第22話
体育が終わってご飯を食べて、疲れて午後は眠ってしまう。
今日はそんないつも通りのルーティンに陥ってしまうことはなかった。
いつもより目が冴えている。
京ちゃんグループで耳にする言い方だとメンタルがバッキバキにキマっている。
放課後になった今もなお。
更衣室での話が頭の中で反響して自分の感情をどこに向かわせて良いのかを惑わせている。
辛いとか楽しいとかをついつい無意識に噛み砕いてしまう私でも、これはどうしたものか迷っているんだと思う。
流石に感情の湖面は揺れている気がする。
もしや顔に出ちゃってるかな。
いつもなら京ちゃんと帰ってる時も何気ない話をしているはずなんだけど、こうして会話してる今もなんて返してるのか分かってないくらいに混乱してる。
脳みそは更衣室、脊髄は京ちゃんとの放課後で別々に動いてる。
「……あのさ」
そう言って隣で歩きながら会話をしていたはずの京ちゃんは、話を遮って目の前に立った。
なんの会話してたっけ。
というか目の前に立たれたことで会話をしていたことに気づいたかもしれない。
「更衣室の話……気になってる? 彼氏とか」
「……顔に出てた?」
「いや午後もしっかり起きてたし、今も話し方がいつもと違うというか言葉に中身がないし……少し変だなって思って」
起きてたら変なんだ。
それだけ私のことを見てるってことだし喜んで良いのかな。
「……午後起きてる時もあると思うけど」
「普段は寝てるでしょ? 更衣室で飾利と話してないことまで話しちゃったから気にしたかなって」
「まぁたしかに少しは気にしてるかな」
嘘。めちゃくちゃ気にしてる。
正直こういう時は自分を形成するクールな雰囲気や、感情の起伏が少ない気質に感謝する。
重い女には見えないさらっとした態度でいられる。
「聞きたいことあったら聞いて。飾利を不安にさせたくないし、別に隠すつもりなんてのはないからさ」
「そうなんだ。じゃあまぁ……せっかくだし彼氏について聞こうかな」
「うん、いいよ!」
話を聞いた。
京ちゃんは中学時代に3人の男子と付き合ったらしい。
男の人と付き合うということに興味があって付き合ってみたものの、どの人ともあまり長続きしなかったらしくて、1番長く付き合ったのがバスケ部のエースだった人だとか。
高校に上がってからは、その経験から告白されても簡単に付き合ったりをしないようにして今に至るということらしい。
「へぇ……」
「そんなとこかな、飾利は付き合った人いないの?」
「私はいない、京ちゃんが初めて」
「そうなんだ……! 初めてが女の私でよかった?」
「よかったよ。すごい楽しいし」
「可愛いって有名な飾利にそう言われるなんて光栄だね」
京ちゃんはまた隣に戻って繋いだ手をブルンと振って歩き出す。
そのペースに合わせて私も隣を歩く。
私だって告白されたことはないわけでもないけど、全員あまり頭が良さそうな人じゃなかったから断っている。
見た目重視というのかなんというのか、私を理解してないのに告白してくるのがよく分からない。
それにこういうことは簡単に踏ん切りをつけられるものじゃないし、ノリとかその場の感情で決めていいものじゃない気はしている。
頭で感情を噛み砕いてしまう私は特にその傾向が強い。
ただあの時、京ちゃんに気持ちを吐き出すことでお互いの想いをなんとなくでも知れたから、私は付き合おうと思えた。
道端で泣きそうにしていた私に感情を吐き出していいって、泣いていいって抱き止めてくれた京ちゃん。
そんな人に付き合ってほしいと言われた。
あの時、私に向けた真剣で優しい眼差しを覚えてる。
私がカメラだったらプリンターで直接印刷できるくらいには鮮明に。
私はこうやって全てを預けられる人を心のどこかで待っていたんだと思う。
そして、あの雨の日に出会った。
心のよりどころだった野良猫が死んでしまったと思ったら、京ちゃんが現れて私の心を受け止める存在になってくれた。
何かが循環して巡り合わせるように。
そういう運命めいたものを京ちゃんに感じたから、これからも付き合いっていたいし、大好きなのだ。
私や人の気持ちに敏感な京ちゃんだって、好きって気持ちにはしっかり向き合って考えているはずだ。
私ほど重い感情じゃなくても、きっと京ちゃんは恋人に対して真摯に向き合う。
だからこそ3人の男の人と付き合ったその先で、私と付き合っているということが意外に感じる。
男、男、男……その3人を経由して女の私。
運命の着地点が結構アクロバティック。
「……それで、そのバスケ部の人なの?」
「ん? なにが?」
「その……初めてというか」
「……?」
何が言いたいか、言い淀んでいる私の顔を改めて覗き込む。
「うまく言葉にしづらいけどさ……その、経験人数の話をしてたでしょ? 1人って言ってたから中学時代に……したのかなって」
「……っ? いやそれって……飾利だけど」
「えっ?」
きょとんとした情けない声をあげてしまう。
それに反応して京ちゃんは顔を赤らめていた。
なかなかレアな表情。
「いやだって……私と泊まりで遊ぶ時はさ……」
「……あぁ、なるほど」
そう言われて納得する。
多分私まで京ちゃんの赤ら顔が伝染している。
これはきっと夕焼けが顔を焼いている。
夕焼けのせい夕焼けのせい。
そう心で言って落ち着けようとする。
というか、女同士でもカウントするんだ……。
告白もされて、もしかしたら私は京ちゃんの中でも特別な存在になれてるのかな。
そんなことを心の中で咀嚼する。その安心感で胸の中がヒタヒタになっている。
恋心のパワーバランスでは私の方が愛情が重いかなとか思ったけれど、積み重ねてきたものはお互い同じで、相手に感じているものやそれに対する感情の重さは同じなのかもしれない。
——ん? でもあれ? なんかズレてる気がする。
「っていやいや。あの人たち付き合ってた彼氏とって言ってなかった?」
「そうだっけ? ……あーヤバい。それじゃ0だ。勘違いさせたかも」
京ちゃんは頬を指で撫でて焦った表情を見せる。
私はそんな京ちゃんに少しびっくりしたというか、なんか気が抜けたのかついつい笑みが溢れる。
1人……それが私……下品な笑いを漏らしそうになる。
誰かの特別になったり、誰かの思い出の中に自分が刻まれることがここまで嬉しいというのはあまり知らなかったな。
京ちゃんに送るための真っ白な色紙に、私が一番最初に寄せ書きをしたみたいな感覚。
そんな嬉しさや光栄さや満足感みたいなものが心の中に溢れた。
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