第3話 暗闇の中で動き出す手掛かり

11時15分、地下通路


「……暗い。暗すぎる……!」


沙羅はスマホのライトを頼りに、薄暗い通路をじりじりと進んでいた。先ほどまで視界の先にいた黒コートの男は、音もなく消え去った。代わりに、通路の奥から不気味な機械音が響いている。


「何よこれ……映画のセットでもこんなに不気味にしないでしょ……」


内心の恐怖を隠そうと、声に出して軽口を叩くが、自分で言った言葉が空々しく聞こえる。それでも、足を止めることはなかった。


「……クロノコード。この言葉が何を意味するのか、確かめないと。」


沙羅は震える手でスマホをしっかり握りしめ、心を奮い立たせた。


11時20分、地下通路の奥


「おい、沙羅! こんなところで何してるのよ!」


突然背後から声が響き、沙羅は驚きのあまり思わず叫び声を上げそうになった。振り返ると、藤川真紀が息を切らせてこちらへ駆け寄ってくる。


「藤川さん!? なんでここに……?」


「なんで、じゃないわよ! あんたがいなくなったから心配して探してたのよ!」


藤川は手を腰に当て、怒ったように睨みつけている。その様子に沙羅は苦笑を浮かべた。


「すみません……でも、ちょっと気になることがあって……」


「気になることって何よ! 記者魂は立派だけど、いきなりこんな怪しい場所に一人で突っ込むとか、正気じゃないわよ!」


「だって……」


沙羅は一瞬言葉を詰まらせた。黒コートの男のことを説明しようか迷ったが、藤川の真剣な表情を見て正直に話すことにした。


「……あの、変な人を見たんです。黒いコートを着た男が、この奥に消えていったんです。」


「変な人?」


「はい。しかも、何か大きな荷物を抱えていて……その人が向かった先に、こんな通路があって……つい気になって。」


藤川は沙羅の話を聞きながら、腕を組んで考え込む。


「なるほどね……確かに怪しいけど、だからって一人で突っ込むのは危険よ。もし相手が危ない人だったらどうするつもりなの?」


「でも、藤川さん。ここ、普通のお客さんが来る場所じゃないですよね? それに、あの男がスマホに『クロノコード』っていう文字を表示させてたんです!」


沙羅の言葉に、藤川の表情が一瞬硬くなった。


「『クロノコード』……?」


「はい。さっきスクリーンに映し出されてたあの言葉と同じものが……あの男のスマホに。」


藤川は唇を噛みしめたまま、じっと沙羅の目を見つめた。やがてため息をつき、肩をすくめるように笑った。


「分かった。そこまで言うなら、私も付き合うわ。」


「えっ、いいんですか?」


「いいも悪いもないでしょ。一人で行かせるわけにはいかないし、私も記者として“クロノコード”には興味があるわ。それに……」


藤川は少し間を置き、目を細めた。


「どうやらこのワンビル、思ったよりずっと“面白い場所”みたいだから。」


11時30分、通路の奥


沙羅と藤川は、慎重に通路の奥へ進んでいく。スマホのライトが頼りの暗闇の中、二人は小声で会話を交わした。


「それにしても、この通路……まるで倉庫みたいな雰囲気ですね。」


沙羅が呟くと、藤川が苦笑を浮かべる。


「倉庫、というより……まるで“隠し部屋”みたいね。普通、こんな場所をショッピングモールの地下に作らないでしょ。」


「ですよね。でも、なんでこんな場所が……?」


「その理由を探るのが、私たち記者の仕事ってわけよ。」


藤川の軽快な口調に少し勇気づけられた沙羅は、さらに奥へと進む。しかしその先で、思いがけない光景に出くわす。


「……ドア?」


通路の突き当たりには、金属製の重厚な扉がそびえ立っていた。真っ白な表面にはセキュリティ用のキーパッドが取り付けられている。そのキーパッドには、いくつかの数字と記号が浮かび上がっていた。


「これは……普通のドアじゃないですね。」


沙羅が戸惑いながら言うと、藤川が近づいて覗き込んだ。


「完全にセキュリティ用ね。こんなものがあるなんて……ますます怪しいわ。」


藤川はスマホを取り出し、そのドアの写真を何枚か撮り始めた。


「藤川さん、これ、どうします? このまま引き返しますか?」


沙羅の声には少し迷いが混じっていた。しかし藤川はカメラを構えたまま軽く首を振った。


「何言ってるのよ。ここまで来て引き返すなんて選択肢、あるわけないでしょ。」


「ですよね……!」


沙羅は藤川の言葉に力を得て、ドアの前に立った。そして、試しにキーパッドに手を伸ばしてみる。


11時40分、暗号の出現


「……動かない?」


沙羅が試しに数字を押してみるが、キーパッドはまるでロックされているかのように反応しない。


「なんだか拍子抜けですね。」


そう呟く沙羅だったが、その瞬間――


「アクセス拒否」


低い機械音が響き、キーパッドの表示が真っ赤に染まった。同時に、天井の蛍光灯が一瞬明るく光り、次の瞬間、壁に映像が投影された。


「えっ、なに……!?」


沙羅と藤川は驚き、反射的に後ろに下がった。映像にはまたしても、あの不気味な文字が浮かび上がる。


「クロノコードを解読せよ。」


しかし、今回はその下に数字の羅列が続いていた。


「第一コード:E-732」


「E-732……?」


沙羅が呟くと、藤川がすぐにスマホにメモを取る。


「どうやらこれが手掛かりみたいね。ここに来て正解だったわ。」


「でも、これだけじゃ何をすればいいのか全然分からないですよ。」


沙羅の困惑に、藤川は少し考え込んだ後、肩をすくめた。


「分からないことは、分かる人に聞けばいいのよ。まずは上に戻って、あの“羽柴光成”とかいう偉そうな男に話を聞くのはどう?」


「羽柴……!」


沙羅の心臓がドクンと高鳴る。あの壇上で不気味なオーラを放っていた男。その存在が、再び頭をよぎった。


「確かに……彼なら、この“クロノコード”について何か知っているかもしれませんね。」


二人は視線を交わし、頷いた。そして、この奇妙な地下通路を後にし、再び地上へ向かうことを決意した。

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