかった……。


 ゼスチャーをしながら説明を続けるみおさん……。


「下町に爆弾を落とす目標エリアの、こう……ぐるっと周囲を先に爆撃して、退路を塞いで逃げられなくして、それからその……なに? その丸の中に焼夷弾を降り注いだんだって……おじいちゃん、後からその話を聞いて、自分がなんで助かったのか不思議でならなかったって言ってた!」


 そんなこと、知らなかったけど……みおさんの熱意は、心に伝わった。


「それでも! 戦争中だったからって、下町が爆撃されたのが仕方ない、みんなが虐殺されたのが『仕方なかった!』なんて、言える!?」

「あ……それは……」

「空襲に遭ったのは勿論、東京だけじゃない、日本全国の都市。しかもアイツラ、人口の多い順に爆撃したんだよ!」

「そう……だったの?」


 みおさんが……またも泣きそうになりながら、熱弁する見識……僕が知らなかった史実は理解できた。


「私は別に、軍事マニアでもなければ歴史オタクでもないよ。ましてや右も左も関係のない、ただのパンク女だもん! ただただ普通に、常識でモノを言っているだけなの。わかる!?」

「あ……うん。よくわかった。考え無しに答えて……ごめんなさい」

「もぉ! ホントにわかったの?」

「あの……今度から、テキトーでいい加減な返答はしないから……許して……」

「なら……いいけど……」

「ホントに……ごめんなさい」


 笑顔を取り戻したみおさんからは……


「そう……なら、素直でよろしい。私も、またいきなり怒ったりして……ごめんね」

「ううん……僕が悪かったから。ごめん」

「うん! ツバキのみんなとはいつも、こんな話はしないもんねぇ。キミとも初めてだったね。えへへ!」


 言いたいだけ言ったら、もう笑っているみおさん。本当にさっぱりとした人だ。


 こんな素敵な笑顔を……守ってあげたかった。

 もしも日本が……再びそんな空襲を受けることになったとしても……

 みおさんを……絶対に護ってあげたい気持ちが、込み上げたんだ。

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