5 囁かれる古伝 - 菓子職人の語り
竹林を抜け、石畳を進むと、町屋が軒を連ねる一角に茶屋の香ばしい匂いが漂っていた。
その匂いに誘われるように、俺は暖簾をくぐり店内へと足を踏み入れる。
茶屋の奥では、和菓子職人が炭火で餡を練りながら、静かな手さばきで菓子を仕上げていた。
和紙に包まれた団子や羊羹が美しく並び、その光景にはどこか安らぎを覚える。
だが、この穏やかな場にも、魔水晶の消失という異変の影が忍び込んでいるようだった。
「おや、お客人。最近よくお見かけしますな」
職人が笑顔で声を掛けてきた。
その声は柔らかく、茶屋の雰囲気に溶け込んでいたが、その奥に含まれる意味深さを俺は聞き逃さなかった。
「雅都に来たばかりで、この街について少し詳しく知りたくてね」
俺はそう答えながら、店の隅に腰を下ろした。
職人は餡を練る手を止め、隣の火鉢で湯を沸かしながら話し始めた。
「そうですか。それなら、最近のこの街の変わり様にもお気づきでしょう。
魔水晶が消えた――その話、聞いておられるか?」
俺は頷きながら静かに言葉を返す。
「噂には聞いている。だが、その真相はまだ何も分かっていない」
職人は少し考え込みながら、小皿に菓子を載せて俺の前に置いた。
「雅都には、古い伝承がございます。この街を守っているとされる神々の話です。
だが、時折その神々が怒り、何かを“隠す”と言われております」
俺はその言葉に興味を覚え、さらに問いを重ねた。
「“隠す”とは、どういう意味だ?」
職人は火鉢の湯を注ぎながら、少し声を潜めた。
「神隠しのことです。この街では時折、人や物が跡形もなく消えることがありました。
その際には、決まって狐火が目撃されるのです。祠や魔水晶が消えたのも、それと同じ力が働いたのではないかと……」
その言葉を聞き、俺の中で過去の目撃情報や狐火の噂が次々と繋がり始めた。
だが、それはただの伝承に過ぎないのか、それとも実際に何者かが意図的に仕組んだものなのか。
真実を見極める必要がある。
店を出ると、雅都の通りには昼の活気が戻りつつあった。
町屋の軒先で子供たちが遊び、行商人が野菜を売り歩く声が響く。
しかし、その賑わいの裏には、魔水晶の消失という街全体を覆う不安が確かに存在していた。
俺は菓子職人の話を思い返しながら、竹林へ向かう道を進んだ。
「神隠し……伝承に紛れているものが、ただの噂かどうかは分からないな」
笹の葉が風に揺れ、遠くで鳥の鳴き声が響く中、俺は再び祠の跡地へ向かうことを決めた。
朱塗りの鳥居が夕陽に照らされ、神社全体が黄金色に染まっていた。
その静けさの中、祠の跡に立つ台座が不自然なほど冷たく輝いて見える。
俺は木片や焦げ跡の他に新たな手がかりがないか探した。
すると、台座の下に古い巻物が挟まっているのを見つけた。
それは湿気を帯び、ところどころ傷んでいたが、かすかに術式の図が描かれていた。
「これは……封印術の一部か」
俺は巻物を慎重に広げ、その意味を解き明かそうと試みた。
祠が消えた理由、そして魔水晶が失われた真実――その謎を解く鍵がここにあるかもしれない。
夜の帳が降りる頃、雅都の灯が再び灯り始めた。
竹林の奥では、狐火がちらりと揺れるのを目にしたような気がしたが、次の瞬間には消えていた。
「何かが俺を試しているのか……」
俺は静かに呟きながら、夜風に吹かれる竹林を見上げた。
美しいこの街の奥深くには、まだ解き明かされぬ影が潜んでいる。
だが、その影は少しずつ輪郭を現し始めていた。
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