9 見えない敵 - 闇に潜む者

雅都の竹林は夜風に揺れ、葉擦れの音が微かな囁きのように響いていた。

月光は笹の間から差し込むが、その光さえもどこか頼りなく感じられるほど、闇が深い。

狐火の姿を追い続ける俺は、竹林の奥へと足を進めていた。

青白い光は、導きのように遠くで明滅しながら、深い森の中へ消えたり現れたりを繰り返している。


その光を追いかけるたび、空気が少しずつ変わっていくのを感じる。

湿った冷気が肌を刺し、鳥も虫も声を潜めた静寂の中、俺は次第に異質な気配を覚えるようになった。


やがて、竹林が一気に開けた広場に出た。

そこは、枯れた草と焦げた跡が不自然に広がる場所だった。

月明かりに照らされたその地面には、奇妙な紋様が刻まれており、それは何かの術式のように見えた。


「ここが……狐火の導いた先か」

俺は紋様の中心に立ち、跪いてその形を指でなぞった。

刻まれた模様は複雑で、ただの祈祷や結界を張るためのものではない。

むしろ、何かを呼び寄せる――召喚の術式に近いものを感じた。


その瞬間、風が急に強くなり、竹林の笹が一斉に揺れ始めた。

冷気がさらに鋭さを増し、俺の背後で何かが動く音が聞こえた。


振り返ると、そこには誰もいない。

だが、確かに何かがいる――俺の直感がそう告げていた。

その気配は重く、竹林の影に溶け込むように動いている。


「見えない敵、か……」

俺は静かに立ち上がり、腰の刃に手を掛けた。


周囲の空気が一段と冷たくなり、竹林の間に小さな光がいくつも揺れ始めた。

それは狐火ではなく、どこか人工的で不気味な光――何者かが意図して操っているものに思えた。

その光が徐々に近づき、俺の周囲を取り囲むように浮遊する。


突然、背後から鋭い音が響いた。

振り向く間もなく、何かが俺に襲い掛かってきたが、その一撃をわずかにかわす。

目の前には、闇に溶け込むような形を持たない影が現れた。

その姿は曖昧で、人間にも獣にも見えない。


「やはり、術式による召喚か……」

俺はすぐに霊刃を抜き、影に向かって構えた。


影は音もなく動き、竹林の暗闇に消えるように消えたり現れたりを繰り返す。

その動きは獣のような俊敏さを持ちながらも、人間の知恵を感じさせる奇妙なものだった。


俺は静かに息を整え、影の次の動きを待った。

風が止み、竹林の葉擦れの音さえも消えたその瞬間、影が再び俺に襲い掛かってきた。

だが今度は、その動きに合わせて霊刃を一閃させる。


刃が影を切り裂くと同時に、影は苦しげな声を上げて後退した。

その瞬間、影の形が一瞬だけ歪み、何かの術式が解除されるかのように消え去っていった。


広場に残されたのは再び静寂だけだった。

焦げた地面と奇妙な術式の紋様、そして狐火の光だけが、事件の真相に近づきつつあることを物語っている。


「この術式を仕掛けたのは誰か……」

俺は静かに呟きながら、地面に刻まれた紋様を目に焼き付けた。

雅都の闇に潜む真の敵、それはまだ姿を見せぬまま、この街を覆い始めている。


竹林を吹き抜ける冷たい風に乗せて、再び狐火が遠くで揺れているのが見えた。

俺はその光を追いながら、さらなる真実へと足を進めた。

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