【幕間 -面談-】
前編
「お付き合いしてる……恋人の京さんです」
「こんにちは、彼女の紗柄京です」
ソファで座るお母さんの目の前で2人して正座。
まるで構図は説教だけれど、別にそんなことはなく2人して自然と正座していた。
恐る恐る紹介してみると京ちゃんはプレッシャーみたいなものを一切感じさせず、穏やかな優しい笑顔で挨拶をした。
あらあらご丁寧にと言いながら、そんな様子を見つめるお母さんは少し遅れて言葉に気づく。
「うん、あなたが京……えっ、さん? 彼女? 女の子?」
「はい、女ですよ」
……モンブランをそのまま詰めれそうなくらい大口を開けて驚いている。
京ちゃんを紹介しようとなったその日、迎えに行ったら京ちゃんは若干とろみがある素材感の黒いジャケットセットアップを着ていた。
シックな雰囲気と本人のスタイルの良さがマッチしている。
品があって見た目のボーイッシュさに拍車をかけてしっかり男の子みたいだった。
「……どうしたの? 普段よりなんかカッコいいけど」
「これで彼氏っぽく見えるかな?」
駅まで迎えに行って早々、そんなことを言っていた京ちゃんは普段よりかなり男性的だった。
いつもと違ってメイクも若干男の子っぽく見えるようにしてるし、女の子にしては高い身長に加え、顔立ちが中性的なのもあって私と並んだら多分彼氏に見えると思う。
そして実際お母さんには彼氏に見えていた。
口をあんぐりさせて驚きを隠していない。
私がそういう顔をして驚いたときは「りーちゃん、ダメ」って怒られたものだけど、完全に面食らってしまっている。
「……りーちゃん」
「なに?」
「あなたって男だったの?」
「……なんでそうなるの?」
混乱してるみたいで訳のわからないことを言っていて流石に私も困惑する。
あまりに想定外のことが起きた時のお母さんを見たことがなかったけど、こんな風になるんだ。
意外な発見。
ただ戸惑って不安になって静かな顔して頭や心の中で大パニックを起こす私と違ってお母さんはしっかり混乱するみたい。
「ふふ……っ! アッハハハ!」
そんな様子に京ちゃんは大きな声で笑った。
そんな彼女にお母さんがどんな印象を持つのかわからなくて、恐る恐る顔色をうかがっていた。
「京ちゃん?」
「はー、飾利のお母さんって感じですね。凄い面白い」
「あら……」
そんな無邪気な一面を見て気が緩んだのかお母さんも少し顔の緊張を解いた。
元々高校生の娘がいる顔には見えないが、緊張が解けると多少そんな母としての雰囲気が滲み出る。
私は改めて付き合っていることを説明した。
京ちゃんの前で泣いたことや確認作業については伏せながら、なんとなく意気投合して男の子と付き合う気もしなかったからとごまかした。
「なるほどね。なんでこうなったかは正直分からないけど、まぁいいわ」
色々聞きたいことはあるけれど。そんなことをボソリと呟きながら笑ってこちらを見つめた。
「別に今更男女にこだわる気はないわ。好きな人と穏やかに幸せでいてほしいから」
「お母さん……」
「それに……女の子ね。正直実感はないけれど動きに品があるし服も良いもの着てるわね。育ちが良いって分かるわ」
うんうんと頷いて少し体を乗り出して、京ちゃんの服を軽く触る。
「ノームコアというよりクワイエット・ラグジュアリーかしら。それが様になる高校生なんて初めて見た」
「ありがとうございます、光栄です」
京ちゃんはお母さんに一切引くことなく笑顔で対応している。
何を言っているか分からないけど、ただならない雰囲気が漂ってる。
「大きな声で驚かないの」とお母さんが私に躾けていた時と同じ真剣な表情を見ても、一切動じていない京ちゃんの心臓の強さに安心する。
「うん、あなたならしっかりしてそうでいいわね。ご両親はなにを?」
「お父は会社を経営しています。お母様と同じですよ」
「へぇ、どんな?」
「医薬系のグループ会社です。祖父と共に他企業の経営顧問をしたりもしていますね」
「へぇ……んっ? そういえば紗柄って言ったわね? 紗柄ってあの紗柄?」
「はい、多分あの紗柄ですよ」
お母さんは眉を吊り上げて「紗柄」という名字に食いついた。
「有名なの?」
「まぁ経営者なら名前は聞くくらいには」
へぇと相槌を打つ。
京ちゃんのお父さんはすごい人なんだという実感と、それはあの別宅や京ちゃんの雰囲気を見れば当然。といった納得感が同時にくる。
2人の会話の横でちんまりと正座してふーんと納得していると、改めてお母さんは京ちゃんをマジマジと見つめた。
「それに、よく見たらお父様の面影があるわね……前に見かけたくらいだけど」
あっそれは……
京ちゃんは母親に『若い頃の父』を重ねられて苦労している。
私はテストの一件でそれを知った手前「言わない方が」と言葉に出そうになる。
その一瞬の迷いの間に京ちゃんはもう口を開いていた。
「よく言われます」
京ちゃんはそんな母の視線を笑顔で返すと、お母さんも改めて「面談みたいね」なんて言いながらソファから立ち上がった。
「うん、なんとなく分かりました。あなたのおかげでこの子の成績も上がったみたいだし感謝してるわ」
うんうんと首を縦に振ってお母さんは私と母ちゃんを交互に見る。
「だからそのお礼も兼ねてどこか食事にでも行きたいのだけど、いい?」
「はい。もちろん」
返事が決まっていたかのように、すぐさまお母さんはスマホを取り出し近くのお店を調べる。
ただこの時間だと問題がある。
「お母さん、この時間だとここらへんのご飯屋さんはいっぱいだよ?」
ウチのマンションは駅から少し離れたのもあって穴場スポットになっているからか、夜8時ごろになると飲み会をするサラリーマンや外国の人、大学生なんかで溢れる。
美味しいお店には大体人が溢れているのを、私は買い物帰りによく見ていた。
「そうなの?」
「あそこのファミレスは? いつもガラガラだよ」
美味しいご飯屋さんに囲まれて空いてしまっているファミリーレストランのチェーン店。
バイトをするとしたらあそこは楽だろうな。とか考えたことあるそのファミレスの名前を京ちゃんは口に出した。
「ファミレス? あたしはいいけれど、京さんはいいの?」
「いいですよ。ファミレス行ったことないのでむしろ楽しみです」
「「えっ」」
私はお母さんと静かに言葉を合う。
「なんで飾利まで驚いてるのよ」
「いやたしかに京ちゃんとは行ったことなかったんだけど……現実にそんな人いるんだって思って」
京ちゃんを横目に見ると、その視線を感じて京ちゃんもこちらの目を見た。
「いるんだよ。ここに」
そういう話をして3人はとりあえず近所のファミレスへと場所を移した。
社長とその娘と、別の社長娘という不思議なメンバー。
やろうと思えばお店ごとテイクアウト出来るんじゃないかな。
そうまで思えるほどの雰囲気が、特にお母さんと京ちゃんからは漂っていた。
「ここがファミレスなんですね」
「本当に来たことないのね、まぁあたしもほとんど来てないけれどね」
予想通りファミレスはガラガラで、形式的に席に案内されてキョロキョロする京ちゃんにふふんと胸を張ってみせるお母さん。
何を張り合っているんだろう。娘としては少し呆れそうになるけれど、なんか楽しそうなのが伝わってくる。
京ちゃんと仲良くなりたいんだろう。
お母さんは人のことをよく見定めようとするけど基本的に人好きだし。
「飾利は?」
「私はたまに来るくらいかな」
佳奈とはお喋りしに来たことが何度かあるけれど、京ちゃんとは来たことない。
2人だと放課後には教室で喋ることが多いし、週末のデートで行くとしても美味しいケーキのある喫茶店か、どこにでもあるハンバーガーショップ。
食事のためにわざわざファミレスに入るなんてことはなかった。
京ちゃんの経済力的にもファミレスは正しい意味での役不足だし。
「伊吹さんたちとは来ないの?」
「佐久たちとはカラオケしか行ったことないんだよね。コスパ……とか言ってたけど、ファミレスって高いの?」
「うーん」
そもそも京ちゃんに高いという概念があるのだろうか。
チラリとメニューを見ても、正直高いのか安いのか分からない。
どれも手が出ない値段じゃないし、手を出したくなる値段でもない。
というか私もお母さんの若干多めの仕送りで好きにできている状況だから、その手前安いとも高いとも言いづらい。
答えに困った私は正面のソファ席に座る母を見つめる。
「……安いわね。アメリカに比べたら」
「そうなんですね」
「そうなんだ」
ふぅと胸を撫で下ろす。
社長で良いものを食べてるお母さんが言うならそれが常識ということでいい。
なぜならグローバルだから。
「どうしましょうね」
そうお母さんは言うとまだ決めてもない状況で呼び出しボタンを押す。
「悩むのは時間の無駄だからさっさと決めましょう。好きなものを頼んで良いから」
「いいんですか?」
「京さんのお口に合うか分からないけど、自由にして。私は別に2人の関係に反対じゃないから仲良くなりたいの。純粋にね」
お母さんの言葉に右隣の京ちゃんは「やった」と小さく言ってこちらを見て、楽しそうにメニューを眺める。
ファミレスといえばこの顔が隠れるほど大きいメニューだけど、それを見て注文というところになんか古き良きものを感じる。
小さい頃と違って今はタブレットやタッチパネルが主流なファミレスが多いし、逆に考えてみるとそれらが導入出来ていないこの店の経済状況は少し心配になる。
「いろいろあるんだね。和食も洋食も……どうしようかな」
とはいえ京ちゃんは楽しそうにメニューを右に左にめくっている。
料理の写真を眺めて「へぇすごい」「こんなのあるんだ」なんて言葉を呟きながら。
そんな様子を見て、お母さんは少し微笑んで息を漏らす。
「どうしたの。りーちゃんも好きにして良いからね」
京ちゃんを見つめる顔はまるで子供を見るような暖かさが含まれていて、そんなお母さんを見ていた私にも気づいてそう笑って見せた。
「うん。じゃあパスタに——ぃっ!」
それに甘えて私も京ちゃんと2人で1つのメニューを眺めたる。
だけどその瞬間、お腹にひんやりとしたものが触れる。
それに驚いて自分でもわかるくらい目を丸くしてしまう。
「どうしたの?」
お母さんがこちらを見つめる。
多分お母さんの基準じゃなくても出しちゃいけない声が出そうになった。
「ううん、なにも。ちょっと寒くブルっとしちゃって」
すぐさま笑顔で取り繕う。
「何か羽織る?」
私の右側に座る京ちゃんは何気ない顔でこちらに心配の表情を向けた。
「大丈夫大丈夫、私……このクリームパスタにしようかなって。京ちゃんは?」
「んー、じゃあ同じものにしようかな。いいですか?」
「もちろん」
京ちゃんはメガ盛りポテトにしないんだな。
とか思いながら無難な会話で息を落ち着けたけど、何より気になったのがお腹の感触だった。
胸が邪魔してお腹が見えないから、お母さんにバレないように左手をテーブルの下でヒラヒラさせると、お腹の前で何かを見つけてそれを握った。
ぎゅっとした瞬間に、それをくるりと動きを変えて私の指を絡めとる。
これは……手だ。
何度も握ったからわかる。この細長くてしなやか、スベスベとした指の感触はまさに京ちゃんのものだ。
「お待たせしました、ご注文をお伺いします」
「えぇと、このパスタ2つとこのミックスサンド」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そんなやりとりを笑顔で眺めてる京ちゃんを見る。
いま机の下で私が握ったこの手の主は京ちゃん。
「ありがとうございます」
「いいえ、京さんも甘えて良いからね。お願いや聞きたいことがあればいってね」
「やっぱり優しい人ですね。じゃあ聞きたいんですけど、お母さんは飾利さんのことを」
「普通に呼んで良いわよ。飾利さん。なんて呼ばないでしょ? さっきも呼び捨てにしてたでしょ?」
「あぁ……えっと、飾利って小さい頃どんな——」
なにかと楽しそうな表情の京ちゃんは、私についてとか色々とお母さんに聞く。
京ちゃんはこちらやテーブルの下を全く覗くことなく、お母さんと何気ない会話をしている。
ただ私は首から下に神経が集中している。
多分だけどお腹を触ってきたのは京ちゃん。
感触もだし、こんなことをするのは京ちゃんくらい。
上手く握っておけば大丈夫、指もだいぶ温かくなってきたし。
優しい笑顔で「飾利ってそんな感じだったんですね」なんてお母さんに言った京ちゃんは、握った手を振り払ってまた私のセーターの中に手を入れた
「————っっ!」
京ちゃんは今度は指でお腹をさすった。
のんびりと澄ました微笑みをしながらも指の動きがイヤらしい。
全身にピリッとゾワっとする感覚が走る。
「はい、それで大丈夫です」
「かしこまりました、しばらくお待ちください」
見えないところで何を……
寒さやお母さんの前で何をしてるのかと言う気持ちで満ち満ちているけど、お母さんの前、それも恋人といる前で緩んだ様子なんて見せられない。
もしかしたら京ちゃんはそれを分かった上で絡んできたのだ。
急いでその手を捕まえて握り直してセーターからひっぱりだす。
セーターの下に手を突っ込んで何がしたいのか問い詰めたいけれど、お母さんの目の前だと流石に隙がない。
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