10 糸口 - 結界の裂け目

夜が更ける雅都(みやこ)の竹林は、風の音すら止み、静寂が全てを支配していた。

月光が笹の間から漏れ、地面に模様を描いている。

俺は狐火が導いた焦げた術式の跡を後にし、さらに深い闇へと足を進めた。

だが、この足取りは確かなものだった――何かが、ようやくその輪郭を見せ始めている。


神社へ戻った俺は、消えた祠と魔水晶が安置されていた台座を再び調べることにした。

朱塗りの鳥居をくぐるたび、石畳に残る朝露が足元を濡らし、冷たさが伝わってくる。

奥へと進むと、台座の周囲には未だわずかな魔力の残滓が漂い、その冷たさが肌に感じられた。


俺は台座に手を触れ、再びその表面を指でなぞった。

「この残滓……何かが内部から結界を壊したようだな」

呟く俺の声に応えるように、わずかな風が頬をかすめた。


台座に刻まれた模様を注意深く見ると、一部に焦げたような痕跡がある。

それは外部からの攻撃ではなく、結界を内部から解放したように見える形跡だった。

「結界を内部から解く……誰かが、あるいは何かが祠の中にいたというのか」


神社の宮司が現れ、静かに俺の隣に立った。

「一条様、この結界を解くには相応の力と知識が必要です。

それを可能にする者が、この雅都にいるのでしょうか」


宮司の言葉には不安が滲んでいたが、俺はその可能性を完全に否定できなかった。

「内部から壊された以上、誰かが祠の中でその力を使ったのだろう。

ただし、それが人の手によるものかはまだ分からない」


俺は台座の下をさらに掘り下げると、小さな欠片を見つけた。

それは木片ではなく、何か硬い金属のようなものだった。

その表面には細かな術式が彫られており、微かに魔力を帯びていた。


「これは……祠の一部か、それとも誰かが持ち込んだものか」

俺はその欠片を手に取り、宮司に見せた。

彼はその模様を見て、眉をひそめた。

「この彫り物……古い封印術の一部ではありませんか」


封印術――それは魔水晶と祠の役割を象徴するものであり、雅都の結界を支える要だった。

だが、それを破るために仕掛けられた何かがあるとすれば、それは明らかに外部からの干渉ではない。


俺は台座に残る魔力の残滓をさらに感じ取りながら、一つの可能性に思い至った。

「結界を壊した者は、祠の内部にあった封印術を利用したのかもしれない。

その術が逆転したことで、祠ごと魔水晶を持ち去る結果になったと考えられる」


宮司は顔を曇らせながら、低い声で言った。

「それを可能にする者がいるとすれば、この雅都の者ではないかもしれません。

雅都の外から来た者が……あるいはもっと古い何かが、ここに潜んでいるのではないでしょうか」


夜風が竹林を揺らし、遠くでまたも青白い光が揺れるのが見えた。

狐火――それが今や俺を誘う鍵のように思える。


「術式の欠片と狐火、この二つを追えば、次の手がかりに辿り着けるだろう」

俺は手にした金属片を懐に収め、再び竹林へ向かう決意を固めた。


雅都の美しい静寂の中に潜む闇は、確実に俺を深みへと誘っている。

その先に何が待っているのか――それを確かめるため、俺は月光の照らす道を進んだ。

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