第0.5話「せつなクライシス」
私の名前は黒主せつな。今年中学校を卒業して高校生になる女子だ。
本当の両親と一緒に生活していないし、両親からもらった名字を名乗っていない。
そんな事実はあるけど、私はあまり気にしていない。
「せつな。この服どう?この前買ったんだけどちょっとお姉ちゃんの趣味じゃないかなって」
姉は甲斐怜悧。2つ年上。きょうだいで一番年上で、高校生になってからより頼もしくなった。
きょうだいの中で一番本当の両親と一緒に過ごしていた時間が長いから、多分一番複雑な感情を持ってる。
私達の前では絶対に見せない……優しくて強い姉さん。
「何とか高校もせつなと同じ学校に行けそうだな。またよろしくな、せつな」
兄は黒主正輝。私とは双子だ。あまり顔は似てないけど、性別が違うから二卵性になって、二卵性だとあまり顔は似ないらしい。
ちょっとお節介なところもあるけど、いつも家族を大切にしてくれる。きょうだいの中で唯一の男子だからかな?
学校でも優等生だし、空手とか水泳とか生徒会で活躍してる。友達も多い。
そう呼んだことはないけど、自慢の兄さんなんだ。
姉さんだけが特別本来の名字を名乗ってて、その名の通り私達の本当の名字は甲斐ってなる。
だから私の名前は甲斐せつな。……別に魔界に行ったりコールとか言ったりしない。
「せつな様。中学卒業おめでとうございます!」
この子はアリス。昔父親がどこかで拾ってきた孤児の女の子。明るい可愛い子だけど、私達以外の人とはあまり話さない。対人関係で何かあるのかもしれないけど、詮索はしていない。本名は……知ってるけど。
それでも私からしたら妹のような存在。普段は学校に行かずメイドのように家事とかをやってくれているけど本当は一緒に学校に行ってみたいと思う。その場合は黒主アリスになるのかな?
「正輝さん、せつなさん。高校進学おめでとうございます」
この人は赤羽美咲さん。父の古い知り合いで今は代わりに私達の面倒を見てくれている人だ。
見た目は私より少し年下に見えるけど実際には父親と大差ない年齢らしい。確かにずっと前から見た目は変わっていない。でも、私達にとっては本当の母親のような姉のような存在。
普段はこの5人で生活をしている。誰の所有物だかは知らないけど昔教会だった場所を改築した家に住んでいる。5人で住むには少し広いけど寂しくはない。
姉さんは複雑だし、正輝もたぶん無関心を装ってるけど内心やっぱり複雑なんだと思う。
私はと言うと、ちょっとよく分からない。
両親は医療品メーカーの大手企業の社長。義手とか義足を作っていたらしい。けど、私達が生まれた頃についに義体とAIを組み合わせた人造人間なんてものを開発してしまった。同じ頃に何か隕石が落ちたとかで世界がパニックになったらしい。地球の形が変わるくらいひどい状態になって、人手が足りなくなって、そこで作った人造人間を世界中に送って救助活動をしたらしいのだけど、それが逆に心ない人の目に映り、話が広まり、多くの誰かを救うために動いていたのに、両親は多くの誰かに非難されて日本にいられなくなってしまった。
一回イメージを改善するために何か行動したらしいけど失敗に終わって……
「高校生が無理矢理親の会社を奪った罰だ」
「学生の頃はたいした奴だと思っていたのに、あいつも同じか」
「……幸せを願っちゃいけないんだよ、私達は」
いろんな声が雑踏から、SNSから、テレビの液晶から聞こえた。
それは私達が中学生になってからも続いた。
父親は私達実子の安全を考えて偽物の家族を用意した。母親が今どこにいるかは知らない。
ただ、私が見る父親の姿はどこにでもいる知らないおじさんだった。
そのままでいたらまだよかったのかも知れない。
ある日のこと。
「怜悧さん、正輝さん、せつなさん。今日はお話があります」
中学を卒業して春休みになってすぐの頃に美咲さんから話があった。
「どうしたんですか?改まって」
「落ち着いて聞いてください」
「何ですか?」
「……明日、あなた方のお父様がここに来られます」
「……え?」
この家に引き取られて私は一度も会ったことがなかった。姉さんや正輝は何年かに一度会っていたみたいだけど。だから美咲さんの言葉に期待はあったけど現実味はなかった。
けど、隣の二人の空気が変わったのは分かる。もしかしたらその悪寒は私のものだったのかも知れないけれど。
そして翌日。
朝早くから矢尻さんが来た。美咲さんや父親の古い知り合いで正輝や姉さんの空手の師匠やってる矢尻達真さん。娘の翼もいる。
「せっちゃん、卒業式ぶり-」
「あ、うん……」
マイペースな翼。私を気遣っている可能性はあるけれど……。
「師匠、その……父親は……」
正輝が恐る恐る訪ねた。こんな正輝の姿を見るのは初めてだ。だから私もどこか緊張する。
ううん。本当は昨日、美咲さんから話を受けた時点で緊張してた。それを今始めて理解したんだ。
「今、赤羽美咲が迎えに行っている。……どっちのかは知らないが、そろそろつく頃だろう」
「どっちの?」
疑問する正輝。私にもその意味は分からない。昔から矢尻さんは美咲さんに対してはどこか少しだけ表現方法が違うような気がする。そこにどんな意味があるのかは分からない。
「ん、」
程なくして家の前に車が来た音がした。否応なく空気が変わる。
そわそわ、うずうず、くらくら。
静かに近づくいくつかの足音。うるさいくらい静かに響く私の心臓。そしてドアが開かれた。
「……」
「皆さん、お待たせしました」
美咲さんと一緒にその人が入ってきた。
「矢尻、直接会うのは久しぶりだな」
「俺のことより子供達のことを最初に気にかけろ」
「……そうだな」
その人が私達を向いた。直後、
「うああああああああああああ!!!!!」
雄叫びが上がった。姉さんだ。姉さんがどこからか竹刀を取り出して向かっていった。
放たれた竹刀の一撃を、その人は片手で受け止めた。
「怜悧。もう少しお淑やかになったらどうだ?」
「うるさい!!うるさい!!うるさい!!!」
確かにお淑やかとまでは行かないけどいつもドシンと構えた姉さんがこんなに荒くなった姿を見たことがない。
「ね、姉さん……」
「正輝。大きくなったな」
「………………」
父からの視線を受けて正輝は下を向いた。その拳は静かに握られたまま。
「せつな。綺麗になったな」
「……私のことを知ってる……?」
「もちろんだ。直接は会えなかったけど赤羽や矢尻から写真を見せてもらっていたからな」
「…………そ、うなんだ」
感慨がない。たまたま街でインタビューを受けてる特に興味ない有名人に遭遇してファンサービスを受けてるみたい。
「こ……アリスだったか。元気にしているようだな」
「はい。お館様」
アリスは特に緊張していないっぽい。少しだけ笑顔が張り付いているように見えるのは私達への配慮だろうか。
「君が翼ちゃんか。矢尻と陽翼ちゃんの娘の」
「へー、僕のことも知ってるんですか-」
「少し前に珍しく矢尻の奴から愚痴を受けたんでね」
翼の目が矢尻さんを睨んだ。たぶん、翼が空手をやめた時のひと騒動の事だろう。
あの時は空手が関係ない私でも分かるくらいひどかった。かつてここまで人間同士が本気で争ったところを見たことがない。
「怜悧。そろそろ大人しくしてくれ」
「いぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!!!」
「怜悧さん」
美咲さんが何とか姉さんを抱き寄せて引き離す。竹刀を持つ手は震えて、その目は充血していた。
「……皆、いろいろ世話をかけている。すまない」
改めて目の前の人は心にもないような言葉を吐く。本人にも気付いていない、偽物の言葉。
そう思ってしまうのは姉さんや正輝の姿が関係しているから?
「正輝とせつなは中学を卒業したんだったな。おめでとう」
「…………」
「あの、その、」
無言の正輝。私は、ある疑問の言葉を口にしたかった。でも、何となく言えなかった。
この人の前で母親はどうしたんですかと。その言葉が言えない。なぜ?
「……あの口うるさい次女はどうした?」
そんな私を気遣ったのか矢尻さんが口を開く。口うるさい次女?私のこと?いや、違うと思うけど。
「権現堂が守ってくれている。あの子と一緒にな」
「…………質問を変える。この子達の母親はどうした?俺も次女になってからは行方を聞いていない」
「今日は来ない。連絡だけは取っているから身の安全は確認できている。お茶目なあの子のことだからその内何らかの形でこっそりと会いに来るかも知れないがな」
「……何故連れてこなかった?」
「万一を考えてだ」
「……」
きっと矢尻さんは私達を気遣っている。それ以外にも怒っている理由があるように見えるのは同じ父親として何か思うところがあるからなのだろうか。
「それより、お話とは何ですか?私も聞いていないのですが」
姉さんを宥めながら美咲さんが問いかける。その目はアリスの次に冷静だった。
「……ああ、」
それからその人は私の方を見た。
「せつなについての話だ」
「……わたし……?」
「……ちょっと待て。あんた、何のつもりだ……!?」
「矢尻は黙っていてくれ。……せつなももう15歳。自分のことを知ってていい年齢だ」
「わたしのこと……?」
「待て!まだ早すぎる!!」
矢尻さんが胸ぐらを掴もうとする。けど、その手は軽く弾かれた。
「矢尻。お前だって陽翼ちゃんのことを娘に話したんだろう?俺も同じ事をするだけだ」
「違う!あんたは自分の親と同じようにこのタイミングに何かしたいと好奇心を狙っているだけだ!」
「甲斐さん。私も反対です。せつなさんも、あなたの子供達にはまだ早すぎます。せめて成人式か、もう少し後にしませんか……!?」
「……それじゃ遅すぎるかも知れないんだ」
そして、父親は私の方をまっすぐに向いた。姉さんも正輝もアリスも、皆の目が私を見ている。
え、何?私何かした……?まだ早いって何のこと……?
「いいかせつな。お前は、俺の本当の子供じゃない。15年前にそこにいるのとは別人の赤羽美咲から預けられた子供なんだ」
「……………………え、」
「怜悧や正輝とは血が繋がっていない。本当の両親が誰なのかは俺にも分からない。それでも俺は、」
「馬鹿野郎!!!」
矢尻さんの声と打撃音。倒れたのは矢尻さんだった。
「それでも俺は、お前を自分の娘のように大切に思っている。それを忘れないでくれ」
「…………な、に……それ」
視線が私に来る。意味の分からない視線が私に来る。姉さんが、正輝が、アリスが、翼が、見たことない目で私を見てくる。
「やめてよ……何で……そんな……」
「冗談とかじゃない。このようにDNA判定もずっと昔にしてある」
視線が離れ、私と出された一枚の紙を交互する。また、その目で皆が私を見る。
「やめて……やめてよ……そんな……そんな……」
「せつな!!」
せつなが走り去った後。正輝とアリスと翼がそれを追いかけた後。甲斐を思い切り殴ってから怜悧が走り去った後。
「……まだ受け入れがたいか」
甲斐は頬を触れながら立ち上がる。それより早く達真が立ち上がり、甲斐のネクタイを掴んだ。
「あんたは!!何も分かってない!!!」
「何がだ。俺はちゃんと分け隔てなく子供達を愛している。だから偽物を用意してまでここに、」
「それはあなたのエゴです」
赤羽が甲斐の傍まで寄る。少しずつ雰囲気を変えながら。
「……出てきなさい。赤羽美咲!」
「…………よく分かりましたね」
新たな声。それは別の赤羽美咲。甲斐の後ろから現れたもう一人の赤羽美咲。
自分と同じ顔の彼女の胸ぐらを掴む。
「どう言うつもり?どうして今更になってまたこの世界に来たの?どうしてあの子達から笑顔を奪うような真似をしたの!?」
「いや、私にそのつもりはありませんでした。私はヒエンさんから今日打ち明けるから同席してくれと頼まれただけです」
「ヒエンって、あなたのこと?」
「……俺にその記憶はないがな」
自分を睨み、いつ殴ってくるか分からない達真を無視して甲斐は嘆息。
「火咲ちゃん、さっきも言ったがな。俺には時間がないかも知れないんだ。ついこないだだってアジトにスパイが潜入してることが判明した。杏奈達が住んでいるホテルの場所がバレたかも知れないんだ。護衛についている権現堂が危ないかも知れないんだ。あいつらだけを先に死なせるわけにはいかない。けど、その前にせつなのことは自分の口で言っておきたかったんだ」
「だからそれはあんたの勝手なのよ変態師匠!あんたの前で死んでいった女達はそんなことをあんたに託したかったわけじゃない!」
「じゃあどうしろって言うんだ?もう今更戻れない道なんだ。もう、俺一人で戦うしかない道なんだ。俺の手で誰かを救い続けていかなきゃ、何のために家族が死んでいったんだ……!?」
「……少なくともあんたを不幸にするためじゃないわよ」
「……そろそろいいですか?」
別の赤羽美咲が一歩前に出た。
「私もあまりこの世界には長居できません。私の世界で最後の最上火咲さんが理を破壊してくれている間だけです。なので私から切名……せつなさんに関することだけお伝えします」
「……そもそもあんたがそこの変態師匠にあの子を預けたんでしょう?あの子、何者なのよ」
「……元の世界のジアフェイ・ヒエンさんならともかくこの奇跡の世界の住人であるあなた方にバックヤードの話は出来ません」
「バックヤード?あの赤い部屋と何か関係があるとでも…………まさか」
「いえ、あなたには判断材料はありません。今回、そこの人がやらかしてしまいましたが、本当の両親とあの子が再会出来るまで、あなたにはあの子をお願いしたいのです。最初の赤羽美咲だったあなたに」
「…………奇跡の世界とかバックヤードとか私には分からない。でも、私はあの子達を実の子供のように育てるわ。あなたたちのためでなく」
「……それでも構いません。1つ気をつけていただきたいことがあります」
「何よ」
「……あの子をパープルブライドにだけは会わせないでください」
「…………どうしてあの人が……」
「理由は言えません。あの子の幸せを願うなら、お願いします」
別の赤羽美咲が踵を返す。
「私は元の世界に帰ります。恐らくもう二度とこの世界には来ないと思います」
「……あんたはそれでいいわけ?」
「構いませんよ。この、奇跡の世界にふさわしい赤羽美咲はあなたしかいませんから」
「……奇跡ね」
甲斐が達真の手を払い、同じように踵を返す。
「矢尻。火咲ちゃん。あの子達の事を頼んだ。……俺も父親失格だ」
「……異論はないわ。けど、……けど、怜悧さんにはちゃんと向き合ってあげてください。あの子の寂しさは、あなたにも分かるはずです……!!」
「……さてな」
そして甲斐達はこの家を後にした。
リビングから離れたきょうだい達が暮らす部屋がある棟。
「せつな!開けてくれ!せつな!!」
正輝がドアを叩く。だが、部屋の主は啜り声だけで姿を見せようとはしない。
「せつな……今は急がなくていい。急がなくていいよ。だからちゃんと元気な姿を見せてね……?」
怜悧の泣きそうな声。アリスと翼が目を逸らす。
「……ん、」
そこで翼は窓の外。甲斐達が家を離れていく姿を見た。
「正輝、」
「……ん?……あ!」
「正輝。正輝はここにいて。アリス、翼。正輝をお願い」
「え、姉さんは?」
「もっかいぶっ飛ばしてくる」
そう言って怜悧は窓を開けると外に向かって飛び出していった。
「……姉さん、」
「正輝、アリスちゃん。ここは僕に任せてよ」
「翼?」
「一回正輝も頭冷やそ?」
「…………悪い」
「あ、正輝様!」
その場を去る正輝。追いかけるアリス。それを見てから翼はせつなの部屋に入った。
「……何よ」
「ごめんね、せっちゃん。せっちゃんはせっちゃんだよ」
「…………」
「僕もびっくりした。でも、僕は僕だから。驚いただけで正輝もお姉ちゃんもせっちゃんに対して態度を変えたりはしないよ?」
「……両親のことは別によかったんだ。今更会っても何も感じない」
「……うん」
「でも、でも……」
「…………うん」
「でも、姉さんや正輝からあんな目で見られたくなかった……あんな、あんな目で……!!」
「……うん」
「わたしは……わたしは……うううう、うああああああああああああああああああん!!!!」
「……」
「わたしは、化け物なんかじゃない……!わたしはちゃんと正輝達と……同じ人間だもん……!!」
「……うん」
「きょうだいだもん……ずっと、ずっと、ずっと!!家族なんだもん!!!」
「…………」
「うううううううううう、わたし……わたし……、」
正輝の部屋。
「どうして!あの人は!!あの人のせいで俺達は……俺達まで、せつなまで!!!」
「正輝様……」
「残された人の事なんてどうでもいいんだ……残した人がどうなったって、あの人は、人間じゃない、親じゃないんだ!!俺や姉さんや、せつなが……!!」
「正輝様、」
「うるさい!!小雪に何が分かる!?」
「…………っ、」
「小雪なんて、もう戸籍だってないくせに……俺達は、家族なんだ、家族としてちゃんと戸籍があるんだ……家族なのに、なんで、なんで泣かせるんだよ!!」
「……正輝お兄ちゃん……わたしがいるよ……」
「……うううううっ!!!」
「小雪がいるよ……おにいちゃん」
少女はベッドの上に腰を下ろした。そして、
「小雪が、おにいちゃんを癒やしてあげる。だから、小雪に全部をぶつけて」
そして、赤い花が咲いた。
「……また罪の花が咲くんですね」
それを巫女服が見ていたことは誰にも気付かれていない。
旧懺悔室。今は特に何でもない小さな部屋。
そこで怜悧は一人で、何もしていなかった。
「……」
正座して、目を閉じて、無を念じながら遠い過去を目蓋に焼く。
「怜悧」
「……え、」
声がした。幻聴か?怜悧が振り向く。
「……お母さん……」
「怜悧、ただいま」
そこにいたのは紛れもなく母親・甲斐三咲の姿だった。
「お母さん……お母さん……!!!」
「うん。お母さんはここにいるよ」
「お父さんが……せつなが……!!」
「うん。全部知ってるよ」
「じゃあどうして……どうして、どうしてなの……!?どうして、皆こんなに苦しいの……!?」
「…………」
「どうして、わたし、せつなに……お父さんに……」
「怜悧は何も悪くないよ」
怜悧はぎゅっとその身を抱かれた。
「……」
「怜悧。お母さんとお話しよっか?」
「お母さん……どうしてお父さんはあんなに悲しそうなの……せつなは一体、何なの……?」
「お父さんもせつなも皆今は苦しいの。本当にちょっと運命の歯車が狂ってしまってるだけなの」
「わたし、お姉ちゃんなのにせつなを化け物みたいな目で見ちゃったの……」
「でも怜悧は優しいお姉ちゃんなんでしょ?せつなもちゃんと分かってくれる。お母さんと一緒に謝りに行こうよ、ね?」
「……別の赤羽美咲って何なの……」
「それは僕にも……お母さんにもよく分からないけど、赤羽ちゃんは赤羽ちゃんだよ」
「……どういうこと?」
「赤羽ちゃんも怜悧もせつなも、もちろん正輝や小雪ちゃんだって皆お母さんとお父さんが守りたいって思ってる可愛い子だってこと」
「……よく、わからないよ……」
「今はそれでいいよ。怜悧もその内分かると思うから……」
同時刻。某国。某ホテル。清掃員に扮し、爆弾が仕掛けられた人造人間がとある客室の前で自爆した。
瞬く間にその客室や廊下が、建物が炎に包まれる。
「怜悧!怜悧!?」
娘を呼ぶ母の声。
「杏奈!今は危ない!レスキューに任せるんだ!」
「待ってよライル!!あの子が……あの子が……!!」
炎の中。執事に押さえ込まれた状態で黒煙に染まるホテルを見ることしか出来ない。
「お母さん……お父さん……どこ……」
少女が炎の中を彷徨う。視界は既に半分しか残っていない。痛覚が燃えて五感がほぼ失われている。
そんな中、一つの影が煙の中から出てきた。
「お母さん……?」
やがて現れた父の姿をした人造人間が右手を変形させた刃で少女の左目を貫いた。
音終島。全ての悲しみが始まり、眠りにつく島。
「……あの子を助けてあげて」
「…………この声は……」
白と黒が咲く桜の木の中で、彼女は彼女の声を聞いた。
「お願い。あの子を助けてあげて」
「……どうして、あなたの声がきこえるの……?私は、」
「僕に出来ることは、もう、これくらいしか残ってないから」
「……待って。あなた、」
「……お願いね……ーーーーちゃん!!」
「!」
夜明け前の桜の木の前。
彼女は、赤羽研護の前で時空の闇から帰ってきた。
理から外れた存在メナージュ・ゼロとして。
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