EP7:今夜はたこ焼きで勝負や

 土曜の昼下がり。人通りの絶えない難波。


 賑やかな通りを少し外れた路地裏で、俺は久遠ひさとおとふたり、たこ焼き屋のベンチに腰かけていた。


 食べ歩きで人気の店らしく、舟皿から立ちのぼる湯気と、香ばしいソースの匂いが食欲をそそる。


「先輩。これ、美味しいなぁ。このたこ焼き、ほんま美味しいなぁ」


 妙な関西弁混じりにそう言うと、久遠ひさとおはぱくっと一口頬張り、ほふほふと幸せそうな顔を向けてくる。


 そのテンションに少しだけ呆れつつ、いつも通り軽くツッコんでおく。


久遠ひさとお。お前、大阪こっちには馴染まないんじゃなかったのかよ」


「そんなん先輩とふたりの時だけ特別やん。あほやん?」


「あほはお前だ。そもそも、やんの使い方が間違ってんだよ。関西人に怒られんぞ」


 苦笑しながら、頭を軽く小突くフリをする。

 なのに、なぜか大袈裟に髪を押さえ始める久遠。


「なにするんですかぁ。せっかく独り身の先輩のために、可愛くセットしてきたのに」


「独り身は余計だろ。それに、そもそも頼んでねえから」


 なんなら『先輩のために』も余計だ。

 ……まあ、可愛いのは否定しないが。


 内心でぼやきながら、俺も一口たこ焼きを放り込む。


「ほんと、関西弁って難しいですよね。特にイントネーション。なんなんでしょうね、あれ」


「まあな。俺もこっちに来てもう六年になるけど、いつまで経っても、喋れる気がしねえよ」


 どこからか行き交う観光客のざわめきと、大道芸のBGMが聞こえている。

 そんな喧騒の中、久遠がふと何かを思いついたように、パチンと手を叩いた。


「そうだ、今夜タコパしませんか! 先輩のおうちで!」


「また突然だな。つうか、なんでうちなんだよ。しかも、今たこ焼き食べてるのに、タコパすんのか?」


「あれ。そういうの、駄目なタイプでした? カレーは二日目が美味しいのに」


 それは俺も知ってるが、ともかくよく分からん論法に論破されるわけにはいかない。

 ここ最近、マジで毎週来てるからな。こいつ。


「じゃあ決まりですねっ」


「あほ。いいなんてひと言も言ってねえだろ」


「駄目なんですか?」


「別に、駄目とまでは言ってね──」


「なら決まりですねっ」


「お前なぁ。話の途中で被せてくんなよ」


「すみません。駄目でした?」


「別に、駄目じゃねえけど……」


「じゃあやっぱり決まりですねっ」


「だから被せてくんじゃねえよ」


 こいつ、俺が頷くまでこのくだりを繰り返す気か?


 結局、いつも通りだ。嬉しそうなこいつに乗せられちまう。


 ため息をひとつ。……まあ、いいんだけどな。

 なんだかんだで楽しいし。


 なんてことを思っている自分がいた。



▲▽



 場所は変わって、わが家の手狭なダイニング。


 夜の静けさが部屋に満ちる中、たこ焼きプレートの鉄板がじわじわと熱を帯びていく。

 エプロン姿の久遠が器用な手つきで生地を混ぜていて、俺はその隣で紅しょうがや天かすなどの具材を準備していた。


「……で、たこは?」


「え?」


 久遠の手がぴたりと止まる。


「いや、だからたこだよ。もしかして……買い忘れたなんてことはないよな?」


「え……うそでしょう……今日はたこ焼きなんですよ……?」


「いや、俺が聞いてんだけど……」


 関西人は一家に一台たこ焼き器を常備してるって話もあるが、実はわが家ではこれが初の試みだ。

 器材は全部俺がそろえ、具材は久遠が担当──のはずだったのだが。


 何度も冷蔵庫を開けたり閉めたり、棚を漁ったりする久遠。

 見れば材料は一通りそろっている。けど──やはり肝心のたこだけがなかった。


「こういうのって、灯台下暗しって言うんでしたっけ」


「知らねぇよ」


「冷たっ。ねぇ先輩、干しダコ的なやつとか……代わりになる何か……」


「あるわけないだろう……。ていうか、これじゃあ、たこ焼きじゃなくて、ただの焼きじゃねぇか」


 呆れ口調で言い放ってはみたものの、あまりキレも出ず。


「すみません……」


 普段しっかり者のこいつが、ここまでしょげるのは珍しい。

 膝をつく勢いで項垂れる様子を見て、なんだか可哀想になる。


「まあ、仕方ねぇだろ。わざとじゃないんだし。面倒だけど、今から買いに──」


 言いかけたところで、俺の服の裾を久遠がつまんだ。


「……あの、先輩?」


 見上げてくる久遠。どう見ても、何か思いついたって顔だ。


「ここはひとつ、ロシアンたこ焼きなんてどうでしょうか」


「ロシアン……、たこ焼き?」


「そうです。中にカラシやワサビを入れて……どっちが先に引くか、勝負するゲームなんですけど」


「って、それくらい知ってるっつうの。聞き直したのはそっちの意味じゃねえよ」


 言いたかったのは、なんでたこ焼きの代案が、よりによってロシアンたこ無し焼きなんだってことで。


 まあ、ただの焼きよりは話題にはなるかもだが。


「まあ……いいか。なんでも初めてやる時は、だいたい何かトラブルが起きるもんだ。買いに行くのも面倒だし、乗ってやるよ」


「さすが先輩っ。そうこなくっちゃ」


 弾けるような笑顔を向けられ、こっちまで頬が緩んじまう。


 どうせやるなら、楽しんだもん勝ち、か。

 これは、仕事にも通じる考え方なのかもしれないな。

 などと思いながら。


「で、罰ゲームはどうする?」


「んー、そうですねぇ」


 人差し指をあごに当て、少し考え込んだあと──にこっと笑って言った。


「関西弁で、相手のいいところを褒めるっていうのは、どうでしょう」


「……なるほど。意外と面白そうかもな」


「でしょっ♪」


 そうと決まれば、さっそく調理に突入。


 焼き上がったのは十数個のたこ無し焼きだ。うち数個には、久遠の手でカラシやワサビが仕込まれた運命の弾丸が紛れ込んでいる。


 公正を期すため、配置は俺が担当。

 そして、じゃんけんの結果、これまた俺が先行となった。


「では先輩、どうぞ」


「ああ……」


 全部、見た目は普通に見えるな。たこは入ってないが、美味そうだ。


 にしても、……どれが当たりなんだ?


 しばらくにらめっこするも、基本、周到なこいつが見た目で見破れるようなミスをするとは、到底思えない。


 なら、迷っても仕方ないんだろう。

 ままよと、皿からひとつつまんで熱々のまま口に放り込んでみる。


 んっ。


 外はカリッと、中はふわとろ?


 これはっ──


 と、安堵しかけたのも束の間、直後、一瞬、視界が白くなるほどの刺激が鼻を突き抜けていた。


「……ぐぅっ……」


 まさに一撃必中ってやつだ。

 俺の苦悶の表情を見て、久遠が嬉しそうに手を叩いた。


「やった、わたしの勝ちですねっ」


「っ……くそ……」


 がくりと肩を落とす俺。


 もはや俺にできるのは、ひりひりと焼けるように熱くなった口の中を、キンキンに冷えたビールで潤すことくらいだった。




「ではでは、先輩?」


「ああ……わかってるよ」


 リビングの明かりは落とし気味。

 ホットプレートの余熱がじんわりと漂い、空気にほんのりソースの匂いが残る。


 テーブルには食べ終えたたこ無し焼きの皿と、半ば押し出されたカラシのチューブ。

 笑い話みたいな晩飯だったが、まあ──負けは負けだ。


 中途半端にやるのは、性に合わない。


 俺が正座すると、なぜか久遠も向かい合わせに正座をする。

 そして、ふたり視線を交わし、どこか真剣な空気が流れた。


「……じゃあ、いくぞ」


「はい、よろしくお願いします」


 一拍置いて、俺は少し息を吸う。


「……あんた、よう気ぃ遣ってくれるし……仕事も頑張ってて……すごい、思う、わ」


 喉の奥から絞り出した、慣れない関西弁。

 イントネーションはたぶん、良くて迷子。どこか知らない地方の言葉になってる気配すらある。


 それでも、やると決めた以上、最後までやりきる。


「けど……たまには、無理せんと。もっと、自分を大事にしてええんやで」


 その瞬間、久遠の肩が小さく震えた。


「……っぷ、ふ、ぷふっ……」


 堪えきれなかったらしい。両手で口元を押さえながら、笑いがこぼれる。


「す、すみません……嬉しいんですよ、ほんとは……でも、先輩のイントネーションが、……あんまりにもひどくって……」


 笑いと照れがない交ぜになった顔で、身をよじらせている。


 とはいえ、言ったことは本心だ。俺は少し照れくさくなって視線を逸らす。


 と、ひとしきり笑ったあと、なぜか久遠が背筋を伸ばした──?


「……じゃあ、今度はわたしの番ですね?」


「は? なんでだよ。お前は負けてないだろ?」


「いいじゃないですか。やりたいんですから」


 そう言うと、勝者の権限でしょ? とでも言いたげに眉をつり上げ、久遠は正座し直す。


 その目は、さっきまでのふざけた色じゃなかった。


「えっと……」


 少しだけ恥ずかしいのか、久遠は軽く頬を染めながら、まっすぐに俺を見据える。


「先輩って、一見ぶっきらぼうやけど……ほんまはすごく気を遣ってくれてて。さりげなく、ちゃんと見てくれてるの……わたし、知ってますから」


 関西弁、のつもりらしい。イントネーションはかなり危うい。


 けど──


「……ほんま、ありがとうな。めっちゃ感謝してる」


 なぜかまっすぐ響いた。


 なるほど。こいつは、最初から罰ゲームなんて茶番を使って、普段じゃ照れくさくて言えない本音を、言おうとしてくれたんだろう。


 ほんと、久遠らしいっつうか、食えない奴っつうか。


 でも、だ。


 思わず、俺はぷっと吹き出してしまう。


「なんで笑うんですか!」


「……いや、悪いっ……ほんとは笑いたくないんだ。けど、お前が真面目な顔で変な発音するからさ」


 我慢しようにも、どうにも無理だった。

 そんな俺に久遠は頬をふくらませ、でもすぐに釣られて笑い始める。


 結局、ふたりして、しばらく笑いが止まらなかった。


 その後──


「……たまには、こういうのもええやんな?」


 ふたり横並びでいつもの狭いシートにもたれながら、久遠が見上げてくる。


 そんな彼女に、俺は小さく笑って返した。


「……イントネーションが良けりゃ、な」


 と。





――――――――――――――――――――――

気づけば長編クラスのボリュームに……。

たこ焼き一つでここまで書くなんて、自分でもちょっと驚きです。

……でも、たまには、こういう『ボリューム多めのたこ焼き回』もアリですよね?(あ、たこはナシか)。

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