四、248円

 ターミナル駅で弁当を売るバイトを始めて、もう四年になる。最初のうちは、細かいことでお局様に怒られていたが、今ではそれすら懐かしい。最近では、仕事中私語がほとんど出なくなった。毎回同じシフトに入る女子高生は、無口で何を考えているかわからない。四つ年齢差があるだけで、未知の領域だ。

 今日も並んで四時間、過ごさなくてはならない。これはつらい。新幹線が到着するとともに、沈黙から抜け出そうと大きな声で弁当の宣伝をする。

 上りの乗客の財布はなかなか開かない。それでもなんとかショーケースに注目させようとした。ショーケースに目が向けば、買わせる自信があった。性別、年齢、客の服装、荷物の大きさから、適切な弁当を選び出し、勧める。

「……今日は無理っぽいな」

 女子高生は明の言葉を無視した。余計に居心地が悪くなる。もう一度大声で弁当販売の口上を述べた。

 すると、一人のワイシャツ姿の男が、何か気がついたように、こちらへ早足で近づいてくる。チャンスだ。やっと客が来た。しかし、視線はショーケースに向けられていない。明の顔を恐いくらい凝視している。

 店の前にたどり着くと、男は、明の顔をにらんだ。

「田口くん……だよな。なんでこんなところにいるんだ! お前、コピーライターになるって、言ってたじゃないか!」

 突然、知らない男から名前を呼ばれ、それだけでも驚いているというのに、更に彼は自分の過去さえ知っている。隣に並んでいた女子高生も、さすがにびっくりしていた。

 どう答えればいいかわからず、そのまま沈黙がおとずれた。新幹線のアナウンスだけがホームに響く。明は相手の顔をよく見た。コピーライターになりたかったことを知っているのは、限られた人物だ。高校の友達か、それ以降、大学入学までに出会った人。もう一度、しっかりと顔を確認したが、やはり覚えがない。

 男は、弁当屋のバイトに大声で言った。

「コピーライター講座で一緒だった、酒田! お前と優秀賞、競り合ってただろ?」

「はぁ……」

 名乗られても、まだ思い出せない。困り顔で相手を見つめると、酒田と名乗った男はいらだちを露わにした。

「『爆裂キャンディーどす黒』の酒田だ! お前はあのとき『私の瞳はあなたのロリポップ』なんて、意味わかんねーネーミングしただろ!」

「あ、あの、酒田さんですか」

 酒田はコピーライター講座での同期で、当時広告業界志望の大学二年生。現在、二十四歳くらいだろうか。酒田との出会いは、なんとなく出席した親睦会だった。当時、講座では毎回講義のあとに、優れたコピーやネーミングを書いた生徒に優秀賞を贈っていたのだが、その日は偶然明が賞をもらった日だった。そこで絡んできたのが酒田である。

『田口くんの今日のコピー、あれはずるいと思った』

 たったその一言しか交わしていない関係なのに、酒田は自分のことをしっかりと覚えていた。そして今、自分の目の前でどういうわけか激怒している。

 脈絡がわからずうろたえると、酒田は大きく溜息をついた。

「結局お前もダメだった、ってことなのか……」

「どういうこ……」

 そのまま質問しようとしたら、いつも無言の女子高生の目が光った。その鋭い眼光は、明を黙らせるのに絶大な威力を持っていた。

「酒田さん、今日、お時間ありますか? バイト終わったら、少しお話しません?」

 怒りから悲しみの表情に変化した男は了承し、お互いの仕事が終わったあと、再び駅で落ち合うことになった。



「同期だったやつ、広告賞とったり、業界第一線で活躍してるって」

 近くの居酒屋に入ると、酒田は中ジョッキに入った生ビールをさっさと五杯空けた。明は下戸なので、ウーロン茶だ。最初は「飲め、飲め」と言われて仕方なく一杯だけ付き合ったが、さすがにこのペースにはついていこうと思えない。

「初回の講座のとき、俺が君の隣に座ったの、覚えてる?」

「そうでしたっけ」

 適当に相槌を打ち、きゅうりの漬物に箸をのばす。ともかく、久しぶりの外食で嬉しかった。貯金を母にごっそり奪われて、二ヶ月。バイト代が入り、なんとか切り詰めながらやっていけるようになった。日本に帰ってきても、母が返してくれることは、まずないだろう。なくなってしまったのなら、また貯めればいい。前向きな思考にたどり着くまでは大変だったが、いちいち悔いてもしょうがない。時間の無駄だ。そんな暇があるなら、就活。エントリーシートに履歴書。トクナビやメールのチェック。ともかく自分は「今」に夢中だ。

「その様子じゃ、話したことも忘れてそうだな。『コピーライターになるために来ました!』って言ってたんだぜ? 俺は『年下には負けたくねぇ』と思ったね」

 自分の言った恥ずかしいことを細かに覚えている酒田に、明はどう接すればいいか困惑した。嬉しいような、悪いような。自分がそんなに大した人間じゃないことは、よく知っている。

 六杯目のジョッキを空にすると、通りかかった店員に七杯目のオーダーをする。済むと、酒田もきゅうりを一切れ箸でつまんだ。

「それが、今は弁当屋でバイト中の大学生? 最初見たとき、ふざけんなって思った。結局口だけだったのかよって。モラトリアムに走ったかと!」

 言い訳することはいくらでもできる。だけど、結局一度あきらめたことは事実だ。それに、年下の自分をかってくれたのに、こんな結末。

「すいません……」

 謝ることしかできなかった。

 うなだれる明を前に、酒田は悲しく笑った。

「君には、コピーライターになっていて欲しかったよ。俺がなれなかった分、ね」

「え」

 から揚げに手を伸ばそうとした瞬間、店員が七杯目のビールを運んできた。それをぐいっと飲むと、酒田はぽつりぽつり話し始めた。

「代理店や制作会社をいくつか受けたんだ。でも、全滅。講座の同期で、同じ学年だったやつらは何人も大手代理店に入ったのに、俺はどこにも受からなくってさ。だけど、四年の十一月に、アルバイト採用でようやく制作会社に入りこめたんだ。あのときは採用のメール見て、泣いたね」

「じゃあ、今もそこに?」

 明がたずねると、酒田は力なく首を振った。

「三ヶ月で逃げたんだ。ちゃんと『辞める』とも言わずにね。最低だったよ、俺は。会社で何をすればいいかわからなくて。指示を聞いても理解できないし、技を盗めと言われても困った。『読め』と言われた本を、まともに読むことすらしなかった。きっと、『夢が叶った』って、そこで終わってしまったんだよ」

 酒田に返す言葉が見つからず、ただウーロン茶を飲んだ。

喉に液体が流れたあと、急に恐くなった。自分は「今」に夢中すぎる。まだ、制作会社に応募すらしていないが、もし運良く受かることができたら。酒田のようになってしまうのが恐い。せっかく夢に近づけたのに、自分から逃げる結末なんて、悲しすぎるじゃないか。かといって、一生追い求め続けるだけの体力も金もない。今度失敗したらあきらめると決めている。

 夢はなんて残酷なんだ。叶ってしまえば魔法が解ける。叶わなければ、足が折れるまで追い続ける。自分で夢との決別をしない限り、一生胸の片隅でくすぶり続ける火。ちりちりと焦がれて、辛い日々を送ることになるのは嫌だ。

「俺、今、就活してるんです。コピーライター職と、他の職種、色々。今度コピーライターになれなかったら、ちゃんとあきらめるって決めて」

「そうか。『なれたらいいな』なんて、軽いことは言わない。なってからどうするかが問題だ。コピーライターだけじゃなく、どんな職業もな」

 カバンからシガレットケースを取り出すと、酒田は煙草に火をつけた。赤く燃える先端は、酒田の胸のうちを表しているように思えた。

「ところで酒田さん、今は?」

 明に訊かれて、酒田の動きが止まった。明はいぶかしんだ。別に大した質問はしていないはずだ。だが、知らない地雷が埋まっていたのかもしれない。相手の次の動きに注目する。酒田は、正面の明にたずねた。

「……笑ったり、人に言ったりしない?」

「しないですよ」

 明がきっぱりと言うと、酒田は恥ずかしそうに頭をかきながら、皮のケースから自分の名刺を一枚取り出し、渡した。

『日本忍者専門学校 校長秘書 酒田一貴』

 受け取って、何度も読み返した。目を擦っても、文字は変わらない。

「忍者専門学校って、なんですか? 趣味というか、そういう時代の検証の?」

「違う。忍者としての心構えとか、忍術の勉強をするところ……って説明しても、信じないよな」

 明は呆気にとられた。酒田は冗談を言っているようには見えない。

 酒田はカバンから冊子を取り出した。『日本忍者専門学校入学案内』と書かれている。明は手に取り、内容を読んだ。


『平成の忍者を志す君へ――受け継がれた業で己を磨きあげる。忍者は様々な業種で活躍しています』


「このパンフの文章、俺が書いたんだ」

 酒田は「すごいだろ」と大笑いした。

 彼に詳しく話を聞くと、ある有名企業家が道楽半分で設立した、無認可の専門学校らしい。もちろん、卒業後、何か資格が得られるわけではないのだが、それでも入学者は年々増加しているとのことだ。

「『平成忍者サクゾー』ってドラマ、知ってる?」

 観たことはないが、よく番組宣伝をしている。大学生で忍者の「サクゾー」が、学校内の悪を退治する、ありがちなドラマだ。時間帯からして、中高生がターゲットなのだろう。バトルあり、恋あり、青春ありのストーリーらしい。

「そのドラマの原作――マンガなんだけど、作者さんがネットでうちの学校を知ったっていうのがきっかけらしくってさ。ドラマがオンエアされてから、ワイドショーで学校が紹介されたんだよね。それ以来、入学希望者が増える、増える。忍者なんてヒーロー、なれるわけないのに。高卒資格を捨てて、うちみたいな学校に金を落とすなんて、夢見すぎだよ」

 校長秘書なのに、問題発言。酒田は悲しそうにうつむいた。

忍者専門学校。滑稽でしかないのに、本気で忍者になろうと努力している人間がいる。酒田の悲しみが明に伝染した。忍者になるかどうかはこの際問題ではない。ただ、夢見る人間から金を取るやつがいることが悔しいし、なれない夢を描く人間たちが大勢いることもむなしかった。

 自分もその一員かもしれない。明はふと思った。本当はコピーライターになれない。社会に出ることが恐くて、夢を逃げ場にしているのかもしれない。じゃあどうすればいいというんだ。自分の思考回路が混乱する前に、酒田に訊いた。

「怪しい商売なんじゃないですか?」

 煙を吐き出すと、難しい顔をしてうなずいた。

「だろうな。これから訴訟がきっと起こると思う……まあ、それもまた良し、かな」

 灰皿に煙草を置き、ビールを一気に飲み干すと、よくわからない笑みをこぼした。瞳は挑戦的に、鋭く光っている。目の前の男の想像したことは知りえなかったが、不気味な感じがした。

「俺が入社して、たった十五日で三十人辞めてるんだよ。今年も新卒が何人か来たけど、最長一週間で辞めたな。いわゆるブラック企業ってやつなんだ」

「なんで酒田さんは辞めないんですか?」

 率直な疑問を投げかけると、煙草をもう一度口にくわえあっさり答えた。

「ここで辞めたら、また逃げたことになるだろ? さすがにそういう生き方やめないと。それに、ちょっと面白くなってきちゃって」

「何が、ですか?」

 質問攻めに「おいおい」と軽くお手上げのポーズをすると、ゆっくりと煙を吐いた。しばらく煙草を愉しむと、ようやく落ち着いたのか灰皿に押しつけた。

「『ブラック企業でのたうち回る俺』ってのがさ」

 意味が飲みこめず頭の中でこねくりまわしていると、酒田は更に酒をあおった。

「しっかし、若芽わかめ大学法学部卒の俺が、なんでこんなブラック企業に在籍してるんだろうな。毎日午前様だし、休日出勤当たり前。自分でも笑っちゃうよ」

 若芽大。一流私立大学のひとつで、卒業生は当然のように大手企業に入社していく。彼もその一人だったのに。

 この時代が狂っているのか。それとも、大学に価値がなくなったのか。ともかく過酷な会社で仕事をしている彼は、やっと根性がついてきたようだった。

 


 駅での別れ際、酒田は明の肩に腕をかけ、強い調子で言った。

「就活、大変?」

「ええ、まあ」

「なんだよ、その返事。言っておくけど、新卒で入社できるかどうかなんて、最後までわからないんだぞ?」

 ジョッキ十三杯を空にした酒田は、言動が少々怪しくなっていた。酔っ払いの戯言だろうと肩をかしている明が適当にあしらうと、語気を荒げた。

「いいか、よく聞け」

 明の肩を離れ、一人でしっかり立つと、赤ら顔でにやりと笑った。

「就活、なんて言っても、知らない人と会って話すだけだ。フィーリングが合えばうまくいく。ダメだったら即終了。いいか、大切なのは自分だけの『就活道』を見つけることだ。見つかったら、価値観変わっちまうぞ」

 そういい残すと、わりとしっかりした足取りで改札へと歩いていった。明は、右肩を左手で揉むと、大きく溜息をついて帰路に着いた。



 家に帰ると、そこにも完全にできあがった男二人がいて、うんざりした。知則と稲森の前には、ビールのロング缶が十本以上も置かれている。酒臭かった。

「明、なんかつまみ作ってくれ」

「やだよ。これからやることあるし。父さん、『自分のことは自分で』だろ?」

 テーブルの上の缶を流しに全部移動させる。一度ゆすいで、軽く水気を切ったあと、ごみ袋に入れる。

 様子を見ていた稲森も口を尖らせる。

「えー、いいじゃん。明くんのケチー。何でもいいからさぁ」

「ほら、孝浩も言ってることだし。軽くでいいから」

 いつの間にか、知則が稲森を下の名前で呼んでいたことが気になった。あまりにも二人がしつこいので、もずく酢にオクラを切って入れたものと、切干大根を小鉢に入れて運んだ。

「おー、サンキュー」

 稲森が箸をつける前、知則が注意する。

「どんなに味が薄くても、調味料を足すのはなしな」

「うーす」

 稲森もずいぶん知則に懐いているように見える。今日一日で何があったというのだ。

 自分もイスに座るが、少し居心地が悪かった。知則が、横に座った息子に目をやったあと、稲森に笑いかけた。

「こいつは酒飲めないからな。家で飲むなんて、久しぶりだ。孝浩は、実家で親父さんと飲むのか?」

「俺んち、酒飲みばっかですよ。親父もお袋も、じいちゃんもばあちゃんも。酒屋だからってのもあるかもしれないけど」

 無言でテレビをつけた。二人の会話で、音が聞こえない。

「酒屋の後継者はいるのか?」

 ごくりと喉を鳴らして「あーっ」と小声でつぶやく。酒を飲む時の父の癖だ。

「いないっす。姉貴も東京出てきてるし。本当は俺が継がなきゃいけなかったんだろうけど」

「継がないのか」

「継ぐわけないっすよ。地道に酒屋やるより、メーカーに勤めたほうがいい。そんな世の中じゃないっすか。お袋は帰ってこいって言ってますけどね。俺は東京で働きたいんです」

 テレビを横目に、稲森を見た。いつも堂々としている彼が、肩を落としている。内定も出ているのに、何を悩んでいるというのだ。他人が想像することは簡単だが、結論を出すのは本人だ。明は見なかったことにして、視線をテレビに戻した。



 二人が酔いつぶれると、冷房を二十八度に設定して、三時間で切れるようにタイマーをセットした。風邪さえ引かなければいいだろう。

 静かな自室に、パソコンを起動させる音が響く。久々にログインしたSNSで、酒田のハンドルネームを探した。「わかめあたま一号」。これだ。さっそくフレンド登録を申請するメールを書く。小・中・高の友人計六人に、七番目が加わる。

 もう少し、ネットも活用していればよかったな。ふと思ったが、すぐに後悔は前向きな思考に変わった。これから活用していけばいい。

 ついでに、今まで興味のなかったつぶやきにも登録して、気になる有名人をフォローした。その中には佐伯勝も当然いた。



「頭痛ぇ……。おはよーっす」

 のそのそと起きて頭をかく稲森に、明は唇の前で人さし指を立てて見せた。

「はい。わかりました。お忙しい時間におかけして、失礼しました。それでは宜しくお願いいたします」

 そう言うと、携帯の通話ボタンを切った。

「何してんの?」

「就活」

 明の机には、今年度の広告業界一覧ガイドと、手書きの会社リストがあった。レ点が入っているのは、すでに電話したものらしい。

「収穫は?」

「二社、新卒採用するって。履歴書を送るように言われた。他は難しそうだな」

 ホームページは昨晩、一通りチェックした。電話での問い合わせは、最後の手段だ。制作会社が新卒採用を始めるのは、六月からだ。今は七月。明はまた出遅れてしまっていた。

 トクナビは、制作会社の求人が少ない気がする。そこで明は、高校卒業後にやった方法――つまり、広告業界一覧ガイドを見ながら、ローラー作戦で採用を受付している会社を探していたのだ。

「稲森は今日、どうするの?」

「うーん、寝てる。明は?」

 顔色もあまりよくない。昨日盛り上がりすぎたからだろう。若い彼とは対照的に、なぜか年老いた知則の方が元気よく出社していった。不思議だ。

「俺は印刷会社に寄って、ゼミ。そのあと地元のスーパーで説明会後、筆記試験」

 稲森は明の格好を見た。背広は着ていないが、すでにワイシャツ姿だ。いつでも外出する準備はできていた。

 もう一度和室に戻って二度寝しようとする彼に、明は声をかけた。

「あ、コンロに梅雑炊作ってあるから。味が気に入らなかったら、自分で調整して。あんまり濃い味にすると、更に胃がもたれるから気をつけろよ」

 廊下を小走りで移動する明の背中に、稲森はつぶやいた。

「ったく、いいやつなんだか、変なやつなんだか」



 昨晩ネットで検索した、家から最も近い印刷屋を訪れた。夜更かしして作ったCD―ROMを渡し、価格交渉する。気のいい社員が対応してくれたおかげで、初めて足を踏み入れた印刷屋でも、滞りなく仕事を頼むことができた。

 渡したCD―ROMには、明がコピーライター講座で優秀賞をもらったキャッチコピーやボディーコピーのほかに、応募して、一次審査に受かった広告賞のコピーも含めて二十の文章が入っていた。これを冊子にして、制作会社に送りつけるのだ。高校卒業のあとにやった就活では、ここまでやらなかったが、あえてそれに挑戦しようではないか。

 履歴書やエントリーシート以外で自己アピールするなんて、卑怯かもしれない。それでも、「やっちゃいけない」なんて誰も言わない。暗黙の了解かもしれないが、禁忌を犯すことが恐くて、前に進めなかったとあとで言い訳したくない。とりあえず、やってみる。ダメだったら、無言で落とされるんだ。この幼稚な男に社会のルールを叩きつけてくれ。エントリーシートがラブレターなら、この冊子は挑戦状だ。「くだらない」とごみ箱に捨てるもよし、「面白いことやらかしてくれるじゃねぇか」と拾ってくれるなら、幸運。制作会社が第一希望の明は、後悔するような就活をしたくなかった。笑われようが、くだらなかろうが、それが「通常の就活とは違う」と文句を言われようが、やるだけやってみたかった。次はない。一回きりのチャンスなのだから。

「自分だけの『就活道』、ね」

 昨晩の酔っ払いの言葉を思い出し、口に出してみると、意外にも胸にしっとりと馴染んだ。

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