4 消えた祠 - 刻まれた痕跡

竹林の葉が風に揺れ、陽光がその隙間を縫うように差し込む朝。

鳥のさえずりが遠く聞こえ、雅都(みやこ)の山間には相変わらずの静寂が漂っていた。

しかしその静けさの中に、何か異質な気配が忍び込んでいる――俺はそう感じながら再び神社を訪れた。


祠の跡地には、朱塗りの鳥居が重なり合い、その先に苔むした石畳が広がっている。

木々が生み出す陰影が地面に模様を描き、台座の周囲だけが不自然なほどに清らかだった。

結界が存在していた痕跡か、それとも別の力によるものか。

俺はその場に膝をつき、再び周囲を観察し始めた。


「ここにあった祠が、まるで空に吸い込まれるように消えてしまいました……」

宮司が低い声で語り、目を伏せる。

「祠は、何百年もの間、この台座の上に安置されていました。結界はその祠を守るために施されたものでしたが……それが一夜にして跡形もなくなるとは……」


俺はその言葉に耳を傾けながら、台座の周囲を注意深く調べた。

表面は滑らかで冷たく、僅かに魔力の残滓が漂っている。

その残滓が北側で途切れ、台座の一部に不自然な焼け跡が残っているのを見つけた。


「ここは……ただ消えたのではない。何かが力を持って持ち去られた形跡がある」

俺はそうつぶやきながら、台座の縁に残る焦げ跡を指先でなぞった。


さらに視線を巡らせると、周囲の苔が一部だけ剥がれ落ちている場所に気づいた。

その部分には微かな押し跡があり、まるで重い何かが引きずられたかのようだった。

俺はその跡を辿り、台座の北側へと進む。


「……この痕跡、祠の一部か……それとも、別の何かが動かされたのか?」

つぶやきながらその場に膝をつくと、小さな木片が草むらの中から現れた。

それは祠の一部と思われる、古びた木材の欠片だった。


指先で触れると、僅かに冷たさが残り、彫られた文様からはかすかな魔力の痕跡を感じた。

「これが祠に刻まれていた術式の一部だとしたら……」

俺はその木片を懐に収めながら、宮司に尋ねた。


「この神社に、祠の設計や由来に関する文献は残っていますか?」

宮司は少し考え込んだ後、答えた。

「奥の社務所に古い記録がございます。ただ、かなり古びていて、読めるかどうかは分かりませんが……」


宮司の案内で、社務所に保管された文献を調べ始めた。

埃を被った古い巻物を広げると、そこには複雑な術式が描かれていた。

それは単なる結界の魔法ではなく、何かを封じ込めるための特別な術式のように見えた。


「これは……封印術か」

俺は文様を目で追いながら、木片の模様と一致する部分を見つけた。

祠が単に魔水晶を安置するだけでなく、何かを封じ込める役割を果たしていた可能性が浮かび上がった。


「祠が消えたということは、封印されていたものが解放されたか……あるいは、意図的に持ち去られたのかもしれない」

俺の言葉に宮司は青ざめた顔で頷く。


「まさか、この祠が……」

彼の声は震えていたが、今はまだ焦るべきではない。


夕暮れが近づき、神社を後にした俺は竹林の道をゆっくりと歩いていた。

陽が沈むにつれ、木々の影が長く伸び、風の音がどこか低く耳に響く。


「封印術……狐火……祠の消失……」

これらの要素が頭の中で絡まり合い、一つの像を結びつつあった。

この街で何かが蠢いている――それは確信に近いものだった。


雅都の夜が静かに訪れる。

行灯に灯る火が街の輪郭をぼんやりと映し出し、静寂が深まる中、俺は次の手がかりを求め、再び足を進めた。

この美しき街の裏側に隠された真実を暴くために。


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