3 狐火の囁き - 目撃者たち

俺はゆっくりと街外れの小道へ向かっていた。

目的は、魔水晶が消えた夜、狐火を目撃したという者たちから話を聞くことだった。


小道を抜けると、静かな竹林の奥に点在する小さな家々が現れる。

その一つ、苔むした瓦屋根と古びた障子戸が特徴的な家を訪れると、住人の老婆がゆっくりと現れた。

彼女は腰に手を添えながら、俺を見上げ、穏やかな微笑みを浮かべている。


「狐火を見たと聞きましたが、そのことを詳しく教えていただけませんか?」

俺が尋ねると、老婆は障子戸を開け放ち、奥に俺を招き入れた。

茶の湯の準備が整えられた室内には、ほのかに焚き木の香りが漂っている。


「ええ、あの夜のことじゃ。祠の方角から青白い光がふわりと浮かび、まるで生き物のように動いていたんじゃよ」

老婆は茶碗を手に取り、俺の前に湯気の立つ茶を差し出しながら語り続けた。

「その光は竹林を抜けるように揺れ、やがて山の奥へと消えていった……。それが何であったかは分からぬが、あれはただの自然の現象ではないのじゃろう」


俺は老婆の言葉に耳を傾けながら、狐火というものの正体に思いを巡らせた。

狐火――それは雅都の伝承では、神隠しや祟りの前兆として語られる存在だ。

だが、俺の直感では、それは単なる迷信ではなく、この事件に深く関係している気がした。


「その光を見たとき、何か音や匂いを感じましたか?」

俺がさらに尋ねると、老婆は一瞬考え込み、小さく頷いた。

「匂いじゃったかどうか分からぬが、竹が焦げるような、少し鼻につく臭いが漂っておったかもしれん……」


その足で俺は次の目撃者を訪ねた。

今度は、祠に近い山際に住む若い男だった。

彼は農具を手に畑を耕していたが、俺の話を聞くと鋤を置き、手を拭きながら語り始めた。


「あの夜は確かに奇妙なものを見ました。祠の方からぼんやりと浮かび上がる光……それがまるで風に運ばれるように移動していたのです」

男の言葉は具体的で、老婆の証言と一致していた。


「ただの狐火だと思っていたんですが、妙なことに、その光が消えた後、地面にわずかな焦げ跡が残っていたんです」

彼の言葉に、俺は目を細めた。


「焦げ跡、か……」

俺の頭の中で、祠の台座に残っていた焦げ跡と、目撃者たちが語る狐火の存在が重なり合う。

これらが偶然の一致ではないとしたら、一体何が起きているのか。


夕刻、再び竹林を歩きながら、俺はこれまでの情報を整理していた。

狐火は単なる自然現象ではなく、何か別の意図を持つ存在――あるいは術式の一環として現れた可能性が高い。

その背後には、確実に人の手がある。


「狐火……竹林……焦げ跡……」

俺は静かに呟きながら、風にそよぐ竹の葉を見上げた。

その音はまるで何かを囁いているかのように耳に届き、俺の中でさらなる疑念が膨らむ。


雅都に伝わる狐火の伝承と、現実に起きた神隠しのような事件――その交錯する糸を解きほぐすため、俺は次の手がかりを追うことにした。

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