第14話
そして————
1週間経った。
経ってしまった。
——バラバラなまま。
2週間経った。
経ってしまった。
——話さないまま。
3週間経った。
経ってしまった。
——目が合わないまま。
3週間を超えたあたりから、私たちが別れたという噂が流れる。
「なーちゃん紗柄さんと別れちゃったのぉ?」
普通に談笑していたら、
「いや、えっと」
「あんなに仲良さそうなのにねぇ」
そうだけど……謝ろうにも京ちゃんはこちらから話そうとしても、その前にどこかへ行ってしまう。
話すタイミングもない。放課後だって先に帰ってしまう。
話しかけようとしたら、京ちゃんらしからぬ甘い香りだけをその場に残して消えてしまう。
逆だったら良かったのに。
甘い香りだけをどこかへやりたい。
そんなことを思って、私は佳奈に穏やかに笑ってみせる。
「どうしちゃったんだろうね、本当に」
表情筋に神経をやって引きつってないか注意する。
佳奈に話すようなことでもないんだろうなとあえて飲み込んだ。
頭を冷やすにしても長くて、私にも京ちゃんの考えてることは分からない。
「まだ話してないのぉ?」
「うん、ちょっとだけ喧嘩しちゃった」
そう言うと「へぇ」とこちらの様子を察して佳奈は別の話題に切り替える。
ちょっとだけ。そうやって問題を自分の中で小さくして納得する。
ただやっぱりこれって自然消滅なのかなって不安になる。
謝りたくてもタイミングがない。
あぁどうしよう。
そうして、1ヶ月が経った。
「飾利」
そして放課後に1人でいることに慣れそうになってしまった頃、今日は勉強せずに帰ろうと廊下を歩いていると京ちゃんに話しかけられた。
そう言われた瞬間にビクンと体が震える。
「な、なに?」
「いや、このあと時間ある? 話があるからさ」
嫌だ。行かない。
そう言いたい。
自分の中であれだけ京ちゃんと話したい会いたい謝りたいと思ったのに、あっちから来られるとそれはもう何か嫌な予感がして拒絶したくなる。
なんの話? って聞きたい。
あの時はごめんねって言いたい。
京ちゃんからのスキンシップを求めて自分から抱きしめたい。
1ヶ月経っても、私の心はあの時こじれてしまった関係の間に落っこちている。
京ちゃんはどうだろう。でも話をするということは気持ちに決着がついたんだろう。
「う、うん。分かった」
でもそれを拒絶することは出来なくて、京ちゃんの言葉に首を縦に振った。
「じゃあどこ行こっか。教室は空いてるかな」
「空いてるよ。誰もいなかったし」
「よし、じゃあいつも通り教室に行こう」
いつも通り。
それは前までじゃなくて?
あぁ、私はきっと京ちゃんに振られてしまう。
1人の時間が長くなって、自由な京ちゃんは私といた時間を別のことに使えるようになった。
さぞ有意義だっただろう。
私に使うはずだった時間を自分のために使えたんだ。
私はもらってばっかりだ。
一緒に教室に向かうだけでもここまで自分を責めることが出来てしまう。
もう取り返しがつかないのに
「ほら、座ろ」
「うん」
人のいない空っぽの2年B組。
いつもどおり私は廊下側にある自分の席に座ったけど京ちゃんは隣じゃなくて前の席に座って机を挟んでこちらと向かい合う。
静かな中で京ちゃんがガタッと椅子をこちらに向ける音が反響する。
その音にどことない寂しさを覚える。
これからの自分のそんな寂しさになれることになるんじゃないかって、不安が胸を支配する。
1人で何かをしてもただ反響するだけの景色を頭に浮かべる。
きっともう取り返しはつかない。
ただそうやって取り返しがつかないのならせめて後腐れなくしようと私は思い、重い口を開いた。
「……京ちゃん。ごめんなさい」
京ちゃんに何かを告げられる前に目を見て謝る。
すると京ちゃんはキョトンとした顔をしていた。
「……え? なんで飾利が謝るの?」
京ちゃんはパチパチと瞬きをしながら目を丸くした。
「えっ……だって」
「悪かったのは私だよ。飾利、ごめんなさい」
京ちゃんは頭を下げる。
その様子が自分の予想と違ったからか受け入れるのに少し時間差があった。
そして2秒くらいで頭を上げて
「はい。これで後腐れなしで仲直り!」
混乱していた私を見た後、そう言ってパン! っと手を叩く、そして京ちゃんは隣の席に座り直してカタンと椅子を寄せる。
「なんか話そっ」
「えっいやっ」
「嫌なの?」
「嫌じゃない……」
「良かった」
さらにグイと距離を詰めて「なんの話する?」なんて、冷え切った関係がなかったかのように振る舞う京ちゃんに戸惑いを隠せない。
いやいや、喧嘩は? とか思っても京ちゃんはそんなこと気にする様子もない。
まるで今までの喧嘩や距離感が、演技や作り物だったように思えるほど京ちゃんはいつも通りに戻っている。。
そのギャップについていけなくて私はなんて言おうか言葉に迷う。
あれは、なんだったのだろう。
「どうしたの? 具合悪い?」
なんてまたいつもの調子で言ってくる。
そんな京ちゃんに私はもうなんか、落ち込むのもバカらしいというか変な緊張感をもつことのバカバカしさを感じてため息をつく。
「いきなりそんな切り替えは出来ないよ。家電製品じゃないんだから」
「私だってそうだよ。だから1ヶ月かかった」
「それはかかりすぎ」
「やっぱり? ふふっ」
京ちゃんはとぼけたように笑ったから、それにつられて笑ってしまう。
2人でフフっと笑う。笑って少し安心する。
喧嘩みたいな感じになったけど、お互いに話をしなくなっただけで喧嘩ってほどでもなかったのかもしれない。
そう思って肩を落とすと、落とした分の体の重さで自分がどれだけ緊張して体を固めていたかがわかる。
ふぅと息を吐いて吸い直すと私は気づく
「あれ?」
京ちゃんから感じる匂いが少し違っていた。
「気づいた?」
甘くない。
鼻から抜ける香りはどこかで嗅いだことのある穏やかな香りだけど、少し違って爽やか。
スンスンと嗅いでみると落ち着く、気持ちがいい。
「飾利からもらった香水だよ」
京ちゃんは頭をグッと持ち上げて後ろの髪をかき上げた。
するとさらに感じる匂いは強くなって、匂いの輪郭が濃くなる。
たしかに甘ったるい香りじゃない。
ただ私が選んだ香水とも少しだけ違う気もして……
「あっ」
すると思い出した。
「プレゼントってことですけど、その人はもともと香水とかつけますか?」
「いや、つけてないと思います。柑橘系の制汗剤くらいですかね……」
「あぁなるほど。じゃあこちらの方がいいかもしれませんね。香水って併用はできないんですけどこれならシトラス系の香りとも相性いいですし、つける方の肌の香りと混ざってオリジナルな風合いに変わりますよ」
用意された3つの香水からどれにするかを選ぶときに、そんなやり取りをしたことを思い出す。
あの店員さんの言ってる意味が理解できた。
紙で嗅いだときとは少し違う爽やかな香り。
草原や夏をイメージした色んな香りを、京ちゃん本人の爽やかさが混ざり合って一つの香りにしてる。
それがとても心地いい香りになっている。
「飾利が選んでくれた香りだよ」
この前までは甘ったるい京ちゃんらしくない匂いだったのに、京ちゃんそのもののような香りがうなじから感じられる。
嗅ぐとあぁこれが京ちゃんなんだって嬉しくなる。
そういえばあの店員さん、香りは移るとも言ってた気がする。
このまま京ちゃんを感じながらバイバイした後も、家で京ちゃんを感じられるのかなって幸せな気分になる。
「この香水つけてると飾利を近くに感じるね」
京ちゃんはクスりと笑う。
もうどこにも行ってほしくない。
体の力が抜けちゃって京ちゃんの肩に頭を置く。
少し暖かい空気と、そこからかなり
「良かった……」
京ちゃんからどこかへ行かない限り私は京ちゃんから離れないよ。
心の中でそんなことを呟いて、京ちゃんの香りに包まれながら私は息を吸う。
「あなたさえ……いてくれれば……」
それで私は幸せだから。
私は目を瞑って、香りに意識を集中させて京ちゃんそのものを感じ続けた。
2人肩を寄せ合ってこんな時間がずっと続けばいいな。
続いて欲しいな。
そんなことを一緒に肩を寄せて、頭の重みをお互いに預け合って、お願いしていた。
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