第2話 謎の影と動き出す歯車
10時45分、ワンビル1階
「藤川さん、この状況……ただ事じゃないですよね?」
沙羅はざわつく館内を見渡しながら、先輩記者に問いかけた。藤川真紀は普段は陽気な性格だが、今は険しい表情でスマホをいじりながら状況を把握しようとしている。どこかから情報を引き出そうとしているのだろう。
「間違いなく変だよね。大体、あの『クロノコード』って何? スクリーンに映し出すなんて完全に計画されたものだよ。悪質なハッキングとか?」
藤川は低い声でそう呟くと、視線を周囲に投げた。周囲にはセキュリティスタッフが忙しく動き回り、ビルのシステムトラブルに対応している様子だが、その様子からはまだ原因を突き止められていないようだった。
「クロノコードを解読せよ。」
スクリーンに映し出された文字はそのまま。冷たい無機質なメッセージが館内全体を包んでいた。人々はその奇妙な光景に恐れを抱いている。何が起こっているのか全く分からない。混乱と不安が徐々に広がっていくのが分かった。
「ハッキングって……だとしても、これ、ただのイタズラにしては手が込みすぎてますよね。」
沙羅は、自分の中に芽生えた違和感を消化できずにいた。このメッセージは誰か特定の人間に向けられている。そう考えた瞬間、沙羅は背筋にぞわりと冷たいものを感じた。
「……もしかして、さっきの電話と関係が?」
沙羅はそっと自分のスマホを握りしめる。先ほどの無機質な声――「お前が動く時だ」と告げられた言葉が頭を離れない。この状況の異常さと、不気味な電話。それが何かを暗示しているような気がしてならなかった。
10時50分、ワンビルの異変
「皆さま、落ち着いてください! 現在、館内システムに一部トラブルが発生しておりますが、安全面には問題ありません!」
突然、スピーカーから流れる館内アナウンスが状況を説明する。しかし、その声はむしろ人々の不安を増幅させるだけだった。誰もが眉をひそめ、ざわざわとした声を上げている。
沙羅は藤川に目で合図を送り、二人はそっと混乱する人々の流れから抜け出した。
「沙羅ちゃん、あなたはホールの奥のスタッフに聞き込みをしてみて。私は管理室の動きが気になるから行ってみる。」
「分かりました!」
沙羅は小さく頷き、すぐに行動を開始した。記者としての本能が、この異常事態の中で情報を掴むことを促している。
11時00分、ホールの片隅
沙羅が館内スタッフを見つけて話しかけようとしたその瞬間だった。
「あっ!」
何かが視界の端を横切った。黒いコートを着た男だ。何か大きな荷物を抱えているようだったが、なぜか足早に人混みを避けるように進んでいく。その挙動が妙に気になった沙羅は、思わずその男を追いかける。
「すみません、そこの方!」
声をかけたが、男は振り返ることなくエスカレーターへと向かい、地下へ降りていった。沙羅は迷わずその後を追う。
11時05分、地下フロア
地下1階に降り立つと、そこは普段なら買い物客で賑わうフードホールだ。しかし、異常事態の影響で多くの店舗がシャッターを閉じており、普段の喧騒は嘘のように静まり返っていた。
黒コートの男は、人気のないフードホールの奥へ進んでいく。その背中を追う沙羅は、心臓が高鳴るのを感じた。
「……何をしているの?」
沙羅は慎重に距離を取りながら後を追う。男は何かを確認するように、フードホールの端にある小さなドアを開け、中へと消えていった。
「こんなところにドアなんて……?」
沙羅は立ち止まり、そのドアを見つめた。明らかに一般の利用客が入れる場所ではない。そのドアには「関係者以外立入禁止」と書かれている。
しかし、沙羅の好奇心はその警告を軽く押しのけた。
「ここまで来たら引き返せない……!」
意を決した彼女はドアノブをゆっくり回し、その先へと進む。
11時10分、秘密の通路
ドアの先には、薄暗い通路が続いていた。天井の蛍光灯はどれも明滅しており、足音が響くほど静かだ。沙羅はスマホのライトを点けながら慎重に歩を進める。
「まるで……映画のセットみたい。」
彼女は内心の恐怖を紛らわせるため、呟いた。しかし、何かが「ここには重大な秘密がある」と彼女に訴えかけているような気がした。
奥へ進むと、男の姿が見えた。彼は通路の突き当たりに立っている。何かの装置を操作しているようだった。沙羅は呼吸を整え、小声で問いかける。
「あなた……ここで何をしているんですか?」
男がゆっくり振り返った。その顔はフードで半分隠れており、表情は読めない。だが、彼の視線には明らかな敵意が宿っていた。
「お前には関係ない。戻れ。」
「何を隠しているんですか? ワンビルのトラブルと関係があるんですか?」
沙羅が食い下がると、男はため息のような音を立てた。そしてポケットから何かを取り出し、沙羅に向けた。
それは――スマートフォン。画面には「クロノコード」という文字が大きく表示されている。
「……クロノコード?」
沙羅が驚きの声を上げると、男は短く言った。
「お前が知るには、まだ早い。」
次の瞬間、男は装置を操作し、突然辺りが真っ暗になった。
「えっ……!」
沙羅は手探りでスマホのライトを頼りにするが、男の姿はすでに消えていた。代わりに通路の奥から低い機械音が響き始める。沙羅はその場で立ち尽くし、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「何が……起きているの……?」
そして――彼女は、この瞬間がワンビルと天神全体を巡る謎の幕開けだと気づいていなかった。
次の更新予定
天神クロノコード ~ワンビルに眠る鍵~ 湊 マチ @minatomachi
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