第6話 地下施設

「では、いくぞ」

「いえその、ちょっと待ってください」


 竜に会う心の準備。


 ひとまずおれは深呼吸した。


「その、竜の適性検査ってのは、どうすれば」

「それは簡単らしい。おたがい、目を見ればわかるという話だ」


 そんなものなのか。でも「おたがい」という言葉をフルヤさんはつかった。


 つまり竜も「相棒はこいつ」と直感でわかるってことかもしれない。


「では、あけるぞ」

「は、はひ!」


 緊張して舌かんだ!


 フルヤさんがドアをあけ、さきに入る。続いておれもドアをくぐった。


 広い。広すぎる空間だった。


 なにもない巨大な地下空間。壁や天井は、ただの白いコンクリート。でもここではそのコンクリート自体が光っているようだった。照明らしきものはない。


 巨大な空間のすみには、いくつかの建物があった。こちらもただ長方形をしたコンクリートの建物だ。窓があったので、下から数えて三つ。つまり三階建ての建物が、地下の空間なのにすっぽりとおさまっている。


 なにもない部屋。いや、なにもないわけではない。


 巨大な四角い空間には、巨大な竜が三体、太い鎖でつながれていた。


 三体の竜は、どれも寝ているようで静かだ。


「では、近づいてみよう」


 フルヤさんに言われ、おれはもう、うなずくしかできなかった。巨大な地下空間に巨大な竜だ。圧倒されて声すらでない。


「竜は、ここ数年でかなりのことがわかってきている」

「そ、そうなんですか!」


 フルヤさんが歩きながら説明を始めた。おれも遅れまいと早足でついていく。


「各国から書簡によって情報の共有はできている」


 ああ、まえの世界にくらべ、いまのほうが平和。そんな話は新聞で読んだ気がする。どの国も電気という文化がなくなって、自国のことだけで必死だと。


 この不思議だらけの世界になり、世界各国は手を取りあっているわけか。


 考えをめぐらしていると、まえを歩くフルヤさんが足を止めた。


「まず、一体目いったいめ。これは緑竜りょくりゅうと学者たちは呼んでいる」

「緑竜ですか」


 おれはフルヤさんの背後からでて、眠っている一匹の竜を見た。


 緑竜りょくりゅうと呼ばれるだけあって、巨大なからだは緑だ。皮膚の表面は大きなうろこにおおわれていて、ツヤツヤしていた。


「温厚な性格だと、インドネシアからの報告にはある」


 緑色した竜の頭へと近づいた。コンクリートの地面にあごを乗せて寝ている。


 その目がひらいた。ひらくと、おれの身長ほどある大きさの目だ。


 つぶらな瞳だった。温厚な性格というのも、まちがいなさそうに思える。


 緑竜りょくりゅうの目に十メートルほどまで近づいた。


 やさしそうな竜はおれを見て、そしてゆっくりと目をとじた。


「これではないか……」


 フルヤさんがつぶやいた。


「次に石竜せきりゅうだな」


 まわりこむようにフルヤさんが歩きだした。おれもあとに続く。


「岩のようにかたい皮膚におおわれた竜だ。日本以外ではメキシコで捕獲されたと聞いている」


 次の竜へと歩いた。


 フルヤさんの言うとおり、竜というより岩のバケモノみたいなやつがいた。


 頭も胴体も、ごつごつとした岩みたいな竜だった。こちらは、ごろりと横になって犬みたいに寝ている。


 巨大な竜なので、頭に近づくのも距離がある。


「あのこれ、あばれたりしないんですか?」


 さきほどは言われるがままに近づいたけど、がぶりとされたら、たまったもんじゃない。


「いまのところ、候補者をつれてきて竜が攻撃をしてきたことはない」


 その言葉だと、ときにはあばれることもある、ということだ。


「まあ、安心していい。なにかあったときの準備はできている」


 そう言って、フルヤさんは巨大な空間の壁を指さした。


 そうか、よく見れば隙間すきまがある。横に細長い隙間だ。


 距離が遠いので、ただの線みたいに見えていた。でもあれは銃口の窓口だ。


 恐ろしく高い天井を見あげてみれば、そこにも細長い隙間はあった。つまり上からも横からも、たえず自衛隊が銃をむけているということだ。


 話しているあいだに、ずいぶんと石竜の頭に近づいた。でも、石竜はぴくりとも動かない。


「こちらも、脈なしか」

「まだ目もあいてませんよ!」

「ヤマトくん、この竜は、なかなか起きないのだ。どの候補者をつれてきても、こうして眠りこけている」


 そうなのか。


「次がシンリュウ」

「シンリュウ?」

「そう、はりの竜だ」


 眠ったままの石竜から離れて、次の竜へと歩きだす。


 石竜の巨大な頭をまわりこんで、その「針竜しんりゅう」が見えた。


「うわっ、あれですか!」


 まるで巨大なハリネズミだ。でも翼はあった。翼の表面にも針のような皮膚が続いている。


 翼を両側にだらりとひろげ、巨大なハリネズミは寝ていた。


「針だらけの竜だと、どうやって乗るんすかね」


 疑問に思い聞いてみた。だって背中まで針だらけだ。


「さて、どうだろう。たしかに、あれに騎乗したという情報は、世界からもない」


 そのときだ。おれたちの声が聞こえたのか、すっとハリネズミが四本の足で立ちあがった。


「で、でかい!」


 遠くから見ていたのでハリネズミのように見えていた。でも針竜がいざ立ちあがると、見あげるほどに巨大だ。


 思わず、おれもフルヤさんも立ち止まった。まだ距離はある。でも針竜はおれを見おろしていた。


 なんだろう。なんだかとても、悲しそうな目に見えた。竜は、伝説の生きものだ。それがこんな地下で、船のいかりをつなぎとめるような太いくさりで足かせをつけられている。


 いや、悲しいともちがうかもしれない。なんだか不思議な視線だ。おれを見ているのは、まちがいない。だけど、なにかおれを見ていないような気もする。


 しばらくおれに目をむけていた針竜だったが、四本の足を折って地面へふせると、おれたちとは逆の方向へ頭をむけた。


「これもか」


 くやしそうなフルヤさんの声が聞こえた。


 つまり、おれは不合格というわけだ。


 フルヤさんの顔を見ると、あまりに落ちこんでいるので、なんだか気の毒に思えてきた。


「まあ、こんなもんですよ」


 落ちたおれのほうが、そう口にだした。毎月、二十人ほどは候補者がでる。そう聞いたときから、なんとなくこうなる気はしていた。


「今回、できればうちの陸自で取りたかった」


 陸自とは、フルヤさんのいる陸上自衛隊のことだ。


幕僚長ばくりょうちょうから、密約はもらっていたのだ。次の適合者があらわれたら、陸自を優先させると」


 そうか、だからフルヤさんが案内人なのか。


「フルヤさん、いままでの竜もここに?」

「いや、各地にちらばっている」

「すべて自衛隊ですか?」


 これまでに十五匹の竜が、候補者と適合した。そう聞いている。


「そうだな。航空自衛隊が五」


 おぅ、さすが空の自衛隊。電気のない世界なので、ジェット戦闘機はない。あるのは、ガソリンだけで動くプラペラ機だ。竜がいたら心強い味方だろうな。


「海上自衛隊が三」


 海の方面が三か。


「フルヤさんの陸上自衛隊は?」

「残念ながら、ゼロだ」


 なるほど。それはくやしいだろう。


「あれ、でも聞いたのは合計八匹。残りの七匹は?」

「民間の会社などへ、それぞれだ。トヨビシがもっとも多く四体」


 おぅ、さすが世界のトヨビシ。


「非常に残念だ」


 フルヤさんが落ちこんでいる。なにか言葉をかけないと。


「まあ、また来月も候補者がきますよ!」

「私が担当するのは、今月までだ。来月からは、海自がここを取り仕切る」


 ありゃ。そういうことか。


 本当に残念そうな顔をしているフルヤさんだ。おれも残念に思ってるけど、この人ほどじゃない。だって日本に十九匹しかいないドラゴンだ。おれみたいに平凡で、運すらなさそうな男が、貴重なドラゴンを手に入れる。そんな話、あるわけがない。


「まあ、残念なのは、こっちもですよ。高校を退学になって、損害賠償の裁判だってしてるんです。そこへ、ひとすじの光が!」


 おれの話が理解できたのか、フルヤさんは力なく笑った。


「そうか、お金が必要なときだったか。それは残念だったな。トヨビシあたりに就職すればすごいらしい。操竜者は、総理大臣すら超える年俸だとうわさだ」


 それだったら四千万だ!


「あのおれ、石竜をもういちど起こしてみていいっすか?」


 おれの言葉に、フルヤさんが少し笑った。


われコセ』


 なにか聞こえた。


「フルヤさん、なんか言いました?」

「いや、なにも言ってないが」


 おかしいな。


『我ノ名ヲ呼ベ』


 ほら、やっぱり。


「ここって、魔導器具でスピーカーとかあります?」

「ヤマトくん、正確に、説明してくれ」


 いや、だから。


 笑って言おうとしたけど、フルヤさんの顔は真剣そのものだ。


 そして気づいた。ここにいるのは三体の竜。フルヤさんは言ってなかったか、竜は四体いると。


『我ノ名ヲ呼ベ』


 三度目で気づいた。これはスピーカーからの音じゃない。おれの心に直接聞こえてくる声だ!

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