白夜の抱擁 第一章 帰らない君へ

 ツバキハウスは、曜日に拠って色を変える。

 それは、DJが回す曲のジャンル。


 日曜日の夜が、ヘヴィメタルナイト。

 火曜日の夜が、ロンドンナイト。


 その頃の僕は、日曜日のヘヴィメタルナイトにほぼ毎週行くようになっていた。


 そしてサイゴン・シェイクス……名前は知っていても、聴くきっかけがなかったバンドの一つだった。

 フィンランド出身のこのロックンロールバンドは、決してヘヴィメタルではなかったが……日曜日と火曜日の双方でかけられる、数少ないバンドだった。


 しかしサイゴン・シェイクスは1984年……待望の全米ツアーを目前にして解散。

 きっかけは、ドラムスのニコール・ダナウェイ……通称ラゼルの、突然の死だった。


 原因は……交通事故。




 当時サイゴン・シェイクスのメンバーは、全米ツアーのためにロスアンジェルスを訪れ、友人バンドであるライヴ・ワイヤーのメンバーと会い、BBQを楽しみ、酒を飲んだ。


 酒が足りなくなって、買い出しに行くこととなり……かなり酔っていたニンス・ヴィール(ライヴ・ワイヤーのボーカル)だったが……購入したばかりのデ・トマソ・パンテーラにラゼルを同乗させ、走り出してしまった。


 飲酒運転の結果は……三重玉突き衝突という大事故。


 相手方に重態者も出て、ニンス・ヴィールは肋骨骨折……すぐに退院出来る程度だったが……ラゼルは……即死だった。


 帰らぬ人となってしまったラゼル。


 これから全米ツアーという時に、メンバーを失う痛手を負い……サイゴン・シェイクスは解散へと追い込まれた。


 この世に……サイゴン・シェイクスというバンドが「存在していた」ということと……その、解散へと至る出来事を……泣きそうになりながら、僕へ教えてくれたその人は……


 みおさん。


 3つ年上の、とても素敵な女性。


 ツバキハウスの日曜日、ヘヴィメタルナイトで知り合い……火曜日のロンドンナイトへ、初めて連れて行ってくれたのも彼女だった。


 そんな、みおさんとの恋物語は……サイゴン・シェイクスとヘヴィメタルのメロディで満ちた、ツバキハウスで始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る