第8話 赤い眼

 赤い眼だ。


 巨大な赤い眼が、おれを見つめている。


われコセ』


 声が聞こえた。おれの心に直接だ。


「日本語、おじょうずですねー!」


 声にだした。もうやけくそだ!


『ヲ前ニちからヲ貸ソウ』


 ちから。そう聞こえた


ちからヲ貸ソウ。ココカラダセ』

「いいですねぇ。チカラですか。やっぱり火をくとか」

『見セヨウ』


 ふいにイメージが飛びこんできた。逃げまどう人々。巨大な黒い竜。


 黒い竜は火を吐いた。いや火ではない。溶岩ようがんだ。かすった人々が一瞬で気化して消滅した。


 さきのとがった黒く太い尻尾をふると、当たった人間はくだけて粉々になった。


『力ヲ貸ソウ』


 竜の声だ。


 竜が黒い翼をひろげた。ばたいて空へと舞いあがった。上空で黒い竜は、空気を吸いこむように胸をふくらました。


 竜が巨大な口をあける。落雷のような鳴き声とともに巨大な溶岩が吐きだされた。それが地上へと落ちていく。


 落ちて溶岩は爆発した。巨大なキノコ雲があがる。下界は雲で見えなくなった。


「なんだこれ。やめろ。やめてくれ!」


 声にだした。気づけば第三隔壁だ。さっきのは、ただのイメージか。


 まえを見ると、赤く巨大な眼がおれを見ていた。


 マジか。


 おれは思わずズボンを見た。ションベンを漏らしたと思ったからだ。それぐらい怖かった。


『力ヲ貸ソウ』


 また竜が言った。おれの心に直接だ。


 こんな力、借りたいなんて思うわけねぇ。最悪だ。


 高校を退学になったときも「最悪だ」と思った。裁判所からの手紙がきたときも「最悪だ」と思った。


 でもこれは、正真正銘の最悪だ。おれにとって最悪どころか、こいつは人類にとって最悪だ。


 逃げよう。


 うしろへふり返り、ひとつ気づいた。


 これ、おれが逃げると、このあとコイツはどうする。


 いやそもそも、なぜ、こんな強い竜が、人間なんかに捕まっている。


 考えた。考えたけど、まったくわからない。


 もういちど竜の巨大な赤い眼を見た。


「ここからだせば、おれの言うことを聞くか」

「聞コウ」

「なぜ、おまえは逃げださない?」


 この竜は圧倒的だ。さきほどの三体とは力がことなる。鎖だって引きちぎれるにちがいない。


「我ラハ、魔力デ生キナガラエル」


 なんのことだ。


「我ラハ、魔力ヲ見ルコトガデキル」


 だからなにが言いたいんだ。


 待てよ。


「おまえ、魔力しか見えないんじゃないか」


 この世のすべてには魔力がある。そんな話を高校一年で習った。


 地球が異世界へときた瞬間から、すべての物理法則は変わった。人だけでなく、木や岩、なんにでも魔力がふくまれている。


 さきほど針竜の視線で違和感を感じた。竜の視線は、おれを見ているようで見ていない。そんな視線だった。


 それはこの巨大な赤い眼もおなじ。


 この赤い眼は、おれの姿かたちを見ているんじゃない。おれの魔力を見ているんじゃないか。


「おまえ、この壁、見えるの?」


 自然のものには命がある。だから魔力がふくまれている。となると人工物はどうなるんだ。


「ヲ前ノ眼ヲ借リテ見ル」


 心に声が響いた。


 そういうことか。人の目を借りれば物質のかたちが見えるのか。


「我ノ名ヲ呼ベ」

「なんて名前で呼べばいい?」

「前ノ者は黒竜こくりゅうト」


 黒竜か。


「我ノ声ガ聞ケル者ヲ待ッテイタ」


 おれがその「声が聞ける者」というわけだ。


「我ノ名ヲ呼ベ」


 おれは返答できなかった。ただ立ちつくすばかりだ。


「待ッテイルゾ」


 黒竜が赤い眼をとじた。もう心に声はひびいてこない。


 暗闇を背にして、第三隔壁からでた。


 第二隔壁を歩いて通り、もとの巨大な部屋へ。


「ヤマトくん……」


 フルヤさんが真剣なまなざしをむけてきた。人間の眼だ。この目には感情がやどっている。


 竜の赤い眼には、感情がなかった。


「あの……」


 何百といる迷彩服の自衛官。みんなが、おれを見つめていた。ひとこともしゃべらず、じっとおれを見ている。


「あの、コーヒーでも飲みません?」


 息苦しくて、とっさに言えたのは、このひとことだけだった。

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