【短編】後日談

月兎アリス@カクコンを頑張ろう💪

第1話

ぎょく蘭様らんさま


 後宮の回廊を歩いていると、後ろから声がした。蘇菲そひの声だ。

 蘇菲とはご存知、わたしに仕えている女官のこと。


「どうしたの?」

「あ、いえ、玉蘭様がいたので、つい話しかけてしまって」


 ふふっと私は微笑む。


 楊明さんの正室になってから、自分の性格も、ずいぶん垢抜けたものになったと思う。

 その反面、貴族のいやしいところを吸収している側面もあるけど。


「ちゃんとした漢服に身を包んだ玉蘭様は、すごくお美しいです。あの花もどきより何倍も」


 あの花もどきとは、少し前にほうしょうぐうを追放され、隠居生活いんきょせいかつを強いられた族令ぞくれいじょうしんよう

 忘れもしない、私の恋敵だった猫被り女である。


 毒盛り事件を経てからか、蘇菲は秦芙蓉のことを、さらに卑しめるようになった。


「秦芙蓉」と書かれた紙をビリビリに引き裂いて、中指を突き立てたそうだ。

 流石にやり過ぎなので、せいちょうが止めている。


「あの醜い枯れ草め……憎たらしい、いやらしい、恨めしい……!」

「言い過ぎよ、蘇菲」

阿鼻地あびじごくに堕ちたのち、蟑螂に生まれ変われ……!」

「ぎゃー」


 蘇菲の恨みは、相当なもの。

 それは当たり前で、一度は大切な主人を殺されかけたのだ。簡単に許せるわけがない。


 そして私も、殺されかけた。

 もちろん恨みとか憤りとかはあるし、笑顔で許そうとは思わないけど、あの醜い虫に生まれ変われなんて思っていない。


「今でも、楊明様の正室に自分なんて、申し訳ないと思ってるもの」


 名もない庶民の血筋を継ぐ私が、地方といえど支配者の正室になるなんて、よくよく考えれば有り得ない話だ。

 都合が悪ければ、じょとして一生を閉ざしていたかもしれない。


「んもー、ハジメテをあげたんですよね? 玉蘭様」

「……知ってたんかい」

「人工呼吸を除いたときのハジメテですからね」


 ハジメテとは……紛れもない、私の人生初の接吻せっぷんを指す。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


「あのとき、私と楊明様以外いなかったけどな、別に……」

「後宮の情報網を舐めないで下さい」


 どういう人を経由して、その情報が伝わるの。

 それより恥ずかしいから話さないで欲しいんだが……まあ、仕方ない。


「まだ重ねるだけで済ませたそうですね」

ついばめ、なんて言わないでね?」

「言いましょうか?」


 私は首をぶんぶん横に振る。

 啄め、とか絶対に無理だ。先に私が沸騰ふっとうしてぶっ倒れてしまう。


「玉蘭様は初心うぶですか?」

「初心な乙女だよ」


 蘇菲の目にはどう映っているんだろう、私って。

 流石に私も初心な乙女なのですが。


「玉蘭様!」


 今度は、知らない女性の声が聞こえてきた。

 その方向を見ると、見覚えのない女官が、あせった感じで手招きをしている。


関琳かんりん?」

「府君が玉蘭様をお呼びです!」


 楊明さんが?

 私は急いで、女官の言われるがまま……楊明さんの居室に連れて行かれた。

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