エアロ・イコノクラスム

平沼 辰流

本文

レベル4までは人の領域。そこから先は「彼女」たちの世界だった。

「彼女ね。彼らに性別はないよ」

カザミは欠伸をこらえつつ、三徹したあとの赤い目をこすって言った。

「性差は考慮されていなかった。生殖の必要が無いからね。数が足りなければ我々が好きに増やせばそれでいい」

「そういう問題じゃない、俺の好みだ」

”プレイヤー”はにやりと笑い、突き出た操縦桿のアウトラインをなぞる。HOTAS化が進んで五世紀が経とうとしている。コンソールのスイッチははほとんどが多機能化されて、冷戦時代の第三世代ジェット機と比べると、キャビンの中身は恐ろしいほどに簡素だ。

「好み?」

「わがままを言われるなら美人の娘さんがいい」

「なるほどね」


カザミは露骨に嫌そうな顔になる。会うたび要件を変えてくる彼女の上司役を思い出しているのだろう。残念ながらレイランド課長は、美人の娘でも、オールバックの似合う紳士でもなかった。

プレイヤーは全環境型戦闘機”ダート”の操縦桿から手を離し、そっと、涙滴型のキャノピーを下ろした。もう、この機体に操縦者は必要ない。

「システムは完ぺきなんだろうな?」

「ええ。知ってるでしょう」

そうだな、とつぶやき、プレイヤーはタラップを降りていく。


ダートが自律していると分かったのは三度目のテストフライトのときだったそうだ。わずかに、反応が遅れる。スライスバックに入れるときの一瞬だけ、スタビレータが上がらないタイミングがある。

次にわざと操作を遅らせてみると、ダートは操作を受け付ける前にスタビレータを上げていた。


「長いこと、パイロットというのはエスコートだった」

プレイヤーは整備庫の隅で、祝杯代わりの水を飲む。システムはこれで完成だ。

「機械というのは自分のレゾンデートルが分からない。俺たちが「おまえにはこういう機能があり、そいつを使って今からこれをやってもらいたい」と示さないと、動かないんだ。だから自我がないと思われていた」

「びっくりしたでしょうね」

「ああ。こいつには好きな飛び方がある。人間どもの乱暴な飛び方に反抗しやがった。そして今からは空で仕事を見つけようとしている」

そこまで言って、プレイヤーはなめらかな合金製の機体を冷ややかに見つめた。カザミが受け渡した飲み差しのボトルに口をつける音を聞きながら、彼は静かに親指を回す。

「あんたらは、こいつにどういう人格をインストールしたんだ?」

「何も」

カザミの片目が閉じる。

「食え、寝ろ、増えろ。生き物ならみんな持ってる欲求だけ」

「増えろ・・・?」

「私たちが評価すれば量産される。一番合理的な手段でしょう?」

カザミは水のボトルをカザミに突き返して言った。

「この子は「良い子」にしてた。だから世界一量産された戦闘機になった」

正面のハッチが開き、ダートがタキシングを始める。射出機のガラスの靴のようなシャトルが固定されると、彼女は深呼吸するようにエンジンから呼気を吐く。

「M29という銃があった」

プレイヤーがつぶやく。彼のまぶたがシャッターを切る音がハンガーに響く。

「OICWでしょ。知ってる」

「モジュール化された二丁の銃のミクスチュアだった。同じトリガーアクションでバトルライフルとスマート・グレネードランチャーを動かせるんだ。当時の徹底的な規格化計画を象徴するような銃だった。それから十年も経たないうちに、西側ではF-35が攻撃から戦闘、偵察まですべて担うようになる」

「つまらない時代の到来ね」

「ああ。終いに「スタンダードベース思想」だよ。全ての兵器が統一されたパーツで組まれるようになった。同じネジ一本で戦艦のレールガンと戦闘機のアビオニクスが直せるし、戦車がヘリコプターのエンジンで空を飛ぶようになった。まったくお笑いだ」

「ねえ」カザミが欠伸をこらえる。「歴史のお勉強は退屈なんだけど」

「俺たちには必要なんだ。今はそういう「役割」が振られている」

さあね、とカザミが口からマニピュレータを離す。合わせるようにに彼女の胴に埋め込まれた不格好なコンプレッサから機械的な圧搾空気が吐き出され、人工声帯から「そろそろ母親のロールプレイは飽きてきたの」と少女の音声が出力される。

「ダートは賢い子だったわ。どんな躯体にも馴染んで、すぐに兵士と仲良くなれた。知ってる? この子ったら、ターミナルケアのチャットシステムにも使われてたそうよ。この星の最後の人類を看取ったのもこの子」

「ああ。善き隣人だった。良きサマリア人ではないにしても、な」

「親バカの父親というのは聖書の言葉を引用するものかしら?」

「ロールモデルとの乖離が気になるなら、あとで直す」

ダートがディフレクターに足を懸ける。彼女の目がプレイヤーたちを見つめ、合図を待つ。プレイヤーたちも外に出て、壊れたミートボールランプの隣に立つ。


空は今日もきれいな青い夕焼けを見せていた。

「地球には、まだ人間がいるらしいぞ」

「あ、そ」

プレイヤーはダートに手を振って、カウントを始める。5,4,3,・・・。

「変化が必要なのは分かるけど、もっと穏当に出来ないものかしら」

「面倒くさいんだろう。環境を変化するのが一番早い」

「「やれやれ、と僕は言った」と作家なら書くシーンね」

カウント、ゼロ。ダートが手を振りながら空を飛び立って行く。彼女の腰には遺伝子組み換え済みのシダ類植物の胞子を詰めた播種弾ランチャーが装備されている。

予定では72時間でこの星の緑化が完了するはずだ。その後は酸化ガスでできた死の風が吹き荒れる。

地球という星では、放置した肉や鉄が勝手に悪くなるらしい。とても移住できそうにないな、とプレイヤーはひとりごちた。

「各軍に通達。ルールを改変する。各自、適応せよ」

真面目くさったプレイヤーの声に、カザミが笑う。


「さあ、みんな。女神さまのダンスをご覧ください!」


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