第2話「ラスト=パラダイス」

・赤羽研護はその時ひどいデジャブと目眩に襲われていた。

「ま、まさか……!?」

ARゴーグルもつけていない状態でパソコンの画面から人間の姿が出てくるという光景からどうしてもその目を離すことが出来なかった。

「また……ゲームから人間がこの世界に出てきたというのか……!?そ、それも……」

一歩を下がり、研護の前に全身をさらして床に足をつけたのは最新のARゲーム「ラストパラダイス」に登場するキーキャラクター「ラスト=パラダイス」だった。

「ラスト……パラダイス……!?」


・遡ること半日前。学校からの帰り道研護は帰りのコンビニに立ち寄る。

「お、新作だ」

歩いていると新作ゲームが売られていた。現在研護が知っている唯一のゲーム屋が店舗改装工事中のため手に入らないと思っていたゲームをこんなところで見かけることになるとは思わなかった。

(まあ、全く期待してなかったと言えば嘘になるけどな)

ウキウキでパッケージを手に取りながら財布の中の千円札を増殖させていく研護。

「いらっしゃいませ」

店員赤羽美咲が少しぎこちない笑顔で出迎える。

「これください」

「はい。5800円になります」

「6000円で」

「はい。200円のお返しです」

「どうも」

「ありがとうございました」

高速の取引。実際にはいつもと大して速度は変わらないがそう錯覚できるくらいには研護は浮かれていた。

だから、財布を出す際に生徒手帳を落としていたことに気付かなかった。


「ただいまー」

帰宅。玄関にはいくつかの可愛いデザインの靴が置かれている。つまり妹達は帰宅済みだと言うことだ。

「あ、帰ってきた」

「ちょっと遅かったね」

早速出迎えてくれる同じ顔の妹達。

「ああ。最新作を買ったんだ」

研護が自慢をするかのようにパッケージを見せる。

「ずっと楽しみにしていたゲームだよね!」

「お小遣い大丈夫なの?」

「俺に限界はない」

流しで手を洗い、うがいをしてその場で制服を脱いで洗濯かごに突っ込む。そうしてパッケージ片手に下着姿で自分の部屋に向かう。

「さて、」

部屋に入るとうっすらと眠気が来る。毎朝3時には起きて豆腐作りを手伝っているのだから仕方ない。いつもならここで2,3時間ほど仮眠をするのだが今日はそんなことをしている暇はない。

「早速プレイするか」

適当に服を着ながらゲーム機にカセットをセットする。

「……」

脇目に映るのはベッドを占領するメナージュの姿。少し前からずっと眠ったままの美女の姿。声をかけても悪戯しても起きる気配はなかった。丸一日だけならともかく既に一週間近く眠ったままでは流石に心配が勝る。かといって普通の人間でもなさそうな彼女を病院に連れて行くのも気が引けるというもの。

「何より、別に家族とかじゃないしな。怪しまれたら終わりだ」

研護に出来るのは起こさぬようにゲームに集中することだけだ。

「……お、これも協力プレイできるのか。けどメインは一人でストーリーを進めていくことになりそうだ。……このゲーム、あのXとかって奴もプレイしているのか……?」

4年ほどずっとプレイしてきたゲーム「アルカディアGX」でよく一緒に協力プレイをしてきたプレイヤー「X」。別にチャットなどもほとんどしたことがないため、新作が出たからと言って一緒にプレイをする必要もない。だが4年もずっと一緒だったとなると流石に少しだけ後ろめたさが生まれるのも仕方がないというものだ。

(そもそも最近あまりログインしてないみたいだしな。ちょうどメナージュが倒れてからくらいだけど、流石に関係はないだろうな)

ちゃっちゃと初期設定やチュートリアルを済ませてゲームを進めていく。

「ん、キーキャラクター設定?」

少し進めるとこのゲームで一番重要なキャラクターであるラスト=パラダイスの設定画面に遷移した。

どうやらプレイヤーがある程度決められると言う仕様らしい。

「……珍しいな。そんなことまで出来るのか最近のゲームは。どれどれ」

設定を見るとかなり複雑な部分まで設定が出来るらしい。しかもその中にはメモリーデータから今までのゲームのデータを読み取って過去の別作品のデータまで持ってこれるらしいことまで書かれていた。

「……これ版権的に大丈夫なのか?もし本当に出来るとしたら……」

研護がメモリーデータを眺める。ろくにゲームをプレイする時間が取れなかったから記録されているゲームの種類もそんなに多くない。Xと出会ったアルカディアGXともう一つ。

「……ナイトメアソード物語」

初回プレイ日時が10年近く前。初めてプレイしたゲーム。まだ母親が生きていた頃に唯一買ってもらったゲーム。いろいろ思い入れの深いゲームだ。

「……あれから俺は成長できたんだろうか……」

無意識に指を動かし、設定の読み込みを行う。お気に入り設定しておいたいくつかの懐かしい顔が新たなゲームに読み込まれて新規設定が実行される。

「……ん、」

「メナージュ……?」

そこでメナージュが軽く寝返りを打った。あれ以来初めての反応だった。

「起きたのか?」

メナージュに近づき、その顔を見る。しかし、その瞳は閉じたままだった。

「……起きてはいないか」

研護が一歩下がった瞬間。

「ん……」

メナージュの指先から虹色の光が放たれて瞬く間にゲームの画面に注がれた。

「……は?」

その瞬間、メイキング完了までまだ半分以上ゲージが残っていたにも関わらず一瞬で完了画面まで到達し、画面が大きな光をあげる。

「ちょ、おいおい、まさか……!?」

焦る研護の前。ラスト=パラダイスと名付けられたキャラが画面を通り抜けて今、研護の前にその姿を降臨させた。

「……ぁ、」

「!!」

目の前でラストが口を開き、目を開ける。少年とも少女にも見える中性的な美形。現実離れした謎の光沢を放つ緑色の髪、背中から生えた大きな紫の翼。どう見ても普通の人間には見えない容姿……。

「……こ、ここは……」

「しゃ、喋った!?」

「君は……もしかして研護……?」

「お、俺を知ってるのか!?」

「嗚呼、会いたかった。久しぶりだね、研護。僕ずっとメモリーデータの中で君の帰りを待っていたんだよ……!」

詰め寄るラスト。声も匂いも雰囲気も全て初めての筈なのに研護はその全てに懐かしさを感じていた。

「ずっと会いたかった……また君と冒険できるんだね!研護!!」

「……ま、マジかよ……」


ナイトメアソード物語で最初に闘うことになるキャラがいる。そんなに強い敵ではないのだがまだ幼かった研護には操作が難しく、何度も何度も負けては挑みを繰り返した。何日もかけてやっと倒したらそのキャラは最初の仲間になった。それ以来ずっと一緒に冒険をするキャラ。

しかし、物語を進んでいく内に実はラスボスであることが判明してしまい、最終的には倒さなければいけない。最終決戦前に選択肢自体は出てきて多少エンディングは分岐するのだが結局そのキャラが助かることはない。

そんな結末に納得できなかった当時の研護は……

「いやいやお兄ちゃん。流石にそれはないでしょ」

少し遅めの夕飯を準備していた妹達。研護はラストを連れてきたのだ。

「何で非実在キャラをまた増やしてるのさ兄さんは」

「俺がやったんじゃない。メナージュが寝ぼけてやったんだ」

研護は軽い目眩を覚えながら自席に着く。

「うわあ……」

ラストは周囲を見渡す。

「すごい、すごいよ!これが21世紀の日本なんだね!僕のいた世界は数百年後だったから……はぁ、すごいや!」

落ち着きのない犬のようにせわしなく動くラスト。

「で、そっちの子は?どっちが翡翠?」

「……わたしです」

翡翠がラストに返事をした。

「うわあ、大きくなったね翡翠!そっちの子は?双子がいたなんて聞いてないよ!?」

「こ、琥珀です……」

「翡翠と琥珀だね。うんうん。僕はラスト。ラスト=パラダイス!!ラストパラダイスってゲームの世界から来たんだ!」

「……お兄ちゃん」

「……なんだ?」

「この人、男の子?女の子?」

「……めくってみたら分かるんじゃないのか?」

「どれ」

琥珀がラストに近づき、ズボンを下ろした。

「ふぇ!?」

「…………あー、」

赤面のラスト。青ざめる琥珀。仰天の研護と翡翠。

「……ごめんなさい」

ズボンを元に戻して琥珀が離れた。

「お前……」

ドン引きの研護。翡翠は言葉もなかった。

「だって、興味あったんだもん」

「興味一つで初対面の相手の下半身を露出させるな。女子中学生でも捕まるぞ」

「あ、あはは……相変わらずだね」

ラストがソファに座る。

「でもいつの間にか研護も翡翠もこんなに大きくなっちゃって」

「それは……」

「仕方ないよ。僕ゲームのキャラだもん。むしろ研護だって何年もあのゲームをやり続けてくれてすごいくらいだったよ。最初は僕相手に何度も苦戦して負けてたのになぁ」

「苦い思い出を思い出させるな。てかお前はナイトメアソード物語のキャラなのか?ラストパラダイスのキャラなのか?どっちの記憶があるんだよ」

「う~ん。記憶としてあるのはナイトメアソード物語だけど、何て言うか、心の国籍?みたいなものはラストパラダイスかな?少なくとも自分としては本名はラスト=パラダイスだと思ってるよ」

「……って言うかお前はゲームから出てきたんだよな?じゃあゲームのお前はどうなってるんだよ」

「さあ?」

「さあって、」

「見てくれば?」

言いながら琥珀が自ら研護の部屋に行く。

「あ、おい」

研護が追いかけた。よって必然残るのは翡翠とラストだけになる。

「……」

「ねえ翡翠」

「え、な、何?」

「琥珀も翡翠だよね?」

「……」

「確かに当時僕に心というか独立した人格なんてなかった。画面から君たちを見ていただけだけど、それでも僕が知ってる翡翠に近いのは琥珀の方。それに当時双子なんていなかった。僕がこうして実体化しているのも謎だけど、それがあり得るなら翡翠が二人になってるのもあり得るんじゃないかな?」

「……間違いじゃないけど」

「けど?」

「……」

翡翠はスマホを出して一枚の写真をラストに見せる。

「これは翡翠?それとも琥珀?」

「これは本物の赤羽翡翠。……もうこの世にいない本物の赤羽翡翠」

「……どういうこと?」

「8年前にお母さんと本物の赤羽翡翠が交通事故に遭って亡くなったの。兄さんはそれを受け止めることが出来なくて赤羽翡翠の遺体を何度も何度も増殖させた。そしたら運良く心肺蘇生出来たの。それが今のこの私。それから兄さんが試しで増やしたのが琥珀。記憶も人格もコピーされる兄さんの魔法だから私も琥珀も本物の赤羽翡翠の記憶をちゃんと持ってる。私も琥珀もちゃんとあなたのことは覚えてるよ」

「……そうだったんだ。研護にそう言う力があるのは何となく知ってたけど、魔法ってこの世界にはなかったんじゃないの?」

「ないわよ普通。でも兄さんは音終島の出身だから」

「音終島?」

「そう。日本海側にある人工島。いつどうやって作られたのかも分からないけど最低数百年前から存在する島。旅行が好きだったお母さんはたまたま旅行でその島にいる時に兄さんを産んだ。あの島は不思議なことが起きやすい島だからそういうこともあり得るんじゃないかってお母さんは言ってた」

「そんな事もあるんだ……。僕の世界よりよっぽどファンタジーだね」

「……兄さんだけだったら見なかったことも出来たんだけどね。メナージュさんが来たりあなたが来たりで、何か頭どうにかなっちゃいそうだよ……」

ため息をつく翡翠。すると、

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

部屋の方から研護の悲鳴が響いた。急いで二人が向かうと、画面の前で放心している研護の姿。

「ど、どうしたの兄さん!?」

「か、買ったばっかのゲームがぶっ壊れてる……」

「……な、なんだそんなこと……」

「そんな事ってなぁ!ずっと楽しみにしてたんだぞこのゲーム!駅前のでっかいモニターで初めて映像が公開されてからずっと楽しみにしてたのに!」

「また買えばいいじゃん。兄さんならいくらでもお金増やせるでしょ?」

「高校生が同じゲームを同じ店で買ったら不自然だろうが!あのコンビニにしか売ってなかったんだぞ……!!ううう……!!」

「な、泣くことないじゃない!」

「そうだよ。わたし、買いに行こうか?」

メナージュにまたがって胸を揉みまくってた琥珀が挙手。

「ちょっと琥珀!そういうセクハラしないでって言ってるでしょ!恥ずかしいんだから!」

「えぇ~?でもでもメナージュさんのおっぱいすっごくちょうどいいじゃん!私達そんなに大きくないし」

「中学生だからまだ仕方ないでしょ!」

「と・に・か・く!!!私、コンビニ行ってきていい!?お小遣いちょうだい!」

「……いいけど流石に今日の今日ではまずいと思う。コピーした千円札が12枚は絶対バレる」

「でも魔法で増やしたお金でしょ?普通バレないよ!」

「普通はバレないと思うがバレたら絶対にやばいんだよ!」

「でも兄さん。そしたらどうするの?いつものゲーム屋しばらくやってないんでしょ?」

「……そこなんだよな。メナージュが起きていれば魔法で壊れる前に戻してくれそうなんだが」

「壊れる前に戻ればいいの?」

そこでラストが話に入ってきた。

「あ、ああ。お前戻せるのか?と言うか戻したらお前はどうなるんだ?」

「さあ?でも僕の存在はたぶんもうこの世界に完全に根付いてるから時簡遡逆でも平気なんじゃないかな?」

言いながらラストがゲーム機とカセットに触れると一瞬だけ輝いて、

「はい。もう大丈夫じゃないかな?」

「……」

恐る恐る研護が起動させると、

「な、直ってる……最初からになってるし、ナイトメアソード物語のデータを読み込めなくなってるけど」

「ほら。研護はいつも僕に頼ればいいんだよ」

ウィンクするラスト。その顔に一瞬だけ研護は赤面した。

「あ、兄さんが性別不明の美形に照れてる」

「え、でも一応見たら性別は……」

「そういうのは言わないの!」

明言しそうになった琥珀を翡翠が制する。

「……ま、まあいいや、俺は現実逃避にちょっと潜ってくる」

「僕は?どうしたらいい?」

「翡翠達に任せた」

「え、ええ!?」

驚く妹達を背に研護はゴーグルを付けてゲームを開始する。


ARゴーグルを利用して研護が見た景色はVRとも言えない異質なものだった。

これまでは作られた景色であることが一目瞭然だった。どれだけ現実に忠実な世界を用意していてもところどころ違和感が見られた。だが、ラストパラダイスのゲームは違った。

「……夢……?いや、これが本当にゲームの中なのか……?」

望むだけで一人称視点と自分のやや斜め後ろ上からの三人称視点へといつでも変わる以外は全く現実特別が出来なかった。

「……とりあえず先に進むか」

古代ギリシャの遺跡のようなステージを歩いて先に進む。

「……やたらと雲が低く見える。高度が高いところにあるのか?それに他のプレイヤーの姿が見えないのが気になる。まだ協力プレイ出来る場所ではないってところか?」

事前に見た情報によればこのゲームはいろいろな世界を渡り、各世界独特の能力や武器を手に入れて最初のステージに戻ってきてラスボスと戦えるというものだった。

つまり、ラスボス自体とはいつでも戦える。

「……まあ、流石に今のこの時点で戦わないけどな」

「それが賢明だよ」

「ああ。……あ?」

声に振り向くとそこにラストがいた。

「ラスト!?どっちのだ!?」

「翡翠達喧嘩しちゃって、暇だからこっちに来たんだよ」

「そ、そうか……って事は俺は正規のラストじゃないラストのガイドを受けてこのゲームを進めていくことになるのか」

「だからいろいろ不正し放題だよ?」

「いや、ゲームは楽しくあるものだ。ずるをしたら楽しくない」

「お金を不正で増やしてこのゲームを買ったのに?」

「……そ、それは」

「まあ、そのお陰で僕は研護にまた会えたんだからいいんだけどね」

「……」

俯く研護。ラストが先に一歩する。

「それで研護。どうしたい?このステージにはラスボスと他の世界に繋がるゲートしかないよ」

「ガイド自体はしてくれるのか。……各世界の情報はあるか?そもそもいくつ世界があるんだ?」

「6つの世界があるよ。全ての世界を踏破したら他のプレイヤーと協力プレイが出来るようになるよ」

「しばらくはソロプレイって事か」

「僕もいるよ?」

「お前はガイドだろう」

「ちぇっ、」

「……最初はこの世界からにするか」

歩いていると視線の先にゲートらしきものが見えた。そこへまっすぐ向かい、ゲートをくぐる。

(……そう言えばラスボスはどこにいたんだ?)

研護が疑問すると次の瞬間には景色が全く別のものになっていた。

「……ここは、学校……?」

銀色の空の下。周囲には制服姿の女子ばかりがいた。

「ここは山TO氏学園だね」

「やまとうじ?てかなんだこの文字。バグってないか?」

校門前。山TO氏学園の文字を見て研護がなんとも言えない表情になる。

「てかさっきから女子しかいないんだがまさか……」

「そうだよ、ここは女子校」

「何でゲームに女子校なんてステージがあるんだよ!」

ゲームの中とは言え、妙な居心地を得る。周囲から聞こえる声は確かに日本語なのだが妙なノイズも聞こえる。「ここの舞台は30世紀だからね。400年前に起きた大きな戦争の影響で国家というものがなくなって中途半端な文明を持ったまま縄文時代みたいに各地だけで人々が生きている。ここはたまたま日本の文化を多く残している地域みたいだからこういう中途半端な日本語が残っているんだよ」

「な、なるほど……」

つまり先ほどからノイズ混じりに聞こえる日本語は本当はもっと混迷を極めているがゲームとして成立しやすい程度に翻訳されていると言うことだろう。世の中には完全に日本語が使われていない僻地開拓ゲームも存在するらしいのでそれをマイルドにしたようなものだろう。

「で、ここでどうすればいいんだ?」

「この世界にはブランチと呼ばれる謎の怪物が暗躍しているそうだね。で、パラレルカードって言う魔法のカードを集めて戦うのが基本だって」

「パラレルカードか。じゃあまずはそれを集めるところから始めるんだな。……どこにあるんだろう」

周囲を見渡す。しかし男子高校生が女子校をうろうろしている状況はたとえゲームでも正直バツが悪かった。

逆にラストは中性的な外見をしているからかあまり違和感はない。まあ、翼が生えているため別の部分に違和感はあるが。

「あの、」

そこで声がかけられた。ラストではない。聞いたことのない少女の声だ。振り向けば小柄な茶髪の少女がいた。「パラレルカードを探しているんですか?」

「あ、ああ。どこで手に入るか教えてくれないか?」

「大体はカードショップで手に入ると思いますよ。それよりブランチと戦うにはパラレルカードでは厳しいと思います」

「ブランチを知っているのか?どういうモンスターだ?」

研護からの質問に少女は考える仕草を見せた。

(おい、何でNPCがそんな仕草をするんだ?そこまでコンピュータのレベルが上がったのか?)

「ブランチですか。中々形容しがたいですね。いろんな姿になりますから」

「どういう技を使う?HPは?」

「えいちぴー?よく分かりませんが、ブランチは本体は別の場所にあると考えられていて、使徒として多数の影のモンスターを使役してきます」

「なるほど。やっかいなボスのようだな」

「僕もずっと手こずっているんです。最近はあまり姿を見せないので尚更何を企んでいるか……」

「ブランチとはお前一人で戦っているのか?」

「基本的にはそうです。さっきも言いましたがパラレルカードは競技用なのでブランチ相手では護身術程度にしかなりません」

「なら何か他に方法があるんだな?」

「はい。ナイトメアカードです」

「ナイトメアカード……」

「400年前の聖騎士戦争を引き起こした災厄の力を封じ込めたカードです。基本的に世の中には出回っていません。僕も2枚しか持っていないので」

「レアカードか。となるとパラレルで最低限の戦力を保持しつつナイトメアを探すのがこの世界での鉄板かも知れない」

研護がブツブツ言いながら立ち去ろうとすると、

「研護?」

「どうしたラスト?」

「いや、せっかく教えてくれた子にこのまま何も言わずにどこか行くのはちょっと……」

「は?」

研護が振り向くと、少女は申し訳なさそうに慌てていた。

(……何でNPC相手に礼儀を求められるんだ?確かにまるで本物の人間と会話しているようなリアルさだったが、流石にゲームのキャラ相手にかしこまる必要性なんてないだろ?ラストはメナージュのせいで実体化したし、会話も成立するから少しは礼儀とか考える必要あるが……。まさかラストからしたらゲームのキャラも実在する人間も同じなのか?まあ、両方を行き来できるラストからしたらおかしくない感覚なのかも知れない)「先に進むぞ。NPCは同じ言葉しか喋らない」

「え、でも……」

「大丈夫ですよ」

少女はラストに笑顔で答えた。

「僕は大丈夫ですから」

「……わ、分かったよ」

少女は軽く挨拶をしてから立ち去る。それを見送ってからラストは研護へと追いつく。

「じゃあ行こうか」

「ああ」

校門をくぐり、外に行こうとするが

「……エリア移動が出来ない?」

「そりゃそうだよ。ここは山TO氏学園ってステージなんだよ?この学校しか移動できないよ」

「……なんじゃそりゃ」

研護が移動できない先から無数の女子生徒達が校舎へと向かい歩いて行く。

「……この女子校の中に入って何かしないといけないのかよ」

「研護?まさか緊張してる?別にここで研護が何をしてもゲームの外で研護が捕まるわけじゃないんだよ?年齢指定のあるゲームだからあんなことやこんなことは出来ないし」

「す、するかそんなもん!」

言いながら研護はたまたま近くを通った女子の肩に触れる。しかし、感触はやはり生きた人間の肩ではない。夢の中での触感に近い。確かに触れているはずなのに実感がない。ここは今までのゲームと変わらなかった。

「……まあ、これで何もする必要がないと分かったな」

「……何か出来たらやるつもりだったんだ」

ラストから遠い目で見られた。

「……実際こう言うのは完全に年齢制限がある奴より誰でも遊べる奴で少しエロいのがいいんだ」

「そ、そうなんだ」

若干呆れ顔になってるラスト。若干自分の服装を気にしてそうなそぶりも見える。

(……さっき妹は直接見ていたが実際こいつ性別どっちなんだ?事前情報では美少女キャラっぽかったけど実際に接してみるとどっちにも思える。後で設定確認してみるか)

それから研護は女子校をドキマギしながら数時間散策していた。

「お兄ちゃんも男子高校生だもんね。いっぱい興味あるよねきっと」

「私達が女子校中学通ってる時に変に授業参観とか運動会とか行こうとしないんだもんね、兄さんヘタレだから」

翡翠と琥珀が外から研護の画面を見ながら感想を述べている。

「まあ、メナージュさん相手になにもしてないんだもんね。何回か一緒にお風呂入ってるのに」

「……もしかしたらもう……いや、流石に考えすぎか」

「え?考えすぎって……?……ああ、そういう?大丈夫。メナージュさんまだ膜あったよ!」

「…………何でそんなとこ確認してるの」

笑顔で何故か満足したように語る琥珀にげんなりする翡翠。

すると、そこでインターホンが鳴った。

「誰だろ?」

「分からないけど……私達で出るしかないよ」

二人が部屋を離れて玄関に向かう。

「「はーい」」

ドアを開けるとそこには赤羽美咲がいた。

「あの、赤羽研護さんのご住宅ですか?」

「は、はい。そうですけど」

「うわ、すごい綺麗な人!メナージュさんに続いてまた美少女がお兄ちゃんのところに来るなんて何が起きてるの!?」

「コラ琥珀!」

「メナージュ……?もしかしてあの、もしかして銀髪の女性の方ですか?」

「え、メナージュさんもご存じなんですか?」

「ええ。以前会ったことがあります。まさか、こんな繋がりがあるとは……」

「あの、ところでうちの兄に何のご用でしょうか?」

琥珀の目が赤羽をじっと見る。一瞥しただけでも赤羽は外見年齢だけ見れば自分たちと大差ないように見える。しかしどこか年齢不相応な雰囲気も感じられる。

「はい。先ほど私がアルバイトをしているコンビニで生徒手帳を落とされていたので。記載されていた住所を見てやってきました。失礼。私は赤羽美咲と申します。……あなた方は赤羽研護さんの妹さんですか?」

「あ、はい。赤羽翡翠って言います」

「赤羽琥珀です!」

「赤羽……」

「不思議ですよね。同じ名字の女の子が揃ってるなんて」

「……私はもうあまり女の子って年齢ではないのですが」

「ええ~?こんなに可愛いのに?だって年齢だってまだ十代くらいだよね?中学生?高校生?」

「えっと……」

「琥珀!女性に年齢聞くのはアウト!……あ、美咲さん。どうぞ上がっていってください。すぐ兄をたたき起こしてきますんで!」

「え、ひょっとして体調が悪いとかですか?」

「いえ、ARゲームで遊んでるだけです!」

翡翠が先行し、琥珀が赤羽の手を掴んで家の中に引きずり込む。

(……この二人、双子でしょうか?しかし、顔だけでなく体型や雰囲気、足運びまで一緒……。あり得ないとは思いますが三船の量産型を思い出します……)

赤羽が靴を脱いで中に入る。

「男の子いるけど大丈夫だからね!私達がちゃんと美咲ちゃん守りますから!」

「あ、はい。ありがとうございます」

3人がリビングで足を止める。

「琥珀。ここで美咲さんと待ってて。私が兄さん連れてくるから」

「え?このままお兄ちゃんの部屋に行かないの?」

「連れて行けるわけないでしょ!」

翡翠が足早に兄の部屋へと急ぐ。

「……」

対して赤羽は多少失礼だと思いながらも家の中を見る。

(……なんだろう、この感覚。三船で以前感じたことがある何か……生きているのに命じゃないもので満ちているような、そんな気配がする)

やがて、数分後。

「俺に客って誰だよ」

リビングに研護がやってきた。ゲームは途中セーブした状態でラストが見ている。

「美咲さんだよ。知らないの?」

「いや、知らないけど……」

研護が赤羽の前に来る。

「……えっと、コンビニの店員?」

「はい。赤羽美咲と申します」

「……えっと、俺何かしました?」

一瞬でものすごい量の冷や汗をかきながら研護が身構える。

「いえ、先ほど生徒手帳を落とされていたので」

赤羽が生徒手帳を出す。

「え、あ、そうだったんだ。すみません。ありがとうございます」

「いえ。……それにメナージュさんもここにいるようなので」

「メナージュ?あいつのこと知ってるんですか?」

「そこまでではありませんが、少しだけ会ったことがあります」

「なるほど……」

(って事はこの前あいつが会いに行った古い友人ってのはこの人ではない?他にあいつの知り合いがいるって事か?)

「どうしましたか?」

「いや、何でもないです。あいつは今外しているので用があったら済みませんが、」

「いえ、今日はこれを届けに来ただけですので。もうお暇しようと思ってます」

赤羽は立ち上がり玄関まで向かう。

「あ、送ります!」

「いえ、家は近いので大丈夫です。まだそんなに夜も暗くはないので」

「け、けど……!」

「お気持ちだけで結構です」

「兄さん、女の子がこう言ってるんだから引き下がろうよ。それともオオカミでも期待してる?」

「してない!……分かった。えっと赤羽美咲さん?今日はありがとうございました」

「いえ、では」

踵を返し、赤羽は赤羽家を後にした。

「でも美咲さんどこでメナージュさんと知り合ったんだろうね」

翡翠が玄関の鍵を閉めながら言う。

「あいつは眠る前に古い知り合いと会ったって言ってた。だから赤羽美咲さんがそうなんじゃないかって一瞬思ったんだがな」

「あの感じだとちょっとした知り合いってだけだよね」

「ちなみにお兄ちゃんは美咲ちゃんいくつくらいだと思う?」

「は?」

「こら琥珀。またそんな話して!」

「本人いないんだしいいじゃん!」

「自分同士で喧嘩するなっての。……バイトしてるから高校生以上は確実で俺が学校の帰りにコンビニ行ってもバイトでいるから大学生くらいなんじゃないのか?」

「むむぅ、そういう感じか」

3人がリビングで一息ついていると、

「もういいかしら?」

そこへ久々の声。見ればメナージュがやってきていた。

「メナージュ!起きたのか!」

「どうやらしばらく眠っていたようね。心配でもしてたの?」

「いきなり一週間近くも眠ったまま起きなきゃ心配するに決まってるだろ。医者に診せていいのかも分からないし」

「それはごめんなさい。胃薬程度なら大丈夫だけどたぶん、私の体は医者とかには診せない方がいいわ。無理矢理この世界に存在を保つために常人の何倍もカロリーを摂取しないといけないし」

「それでいつもあんなに食ってたのか」

「それより計算だと私、もう少し早めに起きるつもりだったんだけど何で私の魔力あまり回復してないのかしら」

「何でってそいつを実体化したからじゃないのか?」

研護の視線はメナージュの背後。

「え?僕?」

研護の部屋からラストが出てきた。すぐにメナージュと視線が合う。

「……誰?」

「お前が何か魔法使ってゲームの中からこいつが出てきたんだよ。ラスト=パラダイス」

「どうも。ラスト=パラダイスだよ!君は……う~ん、僕じゃない僕のデータでどこか覚えがあるような気がする」

「私はメナージュ。メナージュ・ゼロよ。世界の理から外れて時空の闇に落ちた存在。……見たところあなたも人間ではないみたいね」

「分かるのか?」

「あなた達は馴染みがないかも知れないけど。意外と人間に近い姿に擬態している人外は結構多くいるものよ」

言いながらメナージュはリビングの椅子に座る。

「研護。ご飯は?」

「……はいはい」

帰ってきたいつも通りに研護は小さく笑った。


山TO氏学園。研護はラストと共に今日も女子校ダンジョンを潜る。

「しかし全然カード見つからないな」

「見つかってはいるじゃん。パラレル部だっけ?皆カード使ってる」

「いや、エフェクトはそうだけど手に入らないって話だよ。まさか盗むわけにも行かないし」

そもそも研護はこのゲームを開始してプレイ時間で言えば5時間ほどになる。RPGであるため普通にバトルがあるゲームなのだがこの5時間で一度も戦闘を経験していないのはあまりにも妙だ。

(まさかラストが直したと言っていたが実際にはバグったままだったのか?俺だけ全く敵とエンカウントしないなんてあり得るのか?)

若干焦燥の入った迷いを得ながら研護とラストは何食わぬ顔で女子更衣室に入る。と、

「わっ!」

そこには最初に会った茶髪の少女がいた。しかも下着姿だ。

「え、何で下着!?」

「み、見ないでください!」

「は、はい!」

思わず研護は大慌てでラストを連れて女子更衣室から出る。

訳も分からぬまま廊下で待っていると少女が出てきた。

「僕が言えた義理もあまりないですけど、男子はここ入っちゃいけないんですよ?」

「い、いや、でもゲームだし……」

「ゲーム?何言ってるんですか?」

「え?」

研護は振り向き、少女の顔を見る。冗談を言っているような顔ではなかった。

「僕の名前はユイム=M=X是無ハルトって言います」

「俺は赤羽研護だ」

「僕はラスト=パラダイス」

「で、どういう事だよゲームじゃないって!」

研護がユイムと名乗った少女の肩を掴む。その感触は普通の人間のそれと同じだった。

「!?」

「あ、あの、出来ればもう少し力を抜いてください……」

「わ、悪い……!」

途端に目の前の少女が本物の人間だと認識され、研護は慌てて距離を取った。

「お、おいラスト!どうしてだ!?」

「何が?」

「この子、生きた人間だぞ!?ゲームのNPCじゃない!」

「えー?そんなことないでしょ?」

続いてラストがユイムの肩に触れる。

「あ、あの、どうしてこの人は羽が生えてるんですか……?天死にも見えませんけど……」

「本当だ!研護、この子生きてる!!」

二人同時に大きめの声を上げた。研護はもっと大きな声を上げたかった。


「……それでどうして二人とも実体化させるのかしら」

メナージュがアップルジュースを飲んでいる。その視線の先には研護、ラスト、そしてユイムがいた。

「わ、わ、ここが21世紀……」

ユイムが興味津々に周囲を見渡す。つい先日ラストがやっていたものと全く同じだ。

「……」

メナージュがそんなユイムの姿をじっと見る。

(……この子、確かライランド=円cryン。30世紀の遥か未来の人間だったはず。そしてあの人の遠い子孫……。ラスト=パラダイスと言い、どうして明らかこの時代の人間ではない存在がここに集まるの……?これが世界の終わりの兆候だとでも言うの?)

「メナージュ、何が起きてるか分かるか?」

研護からの疑問。メナージュはすぐには答えなかった。

「おい、」

「分からないわ。ただ、もしかしたら私が時空の闇から戻ってきたことにも関係があるかも知れない。……研護」

「何だ?」

「もしかしたら私だったららい……ユイムのような実体化可能な存在を目で見るだけで分かるかも知れない。だから私にもそのゲームの世界に行かせて欲しいの」

「……まあ、構わないが」

研護がゲーム機を渡す。メナージュが手際よく設定していざゴーグルを付けて数秒。

「研護」

「どうした?」

「小さい"ゆ"が名前に付けられないわ」

「あー……確か古いネーミングシステムを使ってたな」

「メナージュって名前でプレイできないわ」

「……まあ、そうかも知れないけど別に名前なんて何でもいいんじゃないのか?」

「駄目よ。こう言うのはきっちりしないと」

そう言ってゴーグルを外した。

「え、やめるのか?」

「ええ。妹達と一緒に外から画面を見ることにするわ。今から朝まで可能な限りプレイしてちょうだい」

「殺す気か?明日も一応学校があるんだぞ?」

ともあれ積極的に可能な限りプレイは続けることにした。

「ナイトメアカードは普通の方法では手に入りませんよ」

ユイムがアドバイスをくれる。

「どうやったら手に入る?」

「少なくとも僕には分かりません。剣人さんがいつもくれるんです」

「剣人?」

「はい。風行剣人さんです。ナイトメアカードの司界者なんです」

「……聞いたことがない情報だな」

「研護」

ゲーム外からメナージュの声がする。

「どうした?」

「その子が言う30世紀の未来の情報、実際に未来の情報になり得るから気をつけて」

「は?」

「ユイム=M=X是無ハルト。あなたの本当の名前を言われたくなければその手の情報を研護に与えないで」

「え、あ、は、はい!?」

「おいメナージュ。お前何を知ってるんだ?」

「……私は時空の闇に落ちた女よ。そこに過去も未来もない。様々な過去と未来とを情報で知ってるの。その子は約900年後に実在する本物の人間よ」

「……マジかよ」

研護がユイムを見る。そのユイムはいつになく大人しく、何やら思い込んだ表情を取っている。怯えているようにも見えた。

「……悪いが俺は飽くまでもお前達をゲームのキャラとして扱う。深入りはしない。あいつにもさせないからお前達は普通にしていてくれ」

「研護さん……分かりました。ありがとうございます!」

ユイムが笑顔を返す。それを受けて研護がまた赤面で目を逸らした。

「兄さんがまた女の子にデレデレしてる」

「ラストちゃん相手もそうだけど、一人称が僕の可愛い子が好みなのかな?」

「……研護?一応言っておくけど私の幼馴染みのあの子は紹介しないから」

「よく分からないことを言うな特に最後の一人」

その後も研護はユイムに連れられて学園中を探すが、誰かが落としたであろうパラレルカードくらいしか手にすることはなかった。

「本当は個人ごとにカードは持ち主が決められていてこういう落とし物を別の人が使うって事は出来ないんですけど……」

「まあ、流石にこのゲームのルールでそれはないだろ」

誰もいない場所を見つけて何枚か拾ったカードを使ってみる。魔力なるものが使われるようだが研護は何かを消耗したような感覚はない。恐らくゲーム的に処理されているのだろう。

「ユイムはどのようにカードを使うんだ?」

「僕の場合は接近戦で使います」

「接近戦?」

「カードの使い方も兼ねて少しだけ戦闘訓練してみますか?」

そう言ってユイムが女子更衣室に向かった。

「今度は行かないの?」

ラストがにやけ顔で研護を見る。

「……行くかよ」

多少力強く返した。

やがて、専用の戦闘服を着たユイムが戻ってきた。

「研護さんは着替えなくていいんですか?」

「……え?そういうシステムあるの?」

疑問はユイムとラストに。

「ないんですか?」

「一応このゲームにコスチューム変更機能はあるけど装備以外は見た目を変える以外の効果はないよ」

「つまり、このままでいいって事だな」

研護は一応自分の服装を見る。ややワイルドな旅人風の服装だ。ゲームの中だからそこまで異様には見えないが間違いなくこの服装で学校には行けないしもちろん女子校を徘徊することも出来ない衣装だ。

「じゃあ、行きますか」


「あら、戻ってきたのね」

数時間ほどのプレイを終えて研護達が現実世界に戻ってくる。

「メナージュ、目当ての人間はいたか?」

「いえ、あなたが途中からずっとパラレルカードやってたから別に私の方で調査してたわ」

「調査って何だよ」

ゴーグルを外して研護が妹達から蒸したタオルを受け取り、それで両目を拭う。

「この二人は私同様にこの世界には本来存在しない存在よ。それで何かこの世界に悪影響が及んでいないかを調べていたのよ」

「とは言えお前が来てから大分経つけど何か少しでも影響はあったのか?」

「私が原因かは定かじゃないけど天使達や騎士と遭遇したわ」

「天使?騎士?何のゲームの話だよ」

「ゲームではないわ。天使……ああ、ユイム・M・X是無ハルト。あなたが警戒する方ではないわ。そこまで害がない方の天使よ」

メナージュの指摘にユイムが青い表情で苦笑いをする。

「それで?」

「ええ。前にも言ったけどユイム・M・X是無ハルトがいた世界はこの世界からしばらく後の世界。その間に大きな戦争が2度起きて地球は滅びかけるのよ。で、その遠い未来から今私達が生きているこの過去を含めて様々な時空、世界を管理して破滅の未来を覆そうという勢力がいくつも存在する。現状一番メジャーなものは十三騎士団」

「十三騎士団?」

「ええ。邪神オーディンを中心とした組織でオーディン以外の12人の騎士をゾディアックとも呼ぶそうね。その内の一人がこの前私の前に現れたわ」

「……いろいろ突っ込みたいことはあるが、お前を狙ってその騎士は来たのか?」

「いえ。別件だったそうよ。で、天使というのは……そうね。最初に起きた大きな災害の際にナイトメアカードの力で作られた隔離された世界とも言うべき天使界に住む種族のこと。その時点でより大きな災害が起きることが予想されていたことから当時生き残っていた人間は皆そこに移住し、環境の違いから少しずつ別種の生物に進化していったと言えばわかりやすいかしら」

「……何でそんな天使がやってくるんだよ。騎士の付き添いとかか?」

「……恐らく個人的な事情で時間旅行をしていたら間違ってこの世界に来てしまったと言ったところかしら。そしてたまたま近くにいた騎士が本来の時空に連れて行ったのよ」

「……時間旅行ね。そんなSFな未来があるのか」

研護が半信半疑で目の前の3人を見る。魔法のカードを使う未来人のユイム、時空をも遡る魔法を使うメナージュ、ゲームの世界からやってきたラスト。いずれもあまりに非現実的な存在である。

「まあ、今更否定も出来ないがな。俺にだってこの力があるわけだし」

研護はポケットからコインを出し、それを2枚に複製する。

「……疑問だったけど、あなたはその力をどうやって手に入れたの?」

「生まれつき使えた」

「生まれつき?」

「そうだ。俺は音終島の出身だからな」

「……音終島……!?」

その発言にメナージュの顔色が変わる。

(……そう言えば以前こいつの過去らしき夢を見た気がするな。その中で変なおっさんが音終島って言ってた気がする。もしかしてこいつ音終島を知っているのか?)

研護が少しだけやらかした感を出す。

「あ-、メナージュも知ってるのか?音終島」

「知っているわ。人間より前に神がこの星に作り出した神造島。あそこには普通の人間には使えないけどあらゆる時空に繋がるトンネルが存在して、私はメナージュ・ゼロになってからはずっとその時空トンネルの向こうの世界に幽閉されていたのよ。……なるほど。今この時代には音終島は普通の人間が暮らすようになっているのね。けどあそこには神の力が宿っているからそこで生まれれば稀にあなたのような特殊な力を持った人間が生まれることもある……と言う事かしら」

「……俺が知る限り他に似たような力を持った奴はいないがな」

ホットタオルを机の上に置くと、研護は立ち上がる。

「どこに?」

「トイレ。途中ずっと我慢してたんだ」

「……そう言えばこのゲームだとずっとプレイしっぱなしだからトイレにも行けないのね」

メナージュの言葉を背で受けて研護はタオルを持って部屋を出て行った。

「……あの、メナージュさん」

研護の気配が遠のいたのを見計らってユイムがメナージュを見る。

「あなたは一体……」

「あなたのことはよく知っているわ。ライランド・円cryン」

「……やっぱり僕のことを……」

「風行剣人やパラディンに近い存在よ」

「あの二人のことも知っているんですか?」

「有名だもの。ナイトメアカードの司界者。風行剣人に時空を超える力はないし、パラディンのように自由に時空を超える力を持っているわけでもなく、私は全時空から一方通行で繋がるゴミ箱のような世界に長い間封印されていたのよ。暇を持て余していたから私はいろいろな時空の情報を集めていた。そこであなたのことも知ったのよ」

「……そうだったんですか……」

「けど、私が知る限り私が関与した世界というものはどの時空にも存在しない。だから今この世界がどんな未来に繋がるかは正直私にも分からないわ。……ただ、」

「ただ?」

「あの赤羽美咲がいるならばこの世界はそう遠くないうちに滅びを迎える。当然騎士達も動くわ。そうなると世界に歪みを与えてしまい、パラドクス達の強化に繋がる可能性がある私達世界の異分子はほぼ確実に抹消される。あなたたちは早々に元の世界に帰ることをおすすめするわ」

メナージュの視線はユイムとラスト両方に。

「……僕達はともかくとしてメナージュさんはどうされるんですか?」

「私に帰る世界はもうないわ。……この世界で生まれたのだけどメナージュ・ゼロとなってしまった以上この世界でそのまま死ぬことは許されないでしょうね。よくて時空の闇に再び封印されるか、或いは今度こそ完全に抹消されるかのどちらかよ」

「……そんな、」

「ラスト。そんなわけだから可能な限り早くライランド・円cryンを連れて向こうへ帰りなさい」

「僕のプレイヤーは研護だよ。それに僕にだってどうして僕がこの世界に来たのかが分からない」

「あなた、状況が分かっていないの?」

「僕にとって研護との冒険が、研護と一緒にいられる時間だけがそれこそが全てだよ。たとえ世界の滅亡が待っていても今度は一緒に最後を迎えても構わない」

「……そう。世界が滅ぶかどうかは分からないけど、勝手になさい」

メナージュが言うと、ラストは笑顔で研護のスマホの中に入っていった。

(……そう。私が干渉することになってしまった世界。いったいこの世界の未来はどうなろうとしているの?)

メナージュもまた思考に更けるため研護のベッドに腰掛けるのだった。


それから来る日も来る日も研護はラストパラダイスの世界を進めていく。結局ナイトメアカードは1枚も手に入れることなく山TO氏学園の隅から隅まで調べ尽くし、パラレルカードの使い方もマスターしたため次の世界を目指すことにした。

「僕も一緒に次の世界に行っていいんでしょうか?」

「どうなんだ?」

ユイムからの質問をそのままラストに流す。

「いいんじゃない?このゲームは何を味方にしてどの世界をどう回りながらボスと戦うかはプレイヤー次第だもの。むしろ他にもっと仲間を連れてきてもいいんじゃない?」

「仲間か。パラレル部の仲間はどうなんだ?」

研護がユイムを見る。パラレル部はユイムが所属している部活で、全国大会にも出場している強豪チームだ。「普通の戦いならともかくイレギュラーが発生している上ブランチとの戦いがほぼ確定しているなら皆を巻き込めません。僕一人で戦います。……本当なら一度旧帝都に戻って体を取り戻したいんですけどね」

「ん?」

「いえ、大丈夫です。何でもないです」

「そうか。で、ラスト。別の世界にはどうやって行けばいい?」

「この世界に最初に来た時と同じ感じだよ。ここは校門がそのままゲートになってるみたいだね」

「なるほど……」

3人で校門の方へと向かう。すると、校門の影が突然動き出して3人の行く手を塞ぐように異形の姿を作り上げた。

「何だ!?まさか、」

「そうです!ブランチです!!」

「ある程度攻略した世界から別のエリアに行こうとすると、ボスが現れるみたいだね」

それぞれ構える3人。対するブランチは真っ黒な悪魔のような姿をしている。

(……あれがブランチ……?前まで何度か戦ったことがあるけど、何だか違うような……違和感がある)

ユイムは懐からカードを出す。

「ステップ・行使(サブマリン)!!」

素早くカードの力を発動させ、その脚力が一時的に強化される。練習ではない実戦の速度でユイムがブランチへと接近を果たす。

「速い!?」

どのカードを出すか悩んでいた研護が思わず声を漏らす。

(おいおい、ユイムの奴。これまでに何回か組み手はしていたが、本気出すとこんなに速いのか……!)

研護が作戦を練っている間にもユイムは放たれた攻撃を回避しながら着実にブランチへの攻撃を命中させていく。

(けど、あのスタイル……一人で戦うための動きだな。連携はおろか後方支援すらしづらい……!)

「ラスト!あいつに当てないように後方支援いけるか!?」

「いけるよ!例えばこのカードとか!」

ラストが1枚のカードを研護に渡す。

(ん?ラストにも戦えって意味だったんだがもしかしてガイド役は戦えないのか?まあ、考えてみればそれが自然か)

「えっと、パワー・行使!!」

研護がカードの力を発動させるとユイムの脚力がさらに強化され、彼女の小柄の倍以上の大きさを持つブランチを蹴り一つで吹っ飛ばす。

「すごいな……これユイム一人で勝てるんじゃないのか?」

「たぶんこの世界に長くいてレベリングを通常以上に行ったからじゃない?」

「それだと俺の方が強くないか?」

「経験値共有してるとか?」

「何でガイド役がその辺詳しくないんだよ」

「ガイド役だから詳しくないんだよ。攻略本じゃないもん」

「……それもそうか」

言ってる間にユイムが二度三度とブランチを大地に叩き付けてその巨体を削っていく。

「サンダー・行使(サブマリン)!!」

そして放たれた雷撃により、ブランチを焼き尽くし、その黒の異形は跡形もなく消え去った。

「やったな!ステージクリアだ!」

「……」

「どうした?」

「いえ、僕も何回かブランチと戦ったことはあるんですがあまりにも手応えがなくて……」

「俺達が強くなりすぎてるって事か」

「違います。ブランチがあまりにも弱すぎるんです」

ユイムはブランチの残骸を掴みあげる。

「僕が今まで戦ってきたブランチは直接的な戦闘力も確かに侮れないものです。でも、何より恐ろしいのは幾重にも罠と策を仕掛け、人智の及ばぬところから徐々に人類を窮地に陥れる。そういう卑劣な策略に長けた部分と無尽蔵かと思うほどの戦力で攻めてくる事でこちらの気力を削ぐ悪略さです。

今戦ったブランチは本物のブランチをただ目にしただけの何者かが姿形を少し真似て生み出しただけの明らかな偽物」

「ゆ、ユイム……?」

「すみません。僕はやっぱりこの世界を離れることが出来ません」

「どうしてだ?」

「この先に本物のブランチはいない。いたらわざわざこんな形で僕達相手に経験値を与えるような事を許すはずがないからです。いつ本物のブランチが攻めてくるか分からない以上、僕は僕の大事な人達を守るためにここを離れるわけにはいきません」

手に取ったブランチの残骸を握りつぶしてユイムは踵を返した。

「ユイム……」

「すみません、それも僕の本当の名前ではありません」

「え?」

「僕の本当の名前はライランド・円cryン。理由あってこのユイム=M=X是無ハルトさんの肉体と入れ替わってしまっているんです。政府議会からの命令で公表することは出来ませんが、これもブランチの仕業なんです。僕は、ユイムさんに自分の、化け物の体を押しつけてしまっているんです……。この体をユイムさんにお返しして、自分の化け物の体を取り戻すまではブランチと戦うことをやめるわけにはいかないんです。……ごめんなさい」

それだけ言ってユイム……ライラは校舎へと戻っていった。

「……どうするの?研護」

「……ユイム、いやライランドの言うことは正しい。これがただのゲームだったらふざけるなと言いたいところだが今の状況明らかにおかしいからな。ライランドの詳しい事情は分からないが、無理強いは出来ない。俺達だけで先に進もう」

「……うん、分かった」

ライラに背を向け、研護とラストは校門へと向かい、次なるステージへと足を踏み入れた。


夜。

「ふう、」

研護がゴーグルを置いて元の世界に意識を戻す。

「お疲れ様。大体は見ていたわ」

メナージュがタオルを研護に手渡す。

「すまない」

「あら、あなたお礼が言えたのね」

「何の当てつけだ。それくらい出来る」

両目に蒸した暖かいタオルを乗せて椅子の背もたれに体重を押しつけて重い息を吐く。

「第二の世界……とんでもなかった」

それだけ言うのが精一杯だった。

「……あれは強烈だったわね」

「何で学校にショッカーだのバルタン星人だのがいてそれと戦うのが全裸のボディビルダーなんだよ。あれも遠い未来に実在する世界だって言うのか?」

「あれは別の可能性の世界よ」

「どんな可能性だよ。味方側は特殊能力を持った高校生ばかりで、メインヒーローっていいのかよく分からないあの全裸は仲間にならないくせに暴れ回る意味不明キャラだし」

実際山TO氏の世界では一度もゲームオーバーにならなかったが、第二の世界では何度も体力を0にされてゲームオーバーになってしまった。

「イシハライダーとか言ったかあの変態。絶対あれがあの世界のボスだろ」

「研護、残念ながらあの変態含めて味方側の変態は皆一応世界のために戦ってるのよ」

「能力者側にも変態がいたぞ。あの犬とかって奴。普段は動物を操る能力なのに何で服を脱ぐと何が起こるか分からないバーサーカーになるんだよ」

「あの人はいろいろ仕方ないから」

「……知人だったりするのか?」

「……ノーコメント」

タオルを取ってメナージュの反応を見る。メナージュはどうにも歯切れの悪い表情だった。

「……まあいい。結局誰も仲間にならないままひとまずあの世界での経験値はたまった。明日本格的に攻略してクリアするか」

「どこに行くの?」

「風呂。ついてくるなよ」

研護はタオルを持ったまま部屋を出て行った。

「……」

「メナージュ、どうしたの?」

ラストがスマホの画面から顔だけ実体化してくる。

「ライランド・円cryンだけならまだ偶然の可能性があった。でも、イシハライダーやメンバーズまで出てきたらもう偶然なんて言えない。どうしてあなたのゲームはあの人に関係したストーリーを用意しているの?これは本当に市販品なの?」

「う~ん。僕がネットの海で漁った情報があるんだけど、どうも研護がやっているラストパラダイスとは明らか違う内容なんだよね」

「どういうこと?」

「僕も何で今こうして現実世界に、別のゲームでの研護との記憶を持った状態で存在しているのかが分からないように僕の本体になってるこのゲーム機も明らか普通じゃない状態なんだよね。君が魔法を使ったからこうなったって聞いてるけど?」

「……私は眠っていたからよく分からない。ゲームの内容を書き換えたり、ゲームの中のキャラクターを実体化させたりなんて魔法知らないわ。……けど、ゲームの内容があの人に関するものばかりになっているのを考えると、私が原因だって言われても反論できないかもね」

「その人って誰?」

「……私の幼馴染みで思い人。そして、その夢はもう叶わない初恋の人」

メナージュは遠い目で涙をこらえた。


ラストパラダイスのプレイ時間が加速度的に増えていく。発売入手から3週間ほどが経過してすっかり秋の頃合いになった。表示されているプレイ時間は1000時間を超えて日に日に研護の疲労も目に見えてたまっていく。「……はあ、はあ、」

夜遅く。研護がゲームの世界から帰ってくる。

「お疲れ様、研護」

「あ、ああ。……くっ、」

「研護!?」

ゴーグルを外して立ち上がった研護が急にバランスを崩して倒れかかった。ギリギリでメナージュがその胸で受け止めなければ机の角に頭をぶつけていた。

「……すまない、」

「研護。私が毎日魔法で体力を回復しているとは言え、そろそろ一回ゲームしない日を作ったらどうかしら?」

「……」

「以前やっていたアルカディア何とかってゲームでリフレッシュしたら?」

「……」

研護の頭に一瞬、Xのプレイヤー名が浮かぶ。4年くらい欠かさずほぼ毎日一緒にプレイした仲間だがこの3週間は一切一緒になったことがなかった。違うゲームをしているのだから当然だ。

「……いや、一度乗りかかったゲームはクリアする。ラストパラダイスも残すところ世界は後1つだけなんだ」

「けど、あのゲームはもしかしたら危険かも知れない。明らかに市販品とは別の代物よ。正直私も気にはなるけどもうプレイしない方がいいと思う」

「……だが、」

「一体何があなたをそこまで駆り立てるの?たかがゲームじゃない」

「…………風呂入ってくる」

「あ、研護!」

研護はふらつきながらもメナージュから離れ、部屋を後にした。

「……研護、」

「研護は僕との冒険を楽しみにしてるんだよ」

そこへラストが全身を実体化させてメナージュの前に立つ。

「どういうこと?」

「僕は研護が最初にプレイしたゲームのお気に入りのキャラをベースにしているからね。当時の研護のことなら何でも知ってる。……いや、妹を増やしていたことは知らなかったけどさ」

「……」

「僕も研護と一緒にいろいろな世界を回っていろいろなピンチを切り抜いていくのが楽しくて仕方がないよ」

「……あなた、もしかしてそのために実体化していろいろしでかしてるとかないわよね?」

「僕にそんな力があると思ってるの?」

「……あなた自身にその力はないかも知れない。でも、音終島が普通の人間に力を与えるようにあなたにも何か力を与えたかも知れないわ。音終島じゃなかったとしても、例えば初音島の枯れない桜の木のような奇跡を生むシステムなら……」

「メナージュ。君も疲れてるんだよ。僕はただ研護と一緒に冒険をしているだけだよ。こうして実体化は出来ているけれどもそこまで自由じゃないよ」

「…………」

メナージュは踵を返す。

「どこに行くの?」

「お風呂」

「え?研護が入ってるんじゃないの?」

「一緒に入る」

「じゃあ僕も一緒に入ろうかな」

「好きにすれば」

そうして二人が風呂に入ったところで研護の悲鳴が夜に響いたのは言うまでもない。


翌日。土曜日。

「おい、ゲームはどこだ?」

研護が朝目を覚ますとゲーム機がないことに気付き、隣で眠るメナージュを起こして訪ねる。

「妹達じゃない?」

「……」

「待って」

「何だ?」

「今日は一日私に付き合って」

「は?」

それからいつもの日課を終えて研護が戻ると、メナージュとラストがリビングで待ち受けていた。

「本当にどこか行くのか?」

「ええ。研護も私も最近あのゲームに夢中すぎた。少しリフレッシュが必要だわ」

「僕、別に外の世界に興味はないんだけどな」

「けどあなた、研護と一緒に冒険がしたいって言ってたじゃない。これも冒険じゃないのかしら」

「……そう言われるとそうかも知れないけど」

「じゃあ出発ね」

3人が家を出る。ちょうど父親が車で街に行こうとしていたところに出くわした。メナージュのことは認識していなかったがラストのことは認識したらしく、珍しく慌てていた。咄嗟にメナージュが認識阻害魔法をかけた。

「危なかったわ。今日のお出かけがこんなところで終わるところだった」

「……あれこれ構わず魔法で解決するのをやめてくれ」

「あなたが言うのかしら。……先に行きましょう」

メナージュが先を歩き出した。

「……こうしてあなたと街を歩くのは初めて会った時以来かしら」

メナージュが風に乗る落ち葉を見ながら口を開いた。

「……まだ春先の頃だったな。早いもんだ」

「確かあの辺から出てきたんだって?」

ラストが街路樹の1つを指さす。正確にどの木だったかは研護もメナージュも覚えていない。結果的に時空の闇からの出口がたまたま街路樹の1つだったというだけだ。街路樹そのものに特別性は一切ない。

「研護からしたら街路樹から出てきたのとゲームの画面から出てきたのと一緒にいるわけだね」

「全くだ。去年くらいまでの俺に言ってもまず信じないだろうな」

研護自身、既に当時の感慨はもうほとんど記憶にはない。半年に満たない間だったがメナージュと出会ってからはただ豆腐作りとゲームのプレイに勤しむだけの日々にわずかだが変化があったことをもはや否定する気もない。

「……」

対してメナージュの表情はどこか暗いように見える。

「どうした?自分から誘ったのに」

「何でもないわ。ただ時間が経つのが早いなと思って」

「時空の闇とやらからお前が出てから大分経つけど、結局世界は平和のままだな。まあ、確実に異変は起きているけれども」

研護がラストをチラ見する。ラストはそんな視線には気付かずに秋の景色に目を奪われている。

乾いた風が落ち葉をかき集め、宙を舞う。そんな秋の空の下に3人でただ歩くだけで研護は昨日までの自分を笑う。

「悪かった」

「え?」

「確かにここ最近の俺はどこか焦りすぎていたな。こんな穏やかな気持ちになることなんてなかった。今の時点でいい気分転換になってるよ」

「……研護、」

「ラスト、今日はいっぱい外の世界を回ってみような」

「うん!そうだね、研護!」

それから3人でファミレスに行ったり、何故か研護の学校に行ったり、また戻った街で妹達と合流したり、5人でカラオケに行ったりした。

「研護、あなた友達いないの?」

「……学校でよく話す奴はいる。けど、俺の場合家が家であまりこうやって外に遊びに行く事なんてなかった。だから付き合いという意味ではほとんどない」

「……そう、」

「お前はどうだったんだ?」

「え?」

「その姿になるまでは普通の人間だったんだろ?……心に決めた人がいるとか言ってなかったか?」

「……妬いてるの?」

「誰もそんな話はしていない」

「……そうね」

メナージュは瞳を閉じる。どれだけ話していいものかを探りながら少しずつ語る。

「私は普通に日本人としてこの国に、この街に生まれたわ。両親がいて、保育園時代にはよく遊ぶ友達が何人かいて、小学校に上がっても仲のいい3人で一緒だったわ」

「その時一緒だったのか?」

「ええ。女の子が二人、男の子が一人の3人組。でも2003年に事件が起きたのよ」

「事件?」

「半世紀以上前に地球に来たブランチこと進化の終を司る調停者<ディオガルギンディオ>であるヒディエンスマタライヤンを追跡して騎士達が地球にやってきたわ」

「ディオガルギンディオ?」

「前に宇宙の破滅を防ぐために世界を管理する勢力として十三騎士団の話をしたわね」

「ああ」

「それと対を為す勢力が反神三十一神官<パラドックス>と言うの。パラドックスは世界の歪みを糧にその存在を保ち、歪みがある限り倒されても何度でも蘇る。でも、パラドックスでも世界そのものが滅んでしまったら全て消滅してしまう。だから騎士達と敵対はしても世界の破滅そのものには反対している。ただ、ディオガルギンディオは違う。宇宙の原初、あらゆる概念の誕生と共に調停者達は生まれ、どんな運命でも歓迎する」

「何故だ?」

「騎士もパラドックスもほぼ不滅の存在であっても生き物としてまだ扱える。けど、調停者達は違う。調停者達は私達が把握する生き物とは違う概念の存在。生死なんてそもそも存在しない。宇宙が滅んでもこれ以上進化が起きない限界という概念さえあるならば宇宙や世界が消滅してもそこに存在し続ける。だから調停者は宇宙の滅亡を気にかけず、どのような可能性も許容して新たな概念を誕生させ、同族を増やす。

話を戻すわ。騎士にとってもパラドックスにとっても調停者の存在は許容できない。見つけ次第可能ならば撃破する。だから調停者の1体がこの地球にいるという情報を知った十三騎士団もパラドックスも追撃をよこした。そして2003年。この地球上で調停者と騎士とパラドックスは激突を果たしてしまった。その激突は場合によっては宇宙を滅ぼしかねない」

「……」

「それに巻き込まれてその男の子は大変なことになってしまったの。騎士とパラドックスと調停者はそれぞれ彼の魂を3つに分けて自分たちの器とした。戦いによって失われた自分の力を取り戻すためのかりそめの器として。……私はあの日、彼を連れ出して告白をするつもりだった。でも、できるだけ人のいない場所を選んで彼を連れ出したところで騎士達の戦いに巻き込まれてしまった。騎士達の代表である邪神オーディンは絶大な力を持って世界に変化をもたらした。彼を器にして誕生した3つの存在、ナイトスパークス、カオスナイトスパークス、ブフラエンハンスフィアを強制的に独立させて引き離した」

「ん、どういうことだ?悪い、分からなくなってきた」

「今回の件を結果はそのままにして、過程を全てなかったことにしたのよ。スパークス、カオススパークス、エンハンスの3体の誕生は許した。けど、その原因となった騎士とパラドックスと調停者の激突をなかったことにしたのよ」

「……でたらめだな」

「ええ。結果的に地球に巣くうヒディエンスマタライヤンは傷を負うことなくこの星に未だ居続ける。ばかりか、同じ進化を司る調停者であるブフラエンハンスフィアも誕生し、宇宙滅亡に直結しなかった代わりに宇宙滅亡を許容する調停者の存在を1つ増やしてしまった。邪神といえどもそれしか手段がなかったのよ」

「……待てよ。過程をなかったことにしたってことは、」

「そう。彼は普通の人間ではないナイトスパークスとしてこの世界に留まることにはなった。その記憶と力は封印されて。そして、彼をあの場に連れてきてしまった私は時空の闇に落ちることになった。それから私はメナージュ・ゼロとなったのよ。そして、私が時空の闇に落ちている間に彼はもう一人の女の子と結婚したの」

言い切ったメナージュは瞳を閉じた。場合によっては今この瞬間に再び邪神の力が加わって時空の闇に落ちるかも知れないと思ったからだ。

だが、その時は来なかった。

「……SFどころじゃないよく分からない話だな」

研護が大きく息を吐く。

「現実世界って怖いね。僕のいた世界よりよっぽど理不尽だよ」

ラストがどこか面白そうに笑う。

それらを聞いて裁きが来てないことを悟ったメナージュが瞳を開いた。

「さっきも言ったようにこの星にはまだ調停者が居座っているわ。騎士達もパラドックスも何も手段を講じないわけがない。実際私が調べたいくつもの時空では何度もこの星が戦いの舞台になっている。当然無数の地球人が犠牲になることもあれば、太陽系が滅びることもあった。……私が関与したこの時空でどんな未来が待っているかは分からない。もしかしたら知っている人達が寿命を迎えるまでは何も起きないかも知れない。けど、今日次の瞬間には全てが終わっているかも知れない。……そして何よりも、」

「何よりも?」

「……ヒディエンスマタライヤンが一度地球上の文明を全てリセットする日がそろそろ近づいてきているのよ」

「……なんだって……!?」

「起きない時空も存在する。けど、かなり確率は低いとみていい。私が知っている限り数える程しかそんな時空は存在しなかった」

「……そのリセットの日はいつだ?」

「……知らない方がいいわ」

「…………」

「私には、」

メナージュが足を止めた。街の人並みは誰も気にとめない。

「私には……どうすることも出来ない……!!事前にあらゆる時空の情報を持っていたとしてもいざこうして時空の闇から解放されても何も、何も出来ないのよ……!!」

「メナージュ……」

「じゃあ、メナージュも研護も僕達の世界に来なよ」

「……え?」

ラストが手を差し伸べた。

「僕の世界には永遠がある。滅亡の結末なんて存在しない。調停者だか何だかってのも存在しない。関与も出来ない。だから、僕と一緒に来てよ。研護。メナージュ」

ラストの背後。時空の歪みが生じた。それはこれまでラストパラダイスのゲームで別の世界に移動する時と似たような現象だ。

「ラスト……まさか、ゲーム機がないこの状況からでもゲームの世界にいけるのか……!?」

「だって僕は僕なんだから……メナージュに出来ないことでも僕なら出来る。さあ、研護……?」

ラストが研護の手を引き、共にゲートへと向かう。

「待って、行かないで!!」

叫んで追いかけるメナージュ。

「メナージュもおいで」

「…………っ!!」

一歩前に出たメナージュはしかし、それ以上先に進むことは出来なかった。

「待て、おい、ラスト!」

「研護。また僕と一緒に旅に出よう。今度もまた永遠に終わることがない無限の冒険になる。それが僕と君の願いだったじゃないか……!」

「…………あ、」

ラストがゲートの先に消え、そして研護の姿もまたゲートの先に消えていく。

「研護!研護……!!!」

研護を追いかけるメナージュ。だが、一歩先に進むたびに脳裏に時空の闇での永遠が蘇る。

(どうして、私は……別の永遠に戻るだけなのに……どうして恐怖を感じているの……!?どうして……どうして……!!)

その恐怖に足がすくみ、そして目の前でゲートは閉じられた。

「…………そんな、」

街の一角でメナージュが崩れ落ちる。その目からはしばらくの間忘れていた涙が迸る。

「どうして、私は何も出来ないの……手を伸ばして、前に進むことも、また永遠に戻る事も出来ないの……!?」

拳を握る。何度もアスファルトに叩き付ける。

「私は……私は……!!」

「……どうしたのですか」

「……!」

声。感情に溺れた顔で見上げればそこには赤羽美咲がいた。

「……赤羽美咲」

「何があったんですか……?メナージュさん」


赤羽の家に連れてこられたメナージュ。蜂蜜たっぷりの温かいお茶を出されてそれを少しずつ飲みながらゆっくりと息を整える。

「……大丈夫ですか?」

赤羽が対面に座る。

「……ごめんなさい」

メナージュはまだ目を伏せたまま。しかし気配だけで今この家に他に誰もいないことを感じ取る。

「迷惑をかけたわね」

「いえ、流石に放ってはおけなかったので。……何があったかは聞きませんが、落ち着くまではここにいても大丈夫なので」

「……ごめんなさい」

それからお茶を飲み干して数分。沈黙だけが秋の空間を支配する。

「あなたは、進まなきゃいけない時に進めなかったことはある?」

「あります」

「なら、ただ元の状態に戻るだけなのにそれすら嫌になったことはある?」

「……詳しくはよく分かりませんが、前に進むことも後戻りすることも嫌になったことならあります」

「……そんな時、あなたはどうするの?」

メナージュからの質問に赤羽は少しだけ沈黙し、

「後悔のないようにします。私の尊敬する人なら前に進むのでしょう。だから私も前に進みます」

「……そうね。あの人ならそうするでしょうね」

「……あなたはあの人を、甲斐さんをご存じなんですか?」

「……ええ、よく知ってるわ。だって、あの人のことが好きだったから……」

「……そうですか。けど、あの人は……」

「それも知ってる。私のよく知るあの子と結婚して子供が生まれて……幸せに暮らしている」

「……」

赤羽がテーブルの上に立ててある写真を見る。それは件の二人の結婚式の時の写真だ。

「私がいない間に廉ちゃんも三咲ちゃんも二人だけの時間を過ごした。その結果だから私も納得は出来ないかも知れないけど、受け止めるしかない」

「受け止めてその後はどうしたんですか?」

「どうしようもなかった。初めて知った時は何より悔しかった。今でもまだ廉ちゃんと三咲ちゃんが一緒にいると知って嬉しかった。でも寂しかった。祝福と呪いの感情がどうしようもないほど心で暴れてしまう。本当なら私の方が先に告白するはずだったのにと、切ない気持ちでどうしようもなかった。悔しくて悲しくて寂しくて、どうして私はあの中にいないんだろうって、でも同時に確かにあの二人のことを祝福しているのよ……」

再びメナージュの目に涙が浮かび始める。それは対面の少女も同じだった。

「……でも、今私はまた同じような選択肢に強いられている。助けたい人がいる。救われて欲しい人がいる。でも、そのためにまた切なくて仕方ないあの日々に戻ることになるかも知れないのが、怖くて仕方ないのよ……!!」

拳を握る。唇を噛みしめる。

「…………ごめんなさい。こんな話を聞いても迷惑よね」

「…………いえ、よく分かるお話です。だから私にもどうすることも出来ない……」

悔しさに赤羽が震える。それを見たメナージュは涙を拭い、

「あなた、まだ廉ちゃんと三咲ちゃんの傍にいてくれる……?」

「もちろんです……離れて暮らしていても私にとってあの二人はどちらも大切な、大好きな人ですから……!」

「なら、お願い」

「…………あなたはそれでいいんですか?」

「いいのよ。あなたが代わりにあの二人の傍にいてくれるのなら、私はもう、どうなっても構わない」

「それは諦めですか?」

「いいえ、これは希望よ」

「……希望……」

「……世話になったわね」

メナージュが立ち上がる。既にその目に涙はない。

「……行かれるのですか?」

「ええ。……もう一つお願いをしてもいいかしら?」

「何でしょうか?」

「あの二人に私のことは言わないで」

「……自己犠牲があなたの希望なんですか?」

「犠牲になるつもりなんてないわ。ただ、もうあの二人に私は不要だから」

「……分かりました」

赤羽はその背中を見送り、そしてメナージュは今再び魂を燃やし、この家を後にする。


研護の家。メナージュが戻り次第、電源の入っていないゲーム機を手に取る。

「メナージュさん!?」

「お、お兄ちゃんは!?」

「大丈夫。今から助けに行くから」

手慣れた手つきでゲーム機に電源を入れてラストパラダイスを起動させ、ゴーグルを装着する。

あらかじめ研護の生体認証が登録されていてメナージュではこのゴーグルでゲームを起動できない。そのため新たにユーザ情報を登録し、ログインする必要がある。

(……名前を入れる必要がある。また小文字は入力できない。でも、私はこれ以上自分を諦めたくはないから……だから、自分自身を入力する。ラストの言うとおりならこのゲームの世界でなら調停者達の力もまだそこまで関与できないはず……!!)

「……え、メナージュさん、その名前は……!?」

妹達が画面を見て驚く声を耳にしながらメナージュの意識が魔力を伴い、ラストパラダイスの世界へと飛び込んでいく。


ラストパラダイス。最初にして最後の世界。

研護とラストはそこにいた。

「……ん、」

研護が現実逃避にパラメータの確認をしていると、突然ラストが空を見上げた。

「どうしたラスト?」

「……研護、いい展開かも知れないよ」

「何だ?」

「主人公より先にライバルがラスボスと戦う展開……面白いよね」

「え?」

やがて、電脳の空を貫いて一人の女性がそこに舞い降りた。通常ではない方法でのログインによるエンティティ摩擦により、銀色だった髪が黒く染まり、厚手のセーター姿だったのが半袖の躍動的服装へと替わる。

「お前……」

二人の前に現れたのはメナージュ・ゼロと名乗っていた女だった。しかし研護にはその容姿の変化もそうだがそれ以上に注目するべき点があった。それは他ユーザーであることを示すネーム欄。今まで見たことがなかったが故にすぐに違和感として気付くことが出来た。

「……あずさやま・みか……!?」

「そう。私の名前は梓山美夏……!今、ここにいる以上はメナージュ・ゼロなんかじゃない。今を生きる一人の女よ……!!」

女は、美夏はそう言ってラストを見やる。

「……メナージュ、本気で僕と戦うつもり?いくら通常と逆に現実での力を反映させて挑んでもゲームを始めたばかりの初心者が僕に勝てるつもりなの?……君が言った地獄に研護を連れ戻すつもりなの……!?」

「研護。あなたはどうしたいの?私はあなたの意見を聞いていないわ」

「……俺は、」

「よそ見をするの……!?」

ラストが迫る。それは現実離れした異常な挙動と速さだ。研護がギリギリ目で追える速度に、美夏は当たり前のように対応し、至近距離で魔法の一撃を浴びせる。

「くっ……!いまのは……!!」

ラストの体が宙を舞い、命中した場所から煙を放つ。

「ナイトメアカード……!?どうして君がそれを持ってるの!?」

「私が無策でここに来ると思った?ログインしてる間に収集魔法を使ってこのゲーム内にある全ての戦力を集めたのよ。入手法法が存在しないバグみたいなものも含めてね……!」

そう言って美夏は1枚のカードを出す。

「それは……」

「希望(フューチャー)・サブマリン!!」

行使を宣言し、魔力をカードに流す。直後、美夏の姿は研護がよく知るメナージュのものに変わり、しかし白と黒に点滅する6枚の翼を背中に生やしたものになる。

「馬鹿な……!?」

「現実は常にあなたの想像を凌駕する!!それこそが未来!!」

美夏が飛翔し、ラストに向かっていくつもの最大級攻撃魔法を絶え間なく繰り出す。

「す、すげえ……」

研護の目の前でラストのHPゲージが一気に削られていく。よく見れば何重にもなっているのだが一見しても分からないレベルの速度で削られている。

「研護!あなたはどうするの!?起こりうるかも知れない程度の終末に恐怖して未来を諦めるの!?絶対に未来なんてこない無限の永遠を過ごすというの!?」

「……俺は、」

「研護は……研護は僕とずっと一緒の旅をしてくれるんだ……だって前の研護だってそうだったじゃないか!!」

「……前の研護……?」

美夏の攻撃が止まり、彼女が地に降り立つ。正面には死にかけのラストと、顔面蒼白の研護。

「研護……まさかあなたは……」

「そうだよ……俺はナイトメアソード物語でどうしてもこいつと別れるのが嫌で、もっと一緒に旅をしていたいからって自分自身を増やしたんだ……!!そうして片方が電脳世界に行ってそのまま……今もナイトメアソード物語のメモリーカードの中で別の俺がこいつと一緒に無限の冒険をしている……俺は、偽物なんだ!!」

研護の慟哭。美夏の翼の光が消える。ラストの口角が上がる。

「……母親を失った。妹も偽物にしてしまったあげくコピーまでして増やしてしまった。ついには自分自身でさえも偽物にしてしまった……。そんな俺に未来なんてご大層なもの、手に入れる資格なんてないんだ……!ずっと、ずっと……ずっと!!俺には、自分自身を殺してしまった罪の意識だけが残っているんだよ!!!だから、俺はこいつが一緒に永遠を生きようってまた誘ってくれるのならたとえまた仮初めを作ったとしてもかつての俺と同じように一緒に永遠を生きるんだ……ずっとずっと終わらない冒険が続く……それが俺の未来なんだ……!!!」

「研護……そんなの……」

「お前はすごいよ。さっきの話、実はそんなに理解してない。でもお前は深い悲しみを背負っている事は分かった。どうにかして俺達を救いたいって言う気持ちもそうすることで救われたいって気持ちも理解できた。梓山美夏ってお前の本名だろ?あれだけ時空の闇とやらに封印されてきた本当の自分を取り戻せたんだろ……?すごいよ、お前は。だけど、俺にとっての救いは罪の意識を背負いながらこいつと一緒に永遠を生きることなんだよ……!!!だからお前は……ちゃんと死ぬ最後の瞬間まで逃げずに生きようとする誰かのために未来を生きてくれ……!!」

「そんなの勝手よ……!!残される側の気持ちを考えたことがあるの!?あなたの妹達は、確かにあなたによって増やされた存在かも知れないけど!それでもあなたの大事な妹!あなたの帰りを待ち続ける家族なのよ!!」

「けどお前がいるだろう!お前がいてくれるんだろう!?メナージュ・ゼロであることをやめたお前がいるならあいつらも……」

「ふざけないで!!あなたは、どんなに増やそうとも赤羽研護はもう、あなたしかいないのよ!!あの子達のお兄さんはもうあなたしかいないのよ!!じゃあ、あなたは……以前のあなたは自分自身を増やしてあなたを現実世界に戻した意味は何だって言うのよ!!」

「……!」

「もう戻れないところにまで来てしまった自分の責任から逃げずにそれでも、自分の帰りを待つ人達のためにあなたは、あなたを残したのよ!!その未練を、希望を受け取ったあなたが、まだ戻ってあの子達を抱きしめることの出来るあなたが未来を諦めるだなんて言わないで!!!」

「……俺は、」

「どうなの!?それともまたあなたは無意味に新しいあなたを生み出すの!?いま、あなたが結論を出せない状態で苦悩した状態のあなたを新たに増やしたところで誰がその結論を出せるというの!?何故あなたがその結論に納得できるというの!?」

「……」

研護の唇が震え。足が震え。拳が震える。喉が震え、吐き出す言葉を探すほどに美夏の翼が輝きを取り戻す。

「研護……」

ラストが研護に向かって手を伸ばす。

「研護……僕を置いていくというの……」

「……ラスト。前の俺はどうしたんだ?」

「今もメモリーカードのどこかで別の僕と永遠に旅をしているよ……?」

「そのお前と今のお前はどうなっているんだ?」

「……元々同じだった。研護と一緒だよ、研護と一緒で理由は分からないけど新たに僕が作られた。前の僕も確かに存在する……」

「なら……!!」

研護がラストに手を伸ばす。

「お前は、もう自由を手に入れた。ゲームの中でしか冒険できないお前じゃない。……今日、楽しかっただろ?」

「……うん。楽しかった……この僕になってからいつもずっと本当は楽しかったんだ。僕の知らない研護とまた一緒にいられる。そんな毎日が僕の新しい冒険なんだって……いつも楽しかった!」

「なら、これからもずっと一緒の冒険をしよう!俺と……あいつとずっと生きよう!死ぬ時まで!!」

「……研護……!また僕と一緒にいてくれるの……?」

「ああ。死ぬまで一緒だ……!」

「……メナージュ。僕を許してくれるの……?僕が滅びるかも知れない明日に生きる事を許してくれるの……?」

「あなたを許すのはいつだってあなた自身よ。その時が来るまで……明日に生きなさい」

「……ありがとう……ありがとう……!!」

大粒の涙を流し、少しずつ肉体を再生させていくラスト。

「……じゃあ元の世界に帰るわよ。琥珀と翡翠が待ってる」

「……ああ」

「……それと、研護」

「何だ?」

「私が梓山美夏として振る舞えるのはこの世界が限界。きっとメナージュ・ゼロに戻ると思うの。だから、その前に私を呼んで……」

「……年上相手だからな」

「7つくらいしか変わらないわ」

「十分だろ。……美夏」

「……ええ、研護」

見つめ合う研護と美夏。そして再生したラストが抱き合い、3人は電子で作られた世界から元の世界へと帰還する。

あの時のラストと同じように研護の部屋のテレビ画面が輝き、琥珀と翡翠の目の前で研護、メナージュ、ラストの3人が出てくる。

「お兄ちゃん!!」

「兄さん!!」

「……琥珀、翡翠。……ただいま」

勢いよく走ってきたふたりを研護は抱きしめる。そのぬくもりを心に残しておくように。

「……メナージュ。教えて欲しい」

「何かしら?」

「さっき言った世界リセットはいつ起きる予定なんだ?」

研護からの質問を受け、銀髪に戻ったメナージュは一度瞳を閉じてから口を開いた。

「2016年11月4日。あとちょうど一ヶ月よ」

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