白夜の抱擁 第七章 汽笛が遮る想い
手を繋いでタラップを上がり……二人とも初めての、三笠への乗艦。
要するに雨宿……初めて三笠へ乗艦するにしては失礼かもしれなかったが……
ふと振り返った公園の中央……
「その女性を守ってあげなさい」
東郷元帥の背中が、そう仰ったような気がしたんだ。
初めての乗艦が、みおさんと一緒だったのが嬉しくて……何とでも都合良く聞こえるものなのか。
みおさんの手をとり導きながら、タラップを上がり切る。
副砲エリアの舷側は、中甲板で屋根があるとは言え……構造上、雨風が入り放題な造りだった。
「冬の任務は、寒かったんでしょうね」
そのまま、歩きながら話す。
「戦場だからね」
わかったふうな口ぶりの僕。
「映画でね……“聯合艦隊”って……観たの。高校生の時かな」
「ほんと!? それ、僕も観たよ。中学ん時! 大和は……それで知ったの?」
「中井喜一のデビュー作だったよね」
僕の質問には答えずに、キャスティングの話題へと進める彼女。
「みおさんてさ……大和くらいなら知っている……なんてレベルじゃないくらい、本当は色んなことを知っているんじゃないの?」
「ううん。私が知っているのは、映画の中だけのお話。不勉強なもんで!」
この台詞が、みおさんの『謙遜』だったことは……後ほど判明する。
「そっか……映画なら詳しいんだ」
「ファイナルに流れた曲、よかったよね。“群青色”……谷村新二の。今でも好きよ」
「え?……プフー!」
確かに僕もその曲は好きだったし、シーンも……
特攻へ赴く途中、坊ノ岬沖90海里で大和の最期に遭遇し……
中井喜一演じる特攻隊員の、父が乗艦している大和の上空を……弔うように旋回する三機の零戦……というシリアスなもの。
……の、はずだったがその時は……
ツバキ帰りでロックファッションバリバリな、目の前のみおさんの口からその名前が出て来るという違和感に、思わず吹き出してしまったのだった。
「谷村新二! 群青色! アハ、アハハ~!」
「ちょっと? れい……」
「アハ……ああ、だって……アハハ~!」
「れい! 笑いすぎよ! こんな場所で、不謹慎! キミもあの映画、観たって言ったでしょ?」
「え? あぁ、はい……」
「確かに私はあの映画の大和しか知らない。三笠のことも知らなかった」
「え……?」
「でも、でもね……ロシア艦隊に勝ったって……三笠は、あの大和みたいに沈まなくたって……それでも、戦死者はいたはずよ! この三笠でだって、何人も……苦しんで……亡くなったはず……」
「みおさん……」
「アニメなんかじゃないって言ったの、れいでしょ!」
どうやら『笑った部分』を、誤解されたようだった。
半分泣きそうになりながら、僕を叱っているみおさんに僕は……
自分の軽々しさへの、反省の念が湧き上がったのだった。
「あの……ごめん。僕も、群青色……あの曲好きだし、歌詞に込められた想いも……それなりにわかっているつもり」
「じゃあ、どうしてそんなに笑えるの?」
「初めて……だったから……」
「なにが?」
「いつもハード・ロックやヘヴィー・メタルの話ばかりで……サイゴン・シェイクスを教えてくれたのも、みおさんだったし」
「え……?」
「初めてでしょ? こんな、映画や軍艦や……ロック以外のこと、いろんな話をしたりさ。そこへまた、普段の話題ではあり得ないアーティスト名が……」
「まぁ……そうだけど……」
「あり得ないと言うのもまた失礼だけど、サイゴン・シェイクスを教えてくれたみおさんの口から突然出て来た谷村新二……違和感がなんかおかしくて、吹いちゃったんだ。ごめん……なさい……」
「そういう……ことだったなら、私も謝る。いきなり怒ったりして、ごめんなさい」
「ううん……みおさんの言ってること、正しいと思うし……そんな真っすぐなところ、僕は好きだよ」
大きくため息をついて、宙を仰ぎ……
「あ~あ、またやっちゃった……」
と……肩を落とすみおさんだったが……
「好きだよ」は……スルーか。「わかってらい、弟分!」なんて感じなのかな?
でも……
「またって?」
「私ね……子供の頃からこうなの。よくおじいちゃんに言われたわ」
「なんて?」
「おめぇはなんだってぇんで、そんなに跳ねっ返りなんでぃ! ってね」
「あは……。突っ掛かっかちゃうってか」
「なんでそんなに、はっきり言うのよ!」
あ……また叱られた……。
「あの……ごめんなさい……」
即行で謝る僕に対して、みおさんは笑顔で……
「なーんてね。キミのそうやって、いつもはっきり言ってくれるところが……§μΣ」
「ん?」
近くを通った船の汽笛で、最後が聞こえなかった。
聞こえなかったけど、みおさんはきっと……
きっとスルーなんか、しなかったんだね。
少し雨に濡れながら上がる、上甲板へのタラップ。
艦を全て見回るのが……この雨ではもう、できないことを悟るのは……二人、ほぼ同時だったんだ。
徹夜明けで疲れていた二人は……
一緒に安らげる場所を、探していたのかもしれない。
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