解答編
この世には不思議なこと大変なこと、自分の力ではどうしようもないこと、ありとあらゆる困難に満ち溢れておりますわ。
たとえば年齢。私、今年で三〇になりますの。アイドルの引退を考えた時期はありますけれど、皆さんの応援がありまして。今日と今日とて歌って踊っております。
さて、三つの錠剤A、B、Cの話から始めましょう。
私がバードに打ち明けた通り、このゲームは破綻しておりますの。仮に毒薬をA、それ以外の錠剤を……と、二度の説明は野暮ですわね。どうせカメラに録画機能があるのでしょう。見返してくださいまし。
ただ、このゲームが破綻するのは、ルールが成立しているからとも言えますわ。つまり、バードのルール説明に嘘がなかったということでしてよ。A、B、Cのどれかが毒薬ということも、毒の含有量も。
下手な嘘をつくよりも、真実を打ち明けた方が、信用も得られますものね。
ところで、私は錠剤を粉々にしましたわ。A、B、Cの全てをね。それは間違いありませんわ。
ですが、ゲームが始まったとき、机に積み上がっていた三つの山は、A、B、Cではありませんでした。
正確に言えば、三等分されたAとBでしてよ。
それではCはどこに行ったのか。答えは右手――ハンカチですの。
ゲーム開始前、私はかなづちで三つの錠剤を粉々にしましたわ。そして、その衝撃でグラスを落としましたの。もちろん想定内。ガラスを掃除するふりをしながら、液体で右手を濡らしましたわ。
そしてバードに頼んで、足元の掃除を頼んでもらっている中、濡れた右手にCの粉を付着させました。
なぜCの粉を付着させたのかは、順を追って説明した方がスムーズですの。しばしお待ちくださいませ。
ともかく、私はCの粉を右手に付けました。すると、思惑通り、右手が腫れましたの。「中身を触るだけでも激痛が走る」とバードが言っていたものでしてね。
痛みを我慢しながら、左手でAとBの粉を三分の二にして、それぞれ残った三分の一を集めて、Cの粉に見せかけましたの。そのあとに、バードに痛みを訴えましたわ。
バードは断りづらいはずです。名目上は、私のファンですものね。変な設定で接しようとするから、私が付け上がるのでしてよ。
あとは皆さんのご存知の通りですわ。Cの粉が付着したハンカチで、濡れた液体を拭いたバードは、毒が回って死んでしまったのです。ちゃんちゃん。
これで一件落着、と、お思いになったあなたは出直してくださいまし。解決したのは、事件の半分に過ぎませんわ。
ここからは、観客の皆さん……いえ、監視カメラの向こう側にいる、バードの協力人物を当ててみせましょう。
バードは、魔法少女の情報をよく仕入れていたようでした。熱狂的な信者かと思えるのですが、私、バードの裏に魔法少女のメンバーがいるのではないかと考えておりまして。
カマをかけたら、想像通り、バードは魔法少女のことしか知らないようでしたわ。
――私のデビュー曲は?
――『快速特急電信柱』。
――地下のライブハウスで『快速特急電信柱』歌ってた頃……デビューしたての頃から、会場に来てくれるお客さんだっているんだよ。
バードが答えた『快速特急電信柱』は、私ではなくて、魔法少女のデビュー曲でしてよ。私のデビュー曲? 本筋とは関係ないから、割愛させてくださいまし。
――魔法少女、特に鈴子のことなら、なあんでも知ってるぜ。
つまりです。バードは私のことを、ちっとも知らなかったのですわ。
それでも、鈴子とのことならなんでも知っていると嘘をついた理由。それは、魔法少女の熱狂的なファンを装うことで、監視カメラを見ている協力者も、同じくファンだと思い込ませるために他なりません。
この時点で、バードと魔法少女の繋がりを疑っていましたわ。その疑いが確信に変わったのは、二つの理由から、ですの。
――二五〇、いや、二六〇倍……か。かなり濃縮したらしい。
バードは「らしい」という、あたかも自分が傍観者かのような言い回しを使いましたわ。そして傍観者がいるなら、当事者も同時に存在しますの。
――構いやしないさ。カメラの死角にさえ気を付けてくれたらね……。
思うに、これは喜劇でしたのよ。私の戸惑う様子や、怖がる表情。そして絶対なる死を目前として、絶望に震える私を笑うための、劇。
アイドルが全てだった、私の人生。これほどまで私に恨みを持つのは、魔法少女のメンバーしかいないですわ。
そして、極めつけはもう一つの理由。それこそが、Cが毒薬だったという事実でしたのよ。
――お客さんファーストだよ。
A、B、Cの錠剤は、私から見てA、B、Cでしたの。一方、お客さん――バードや監視カメラから見たら、C、B、A。左にあるのは、Cの錠剤。これは、ランク分けとも見受けられますが、この話題は関係ありませんわ。自尊心がズタズタですの。
ともかく、私のポジションは左――C。そしてCは毒薬。これは、なんらかの因果があると考えました。たとえば「お前が魔法少女の毒だ」というメッセージ性があったとか。考えすぎかしら。
Cを右手に付着させて激痛が走ったとき、錠剤の位置は、ライブでのポジションだと考えました。それなら、上手くいけば、バードの協力者が分かるかもしれないと思ったのです。
そこで、最初にC(正確にはAとBの混合物ですが)を飲みました。そして、バードにポジションの話を持ち出したのです。
――ところで、私のポジションが左なのはなぜか。ご存知?
バードは、魔法少女についてなら詳しい。ならばポジションについても知っているはずですわ。しつこいくらいにポジションの話をすることで、ポジションについて考えざるを得なくなるように誘導しました。
そして、こう考えるはずです。できれば協力者との関連性を疑われたくないと。だからバードはAの錠剤を選んだ。
バードの協力者は、最後に残った錠剤B――町田心でしてよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます