第11話

「ねーねーそろそろ良くない?」


 夏休みが明けて1ヶ月弱、学校生活の感覚を取り戻し始める9月の終わり。

 徐々に日が短くなり始めているのが放課後の雰囲気でわかる。


 私は基本的に夏休み前と変わらず放課後に勉強をしている。そして京ちゃんはそれに付き合うと言って横から勉強する私の頬をいじってる。


 定期テストで学年一桁の成績を取り続ける京ちゃんといると、自分の成績の悪さを痛感させられる。


 勉強してやっと真ん中付近の成績である私は、受験云々関係なく勉強しなきゃ京ちゃんと釣り合わない。

 穏やかで静かに成績が悪いのは流石に笑えない。


 そんなことを思いながら英語の前置詞の使い分けをまとめていると、京ちゃんは横から退屈そうに覗いてツンツンと頬をつついてくる。


「もー帰ろうよ。今日はデートの日にしよ?」

「ダメ。京ちゃんと違って私は勉強しなきゃ、今日は苦手な英語だったし……」

「パッと見れば覚えるじゃん。そもそも英語は言葉なんだから勉強しなくてもそのうち覚えられるよ」

「それが出来たら苦労しない」

「えー」


 この優等生め、勉強してる意味が分からないらしい。

 私は書かないと覚えられないタイプなのだ


 ほっぺを突く京ちゃんの指がグリグリと力が強まる。

 視界に指がちらつき始める。


 書かないと覚えられない自分の要領の悪さと、それを気にしない京ちゃんに心の中で噛み砕けないイライラが募り始める。


 そして……


「ほらほらーそろそろ終わらせてどこか行こうよ、ほーら!」

「もーっ!」

「痛っ!」


 我慢に耐えかねて私はそうやって強まって頬を押してくる京ちゃんの人差し指に噛み付いた。


 ただそんな強く噛んだつもりはなかったけれど、京ちゃんは驚いた顔で口から指を引っ込める。


「……おしおき」


 私はプイと顔を背けてノートに向かい合う。

 少しは反省しなさい。なんてことを思いながらシャーペンを持ち直す。


 怒ったかな。


 今までも流石に噛みついたことはなかったから。

 そのまま教科書をめくる流れで隣に座る京ちゃんをチラ見すると


「——っ。はぁ~」


 顔を赤くしてため息をついて噛んだ指を見ている。

 指を見ると思ったより強かったみたいで歯形がついていた。

 だからつい心配になって


「あっ、ごめん。痛かった?」


 そんなことを聞くと京ちゃんは気にする様子なくこちらを向いて


「うんうん、別に。怒ったのが可愛かったからさ」


 またそんなことを……

 少し呆れてこちらもため息を吐くと京ちゃんは「ねぇねぇ」と肩を叩く。


「この指、どうしよっか」


 噛まれた指をこちらに向けて右左にクイクイと動かす。


「……どういうこと?」

「これ口に入れたら間接キスになるかな」


 学年一桁の成績が信じられないくらいの好奇心に満ちた笑顔で、京ちゃんは私にそう言った。


「流石にそれはやめたら?」


 発想が少しおっさんくさいから。

 喉の奥の方に引っ込めたけど、そんな感じのことを思った。

 そんな京ちゃんに私は勉強する気を削がれ、ノートを軽く眺めて進みを確認してから筆記用具をペンケースにしまう。


「京ちゃんごめんね。行こう」

「ん? いいの?」


 指を見つめてた京ちゃんの視線がこっちに向いた。


「うん、家でやるよ……というか指、口に入れた?」

「……どうだろうね」


 入れたなこれは。


 ただまぁ別にそのことを気にすることなく、何気ない会話をしながら2人で荷物を持って教室を出る。


 なんやかんや京ちゃんは放課後、隣で勉強に付き合ってくれるし分からない部分は教えてくれる。

 よく考えたら私は付き合ってから京ちゃんを付き合わせてばかりだ。


 夏休み中だって勉強もデートも全部こちらに合わせてくれていたことを思い出すと、指を噛んだり少し邪険にするのも申し訳なくなる。


 なにか、自分なりにも返したい。


 付き合って2週間くらいした時にそれを伝えたら「一緒にいてくれるだけで十分だよ」なんて言っていたけれど、やっぱりなんか物とか……形としてお返しをしたい。


「ねぇまた噛んでみてよ」


 ローファーに履き替え、ソックスがたるんでないか確認していると突然京ちゃんがこちらの顔に指を出す。


「やだ」


 顔を背けて拒否する。


「どうやったら噛む?」

「噛まない。ねぇそれよりさ……なんか欲しいものとかあったりする?」

「え? なんで?」


 京ちゃんはきょとんとした表情でこちらを見つめる。

 あっヤバっ直球で聞いちゃった。なんて焦りが言葉になって心に浮かぶ。


「いや……まぁ……」


 そして我ながら下手くそすぎるゴマかし方に呆れてくる。

 というか改めて聞いてみたはいいものの、お金持ちの京ちゃんにそもそも物欲というものがあるのだろうか。


 物欲はなさそう、お金持ちはある程度のラインを超えると物より時間って聞くし。


「変なの。うーんなんだろ。飾利の心かな、もう貰ってるけど」

「そういうのじゃなくて」


「うーん……あっ。香水とか欲しいかも。匂い嗅ぐの好きだし興味があったんだよね」


 そんなことを言いながら京ちゃんは昇降口を抜けて歩き出す。

 何の気なしに聞いたけれどこれは収穫……なのかな?


 なにかを聞くと、なんやかんや私に絡んだことを言ってくれる優しい京ちゃんだけれど、京ちゃん自身に重心を置いた言葉が返ってきたのは思いの外レアかも。


 そんなことを思って、差し出してきた京ちゃんの手を取ってまた帰り道を歩く。

 2人で手を繋いで、指を絡めて、繋がって。


 ……香水か。


 こうやって隣で歩く京ちゃんから自分の選んだ香水の匂いがするって想像するだけで少し胸が躍った。

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