2 神社の謎 - 祠の消失
雅都の朝は、穏やかな笛の音のような静寂と共に始まる。
風に揺れる笹の葉の音が、遠くから響く鐘の音と溶け合い、耳に涼やかに届いてくる。
そんな静寂の中、俺は朱塗りの鳥居をくぐり、神社の奥へと向かっていた。
杉の木々が天高くそびえ、朝日に輝く霧がその枝葉に絡みついている。
この道を進むたびに、まるで街そのものが神聖さに守られているような錯覚を覚える。
だが、この雅都の平穏は今、ひそかな影に侵されようとしていた。
俺が神社の奥に辿り着くと、宮司が待っていた。
彼は数珠を握りしめながら深い祈りを捧げている様子だったが、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
「お待ちしておりました。一条様……」
宮司の声は穏やかだが、その奥に潜む戸惑いと不安を隠し切れなかった。
「ご覧ください、こちらが魔水晶が祀られていた場所です」
祠があったという場所は、苔むした石畳の中央にひっそりと残る石の台座だけが目に映る。
周囲を覆っていたはずの多重結界は完全に消え去り、その痕跡さえ曖昧だ。
風一つ吹かない静寂の中、俺はその台座に近づいた。
「魔水晶が消えた夜、何者かが侵入した形跡はまったくありませんでした。しかし、翌朝になると、この祠ごと魔水晶が忽然と姿を消していたのです」
宮司はゆっくりと話しながら、視線を台座に落とした。
俺は膝をつき、台座を指でなぞる。
その表面は冷たく、わずかに魔力の残り香が漂っていた。
だが、特に気になったのは、台座の北側だけに残る焦げたような跡だった。
「結界は外部から壊されたわけではないようだな……」
俺の言葉に、宮司は頷きながら応じた。
「おっしゃる通りです。この結界を外部から破壊しようとすれば、大きな痕跡が残るはずです。
しかし、そのような痕跡は一切見当たりませんでした」
俺は焦げ跡の周囲を慎重に観察し、指先で微かな感触を探った。
「……この焦げ跡、ただの物理的な焼け跡ではない。
おそらく、魔力が何らかの形で干渉した痕跡だな」
さらに周囲を見渡すと、苔むした地面に目立たぬ足跡がいくつか残されているのに気づいた。
その足跡は台座の近くで途切れ、まるでその先に何者かが消えたように見えた。
俺はその足跡を辿りながら、宮司に尋ねた。
「この夜、神社の周囲で何か奇妙なことが起きてはいなかったか?」
宮司は一瞬考え込み、低い声で答えた。
「……狐火を見たと申す者がおりました。青白い光が山の奥に漂い、それが祠の近くに現れたと……」
「狐火か……」
俺はその言葉を反芻した。
雅都では昔から語り継がれる存在――夜の山を漂う青白い光、それは人を惑わせ、時に神隠しの前兆とされている。
その狐火がこの事件にどう関わっているのか、俺の中に一つの疑念が生まれた。
帰り道、竹林を抜ける風が微かに涼しさを運ぶ。
霧が晴れ始め、木漏れ日が石畳に模様を描いている。
だが、道を歩く俺の足元には、祠のものと思しき木片が落ちていた。
それは小さく、不自然に切り取られたかのような形をしていた。
拾い上げると、奇妙な彫り物が表面に施されており、指先に触れると僅かだが魔力の震えを感じた。
「……これは何かの術式に使われたものか」
俺はその木片を懐に収め、さらに深い謎を解き明かすため、雅都の街へと戻った。
竹林を抜けるたび、街並みが徐々に見えてくる。
だが、その静けさの中に隠された不穏な気配が、心に重くのしかかる。
雅都――この美しい街には、ただの平穏ではない、何かが潜んでいる。
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