第7話 第三隔壁

「声が聞こえた、そういうことだね!」


 フルヤさんが、おれの両肩をつかんで聞いてきた。


「いや、空耳とか、幻聴げんちょうとか」


 あまりにフルヤさんが真剣だ。これでまちがいだったら、ちょっとやばい。


「幻聴か。それでもいい。竜がいるこの施設で、幻聴が聞こえた。ということだね!」


 やべえ。なんかやべえ雰囲気だ。


 壁や天井にある隙間すきま。そこからいまは、はっきりと人のひそひそバナシの声が聞こえる。それも、かなりの人数。


「そ、外の音かもです!」

「ヤマトくん。ここは地下の施設だ。外の音など聞こえるわけがない!」


 バン! とドアがあいて、思わずビクッ! とした。


 入ってきたのは、小銃を肩にさげた自衛隊の人たちだ。きびきびと歩いてくる。すべておそろいの迷彩服とボウシ。きっとどこかの小隊だ。


 どこかの小隊。そう思っていたら、どんどん人が入ってくる。五十人、いや百人は超えている!


「安心していい。私の隊だ」


 それを聞いて、大きく息をはいた。


 なぜかフルヤさんが、なにもない壁のほうを見つめている。


「あの、フルヤさん?」

「竜の候補者が、なんらかの声を聞いた。そうなると可能性はひとつだ」


 フルヤさんが暑くもないのに、ひたいの汗をぬぐった。


 いや、なんだか、ほんとにやばそう!


「あの、おれ、そろそろ家に……」


 言ってみたけど、おれの言葉などだれも聞いてなかった。


隔壁かくへきをあけるぞ!」

りょう!」


 フルヤさんが短く言うと、自衛官たちも短く答えた。そしてきびきび歩いていた自衛官の足は、駆け足へと変わった。


 針竜よりさらに奥。


 よく見れば、奥の壁には細長い隙間がなかった。つまり見張りの窓はない。ただの、まっ白い一枚の壁。


 フルヤさんが歩き始めたので、おれも続く。


 巨大な壁の左右には、天井から垂れさがった太いくさりがあった。それを何人もの自衛官がたくましい腕で引いている。


 これは壁じゃなく扉か。油圧式でひらく巨大な扉!


 金属のきしむような音がして、一枚だと思っていた壁、その中央に黒い線が入った。


 いや、黒い線じゃない。扉がひらき始めた。扉のむこうがまっ暗なので、黒い線に見えただけだ。


 フルヤさんといっしょに巨大な扉へと近づいていく。


 ふいにうしろから聞いたこともない動物の鳴き声がした。


 ふり返ってみると、あの石竜だ。眠り続けているはずの竜が起き、ひらき始めた壁にむかってえている。


 さらに鎖の動く音がした。針竜だ。針がはえた翼をひろげ飛び立とうとしている!


 むこうでは、最初に見た緑竜もだ。三体の竜がどれもあばれている!


 あらたに自衛官たちが数百名と入ってきて、三体の足につながれた鎖を引き、竜をおさえ始めた。


 そのあいだにも、目のまえの巨大な扉はひらいていく。


 扉がひらき、奥の空間へも光が入り始めた。見えたのは、さらに動き始めた扉だ。まださきにも隔壁かくへきがあるのか。


 ひとつ目の隔壁がひらき、ふたつ目も半分ほどひらいた。そして三つ目。


 隔壁は三つもあった。三つ目の巨大な扉は、ひとがひとり通れるほどしかあいていない。


 おれは歩きだそうとしていたけど、フルヤさんは立ち止まったままだ。


「あまり、刺激をあたえたくない。このさきは候補者ひとりで」

「お、おれだけいくんですか!」

「声が聞こえたと言ったな、ヤマトくん」

「はい」


 周囲を見れば、まわりの自衛官も止まっている。だれひとりして隔壁のむこうへは足を踏み入れてなかった。


「このさきにいる竜は、日本でしか発見されていない希少種だ」

「め、めずらしい竜ということですよね」

「そうだ」

「そういえば、日本語で話しかけてきました」


 日本でしか発見されていないのだから、日本の竜だ。だから日本語を理解しているのか。


 そう思ったのに、フルヤさんの口からでたのはおどろきの言葉だった。


「以前に、この竜と適合する候補者があらわれた」


 すでにいた。適合者が?


「そ、その人は、いまどこに」

「死んだ。自殺だ」


 ……めっちゃ物騒な竜ですやん。


「りゅ、竜の呪いですかね」

「どうだろう。私は呪いなどないと思うが」

「魔力のある世界ですよ!」


 自分で言いながらも自信はない。魔法のある世界だけど、あいかわらず占いとかは当たらないし。


「ヤマトくん、きみがいますべきは議論することではない。選択することだ。いくか、いかないのか」


 おれは三つ目の扉を見た。ひとひとりが通れる隙間。むこうはまっ暗だ。


 どうする。そもそも高校退学。裁判中。人生がけっぷち。おれのいまはそんな状況。


「おれのほかに、このさきの竜と会った候補者は?」

「いない。気づかずに帰るか、または残る一体がいると気づいても、説明を聞いて、みな会わずに帰った」

「その説明って、さっきの前任者が死んだっていう」

「そうだ」


 そりゃそうだよね。命あってのものだもの。


「声が聞こえたというのは、ヤマトくん、きみが初めてだ」


 そんな初体験いらないっての!


「あっ、でもそうか。以前に適合者がいたから、日本語を話せると?」


 おれの問いに、フルヤさんはうなずいた。


「竜と心をかよわせれば、言葉の伝達もできるようになる。そう海外の文献では読んだこともある」


 海外の文献。ということは、日本でまだ竜と会話したやつはいないのか。もしいたら、日本の文献にだって書かれているはず。


 なんでもかんでも初めてずくし。


 いくしかないか。正直、ションベンちびりそうだけど。


「いくか、ヤマトくん」

「は、はひ!」


 また舌かんだ!


 気を取りなおし歩きだす。やっぱり、だれもついてこない。


 第一の隔壁は数十メートルにわたって開いている。


 隔壁の内側に足を踏み入れた。一歩、そして二歩。


 少しひんやりとした空気を感じたけど、それも気のせいだと思うことにして歩きだした。


 最初の部屋を通り、ふたつ目の扉。


 第二隔壁は五メートルほどしか開いていない。足を踏み入れる。


 なかはまっ暗だ。差しこむ光にそって歩いた。


 そして最後。第三隔壁。


 ひとひとりが通れる隙間。


 入った。


 まっ暗だ。なにも見えない。


「あのう……」


 ひとこと。おれが言葉を発したときだった。暗闇に巨大な赤い眼がひらいた。

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