【9月25日 晩夏の匂いに憂う】
第10話
「ねぇ、なーちゃんって良いあだ名だよね」
エアコンの効いた京ちゃんの綺麗な部屋で、京ちゃんは私の指をいじりながら言う。
「どうしたの急に」
「飾利の友達に呼ばれてたじゃん?」
私と京ちゃんはクラス内のグループがそもそも違う。
校内ではお互いに居心地のいい友達と一緒にいる。
お互いの居心地が良くないというわけではもちろんなくて、あくまで学校の交友関係を恋人だけに絞る理由もないからだ。
恋人最優先で友達を疎かにするのも良くないし。
ということでお互い放課後以外で学校にいる時間は交友関係的に距離がある。だからたまに私も京ちゃんがどんな話をしているかが気になったりする。
今日の京ちゃんはあだ名が気になるらしい。
「そうだね」
「羨ましい」
隣からこちらに手を伸ばし、私の左の人差し指と中指を広げて閉じてを繰り返しながら力を少しこめる。
「なにが?」
「私も呼びたい」
「飾利って呼ぶの京ちゃんだけだよ、親だって呼ばないし」
お母さんも私のことは「かざちゃん」とか「りー」とか「りーちゃん」ってあだ名で呼ぶ。
とても綺麗な名前を付けたはいいものの、綺麗すぎてそのまま呼ぶのが少し気恥ずかしいらしい。
教育には厳しい人柄だったけれど、そんなところは人間らしくて可愛いなと思ったりする。
たしかに「飾利」って発音する時の口の動きや響きは綺麗で、京ちゃんに呼ばれると胸が弾む。
からりとした響きが彼女の透明な声から発せられると、例えとか抜きに風鈴の音のような心地良さを覚える。
「じゃあ逆に私のことあだ名で呼んでよ」
「京ちゃんじゃダメなの?」
「特別感がないからダメ」
京ちゃんは口を尖らせて私の手を丸めて拳にする。
京ちゃんはいつも大人で頭が良くて思いやりがあるけど、たまに子供みたいになる。
新しいおもちゃを欲しがるようにちょっとした変化を私に求める時があるのだ。
「じゃあ七星のなーちゃんだから、紗柄のさーちゃんとか?」
「んー可愛くない」
「なら京ちゃんがいいよ。可愛いじゃん」
なーちゃんもさーちゃんもけーちゃんも、大体おんなじだし良いと思う。
けれどもそんなけーちゃんもやっぱり不服みたい。
「それじゃあ特別感がないんだってー」
「特別感って言われても難しいな」
なかなかに困る要求をする京ちゃんに私も困ってしまう。
「京ちゃんが私は1番可愛いと思うよ」
こういう時は子供をあやす時みたいにゴリ押す。
私はいつもそうしてる。
「んー、そうかなぁ」
すると京ちゃんは口を尖らせたまま納得したようにまた私の指をいじり始める。
京ちゃんの部屋のベッドに隣り合わせで座りながらそうやって2人で話していると、私は少しギャップを感じることがある。
私は大人っぽいとかクールとか言われるけど、別にそんなことはなくて京ちゃんに比べると頭もあんまり良くないし、俗っぽくて子供っぽいと自分で思う。
逆に京ちゃんは明るくて楽しい人柄だけど、トレンドに敏感って訳でもないしテレビやネットとかもあんまり見なくて、私から見ると大人な性格をしている。
言ってしまうと2人とも表面と内面が逆になっている。
ただ私といる時の京ちゃんは女子高生的な明るさのまま、振る舞いや行動が小学生の子供っぽくなる。
私に親子プレイみたいなのを仕掛けているのかは分からないけど、京ちゃんは本当に無邪気な子供のような笑顔で甘えてくることが多いのだ。
それに合わせて私も大人のように振る舞ってみせることがある。
そうやっていると、時々不安にさせられる。
——いつ私という存在に飽きてしまうのか。
”確認作業”なんて言って私の感情を波立てることがあるけど、それはおもちゃで遊ぶような感覚なんじゃないかって思う。
おもちゃには飽きがくるはずだ。
それが怖くて私は不定期にくる彼女の攻撃衝動というかなんというか。
キュートなんとか……からくる心理的揺さぶりを正面から受け止めてしまう。
そんな不安が募っている。
次の更新予定
感情が顔に出ないクール系彼女をグチャグチャに曇らせたい 鳩見紫音 @Hatomi_shion
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