第25話
週末、デートのお誘いが京ちゃんから来た。
『またあのお店いかない? チーズケーキも美味しいらしいよ』
そんなメッセージが来て、頭にまたあの光景を思い出す。
犬飼という京ちゃんの元彼がバイトしているお店でのやり取り、そしてコンビニの前で見た2人の楽しそうな顔。
憂鬱だけど断れない。
『うん、楽しみ』
そうとだけ返信した。
そこから憂鬱は加速していき、店内に入って1番に背が高く目立った犬飼の「いらっしゃいませ」という穏やかな声が聞こえて、さらに感情は最高速度に達した。
「京! 来てくれてあり……あぁ2人なのか。こちらへどうぞ」
前に座った場所とは違う広めのソファ席に案内される。
ただ私は犬飼がボソリと小声で言ったことで頭の中はぐちゃぐちゃだ。
——2人なのか。
頭の中で反響する。
悪い? 京ちゃんに呼ばれたから来たんだよ。
犬飼という男を見てからこのお店でチーズケーキを食べるなんて気分にはなれない。
「何にする?」
こちらをチラリと見ながら京ちゃんに注文を促す。
「えっとチーズケーキとアイスコーヒー、あとアイスティー」
京ちゃんは「これでいい?」と視線を向ける。
そんな風にされたから私も視線だけで「いいよ」と返してみる。
「うん、それで」
「チーズケーキはバスクチーズケーキとレアチーズケーキ2種類あるけど」
「あぁ~じゃあ2種類ともお願い」
「了解、少々お待ちください」
こちらに少し会釈をして伝票を持ってバックヤードへ下がっていく。
どうしよう。
視線だけで会話をしてしまったから、どう口を開くべきか分からなくなってしまった。
京ちゃんは何かを気にしてるのか気にしてないのか、店の内装を眺めてる。
「ここのお店ってやっぱおしゃれだよね。高校生が来てよかったのかな」
そんな風に言う京ちゃんはしっかりお店の雰囲気に溶け込んでる。
そして……犬飼も。
私は似合ってるかな。浮いてないかな。
いろいろなことが気になって鏡や防犯カメラを覗き見したくなる。
そんなことが頭に巡ったせいで返事が少し遅れた。
「……いいんじゃない? 高校生がバイトしてるんだし」
これも嫌味じゃないか、少し気にしながら言葉を繋げる
「たしかに。それはそうかもね」
ただそうやってケロッと返しながら内装を眺め続ける京ちゃんはやっぱり気にしてないんだろう。
「お待たせしました。アイスティーとアイスコーヒー、2種類のチーズケーキになります」
コーヒーは京ちゃん、アイスティーは私、そしてテーブルのちょうど真ん中にチーズケーキを2種類。
犬飼は飲み物がどちらかを確認するまでもなくさらりと置いて「ごゆっくり」なんて声をかけ、また別のテーブルの接客へ移る。
「飾利はどっちにする? 私も食べてみようかな」
ちょうど真ん中のチーズケーキ2種類を眺めた京ちゃん。
これはきっと犬飼の気遣いというか、あれだ。
甘いもの嫌いな京ちゃんでもここのケーキなら食べるかもしれないと思って、どっちからも取れるように真ん中に置いたんだ。
それか私が食べるのはきっと分かってるけど2つ目の前に並べられるのは恥ずかしいだろうから真ん中。
アイスコーヒーとアイスティー。どちらを飲むのかを覚えてたし、京ちゃんが甘いもの苦手なことを覚えてた。
飲み物に関しては京ちゃんのものだけ覚えて消去法かもだけど。
とはいえこういう細かい気遣いは店員さんなら当たり前のように出来るのかもだけど、犬飼と京ちゃんの下校姿を見たせいで特別に気遣いが出来る男の人のように見えてしまう。
「レアチーズケーキにしようかな」
わざと甘さが控えめな方のレアチーズケーキを選んだ。
「そっか、なら私はこっちにしてみよ」
「甘いもの苦手なのに食べるの?」
「うん、この店の味を知りたくてさ」
なにそれ。
そんな事を言いたくなったけど喉元で寸止めした。
ケーキなんてほとんど食べない京ちゃんが、慣れない手つきでバスクチーズケーキを崩す様子を眺める。
基本的な所作も全部綺麗な京ちゃんの、そのぎこちなさがギャップに見えて魅力的。
口に運んでうんうんと頷くと、感想を求めるようにこっちを見るものだから私も焦って口に運ぶ。
「……」
酸っぱいしか分からない。
白いチーズ生地に鮮やかな赤紫のクランベリーソースがかかっているケーキだけど、ソースの味しか感じない。
このレアチーズケーキに味がないんじゃなくて、酸味っていう刺激しか今の私の精神状態では受信できないんだろう。
こんなに綺麗で美味しそうなのに作ってくれた人に申し訳ない。
そんな風に思っていたらまた犬飼は現れた。
「伝票置き忘れた。あっ、バスクチーズの方食べんだな」
「ん? あぁうん。そうした」
「てっきりコーヒーだけかと思ったけどな」
「ここの味を知りたかったからね」
「そっか」
楽しそうな談笑に居場所を奪われる感じがした。
ただ居場所がないなんてことはなく
「お連れさんもレアチーズケーキはどうですか?」
そんな調子で話しかけられる。
「えっ!? あっ、はい、美味しいです」
ほんの一瞬だけ驚いたけれど、即平静。
味がよく分かってないけど美味しいと言っておく。
「クランベリーのソースいいでしょ。甘味と酸味がちょうどよくて——」
「あのさ、今日は答えに来たんだ」
楽しげに私にも話しかけた瞬間、京ちゃんは言葉を挟んだ。
「真剣に、真剣に考えたよ」
「……今、その話するのか?」
こちらをチラリと見てから、確認のように京ちゃんに向き直る。
なんの話をする気なんだろう?
そう心でとぼけて見せても、すぐになんとなく何の話をする気なのかに気付いた。
もしかして、告白されたの……?
「今じゃなきゃダメだから、答えるだけだし時間取らないよ」
「分かった」
私は分かってないんだけど。
でもそんな口を挟める空気じゃない。
「私は結構考えたよ、真剣に。うん」
「……あぁ」
緊張感のある顔で京ちゃんを見つめている。
私も犬飼も。
ただ京ちゃんはそんなの気にすることなく微笑んで
「ヨリ、戻してみよっか」
その言葉が聞こえた瞬間、視線を落とす。いや落ちる。
ガクンと首ごと落ちる。
復縁なんだ……。
「マジかよ……っ!」
視界の外で喜びの籠った声が聞こえると、視界がぐちゃぐちゃに崩れてぽたりぽたりとテーブルが濡れる。
あぁ終わっちゃった。
傲慢に、今の関係性に甘えていたからだ。
「よしっ!」
腰のそばで拳を握る犬飼にさらに首が落ちる。
「最後まで聞きなよ。戻してみよっかと思ったんだよ。けどね、ダメ」
その一言に私は身体がピクリと反応する。
状況をいまひとつ理解できていない。
「えっ?」
犬飼の気の抜けた返事が聞こえる。きっと同じで状況を読めていないのかもしれない。
私は顔を上げられない。
状況が分かっていないけれど、ひどく、感情が乱れている。
自分の顔を確認できないけれど、涙で目が赤くなってしまっていて、きっとぐしゃぐしゃだ。
止まれ、止まれ。
京ちゃんにまたなにか重いと思わせてしまうかもしれない。
それに「ダメ」の一言に希望を感じているけれど、この顔を見せた瞬間にそれを撤回するかもしれない。
グッと膝に置いた手を拳にして力を込め、感情や涙を塞き止めようとする。
するとその力を取っ払うように私の顔を、京ちゃんの柔らかい手が持ち上げる。
「……ふふっははっ!」
すると顔を見て安心したのか、京ちゃんはまたいつもみたいにくしゃっと笑った。
「……? おい京。ダメってどういう」
「私はもう恋人いるからさ」
「えっ?」
京ちゃんの言葉に対する2度目の気の抜けた声。
ただ今度はその後にハァというため息がセットでついていた。
「恋人……? なんだよ……。先に言えよ。京、お前性格悪すぎ」
「聞かずに告白しておいてよく言うよ」
「そりゃそうだ。まぁいいさ、その彼氏と幸せにやってくれ」
「彼氏じゃないけど幸せだよ」
京ちゃんはそう言うとこちらを見て微笑む。
そしめ私の顔を手で頬から顎へ撫でると、立ち上がって向かいの席から右隣に座る。
「ねっ飾利?」
「えっ?」
3度目、犬飼の声。
「幸せじゃない?」
今度は私が気の抜けた返事をする番になった。
京ちゃんは右隣に来て、仕切られてないソファ席で私に肩を寄せて犬飼を見上げる。
「はっ? いや、てか君もなんで泣いて……待ってて、ハンカチとか……」
「大丈夫、ほら飾利」
私が泣いていたことに今更気付いて犬飼は狼狽するけれど、それを先回りして京ちゃんにハンカチを渡される。
ただ静かにそれを受け取る。
「それで? 飾利は幸せ? もしかして私だけかな」
「……うん、幸せだよ。京ちゃんといれるだけで私は幸せ」
「はぁ……っ?」
「よかったー! これからもずっと一緒だからね!」
京ちゃんに隣から抱きしめられる。
それで無意識に流れた涙は引いた。安心感で体が少し冷えていたことに気づく。
「手、冷たいね」
私に身体を寄せて指を絡ませる。
私の冷たい左手が京ちゃんの暖かい右手と指先から絡み合って、体温が混ざり合う。
犬飼は目を剥いて顔を引きつらせながら私たちの様子を見つめていた。
「マジ……? 京ってそっちだったかよ……いやでも俺と付き合うまでは行ったよな……?」
愕然としながら小声でブツブツと唱える犬飼。
まぁ驚くよね。付き合ってしばらくの間は学年中の話題を独占していたみたいだし。
「そんなのは関係ないよ。女であっても男であっても、私は七星飾利と言う魅力的な人間が好きなんだよ。世界で1番」
私は京ちゃんにそう言われて、今までの自分の気持ちを押し流される。
だって流れるように魅力的とか言われたら私は、もう今までの後ろ暗い感情は激流に流されて消えてしまう。
「だから健吾と復縁は無理、少なくとも食べ合わせが良くない。磁石と一緒でさ、近づこうとしてみても、何があってもくっつけないんだよ」
「なんだよそれ……いや! でもお前、この前も俺と一緒に帰ったり……」
「あれもだよ。勝手に手繋いできたでしょ。ああいうのも無理」
まだ食い下がろうとする犬飼に、京ちゃんは繋いでいない左手を引っ張り出して、グーパーしながら見せつける。
「はぁ? 嫌なら離せばよかったろ」
「それ本気で言ってる? 私は離したかったけど強く握ってきたんじゃん。口で拒否しなかったらOKとか痴漢と変わらないでしょ」
「チッ……もういいわ。ごゆっくり」
吐き捨てるように席から離れる犬飼を見送って、私は京ちゃんを見つめる。
「京ちゃん……!」
「ん? どうしたの?」
「あの……えっとね」
テーブルの下で指を絡ませて繋いだまま私は右手を開いたり閉じたりしながら、とにかく伝えなきゃいけないことがあると言葉を選んで頭を整理する。
心は胸じゃなくて手にあればいいのに。
そうすればこの手から私の気持ちを京ちゃんに流せるのに。
この大好きな気持ちが、触れるだけで体温と一緒に伝染すればいいのに。
そんな想いが京ちゃんと触れる手のひらに溢れる。
別にお互い直接なにかしたわけじゃないけど、私は気持ちが収まらなかった。
「あのね……」
私は今までの心のつっかえを話した。
犬飼に京ちゃんを取られるんじゃないかって不安に思い続けたことを。
「そうだったんだ。ごめんね、こっちこそ飾利の事を考えなかった」
「ううん、いいの。私が勝手に悩んでたんだ」
「勝手じゃないよ。飾利の悩みは私の悩みだから、それを作ったのが私なら私のせいだよ」
京ちゃんはさらに肩を寄せる。
肩口で切られた髪から少し爽やかな石鹸のような香りが鼻をくすぐる。
前にプレゼントした香水の爽やかな匂いだ。
ただ付けているって感じるほど強くない。
きっと普段から香水を付けている影響で、京ちゃん自身がそんな香りになっている。
言葉なんておまけみたいで暖かさと香りから、私は京ちゃんをそばに感じられて目から涙がこぼれ落ちる。
「泣いてる? 目ぇ真っ赤だよ?」
「……京ちゃんのせいなんでしょ」
「それもそうだ」
シャツ越しに感じる体温が今度は私のものと溶け合う。
お腹の奥から暖かさが全身にじんわりと広がって、京ちゃんとの境界線がなくなっていく。
それを感じていると京ちゃんは右手は繋いだまま、左手でフォークを操りレアチーズケーキを一口だけ口に入れた。
繋いでいない内側の手で、とても器用に私の顔のそばで口に運ぶ。
バスクチーズケーキはなぜか苦戦していたのに、こっちは丁寧に食べられている。
「ん、これは酸っぱくて美味しいね。飾利が食べたからかな?」
フォークを皿のフチに置いて、こちらの顔を覗き込んで微笑んだ。
「それ……ソースだと思う……っ」
反発して溢れた嬉し涙をなんとか抑えながら私は京ちゃんに返す。
京ちゃんはそんなのを気にせず、元の席に戻らず隣で「はぁ~」と高揚したような息を漏らす。
「じゃあ食べ合わせがいいんだね。チーズケーキとソースと、飾利と私」
そう言われて安心する。
「……きっと磁石でもピッタリだよ。今もくっついてるし」
「ん? ……あぁなるほどね。確かに。ふふっ」
京ちゃん少しして口角を上げて笑った。
意味を伝えなくても読み取ってくれる。
ピタリとくっついて離れない
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