第6話
「私が思ったのは、君の涙はパフォーマンスだってことだよ。結局は心のブレーキが常に働いているのに私の前で泣いて見せた。けど今は泣けないんでしょ。なら君はあの時、弔いとかじゃなく泣くべきだと頭で思ったから泣いたんだ」
そんなことない。
あれは自然と出てしまったものだ。
でもやっぱり泣いてる姿なんて見られたくないし、あんな雨の中で傘も差さずに泣くなんて普通じゃない。
小学生のころ一度、クラスメイトが転校してしまった。
そのお別れ会で別に仲良くなかった私が1番泣いてしまった。
もう会えないかもしれない。
仲良くなれたかもしれない。
何か大切なものを失った気がして悲しくなって「仲良くすればよかった」って泣いてしまった。
頭で「そういう運命」みたいな折り合いをつけたつもりだったけど、それを抑えきれずに泣いてしまったのだ。
「七星さんどうしたの……?」
「いきなり泣き出したんだけど……」
声を上げて泣いたりしたわけじゃないけど……引かれた。
当時から大人しいとか大人っぽいとか言われていたから、そんな私が仲良くもないクラスメイトとの別れに突然泣いていたことにみんなビックリしてしまったらしい。
その周囲のザワつきに、私はひたすら胸を締めつけられた。
恥ずかしさとか、泣いて注目を奪ってしまったことの申し訳なさとか、色々。
だから、徹底することに決めた。
辛くても、これは辛いことだとかそう言うことを心で唱えて噛み砕いて飲み込んで心に沈める。
これが穏やかだし、正しい。
もどかしいけど、それが七星飾利という人間の外面なんだから維持すべき。
そう決めた。私の感情の方針を決定づけた。
「君は自分のことばっかり見てて周りに対することを見てないんだよ。あの猫への想いより自分の感情の整理を優先づけたんでしょ?」
そうかもしれない。でもそれは生きてきた中で出来上がった私の習性みたいなもの。
それでも私の心の中では色んな感情があって、でも普段は無意識で消化しちゃって表情とかに上手く出せなくて。
感情には折り合いがつかない時だってあるし、折り合いをつけてしまったせいで上手くいかない時だってある。
責める彼女に心の声で言い訳を続ける。
「なんで……そんなこと言うの……」
「ここまでの君の感情の動きを言葉にしてみようか。『自分のせいで猫が死んだのだから泣くのは烏滸がましい』だね。きっとそんな結論で都合よく自分の感情に折り合いをつけたんだ。それが私は気に食わない」
全身に鳥肌が立った。
彼女は私の心の整理の過程をピタリと当てていた。
そんな言葉に対して、返す言葉を見つけられない。
それを気にすることなく彼女は続ける。
「泣かずに整理しようとして罪悪感を誤魔化そうとするのはあまりに非人間的だね。優しくない、あの猫に癒されていたのに君は泣いて悼んであげることもしない」
「私は……ただ……」
「泣けないの?」
「……」
言葉が出ない。
何か言い返そうとしたらきっと感情のままに爆発して、泣くのか怒るのか喚くのか分からない。
それだけ不安定になる程、心の奥を刺激されてしまっている。
でも、何か言わないと……心と頭に急かされて何かを言葉にしようと葛藤して、言葉を返そうと口を開く。
「わ、私はさ——っ!」
「なーんてね。こんなことを言ったんだけどさ」
そうやって口を開いた瞬間、彼女は言葉を遮って今までの豪速球から軽くボールを放るように言葉を投げかけた。
口角を緩めてこちらを見、まるで子供に語りかけるようなトーンで言う。
「結局のところさ。君は自分の感情の置き場をどこに置いたらいいか分かってないだけだよ。だから泣いていいんだ」
「えっ?」
私は優しい視線と共にいきなりそう言われて、気の抜けた声が漏れてしまう。
「私のせいだとか泣く前に気持ちを整理しなくていいんだよ。ほら、ね?」
彼女は優しく笑ってこちらの根元の感情に何かを訴えかけている。
突然の変化に声が出ない。
ただ誰の代わりでもなく、なにかを許してくれてることが伝わる。
「今が辛いかじゃない。どうしたかった、何をしたかったと感情が叫ぶままにすればいい。体重が増えるのが怖くてもケーキが食べたければ食べるといい。太ったら痩せればいいし、何をしてるかじゃなく何をしたいかで人間は動くものじゃないかな」
……まずいかもしれない。
私の中で感情がヒタヒタに溜まっていく。
表に上手く出せない。
ただ涙腺が熱くなって、顔が少しヒクついて、瞼が痙攣しているようだ。
無意識に噛み砕いて奥底に沈めた感情が再び一つになって湧き上がる。
こうしてる今もそうやって現状を俯瞰して感情を噛み砕いている。
「理由なんていらない。そうしたいならすればいい」
ただ彼女はそれをしなくていいと優しく語りかけてくれている。
あんな言い方をされた後だから、鞭の後の飴みたいにとても甘く聞こえる。
甘いものが好きな私には、飛びつきそうになるくらい甘い飴のような言葉。
「誰かの前だと出来ないなら私の前ですればいい」
テーブルの向かいから、膝歩きで私の隣側に回って肩を寄せてくる。
ダメだ。
いけない。
泣いちゃダメ。
「私の前では泣いていいよ。飾利」
しかし七星さんじゃなく下の名前で呼ばれて決壊してしまった。
涙が目に溜まって視界が緩んだ中で、彼女はすっと隣で手のひらをこちらに向けて両腕を広げている。
今すぐ飛び込みたい。
このまま泣いてしまいたい。
そんな中で私の頭が、無意識的にこの現状を俯瞰して言葉にした。
——甘えることを許してくれている。
状況を俯瞰して言葉にして噛み砕く。普段は感情を塞き止める頭の働きだったのに、逆にその習慣が涙を後押しする。
それにより私の心の堤防は決壊した。
「うっ、あぁ……っ! あああああああぁぁぁっ!」
堪えきれず大きな声を上げて彼女の胸に飛び込む。
長い彼女の腕が私をギュッと包み込んだ。
「ごめんなさい。私が、私が来なければ良かったのに……ごめんね……ごめんね……」
届かない謝罪を今更あの猫に行うと、ギュッと抱きしめる力が強くなった。
久しぶりに人前で泣いたと思う。
ここまで大きな声で泣いたのはきっと幼稚園以来だ。
子供のように感情のまま泣いてしまって、きっと大人になった自分が見たら赤面してビンタするかもしれないけど、今だけは許して欲しい。
そこで私と紗柄京との関係が始まった。
その後すぐに「私と付き合ってほしい。あなたの顔と感情が好き。私の前なら泣いても笑ってもいい。苦手なら感情を出せるようにしてあげる」なんて告白をされた。
私はその場の勢いでOKしちゃったけど後悔はしてない。
女同士だったから躊躇はあったけれど、もう告白された時点で私のパートナーは京ちゃん以外に考えられなかった。
この人の前では穏やかに塞き止めていた感情を溜めすぎることなく外に出せる。
京ちゃんは私のことを甘やかしながら、適度に甘えてくれる。
無意識で機械じみた心の整理をしようとする時がある自分が、京ちゃんの無邪気さや甘えてくる姿、甘えさせてくれる優しさに影響を受けて人間的になる気がする。
大人でクールで物静か、そんな外面を持ちながらでも、穏やかに素直な気持ちでいさせてくれる。
京ちゃんはそんな私の唯一の止まり木のような人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます