第5話 富士山の山すそ

「ここ、どこっすか?」


 をおさえながら、おれはプロペラ機からおりた。


 人生初のプロペラ機、めっちゃ怖かった。


「静岡だ」


 さきにおりたフルヤ一等陸佐さんが言った。


 この「一等陸佐」っていうのは略名らしい。正しくは「陸上自衛隊・左官・一等」だったかな。まあ、つまりフルヤさんは自衛隊でずいぶん上の人。


 着陸したのは「東富士演習場」というところだった。


 富士山が見えるので山梨県だと思ったら、静岡県だったようだ。


 周囲を見わたす。富士山の山すそだ。


 なだらかな丘に、雑草がおいしげっている。ところどころに大きな板が立てられていて、板には、大きく丸が書かれてある。砲弾のマトだろうか。


 考えてみれば、電気のない世界でも、拳銃や大砲なんかは電気を必要としない。


 中学のころは異世界ファンタジーをよく読んでたけど、あれは「剣と魔法の世界」だ。しかしだ。人類の歴史では「銃は剣より強し」という言葉がある。マジメに考えたら「魔法」と「銃」ってどっちが強いんだろう。


「あの、フルヤさん」

「なんだ?」

「自衛隊って魔法つかえる人いるんですか?」

「もちろんいるぞ。火炎球かえんきゅうをつかえるものは多い」

「おお、ファイヤーボール!」


 高校の授業でも習った。なかなか難しい魔法で、豆粒ほどのファイヤーボールを作れたのはクラスでも数人だった。


「自衛隊でファイヤーボールって強そうですね!」

「そうでもない。ジュラルミンの盾を持った者に突っこまれたら終わりだからな」


 あれっ。そうなると「魔法<剣<銃」という強さの順になっちゃうじゃん!


「眠る魔法とか、気絶させる魔法とかは、どうっすか!」

「ああ、精神感応術せいしんかんのうじゅつか。ちなみにだが、サブマシンガンの殺傷能力は、一秒に二十人だぞ」


 銃つえぇ。


「まあ、最近アメリカで開発された『魔導まどう手榴弾しゅりゅうだん』はなかなかいいが」

 

 なるほど。やっぱり人類は魔導具をつかって兵器をつくっちゃうのか。


「それよりこっちだ。秘密の基地がある」

「えっ、先輩、なんと言いました?」

「秘密の基地だ」

「おお……」


 秘密基地。それは一般では知りえない謎に満ちた施設。


 秘密基地。それは男子たる者、いちどはあこがれるロマンの場所。


 きっと科学者たちが最新の研究なんかもしてるにちがいない。期待に胸をはずませて、フルヤさんのあとを追った。


 ひざほどの高さにしげる雑草をかきわけた。


 さきほど見た大きな立て板。砲弾のマトだ。そのうしろにまわる。


 どんどん! とフルヤさんがマトのうしろの地面を踏んだ。


 ぱかっ! と雑草のはえた地面に穴があいた。お弁当箱ぐらいの小さな窓だ。


「なにか用か?」


 地面にあいた小さな窓から声が聞こえた。


虎屋とらや羊羹ようかんを忘れた」


 急にフルヤさんが、わけわかんないことを言った。


符号ふごう、よしっ!」


 小窓のなかから返事が聞こえ、ばこん! と雑草の地面が跳ねあがった。


 地面に見えていたのはドアだった。地下へおりる階段があり、そこに立っていたのは迷彩服を着た自衛官だ。


 おれは思った。「いや……これ……しょぼくね?」と。自衛隊の秘密基地だ。もっとすごいものを想像していた。


 フルヤさんは地下への階段をおりていく。おれもあとに続いた。


 コンクリートの階段だった。


 階段をおりると、またドアにぶつかった。


 地下の階段は暗い。ドアの上にはランプが吊るされてあり、ゆれる小さな火の明かりでなんとかドアだとわかる。


 またドアをフルヤさんが強くノックした。


「なんだ?」


 声とともに、またドアの小窓があいた。


「たねやの最中もなかを忘れた」


 またフルヤさんが答えた。


符号ふごうよし!」


 小窓のむこうからも返事が聞こえた。


 ドアがあく。どうでもいいけど、これはつまり入るための「合い言葉」だ。なんで和菓子ばかりなんだ。あれかな、自衛隊って英語とか外来語が禁止なのかな。


「明るっ!」


 ドアをくぐって、おれが思った最初の印象がそれ。コンクリートの通路だったけど、昼のように明るい。


 天井を見あげてみると、なぜかさかさの銅像だ。銅像が天井からニョッキリ。それが、まばゆいほどに光っていた。


「ここから最新設備となる。あれは魔導電球だ」

「あの銅像が?」

歴代れきだい幕僚長ばくりょうちょうだ。魔力で光らせる魔導電球は、どんなかたちにもできるからな」


 さきほど、この秘密基地を「しょぼい」と思った自分を反省した。すげえ。なんかダサいけど、すげえ。


 さかさになった光る銅像の下を通り、どんどん通路を進んだ。


 いくつか分かれ道もあったが、さきを歩くフルヤさんは熟知しているようだった。右へ左へと迷いもなく進み、いくつかの光る銅像の下を通りすぎる。


 何度目かのドアをくぐったあとだ。それまで通路の壁は灰色のコンクリートだった。それが、まっ白い壁に変わった。あきらかに、この地下施設で「特別エリア」に入ったのだとわかる雰囲気。


 まっ白い通路のさきに、まっ白いドアがあった。


 フルヤさんをまえにして進み、そのまっ白いドアのまえで止まる。


「このさきが、三体の竜の係留施設けいりゅうしせつとなる」


 たどりついたドア。取っ手をにぎり、フルヤさんが言った。


 竜。ついに、このさきに竜がいる。


「ヤマトくん、心の準備は?」


 フルヤさんがふり返って聞いてきた。


 竜に会う心の準備。あるわけないじゃん! とおれは心のなかで反論した。

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