第4話「Break my cloud」

・なんてことない雪が降るとある朝にその少年は生を受けた。

両親揃っているところを見たことはないが、しかし確かな優しさを受けて生まれ育った普通の少年。

物心つく頃には後の幼馴染みとも言うべき友人も何人かがいて、きっとそのままありきたりな人生を送るのだろうと誰もが思っていた。

「大きくなったら何になりたいの?」

小学校に上がるかどうかの頃。いつか、そんな言葉を聞いた。

友人達はサッカー選手とかパティシエだとか思い思いの職業をそのまま語る。

そして自分の番が来た時、少年はそれを答えた。

きっと冗談だと思われたのだろう。周囲からは笑い声が襲いかかった。呆れる声も混じっている。

それでもその時その少年は自分の憧れをそのままに語ったのだ。

それは、確かに嘘じゃない。

やがて、時を経て小学校の低学年頃。昔のままの時間はもう少し続くと思っていた。

だが、

「おかあさん……?」

家に帰った時、そこに日常はもう存在していなかった。




・天井から滴る水滴。立ち上る湯煙。波紋を並べる華の海。

「……ふう、」

そこは黒主家の大浴場。元々教会を改装したものであり、かつては多くの修道女が身を清めたそこは一人で済ませるにはやや大きい。

故に今、たくさんの少女達がそこにはいた。

即ちメナージュ、せつな、怜悧、赤羽、火咲、アリスの6人である。

「……はぁ、」

怜悧が大きなため息をつく。

「どうしたの、姉さん」

メナージュに抱きしめられながらせつなが問う。

「ううん。何かみっともないところ見せちゃったなって」

「そんな……姉さんがずっと苦しんでいたのに、私何も出来なくて……そっちの方が嫌だったのに」

「せつな……ありがとう」

怜悧がせつなの頭を撫でる。せつなは恥ずかしそうに視線を逸らし、メナージュは笑顔のまま何も言わない。その一方で。

「相変わらずの醜い上に邪魔な脂肪ですね。ダイエットでもしたらどうですか?」

「20年前のあなたにそっくりそのままお返しします」

「あうあうあう……」

体を洗いながらにらみ合う赤羽と火咲に挟まれたアリスが涙を流す。



一方。リビング。正輝が落ち着かないようにそわそわしていた。

「正輝?駄目だよ。のぞきに行くのは」

「いや、母さん。誰もそんなことしないって。ただいろいろあったなって」

母からコーヒー牛乳を受け取りながら正輝は必死に反論。

(まあ、本当に女の子が大丈夫に戻ったのかは後でアリス辺りにでも確認させてもらおう)

「それより、」

正輝の視線は窓の外を静かに眺める父へと。

「どうするんだよ、さっきの話」

「……」

ここ最近子供に対して穏やかに接してきた父とは思えない気迫の背中。

「梓山さん……せつなのお母さんの願い、何で聞いてやらないんだよ」

「……そんな力があったならこんなことにはならなかった。さっきもそう言っただろ」

「……黒主零とかって言うの父さんの事じゃないのかよ」

「別世界のだ。俺には関係ない」

「……けど、」

「いいからさっさと寝ろ。明日が土曜日だからってもう夜も遅い。風呂は明日にでも入れ」

「……」

正輝はそれ以上何も言えず飲み干したコップをキッチンの母に渡すと去って行った。

沈黙のリビングに残ったのは夫妻だけ。

「……ねえ、廉君。昔の話、覚えてる?」

「……昔の話?」

「そう。まだ僕達が小さい子供だった頃。まだ和佐ちゃんや優樹君、それにあの二人と一緒に無邪気に遊んでいた頃の話」

「……もう30年以上も前の話だよ」

「そうだね、もう僕達しかいない。少し寂しいかも知れない。でももっと寂しいのは……」

妻が顔を覗いてくる。心配そうな顔と笑顔で。

「廉君が笑ってくれなくなったこと」

「……」

「いろいろあったけどさ、自分のやりたいことを見捨てちゃ駄目だよ?……絶対忘れてなんてないって知ってるんだから」

そう言って彼女は去って行った。

「……」

残された夜。かつて少年だった男にはただ、唇を噛みしめるだけだった。




2016年11月4日。

「……どうなってるんだ、これ」

研護が天を見上げた。まだ昼前の快晴。しかし太陽の光は見えなかった。

最初は急な曇りだと思っていた。別段珍しくもない天候の変わり目。

しかし、見上げれた空には無数の異形があった。

次々と迫り来る異形の数々は瞬く間に地上から平穏を奪った。

「……これが世界のリセットか……!?」

研護は背負ったものをしっかりと確かめながらなるべく物陰ばかりを狙って歩き続ける。

先ほどまで肺を壊し、血を吐いていた身。おかしな力で今は治っている。

だが、生きた心地はしなかった。

「ラスト……大丈夫か……!?」

「……平気だよ……研護……ごめんね……」

「気にすんな……」

負ぶった相手は胸に風穴を開けられている。流した量から既に命はないはずだが、この世ならざる存在だからかまだその心臓は止まっていなかった。

「あいつが帰ってくるまで、一緒に生き抜くぞ……!」

やがて、空は本物の暗雲で覆われた。光亡き秋空は昼前であっても肌寒く。生きるための力を奪っていくようだった。

「はあ……はあ……はあ……」

慎重に走る研護だったが体力にも限界はある。背負うラストは本来よりかなり軽くなった。それでも人間一人を背負いながらずっと休みなしに歩き続けるのは男子高校生であっても厳しい。

冷たい風が吹けば、そこに誰かの悲鳴が聞こえてきたならそのたびに体力はなお失われていく。

「はあ……はあ……ん……?」

歩き続けてどれくらいか。前方にどこかで見覚えのある顔があった。

「おかーさん!!おとーさん!!どこー!?くおんちゃーん!!みさきちゃーん!!」

「あれは……確か、怜悧ちゃん……!?」

少し前に一度だけ会ったあの時の幼い少女。赤羽美咲の友人が連れていた少女。

「君!」

「ふえ……」

「赤羽美咲はどうした!?はぐれたのか!?」

急いで怜悧に歩み寄り、物陰に避難させる。

「おにーさん……まえにどこかで……?」

「俺のことはいいよ。それより、君一人なのか……!?」

「……うん。くおんちゃんといっしょに、おとーさんのところに行こうとしてたら……れーり、ひとりになっちゃって……」

「……そうか」

人ならざる怪物に溢れる曇天の下。幼い少女の顔は暗く沈んでいる。

当然だろう。大人であっても未知の現象によりいつも通りなど到底不可能な現状。

まだ4歳の子供に耐えられるはずがない。しかもあれだけ仲良くしていた少女ともはぐれているのだ。

(それに……この子が会いに来たって言う両親がいた甲斐機関はもう……)

研護は背後のラストの傷口を見せないように位置を調整しながら怜悧を抱き上げる。

「一緒に探そう。大丈夫。必ず見つかるから……」

「……うん!」

繋いだ手と手。勇気をもらい、希望を繋ぎながら研護は再び歩き始めた。当てもない終末の旅を。

(……たぶんこの子の知り合いは助からないだろう。ファルタスクが燃やしたビルの中にいたのだとしたら流石に助かってない。だからまずは安全な場所まで避難しよう。そこで美夏を待ちながら……あとは)

疲労に満ちた頭で研護が道筋を立てる。その焦燥が少女に伝わらないように。

しかし、その時は来てしまった。

「ほう、妙な因子を感じるな」

声。人ならざるものの声。刹那に視線がそちらを向く。

蛮族と表現したら近い容貌になるだろう。羽のついた仮面を被った大男。しかしその手足や顔にはゾウの意匠があった。

「な、何だよ……」

「スライト・デス怪人。ゾウムジュラ。奇妙な奴がいたら捕獲せよと、邪魔をするものは全て始末せよと命令を受けている」

その怪物はにやりと笑うと、マンモスのような象牙が生えた左腕を研護に向けた。

「研護……!!」

ラストが歯を食いしばりながら手をゾウムジュラに向ける。必死に魔力を集約させる。だが、もはや煙一つ生まれはしない。悔恨に震えるラストの体温を研護が感じ取った時。

「!?」

突如、一人の少女がやってきた。走り込んできたその勢いのままに放たれた跳び蹴りがゾウムジュラを弾き飛ばし、坂道を転がっていく。

「……あんたは……」

「ふう、ギリギリで間に合ったかな?」

いつかどこかで見た顔にそっくりだった。だが、背丈が違う。それに何よりの差異はその左目にあった。

「くおんちゃん?」

「……違うよ。僕は、」

前髪の下。左目を覆う眼帯がチラリと見えながら勢いよく少女は振り向いた。

「馬場歌音寺、だよ。怜悧……ちゃん」




2040年。新たな朝が来た。

「……ん、」

せつなが目を覚ますと、すぐ近くにメナージュの顔があった。

「……おはよう、せつな」

「……お、おはよう、…………お母さん」

恥ずかしがりながら、ちょっと涙を交えながらせつなが応えた。

未だに信じられない。自分を生んだ本当の母親と再会できたことが。

決してそれまで自分を育ててくれた両親に不満があるわけではない。

ちゃんと今でも彼らを両親と呼べる。けど、目の前の女性にはもっと特別な気持ちがあった。

「あ、」

着替えてから部屋を出ると、ちょうど怜悧もまた部屋から出たところだった。

「姉さん、おはよう」

「おはよう、せつな。それに、」

怜悧の視線がメナージュに向かう。

「おはようございます。美夏さん」

「おはよう、怜悧ちゃん。そんなかしこまらないで」

「あ、はい……」

怜悧が目を逸らす。その手をせつなが取る。

「あ、」

「行こう、姉さん」

今は姉と母を笑顔で引っ張ることにした。

「……」

リビング。そこには既に甲斐と、三咲と正輝と赤羽がいた。

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

メナージュが頭を下げる。努めて冷静に出した声。

「いや……こちらこそもてなせなくて済まない」

甲斐もまた冷静に声を絞り出した。

「美夏ちゃん。朝はパンがいい?ごはん?それとも、」

三咲からの問いに反射的に答える。

「コーンフレークがいい。……です」

赤面のメナージュに三咲達が笑顔をこぼす。

「……朝早いですね」

それを見ながら火咲がやってきた。一晩経ってもまだ最上火咲の姿だ。

「あなたは遅いですね。だらしがないんじゃないですか?」

「私はまだ若いので。どこかの初代とは違って」

「……やはり決着を付けておくべきでしょうか?以前はズルをされましたからね」

「そうですね。今度は手加減が必要かも知れませんね。年増が相手では」

バチバチと視線をぶつけ合う赤羽と火咲。すぐ近くで皿を洗いながらアリスが恐怖する。

「……怜悧。明日は大会だな。大丈夫か?」

甲斐が視線を娘に向ける。怜悧はわずかに逸らしつつ、

「……やるだけのことはやろうと思う。小翠にもこれ以上心配かけたくないし」

「そうか。剣道のことはよく分からないが、何かあったら言ってくれ」

「……明日のこともまあ、気になるけど……」

怜悧はメナージュを視線に入れた。

「いつ行くの?」

「どこに?」

「別世界の2016年」

「どうやって?」

「……お父さんが何とか出来るんじゃないの?だから美夏さんは頼ってきたんだし」

「……そんなこと出来るわけないだろ。昨日のあのドレス着た奴とかに頼めばいいだろ。よっぽど何とか出来そうだ」

「パープルブライドのことですか?彼女は無理ですよ」

メナージュが口を挟んだ。

「パープルブライド……」

「そう呼ばれているみたいです。……本名は言えませんので。とにかく彼女は時空を超えることは出来ません。本来存在してはいけない存在。この世界にだけでも隠れ住んでいるのが奇跡みたいなものですから」

コーンフレークをむしゃむしゃ食べながら答える。

「おかわりを」

「はーい」

「え、いやいや、」

いつの間にか妻と意気投合していた女性に甲斐がペースを崩す。

「助けてやりたい気は山々だが、時空を超えて?世界の終わりから?この人の夫を救出する?そんなの一介の中年に出来るわけないだろ。精々明日の娘の晴れ舞台に備えて予定を開けておくくらいしか出来ないさ」

「……」

山のように積もったコーンフレークを貪りながらメナージュは無言で見やる。

「ってなわけで弁当くらいなら用意してやれるけどそれでいいですか?」

そして甲斐と視線が合う。かつてどこかで見たことがあるような目の色がやがて、見慣れた色に変わる。

「……そう。なら、仕方がないですね」

完食したメナージュは立ち上がる。

「お母さん……?」

「せつな。出来たらお父さんにも会わせてあげたかった。でも、厳しそうだからお母さん一人で行くわ」

「え……?」

「音終島まで行けばまた光トンネルに行ける。もしかしたらそこからまたあの世界に戻れるかも知れない。船もなしに激流に身を投げて外国に行くようなものだけど、これしか手段がないみたいだし」

「そ、そんなの無理じゃない……の?」

「不可能ではないわよ。一度はそうしてこの世界に来たんだから。……だから、元気でね」

メナージュはせつなを抱きしめる。そして、踵を返した。

「……」

甲斐はただそんなメナージュの背中を見やることしか出来なかった。

が、

「あ、あの!」

せつながすぐに火咲に声をかけた。

「私ですか?」

「あなたなら時空を超えられるんですよね……?あなたの力でお母さんの世界に安全にいけませんか……?」

「……私一人の力でここに来たわけではありません。私も場合によっては片道切符ですし。まあ、確かに安全に世界間の移動が出来る知り合いに心当たりはありますが」

「あの、でしたら私に力を貸してください……どうか、どうかお願いします……!!」

せつなは頭を下げた。

「……せつな、」

甲斐やメナージュがその姿を見る。

「……まあ、乗りかかった船ですし。協力できないこともありません。私の方から掛け合ってみましょう。約束は出来ませんが……」

「は、はい!ありがとうございます!!」

笑顔のせつな。それを見て甲斐が小さく笑む。ため息を混ぜながら。

「……いいのですか?」

赤羽が小さく問う。

「……ん?俺?何でだ?出来る奴が協力してくれるんだから悪い事なんてないだろ。赤羽……あっちの赤羽なら信用できるし、娘の成長には涙が出る」

「……」

甲斐の発言に二人の赤羽美咲は全く同じ表情になった。

「……せつな、」

「正輝、どうしたの?」

「……せつなも行くのか?」

「え?」

「その、せつなの両親のいる世界に」

「……うん。本当のお父さんがピンチみたいだから。……私もまだ全然理解できてないけど、でもお母さんの言ってることは嘘じゃないって何となく分かるから……」

せつながメナージュを見る。正輝も見やる。確かにこの二人の雰囲気は似ている。血縁もあってどこかで理屈を超えた理解が存在するのだろう。正輝も怜悧に対して似たようなことがあるから分かる。

「行く方法があるなら戻ってくることも出来ると思うから出来るなら私のお父さんを連れてきたいと思うんだ」

「……戻ってくるんだよな?」

「……正輝」

ここでせつなは正輝の言いたいことが分かった。

兄は怯えているのだ。たとえ血が繋がっていないことが判明した妹であっても本当の家族のところに行って戻ってこないことがあるのではないかという可能性に。

そしてそれが彼の協力を惜しんでいる。

だからせつなは正輝の手を取った。一瞬だけ青くなる顔だが正輝は動かない。そのまませつなと目を合わせる。「大丈夫。私は帰ってくるから。正輝や姉さんのいるこの家に。だから正輝……力を貸して」

「……分かった」

「こら正輝。何一人で気合い入れてるのよ」

「姉さん?」

「お姉ちゃんのことを頼りなさい。……私もまだ本調子じゃないかも知れないけど、それでもせつなの力になりたい気持ちは本物なんだから」

「……姉さん」

手を取り合う3人。アリスも加わり、笑顔の4人。その光景を甲斐はため息交じりに見ていた。

やがて、

「やっほー」

1時間としない内に一人の少女がやってきた。

「紫なんとか!?」

甲斐が驚きの声を上げた。火咲に呼ばれてきたのは以前少しだけ会ったことがある少女。

「僕は紫歩乃歌だよ。廉君。いやぁ、老けたねぇ」

「いや、逆に何でそっちは全く変わってないんだよ……不老不死か?」

「いやいや。向こうとこっちじゃ時間の流れが違うんだよ。こっちでは20年くらい?してるみたいだけど僕や美咲からしたら1年も経ってないからね」

「そうなのか?」

「で、」

歩乃歌が三咲を見やる。

「この人が噂のキーちゃんさんなんだ」

「えっと……?」

「はじめまして。僕は紫歩乃歌って言います」

「あ、どうも。僕は甲斐三咲です」

「ふむふむ。アラフォーの僕っ娘。これはこれで……」

歩乃歌がまじまじと見やる。

「この人、何で僕っ娘に興味津々なんですか?」

「いろいろありまして。別世界では謎の同盟も組んでいましたから」

二人の赤羽がひそひそ話。

「で、僕の力を使ってこの人達をあの世界に連れて行けばいいんだね?」

「お願いします……!」

せつなが一歩前に出る。

「君は?」

「私は……黒主せつな。甲斐せつな。赤羽せつな!」

「……僕っ娘じゃないんだ。残念」

「え?」

「うそうそ冗談冗談。でも、なるほど。すごい子がいたもんだね。それに、」

歩乃歌がメナージュを見る。

「あなたが噂の梓山美夏。メナージュ・ゼロ」

「どういう噂よ。……あなたのことは少しだけ聞いてるわ。あの最果ての扉の先で待つもののオリジナル」

「あー。そんなのもいたね。同じ僕っ娘であってもあいつのことそんな好きじゃないから。……さて、準備は出来てるの?あっちの世界に行くんでしょ?言っておくけど今結構世紀末だよ向こう」

「状況はどうなってるの?」

「スライト・デスが飛来した。それにヒディエンスマタライヤンも本格的に動き始めてる。ジ・アースがいない状態で地球を牛耳ってるヒディエンスマタライヤンがザ・プラネットであるキル首領と組んだら騎士達でも簡単には対処できない。だからもしかしたら邪神案件になるかも知れない」

「……と言うことは、」

「この奇跡の世界も原点はあの最初の世界。その世界で大規模な歴史の修正が行わたらこの世界も何らかの影響を受ける可能性が高い。世界そのものが終わるよりはマシって理由で騎士達が本格的に動き、それに合わせてパラドクスや調停者まで動き出したとしたらどうなるか分かったものじゃない。仮に君たちの目的を果たして関係者だけをこの世界に避難させたとしてもタイムパラドックスが起きて全部なかったことになるかも知れない。僕としてはスライト・デスに借りはあるけど出来れば首は突っ込みたくないな」

「……そんな大事に……」

俯くメナージュ。しかし、その手をせつなが取った。

「せつな」

「行こうよ、お母さん。だってまたお父さんと会いたいんでしょ?」

「……そうね。私も、私だけの未来が欲しいから……」

「……うん。じゃあ、」

せつなが目配りをする。歩乃歌の前にせつな、メナージュ、正輝、怜悧が並ぶ。

「お父さんの世界にお願いします……!」

「ま、待って……!」

三咲が声を飛ばした。

「お母さん……」

「ごめんね……」

三咲は一度だけメナージュに目配せをしてからせつなを抱きしめた。

「せつな。何かあった時にはここにちゃんと帰ってきてね。本当のお母さんじゃないかも知れないけど、ここにいる人達はちゃんとせつなの家族なんだから」

「……うん。分かってる。ありがとう……」

「お母さん……」

「怜悧……正輝……せつな。ちゃんと皆無事に帰ってきてね……?」

3人を抱きしめる三咲。いずれもその目にはわずかな涙。

「……」

甲斐は後ろからそれを眺めるだけだった。

「……子供達をお願いします」

ひとしきり子供達を抱いた後、三咲がメナージュを見る。

「……絶対にお守りします」

メナージュは静かに、しかし力強く答える。

「……じゃ、行こうか」

歩乃歌がパラレルフォンを出す。と、昨日のパープルブライドのように虚空に穴が開く。

そして、歩乃歌とメナージュ達はその穴の先へと進んでいった。

「……廉君」

見送った後、三咲は甲斐を振り向く。

「本当によかったの……?」

「梓山さんと紫を信じよう。あの二人ならきっと子供達を守ってくれる」

「……それもあるんだけど……」

「……僕に出来るのはそれだけだよ」

そう言って甲斐はその場を去って行った。

残された3人は皆同じ顔をしていた。




そうだ。それでいい。

誰からも目を背け、背を向けて静寂の暗闇へと甲斐は足を進める。

誰に言われたところで自分に何が出来るというのか。

何か一つでも運命を変える力が本当に備わっているのなら、そもそもこんな現実を歩んではいない。

子供達、若者なら違うのかも知れない。

あの子達は家族の絆で結ばれている。強い、とても強い絆だ。

自分などでは憧れることすら烏滸がましい、とても綺麗で羨ましいもの。

自分に訪れることは決してないだろう。独りで生きる道を選んでいないだけ今の自分も幸せ者だ。

そんな自分に出来ることは若者の成長を願い、奇跡を見守ることだけ。

「それだけでいいんだ」

「……本当にそうか?」

「誰だ!?」

突然聞こえた言葉。周囲を見る。だが、そこには自分しかいない。

「……幻聴?怜悧じゃあるまいし。この歳で幻聴はまずい」

「年齢に関係があるのか?」

「……誰だ!」

叫ぶ声も暗闇に吸い込まれ、空気を震撼しない。ならばこれは夢なのだろう。

「夢か。自分が直接関与しなければなるほど、それを夢と呼ぶのも間違ってないかもな」

「……こんな迷い言……耳を貸す必要はない」

「迷い言だと……?」

「だってそうだろう!?今更、今更何だって言うんだ!?一体誰にそんな誰かを救う力あるって言うんだ!?誰の背中を押してやれた?誰の居場所を作ってやれたって言うんだ!?ずっと一緒だと思った朝吹も朝明星も一番最初に俺を見限った!贖罪のためにその身を使わせてくれた和佐にだって俺はずっと冷たくして、一度だってその期待に応えてやれなかった!穂南がよろしく頼むと言ったキーちゃんとだって……長年放置して、杏奈と偽の家族を作って20年近くも放置して……先の長くない久遠と浮気して!!優樹もパパも死んで!!怜悧の異変にも気付いてやれず、正輝の反感を買うだけで、せつなの成長にも関係できなくて、罪の結晶だと分かっていてそれでもなお繋いで得られる未来があるならと思った歌音だって守ってあげられなかった……!!!あの子達の背中を押してくれるのは母親達だろう……?強くて優しくていつだって身も心も守ってくれる母親達だ……けど、けどさ、けど!!俺には母さんがいない!!母さんにすら見捨てられたんだ!!それでも、それでもと独りで頑張ってきた!!悲しみに負けないために……その先の未来で待っているのがこの様なんだ!!」

「……お前はそんな絶望をするために今まで生きてきたのか?」

「そんなの……そんなわけないだろう!?けど、希望とか絶望なんて人には選べない!未来を選ぶ事なんてできないんだ!!」

「確かに未来を選ぶことは出来ないかも知れない。だが、それなら何でお前は空手を始めたんだ?」





2016年。

「かのんちゃん……?」

幼い怜悧を背負いながら歌音は走る。

「そっちも手負いを抱えているみたいだし。この子は僕に任せて。二手に分かれて逃げよう」

歌音の作戦で研護達とは別行動を取る。

「怜悧ちゃん、すぐにお母さん達と会わせてあげるからね……何も心配はいらないからね」

歌音は走りながら背負った幼い怜悧へと言葉を投げる。

(どうして僕がまた生きているのか分からない。ここがどこなのか、何でこうなってるのかも分からない。でも、どんな理由であってもまだ自由に動く体があるのなら、僕は今度こそ怜悧のために力を尽くす!たとえ僕のことを全く知らないこんな小さな怜悧であっても……!!)

走る。火の手が上がる曇天の街を。背中の怜悧に気を配りながら。生身ではない鋼鉄の足で地を蹴って。

罪を犯した全身義体が今できる全てを使って。

「はあ……はあ……はあ……」

どれだけ走ったかは分からない。ただ生身の人間では出せない速度で、不可能なほど長い時間を走り続けた。さっきの怪物が追いつくことはないだろう。もしかしたらもう片方が残念なことにはなったかも知れないが。

(ごめんなさい……僕には祈ることしか出来ないけど……どうか生きて……!!)

そろそろ日が傾く頃。背負った少女の小さな腹が鳴る音がした。

「あ、」

「かのんちゃん……れーり、おなかがへっちゃった……」

「……そ、そうだよね。ごめんね……どこかで何か食べるものを見つけないとね……」

足を止めて周囲を見る。かつては閑静な商店街だったであろうそこは既に燃え尽きた後。

燃えた家屋に店舗。無残に殺された人々の遺体ばかりが目に焼き付く。

なるべくそれらを背中の怜悧に見せないようにしつつ歌音は出来るだけ跡形残っているコンビニか何かを探す。「状況が状況だから許されますように……」

小声で言いながら歌音が歩いていると、

「怜悧ちゃん!!」

突然少女の声が響いた。

「あ、くおんちゃん!!」

背中の怜悧が叫ぶ。歌音も足を止めた。

「……あ、」

声のした方向。見れば久遠がこちらに向かって走って来ていた。

「あれ、久遠ちゃんと同じ顔……?」

そして久遠は歌音の前にまで来た。

「三船関係?でも美咲ちゃんならともかく久遠ちゃんをクローンしても意味ないから偶然似てるだけかな?」

「あ……あ……」

何故か、その顔を見て久遠は涙を流した。

「わわわっ!ごめん!どこか痛かった?あ、怜悧ちゃんをありがとうね!ここからは預かるよ!」

「……はい」

背負っていた怜悧を久遠に手渡す。怜悧は嬉しそうに久遠に抱きつく。何故かその姿に歌音は涙が止まらなかった。

「あの、大丈夫?」

「だい……じょうぶ……。だいじょうぶだから……」

歌音は背を向けた。ぐしゃぐしゃに崩れた顔を隠すために。

「そ、そう?あ、私は馬場久遠寺。可愛くないから久遠ちゃんって呼んでね」

「ぼ、僕は……」

涙を拭き。出来るだけの笑顔を見せてから。

「僕は馬場歌音寺。可愛く歌音ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」

「……馬場……ひょっとしたら親戚かな?珍しいこともあるもんだね。じゃあ、行こうか。歌音ちゃん」

「……うん!」

久遠が歌音に手を伸ばす。歌音はその手を取ろうとして。背後の気配に気付く。

「見つけたぞ」

そこにはゾウムジュラがいた。しかもゾウムジュラだけではない。無数の異形が……スライト・デス怪人が地平線よりその姿を見せていた。

「ひっ!」

怯える久遠。対して歌音は一度だけ笑顔を作ってから伸ばしていた手で久遠達を遮る。

「ここは、僕に任せてよ。こう見えて結構強いんだから」

「で、でも……」

「正直な話。二手に分かれた方が逃げられる確率高いと思うんだよね」

「……歌音ちゃん、自己犠牲は駄目だよ?ちゃんと逃げるんだよ?もし、もしもその先でまた会えたら一緒に何か美味しいものでも食べようね?」

「……うん。約束するよ」

再びぐしゃぐしゃになった顔を隠すために歌音は久遠達に背を向けた。

「……約束だよ」

最後にそれだけ言って久遠は怜悧を抱いたまま走り去っていった。

「…………会えてよかった。お母さん……」

拳を握りしめる。

「……一目だけでも会えてよかった……別人だって分かってるけど、それでも話せてよかった……」

涙が滴る。その間も迫り来る無数の異形ども。

「……怜悧とお母さんを守れて本当によかった……だから、ここからは、」

決意に満ちた右目で正面の敵を睨む。

「命、燃やす時……!!」

最大限の力を解き放ち、歌音が迫り来る敵へと走る。




「ここは、」

正輝が目を開いた時。最初に映ったのは炎に燃える街だった。

まるで映画や特撮のような日常をすりつぶす非日常の景色。

記憶のどこかにある爆破テロの景色。それは数ヶ月前にもあった。

「ここが2016年11月4日。ヒディエンスマタライヤンによるリセットが行われた日だよ。ここでどうやって目的の人物を見つける?」

「……ありがとう。ここまで来れば何とかなるわ」

メナージュは一歩前に出る。

「魔法なんて使わなくても研護の気配なら分かる……まだ、まだ生きてる……」

胸に当てた手が鼓動を打ち、一瞬だけ波立ててからメナージュの目に力を生み出す。

「……お父さん……」

せつなもまた早くなる鼓動を手で押さえる。その風景に正輝が言葉を失っていると、

「あ!!」

怜悧が突然大声を上げた。

「ね、姉さん……?」

正輝からの言葉を背で受けた怜悧は少しだけ震えていた。まるでその視線の先に何かがあったかのように。

「……ごめん。せつな。私、行かなきゃ……」

「姉さん……?」

「私、どうしても行かなきゃいけないの……!!」

「……うん。分かった」

せつなは背を向けたままの姉を抱きしめた。

「……絶対無事でいてね」

「……行ってきます」

優しく言葉を残して怜悧は走り去っていった。まっすぐに。ただまっすぐに視線の先へ。

「……私達も行きましょう。あまり時間はないわ」

「はい!」

怜悧の走った先とは別方向にメナージュ達が走り出した。




ここはどこでもない地の底の闇深く。

「メナージュ・ゼロが戻ってきたか」

全ての空気を震わせて淀む声。終の進化を司るディオガルギンディオ・ヒディエンスマタライヤン。

「死にに来たというのですか?」

「物好きなものを」

「既に手は打ってあります」

笑うファルタスク、キュリアスに対してクライムが身を乗り出した。

「このクライムにお任せを」

「……いや、」

「は?」

「お前達3人まとめてかかれ。スライト・デスがいるとは言え既に騎士達も動いている。奴らとの全面対決より前に不確定要素は先に全てを潰せ!」

「「「は!!!」」」

主の名を受けて3つの使徒は闇より羽ばたく。

ファルタスクは研護の方へ、クライムは歌音の方へ。キュリアスはそのどちらでもない方へ。




黒主家。リビングで何も言わずに待ち続ける三咲、赤羽、火咲、アリス。

その気配を確かに感じながら甲斐は心に響く何者かの声を受けていた。

「……何のために空手を……?」

「母が消えてからやめればよかっただろ?あの二人を火事で失った時点で確かにやめたはずだ。そのまま放置してお得意の絶望ごっこをしていればよかっただろう?何故続けた?その足が潰れるほどに」

「……」

記憶の原初。気付いた頃にはもう続けていた気がする。

何をするにも幼馴染み達と一緒だった筈の毎日。母親に連れられて駅前の空手道場に初めて行ったことを思い出す。

「-------になったらいつか一緒に…………」

自分がかつてとも形容しがたい遙か昔に告げた願い。

その言葉にたどり着いた時、甲斐は強く拳を握りしめた。

「思い出したようだな」

「……忘れた事なんてない。忘れてなんてない。だから、だからこそ……いま、苦しいんだろうが!!自分が最初に、他の誰にも左右されずにやりたいと願ったことを忘れるわけないだろう!?けど、それが出来ないからこそ人は傷つくんだよ!!俺はどうしようもない虚しさを得ているんだろうが!!何故、そんなことを言う!?何で、何でそんな昔のことを思い出させようとしたんだ!?」

「その慟哭に、お前自身が得た慟哭に何故応えようとしないんだ!?いつだって、重ねてきたんじゃないのか!?目の前で悲しむ者の顔に、己自身の無念を!!最初の夢を!!たとえ、自分自身挫こうとも、目の前に生まれたその悲しみを討ち滅ぼすだけの力を!!お前は!!ずっと!!願ってきたはずだ!!!」

「……っ!!どんなに願ったって……」

涙を食いしばる。

「夢は叶わなかった!!お母さんは……僕のお母さんは帰ってこなかったじゃないか!!!!」



無数の軍勢。

「はあ……はあ……はあ……!!」

血塗れた手足。上下する肩。なおも閉じることなく燃える瞳。

「少しはやるじゃないか」

笑うゾウムジュラ。対するは既に何体かの怪人をねじ伏せた後の歌音。

「生身の地球人ではないな?我ら同様作られた肉体を持っているようだ」

「だから……なんだって言うの……?」

言葉を絞り出す。その口は既に血で滴り、否応なしに血の味でいっぱいになる。

既に眼帯は千切れ、整えた髪もちりぢりになり、ずっと隠してきたその左目は露わになっている。

視神経ごと眼球が蒸発し、機械化しようとも決して元通りになることはない部分。

「しかし、我らスライト・デスの技術があればその左目も元通りになる。いや、それ以上の素晴らしい体を得ることが出来る。どうだ?我らと共に行かないか?」

「……そんなの、お断りだね……」

「そうか。これが地球人の持つつまらぬ意地という奴か。下らない」

ついにゾウムジュラが動き、その牙が歌音に迫る。本来ならギリギリで対応できるであろう一撃。

しかし、左目の死角から迫るその動きを歌音は完璧には捉えきれない。

(……ここまでか……!!)

しかしその右目は見た。

「怜悧ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「!!!」

迫り来る牙を跳び蹴りで粉砕して歌音の前に立つ少女の姿。

「れい、り……!?」

忘れようとして、しかしついに叶わなかった少女の顔と声。

「怜悧……!!」

「怜悧……!?」

二人の少女がいま、巡り会った。

「……おかしいな。こんなところに怜悧がいるわけないのに……はは。僕、死んじゃってたのか。そうだよね」

「怜悧!夢じゃないよこれは……!夢なんかじゃない……!」

怜悧は傷だらけの歌音を抱きしめた。その肩を涙で濡らしながら。

「怜悧……幻じゃない……?本物の……本物の怜悧……!?」

「そうだよ怜悧……!わたしだよ……?ずっと、ずっとまた会いたいって、今度こそ怜悧とずっと一緒にいようって、そう思ってたんだから……!!」

「怜悧……れいりぃぃぃぃ!!」

歌音は怜悧を抱きしめ返した。お互いに全力で、しかし相手を潰さぬように。その温もりを確かめ合うように。「ごめん……ごめんね怜悧……!!僕は……僕は……!!」

「いいの。もういいの怜悧……。わたしは、もう怜悧を離さないから……ずっと一緒にいるから……だってそれがわたしが本当に望んでいたことだから……!!」

「怜悧……!!」

思いを確かめ合う二人の少女。

「……ふん、そろそろいいかな?」

折れた牙を忌々しそうに触れながらゾウムジュラが告げる。反応し、構える怜悧達。

「三文芝居などしおってからに。そんなに一緒にいたいならまとめて消し炭にしてやる!!」

放たれた一撃。それを怜悧が受け止め、歌音が跳び蹴りで返す。

「何!?」

「怜悧の目になることはとっくに織り込み済みなんだから!!!」

「僕と怜悧に出来ない事なんてない!!」

二人の蹴足を受け、吹っ飛ぶゾウムジュラ。

「やろうよ、怜悧!」

「うん!!今こそ本当のレリーズのライブを!!」

群がる異形どもの前。二人の怜悧が構えた。



炎の色か茜空か。視界の多くを染める赤に己の消耗を彷彿とさせる。

「はあ……はあ……」

ラストを背負いながら研護は瓦礫の街を歩く。歌音と別れてから1時間以上は歩いた。

あれから研護の前に異形が現れてはいない。つまり先ほどの化け物は歌音を追っていったということになる。

「……仕方ない……仕方ない……俺に戦う力はないんだ……俺はまた、美夏に会うまで生き抜かなきゃいけないんだ……!!」

「研護……」

ラストの弱々しい声が背中からきこえる。感覚が麻痺しているのかその重さはほとんど感じられない。

「ラスト、大丈夫か……?」

「僕は……大丈夫だよ……」

「そ、そうか。……なあ、あいつらは一体何なんだ……?」

「スライト・デス……。全宇宙で暴れ回る無法者集団……。様々な星を襲っては文明ごと吸収し、力を増していく……」

「そんな奴らが……!?け、けど騎士とかって連中が放っておかないんじゃ……!?」

「だからこそ今の状況はまずいんだよ……この規模で地球が破壊されそうな上にヒディエンスマタライヤンとも協力している可能性が高い……だから、場合によってはこの全ての始まりとも言える世界ですら騎士達は放棄する可能性もある……」

「え……?」

「ヒディエンスマタライヤンが地球に来る1945年まで遡り、それ以降の時空を封印する……そう言う措置が執られる可能性もあるんだ……本来スライト・デスはこの2016年に地球には来ない。今まで何度も時空を繰り返してきた事で何らかの歪みが起きてしまったんだと思う……」

「そんな……勝手なことを……!!」

「……あ、」

「どうしたラスト!?」

「メナージュの気配がする……他にも別時空の存在が何人か来ている……!!」

「美夏が……!?そ、そうか……やっと、やっと来てくれたか……生きて、生きてたんだ……!!」

思わず涙が流れてくる。これまでの痛みが嘘だったかのように、思い出したかのように手足に活力が蘇る。

「けど、あまり状況はよくないかも知れない」

「どういうことだ?」

「メナージュが連れてきた戦力が少なすぎる……。一人は騎士には遠く及ばないにせよまあまあ強いかも知れない。けど、その一人以外は一般人と大差ない……このままじゃスライト・デスに太刀打ちは出来そうにない……!!」

「……そんな、」

「……もしかしてメナージュは期待した戦力を呼ぶことが出来なかったのかも。それで、せめて研護だけでも助けて別の世界で延命するために……」

「……なら美夏と合流する。どこに行けばいい?」

「それは、」

「ここで消えるのが一番いい」

「!?」

その声を聞いて背筋が凍る。振り向かなくても分かる。つい先ほど自分達を半殺しにした男の声だ。

「ファルタスク……!!」

「ほう、わざわざすまないな。意味がないというのに俺の名前を覚えていてくれるとは」

威厳があり、しかしどこかこちらを見下し尽くした声。ファルタスクは横転した高層ビルの脇腹に立っていた。「キッキッキッキィー!!」

そこへ奇声を発しながらキツツキのような姿の怪人がやってくる。

「うるさい」

「!?」

しかし、ファルタスクが拳から放った黒いオーラの光線が一撃でその怪人を消し飛ばす。

「仲間じゃなかったのか!?」

「スライト・デスなど所詮は宇宙の荒くれ者。首領のキルデバランをしても下っ端の怪人など屁とも思っていないだろう。この星を蹂躙し、騎士どもの邪魔が出来るのであれば如何様な犠牲か」

「……そんな、」

「研護、あいつらの言葉に耳を傾けちゃいけない……」

言いながらラストは研護の背から離れた。

「ラスト……!?」

「ここは僕が引き受ける。少ししか時間を稼げないかも知れないけど研護はメナージュのところに」

「そ、そんなこと出来るか!!」

「行って!!……メナージュがいなければ僕はまた研護に未来のない道を選ばせるところだったんだ。でも研護は未来ある道を選んだ。なら、僕に出来ることは少しでも未来へ道を繋がせること……!!それに、さっきの借りを返したいしね……!」

「無駄なことだ。全力だとしても貴様ごときでは調停者の使徒の相手は務まらない。それに貴様はキュリアスから力を奪われていると聞いている。全く相手になるわけがないだろう」

「けど、悪あがきが大好きな生き物なんだよね。人間って奴はさ!!」

ラストが走り、同時に研護が逆へと走る。

「生きてくれ……!!」

振り向くことなく研護はラストとは正逆の方向へと走る。

しかし、

「があああああっ!!!」

「!?」

突如。大きな音が散った。同時に、研護の前に何かが落ちてきた。

「…………らす……と……?」

それはラストの首だった。流血すら生まれない断面は既に消えかかっている。

「ほんの少し遊んでもなおこの程度しか時間を稼げなかったな」

ファルタスクの声が背後から聞こえる。

「ラスト!」

気にせず首を抱く。

「……ごめ……ん……ちょっとは……かっこうつけられると……おもったんだけど……」

「もう喋るな……」

「……嗚呼、僕も……未来にいきたかった……まだ、だれもみたことない……ぼうけんに……けんご……と、いっしょに……」

「ラスト!!」

「……そうじゃなくて……さ、」

ほぼほぼ消えかかったラストの目が研護を覗いた。

「もういちどよんで……ぼくの……ほんとうの……なま、え……」

白濁し、何も映さなくなりながら消えていく。そんなかつての相棒に。

「……か、カルミナぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

ナイトメアソード物語時代の相棒の名前を叫んだ。その声は炎の空へ共に消えていった。




「……ん?」

「どうしたカルミナ?」

ここは無限の彼方の電子の世界。

「……いや、どうやら未来に進んだ僕の分身がその旅を終えたみたいなんだ」

「……そうか。俺も、」

「ん?」

「いや、なんでもない。行こう、カルミナ。444999階層目のダンジョンだ」

「……そうだね」

終焉の先の世界を二人の旅人が虚空に向かっていった。




「……っ!!」

膝を折り、ラストが存在していた虚空を抱き寄せるように崩れる研護。

背後には未だ無傷のファルタスク。

「赤羽研護。偽りの命。その存在は取るに足らない。だが、場合によっては数多の運命を狂わせる要素になりかねない。だからここで死んでもらう」

ファルタスクの手が再び闇を生み出す。スライト・デスの怪人もラストも一撃で消し去る闇の一撃。

それに気付いていながら、背後からの闇に研護は瞳を閉じる。

しかしその時。

「走れ!!諦めるな!!」

「!!」

声がきこえた。自分と大差ない年齢の少年の声。

「っ!!」

研護はクラウチングスタートのように走り出し、直後先ほどまでいた場所で爆発が起きる。

「はあ……はあ……はあ……!!」

走る研護。舌打ちをしてから追いかけるファルタスク。そこへ、

「悪いけど、感動の再会を邪魔させないよ……」

「!」

歩乃歌が舞い、2本の刀「闇椿」を振り回す。

「ほう、」

ファルタスクは寸前で回避して歩乃歌と対峙する。

その後ろ。視線の先。

「こっちだ!!」

屋根のないバス。窓から正輝が手を伸ばし。研護がその手を取る。

「すまない!」

研護が窓から車内に入ると同時、

「研護!!」

メナージュが彼を抱きしめた。

「美夏……!!」

「研護……研護……!!」

車内で涙を流す二人。離れていた時間を取り戻すように温もりを分け合う。

「……出すぞ!」

正輝が運転席へと走り、アクセルを踏み入れ、バスが動き出す。

「……貴様は逃げなくていいのか?」

それを見ながらファルタスクが目前の少女へ問う。

「逃げる?どうして?君一人、僕の相手じゃないと思うんだけど?」

歩乃歌は闇椿を構えながらにやりと笑う。

「ふん。小娘風情が大きく出たな」

ファルタスクが腕に闇を纏うと、

「待て」

「!!」

突如響いた声に背筋を伸ばす。

「……なるほど」

歩乃歌もまた一段緊張をあげる。

視線の先。ファルタスクの背後。空間が歪み、3メートルほどの大きさの蝉の抜け殻のような物体が出現する。「この者相手では貴様では少し時間が掛かりすぎるだろう。相手は性殺女神をも破った存在だ」

「……進化の終を司る調停者……ヒディエンスマタライヤン……!!」

歩乃歌がパラレルフォンを出そうとすると、正面。トリケラトプスを擬人化したような怪物が出現する。

「げ!!」

「我こそはスライト・デスがトリケランチャー!!」

トリケランチャーを名乗った人外が歩乃歌に向けて突進する。

「またこいつ!?何か因縁出来ちゃった感じ!?」

その突進を回避しながら歩乃歌は一瞬で状況判断を行う。その一瞬で。

「!」

いつの間にか調停者とのその使徒の姿がなくなっていた。

「やられた……!!」

歩乃歌が視界の遠くを走るバスへ向かおうとすると、

「にがさんぞ!!」

トリケランチャーが正面から迫り来る。

「今は君と遊んでる暇はないんだけど……でも、今度はタイマンで倒してやる!!」

トリケランチャーの角と闇椿が激突を果たす。



バスの車内。

「……あなたが……」

メナージュに導かれ、せつなと研護が対面する。

「……俺と美夏の娘……」

「お父さん……」

「そうよ。研護。この子が私達の娘の赤羽せつな。……せつな、この人があなたのお父さん。赤羽研護よ」

メナージュが幸せそうに語る。この3人をバックミラーで正輝が見る。

どうなることかと緊張していると、

「……ほぼ同い年だな」

「うん……なんか親子って感じが全然しない」

研護とせつなどっちもあまり親子の実感が沸かなかった。

「え、何で!?」

「いや、だから女子高校生でしょ?妹達より年上じゃん。俺今17なんだけど。美夏はタイムスリップしたのかもしれないけど、お前とそう言うことしたのも昨日だし……全然感覚が」

「けど事実よ。私は奇跡の世界でこの子を生んで、再会できるまでの16年間光トンネルの中とかバックヤードの世界とかで待っていたんだから」

「え、じゃあお前今23と16だから39歳……ってこと……!?」

「年齢を計算しないで」

「……お母さんもお父さんも全然若すぎて……実感沸かない……」

後ろでの会話に正輝が少しだけ笑みを浮かべる。すると、

「どこへ逃げるつもりだ?」

「!?」

突然フロントガラスが粉砕され、バスが横転する。

「正輝!!」

「だ、だいじょうぶだ……!!」

窓ガラスから投げ出された正輝。今度はちゃんと受け身を取ってから立ち上がる。

「ほう、黒主零の息子か。しかし唾棄にも満たない器だな」

ファルタスクがバスの上から正輝を見下ろす。

「クライムとかって奴の仲間か……!」

「確かに同じ調停者を主として生まれた者同士だが、仲間などという概念はないな。ただ主の命令の下、行動するのみ」

ファルタスクがバスから飛び降りる。と、

「させないわ!!」

メナージュがすぐにやってくる。

「ほう、少しは魔力を回復させたか」

「これ以上私の家族に手を出させない……!!」

「心配するな。まとめて地獄にたたき落としてやる。俺はキュリアスのように甘くはないんでな!!」

ファルタスクとメナージュが同時に魔法を繰り出す。瞬いた光と轟く爆音が正輝の目と耳を動かす。

「くっ!!」

吹いた爆風に正輝が吹き飛ばされそうになる。が、

「大丈夫か!」

その腕を研護が掴む。

「すまない……すみません!!」

「敬語はいい!!俺の娘の兄だって言うなら俺の子供みたいなもんだろ!歳はそんなに違わないがな!」

「……すごい」

せつなが思わず言葉を漏らす。ファルタスクと互角の攻防をする母親。その後ろで手を取り合う父と兄。

夢にすら見たことのない景色が今、せつなの目の前にはあった。




ここは「いつ」でも「どこ」でもない場所。即ち光トンネル。

ありとあらゆる時空に繋がっている場所で、一定以上の実力がないものには認識することすら出来ない。

「……キヒヒヒ、馬鹿ばっかだねぇ!」

キュリアスが浮遊していた。留まっているわけではなく、ベクトルを持ってどこかに進んでいる。

「これは遊びじゃない。戦い。つまり殺し合いだってのに。いくら雑魚ばかりを相手にするとは言え、真っ向からやらんでも」

キュリアスが笑いながら視線を前に伸ばす。

「奇跡の世界。メナージュ・ゼロの女が通った道を使えばクライムに頼らなくても簡単にいける。既にどうにもならない世界に集中してる間に僕が奇跡の世界を支配してしまえばいいのさ。唾棄未満の器といえど黒主零がいるんだからどこにでも交渉材料になるんじゃないかな?うっしっしっし!!」

調停者である主の加護により、キュリアスはまっすぐ目的の世界へと向かうことが出来る。

それもメナージュが通ったあまりにも通常ではない経路を使って。

「まさかあの最果ての扉の先で待つものまで絡んでいたとは思わなかったけど、でも尚更ここは騎士どもにすら気付かれない。況してや他の調停者にさえ。きっひっひっひっひ!!」

笑うキュリアス。しかし、視線の先にあり得ないものを見た。

「まあ、確かに?騎士にもパラドクスにも調停者にも使えない道だな、ここは」

声。視線の先には3つの影があった。

「まさかこんな役割を担う運命があるなんてね」

「ちょ、ちょっと緊張しますね」

「なぁに、いつも通りやればいい」

「な、何者だ!?どうしてこんなところに人間がいる!?」

驚くキュリアス。その先で、青年が剣を手に取る。

「十路川のトリプルクロス。別世界の自分達のために。さあ、調停者の使徒。お前の名を果たせ」




2040年。どこでもないただ一人の男の心の中の闇。響いたのは心の奥底にあった慟哭。

「……それは、」

さきほどまで勇猛果敢に聞こえてきた声に躊躇いが生まれる。

「どれだけ人を助けても俺は光になんてなれなかった。母親がいないから……お母さんは帰ってこないのにどんどん家族は増えていった。周りから優等生みたいに扱われてきた……多くの笑顔を見てきた。

だけど!!それでも俺自体が報われることはなかった……。偉くなって有名になって、見つけてもらおうとそう思った。自分の家族も出来た。けど、それでも……お母さんは帰ってこなかったじゃないか!!自分自身でさえ笑顔に出来ない……家族の力になることすら出来ない……光になんてなれない……輝ける者達のひとりになんてなれなかった……!!!だったら……」

「……だったら?」

「ヒーローになって輝けないって言うのなら闇に染まって俺なりのやり方で好きなようにやらせてもらう!!それが一番だ!そうだろ?なぁ!?せっかく助けた命に裏切られて今や俺は悪魔か何かのように扱われて世界から嫌われている!!拒絶されている!!なら、悪魔でいいよ。悪魔でも構わない。悪魔なりのやり方で俺は俺自身を救ってやる!!……そして、」

「……本当のヒーローに討たれるのが最後の希望……」

「そうだ……!!悲しいと思うか?虚しいと思うか?だが!!もう、それしか……それしかないんだよ!!!」

「……」

「だのに、今更ない力を期待されて、世界を救ってくれだと?大切な誰かを助けて欲しいだと?ふざけるな!!そんな、そんな力があるんだったらとっくに、とっくに俺自身を……こんな、こんな悪役みたいな立場と人生を送る必要なんてなかっただろ……?誰かを助け、誰かに恨まれ、誰かに殺されることを最後の望みとする……そんな、そんな生き方、誰が嬉しいんだよ……誰が喜ぶんだよ!!あの女の人が泣きながら俺に助けを求めてきて、心から助けてやりたいと思ったさ。出来ることならなんだってしてやりたい!そんな力があるのならいくらでも救ってやる!!けど、けど、俺のやり方が正しいなんて保証がどこにあるんだ!?

優等生と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、今度は何だ?誰を助けて誰に裏切られたらいい?身を乗り出して手を差し伸べてそれが助けにならないなんて保証がどこにあるんだよ!!

……もう、分からないんだよ……。何が悪で善で丸め込めるんだよ。誰か、正しい道を教えてくれよ……」

「……そこまで言うならもう気付いてるんじゃないのか?」

「……何がだよ」

「お前自身が既にお前自身を助ける方法を知っていながらどうして動こうとしないんだ!?」

「……俺自身を助ける方法……?」

考える。今まで自分が告げたのは間違いなく筋の通ったどうしようもない絶望の吐露だったはずだ。

理屈で否定できても感情で否定できるものはいない。

「何をしたらいいのか分からない。でも、何をしたら駄目なのかが分かっているならその間を取れ。冷静に考えた絶望なんかに自らが納得する理由を懇切丁寧に理屈づけて説明してんじゃねえ!!」

「……」

「誰かに討たれて散りたい希望があるって言うのなら形振り構わず自分も他人もまとめて救ってみせろ!!助けた奴に後ろから刺されて死ぬのが最後の希望だとしても、それで自分が救われると思うのなら助けてみろ!救ってみせろ!!」

「そんな、そんな無責任なこと出来るか!!」

「……1つ、いいことを教えてやろう」

「……っ!」

「如何なる常識も勝算も捨て放ち、ただ一縷吹いた気まぐれという風にその身と全ての力を注ぐ。……人、それをロマンという」

「……下らないな」

吐き捨てる。しかし、それでも信じてみたいという思いが握り拳からは逃げ切れなかった。

「下らない。……下らないのに、どうして……どうして……どうして、その思いを踏みにじれないんだ……!?」

「決まってる。毎朝鏡を見てるからだろ。誰より救われたい奴が、誰より救って欲しい奴の顔を見ているからだ。……だから、そろそろ」

その手が、背中を押した。

「全部敵に回して、世界の全てを救ってこい。たとえ、最初の夢と異なっていても。その夢が進んだ先に今のお前がいるんだ」

「……」

一歩前に出した。最初の夢。

それは、



「大きくなったら何になりたいの?」

「ぼくはね、ウルトラマンになりたいんだ!ウルトラマンティガになりたい!ウルトラマンティガになったら一緒に空を飛ぶんだ!そして、」

「そして?」

「どんな怪獣からも、お母さんを守ってあげるね!」


全ての少年が原初に抱く夢が歩き出した世界にいま、男は足を踏み出した。

「この世界を……僕が守る……!!」




2016年。炎に包まれた街。無数の異形。血と嘲笑の饗宴。

「……よく、持った方だな」

ゾウムジュラが笑う。その視線の先。無数の異形の残骸の中心。二人の少女が倒れていた。

「……」

怜悧も歌音も既に手足は潰れ、立つことさえままならない。

感覚すらほとんどないその手は固く結ばれていた。

「……怜悧、」

「何も言わないで。言ったでしょ?ずっと一緒だって……。もう、怜悧を一人にはしないから」

「……」

「だから、怜悧……」

「うん、僕も怜悧を一人にはしない。……お母さんに会えた。昔の怜悧を助けられた。最後に怜悧にまた会えた。もう、僕に思い残すことはないよ……」

「……怜悧」

振り向けば涙が混ざり合う。

「そろそろいいか?とどめの時間だ!!」

ゾウムジュラが叫ぶと、

「いい宴だ」

そこへクライムが現れた。

「ふん、調停者の使徒か。今更何だ?」

「死を覚悟した娘に最後に1ついい話をしてやろうと思ってな」

笑いながらクライムが怜悧のそばに寄った。

「何故、その娘が生きているか分かるか?」

クライムの異形の目が歌音を映す。

「それはな、私が貴様の体内にずっといたことで貴様の記憶から情報を抜き出して作り出したコピーに過ぎないからだよ!!」

「……」

「貴様が今まさに添い遂げようとしていた最愛の娘は、貴様から生み出された偽物に過ぎないのだ!」

「……だから何?」

「む?」

「怜悧は確かに死んだ。この怜悧はあんたが作った怜悧かも知れない。でも、確かに怜悧なんだ……!!コピーなんかじゃない……私が知っている怜悧のあったかもしれない怜悧の形なんだ……!!」

「……!?」

「人間を情報だけで、記憶だけで、コピーできると思ったあんたなんかに真似できるほど、人間は弱くないんだから……!!!」

「……ふん、死に損ないが。その最期ですらこの私を楽しませることが出来ないとは。愚かだ。なら、望み通りその人形と一緒に死ぬがいい」

クライムが手を叩くと、地平線を埋めるかのように無数のロボットが出現する。全てが歌音と同じ姿をしていた。その手には対ロボット用のビームライフルがある。

「そんな……そんな、偽物で……!!」

「結構!!甲斐怜悧に本物などいないのだよ!!」

クライムが指を鳴らすと同時、無数の火線が轟き、宙を貫く。

「……っ!!」

怜悧が強く歌音の手を握る。その目は強く見開いたまま。

暗い曇天の下を無数の火線が貫き、二人の少女に迫り来る。

その時。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

男の声がした。

「え……?」

迫り来る無数の火線を一瞬で全てなぎ払い、大地に君臨する巨体。

「……ウルトラマン……?」

「……ふっ、あの男が聞けば羨みそうだな」

怜悧の声を背中で聞き、大きな土飛沫をあげながら巨体は笑う。

その巨体めがけて再び放たれた無数の火線。それを巨体は腕を振るうだけで全てなぎ払った。

「ば、馬鹿な……ど、どうなっている……!?どうなっているのだ……!?何故、何故、何故貴様が!?」

動揺するクライムやスライト・デスの怪人達。

「本物の甲斐怜悧がいないだと……?ふざけたことを言うな。今、ここに」

巨体の目が無数の悪を見据える。俄に裂けた曇天から光が差し込み、その姿を照らす。

「アドバンス・M・クロニクルがいる以上、そんなふざけた世界などありはしない……!!!」

雄叫びを上げればそれだけで発生した地割れが無数のロボット軍団を飲み込み、粉々にしていく。

「アドバンスだと……!?貴様はとうの昔にその名を果たされた筈だ……!消えたはずだ!!」

「名を果たすとは消えることではない。その名前が持ってしまった悪しき運命から解き放たれることだ!!」

走る。風になる。一秒も惜しんで。

「!?」

「でやあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

放たれた拳の一撃が、クライムも、スライト・デスの怪人軍団も、ゾウムジュラもその全てを跡形もなく消し去った。

「……す、すごい……」

怜悧と歌音が上体だけを起こす。見ると、巨体の足下に小さな池のようになっていることに気付いた。

「……池……?」

見上げると、

「……このような日が来るとは……!!」

夕陽に向かっていたためはっきりとその顔を窺うことは出来なかった。




「こ、これは何かの間違い……!」

キュリアスは腰が抜けていた。その目の前で次々と召喚されたドラゴンの大群が瞬く間に消されていく。

「助かるぜ。わざわざ名前を言った上で召喚してくれるんだからな」

青年は抜いた刀を戻している。そこから一歩も動くことなくドラゴンの大群を倒しているのだ。

「そんな馬鹿なことがあるか……!黒主零の息子はもう戦う力はないはず……!!」

「世界は1つじゃないんだ。調停者が作ったにしてはお粗末だな。で、お前の名前は?」

「い、言えない。言ったら消される……!!」

「じゃあ仕方ない。借名」

「はい。果名様」

呼ばれた少女がキュリアスに近づくと、ゆっくりと唇同士を重ね合わせた。

「!」

「ああ、いい。いいね。少女同士の接吻……」

「……果名?何やってるのよ」

「簡単なやり方さ」

果名が笑うと、

「分かりました!果名様!」

少女が戻ってくる。

「この人の名前はキュリアス!好奇心のGEARを持っています!!オンリーGEARなのでコピーできませんでしたけど!」

「十分十分!じゃあ、キュリアス?」

「ひっ!」

「その名を果たせ!!」

「ひいいいいいいいいきゃあああああああああああああああああ!!!!」

人智を超えた力が作動してキュリアスの全身、魂にものすごい圧力が加わっていく。

「ついでに切ってもあげるよ。果名の力だけじゃ厳しいでしょ?」

「助かる。切名!」

二つのGEARの力がキュリアスを襲う。

「ま、ま、まだ何もしてないのにぃぃぃっ!!」

そして、時空の間の光トンネルの中でキュリアスは光になって消滅した。

「……いっちょ上がり」




「馬鹿な……!クライムとキュリアスの気配が消えた……!?」

ファルタスクが驚きの声を上げる。

「どうやら不都合が起きているようね」

笑うメナージュ。

「ちっ、こうなったら俺一人で主の命を果たすのみ!!」

ファルタスクは飛翔し、まるで小さな太陽と形容すべき巨大なエネルギーの塊を中空に作り出した。

「っ!!」

「このエネルギー……貴様程度には抵抗も出来まい……!!跡形もなく消滅しろぉぉぉぉぉっ!!!」

ファルタスクがそのエネルギーの塊を地上に向けて投げる。メナージュが抵抗の魔法を繰り出すも秒も持たずにかき消される。

「まずい……!!」

身構えるメナージュ。その時。

「はああああああああああああああああああああああっ!!!」

「!!」

雄叫びが聞こえた。

同時に全ての曇天を滅ぼし、放たれた小さな太陽をも雷光が両断する。

「馬鹿な!!」

驚くファルタスクの前。太陽を両断した男がゆっくりと降臨した。

「1つ、いいことを教えてやろう」

口を開き、夕陽を背にする。

「どんなに強大な闇が立ちはだかろうと悪は必ず打ち倒される。……人、それを黎明という」

「馬鹿な!!そんなことがあるわけがない!!貴様は何者だ!!」

「貴様に名乗る名前はない!!」

天空より降り立った男は高らかに言い放ち、その足で着地した。

「あれは……!!」

正輝とせつなが驚き、メナージュが感嘆の涙を流す。

「廉ちゃん……!?」

「に力を貸してやってるだけだ。かといって本物のナイトスパークスでもない」

「え?」

「さしずめ、ナイトスパークスオルタネイティブとでも言ったところか?」

スパークスがにやりと笑う。

「オルタネイティブ……代理品だと!?どういうことだ!?」

「貴様に名乗る名前はないと言った!ブランチなんざの使徒風情が!!」

スパークスが地を蹴る。一瞬の後。

「!?」

「この俺をなめんじゃねええええええええええっ!!!!!」

ファルタスクの顔面に突き刺さる左拳。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああああっっ!!!!」

そのまま力を込めると、ファルタスクの体が光の5200万倍の速さで吹き飛んでいく。

「馬鹿なあああああああああああああ!!!」

空気摩擦だけで跡形もなく消え去るファルタスク。

「……正義は勝つ」

煙出る拳を息で吐き消すスパークス。

「なんじゃありゃ」

正輝は開いた口が塞がらなかった。目に見えなかったがとんでもないことをしでかした正面の男は確かに父親そっくりだったが、何かいろいろ小さい。

「でも、どういうことなの……?黒主零の、ナイトスパークスとしての力はもうどこにもないんじゃ……?」

「が、甲斐廉の心の中にはあった。自分自身で無意識に封印したんだからまあ、そりゃあるだろうな。さて、」

スパークスがメナージュの肩を軽く叩くと、未だにそびえる無数の異形どものシルエットを、夕陽を押しさんばかりに迫り来るスライト・デスの星を見やる。

「一仕事してやるか。万雷ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

叫ぶ。握った拳を開けばそこに稲妻の剣が出現する。

「ん!?今のは……!!」

トリケランチャーを殴り倒しながらボロボロの歩乃歌が振り向く。次の瞬間。

「皆まとめて消し飛べええええええええええええっ!!!!」

地平線の彼方まで伸びた稲妻の一閃が横薙ぎに振るわれ、地上の怪人達を全て両断し、消し炭にする。

「げっ!何で廉君全快になってんの!?」

トリケランチャーの残骸を払いながら歩乃歌が青い顔をする。さらに、ふと上を見上げると、

「……一丁上がりだ」

スパークスが万雷を鞘に戻すと同時。木星の150倍の大きさであるスライト・デスの星が真っ二つとなって大爆発を起こした。しかしその影響は地球に一切襲ってこなかった。

「……」

地球上にいた誰もが開いた口が塞がらなかった。何なら目も飛び出していた。

「……馬鹿か」

アドバンスがため息をこぼす。しかしすぐに警戒を戻して身構える。

「……」

スパークスが再び万雷を抜刀する。その視線の先。

「戻ってきたというのか……黒主零……!!」

「ヒディエンスマタライヤン……!!」

先ほどまではと全く違う巨大なドラゴンのような姿で調停者は君臨していた。

「ふん、スライト・デスと組んで騎士どもの動きを乱そうとしていたのに残念なことだな~?てめぇなんざ俺一人で十分だよ!」

「いくら上位の騎士といえど不滅の調停者を滅ぼすことなど出来ぬわ!!」

「できらぁ!!」

スパークスが地を蹴る。一瞬の1500倍の速度でヒディエンスマタライヤンへと迫ると、

「せえええええええええええええええええりゃあああああああああああああああ!!!」

拳の一撃でその巨体を彼方までぶっ飛ばす。

「は……?」

目を飛ばすアドバンス。

「がははははははははははは!!!」

高笑いをするスパークス。その視線の先で太陽系より遙か彼方の銀河の先まで消えていくヒディエンスマタライヤン。

「さて、地球を戻してやる」

スパークスは万雷を大地に突き刺す。と、瞬く間に破壊された街々が元に戻っていく。

「お、おいおい……どこまでチートなんだよあいつは」

研護が尋ねるも正輝とせつなは何かの病気のように大口開けたまま動かなかった。

「……美夏。あれが?」

「……そうね。でも、もういいのよ」

メナージュは咳払いをしてから研護に抱きつく。

「あなたやせつながいるのだから」




それから。

「はぁ、一緒に地獄に落ちてくる仲間を探していたんだけどな」

元に戻った甲斐がため息をつく。

「まさか世界を救うことになるとは思わなかった」

「いいことじゃんか。何気にしてんだよ」

「いろいろあるんだよ」

草原。何事もない平穏の緑の絨毯。甲斐と正輝は横になっていた。

すぐ近くでは怜悧と歌音。メナージュと研護、せつな。それぞれが何らかの話をしている。

そして、

「正輝」

せつながやってきた。

「いいのか?」

正輝が起き上がる。

「言ったじゃん。一緒に戻るって」

「……そうだな」

正輝が服についた草を払っていると、急にせつなが抱きついてきた。

「お、おい!?」

「……ありがと」

「……一緒に戻るんだよな?」

「そうだよ?」

「……妙に素直になったな」

「損しちゃうもの」

正輝からの問いにせつなが笑顔を見せた。久しぶりに見る笑顔だった。

「……じゃあ、帰ろうか」

正輝の言葉を受けてせつながメナージュを振り返った。

「……いつでも帰ってらっしゃい。あなたの帰る場所はこの世界にもあるのだから」

「……うん!」

せつなが手を振り、メナージュと研護が手を振る。

そうして、正輝達は虚空の穴を通り、元の世界に帰って行った。

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