白夜の抱擁
薄川 零
白夜の抱擁 序章 椿の花言葉
舞台は1986年6月。
そこには……既に高校生ではなくなっており、さりとて大学生でもない……
とあるきっかけで……4月の時点から、一人暮らしを始めていた……
18歳の僕がいた。
「とあるきっかけ」とは……
ゆなさん……前年の1985年の秋から恋仲になり、深く愛し合った7つ年上の大学院生だった彼女の……
親御さんからの反対で引き裂かれ……尚且つ、僕の幼くも間違った決断が前提に……
二つ年下のまゆなからの……『未完成なパズル』と……『二度目の風』に落とされてしまい……
否……まゆなのせいではなく……僕の幼さが故に……すべてが狂ってしまい、最後には……
ゆなさんも、そしてまゆなも傷つけてしまい……終わった恋……否……終わったつもりになっていた物語。
ゆなさんや……まゆなと出逢った事務所へも出入りすることを止めた……
そんな『夕闇色のその後』が……僕の知らないうちに既に始まったいた……そんな頃だった。
その人が教えてくれた、フィンランド出身のロックバンドは……
サイゴン・シェイクス……
いわゆる……グラムロックに分類される、派手な出で立ちのロックンロールバンドだった。
当時の僕の琴線は、相変わらず……ダグ・ボンド率いるヴァイオレット・ムーンや……そこから脱退したヒュー・サリヴァン率いるグリーンスリーヴス(ヴァイオレット・ムーンの再結成に拠り既に解散していたが)等々……いわゆる『様式美ヘヴィー・メタル』がど真ん中だった。
そんな当時の僕を、珍しく魅了したロックンロールバンドが……
サイゴン・シェイクスだった。
僕を『珍しく魅了した』のはサイゴン・シェイクスだけではなく……『その人』も……だった。
一見、過激に弾けたルックスだったが……本当の彼女は、どこか真面目で一本気な江戸っ子で……堅気の社会人。
出逢ったのは……ツバキハウス。
そこは、新宿の靖国通り沿い……“かに三昧”のあるビルの5階にあったクラブ。
当時は『クラブ』とは呼ばず『ディスコティック』……略して『ディスコ』という呼称が、まだ死語ではなかった頃。
そのツバキハウスでの出逢いから……彼女と僕との、恋が始まる。
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