第4話


 京ちゃんとの最初の出会いは別に衝撃的なものじゃなかった。


 高校2年で偶然同じクラスになっただけの同級生。

 スラっとした高身長なのにショートカットで顔の小ささが強調されて、例えるならパリコレモデルのようなプロポーションに運動も勉強も出来て明るい性格。


 ショートカットは美人にしか似合わないって定型句があるように顔も整ってる。

 クラスの中心で男女問わずに友達が多い一軍の女の子って感じで、ボーイッシュなのもあって女子にもモテてたのを覚えてる。


 2年になってクラスカーストも即最上位、そもそも誰かが勝てるんだろうかってくらいの天下無双っぷり。


 そんな大富豪のジョーカーみたいな無敵の彼女に対して、住む世界が違うなぁとか思いながら、私も友達となんとなくそんな話をして、七星飾利と紗柄京はそれぞれの世界で高校生活をしていた。


「泣く女は嫌われるから泣いちゃダメ。その逆で笑顔を振りまいて媚びるように生きてもダメよ。あなたは頭が悪いのだから少なくとも賢いフリはしていなさい」


 会社を経営するお母さんは小さい頃から私にそう言ってた。

 泣いている子は見るだけでも辛くなるし納得はしてる。


 小さい頃、トレーニングとして辛かったり楽しかったりしたとき、それを言葉にするということをした。

 何が楽しかった、何が辛かった、何が悲しかった。


 お笑い芸人のギャグの解説を聞くと笑いよりも関心が来るみたいな感じで噛み砕く。


 そうすることで頭が冷静になって感情に振り回されることは無くなるらしい。

 どんなに楽しいことでも言葉にして俯瞰してしまえば落ち着いてくる。


 実際に今でも怒ろうが笑おうが、その前に頭の中で「辛い」「楽しい」を自動的に言葉にするせいで、顔に出るまでにその感情の大部分は消化されて、日常でメンタルに振り回されることがほとんどなくなった。


 そんな日常は味気ないように見えるかもだけど、そんな教育があったから私はとても穏やかに日々を過ごせる。


「あの子って何しても澄ましてるよね」


 けれどそんな教育のおかげで「可愛げのない子」なんて言われたりもしてきた。


 顔に出せてないけどそれなりに笑ってるし悲しんだりはしてるんだけどな。


「りーちゃんはアタシに似て顔はいいから、澄ましているだけで十分なの。あとは周りがどうにかしてくれるわ」


 そしてそんなお母さんの言葉通り、あんまり感情を表に出さずぶっきらぼうに接しても「クールで大人な女の子」とか、そんな感じに周りが取りなしてくれる。


 幼稚園の頃にお父さんが死んでしまって大人にならざるを得なかったというのは事実なんだけど、お母さんの教育は間違っていないと思ってる。


 これは母なりの愛として、娘に教える処世術ってやつだ。


「七星さんってクールで大人っぽいよね」

「クールってほどじゃないと思うけど、まぁこの感じは家庭の事情だからね」


 あまり顔に出すことが得意じゃないだけで「クール」とか「大人っぽい」とか言われる。


 それに家庭の事情とは言い訳しているけれど、親子関係も悪いわけじゃない。


 実際お母さんは優しくて一緒にいる時は笑顔が絶えない時間になってると思う。

 ただやっぱり基本的な生活の中でも、表情のバリエーションや振り幅っていうのは、普通の人よりきっと少ない。


 それは少し歪な気もしてる。


「七星さんって何考えてるか分からない。お人形みたい」


 そんなこと言われたりもしたけど、実際の私は人間でしっかり感情がある。

 笑いたい気持ちも、怒りたい気持ちもある。

 表情や上っ面の感情は穏やかな凪の状態なだけで、心の奥には色んな感情が渦を巻いてる。


 普通の女の子なのです。


「飾利ちゃんは余裕があっていいわね、うちの子も見習ってほしいわ」


 同い年と比べたら少し余裕があるように見えるかもだけど、大人と比べたら今の私はしかりと子供だ。


 ずっと子供でいたいくらいと思うくらい。


 本音を言うと感情が上手く表に出せなくて、少しだけ息苦しい。

 剥き出しの感情を無意識に頭の中で噛み砕いて過ごす。


「1年C組さいこーーー!」


 体育祭でクラスメイトが楽しい輪を作って盛り上がる様子を見て、自分も少し輪に入りたいと思う。けど「ずっと練習してきたもんね」なんて楽しい気持ちが無意識に噛み砕かれて、その輪の外からみんなを眺めて微笑むくらいに落ち着いてしまう。


 さらに大人びてるなんて言われるものだから、それに合わせる生き方をしなきゃいけないみたいで胸が詰まる。


 体や年齢が大人になるにつれて、その振る舞いが正しいものとして近づく。


 けど、本当は周りの子みたいに楽しかったら「楽しい」という風に一緒に感情を表に出したいけど、上手く出せない。

 それがちょっとだけコンプレックス。


「七星さんまた明日ー!」

「またね」


 そんな放課後の帰り道、私には楽しみがある。


 毎日購買で買った牛乳を持って、駅までの最短ルートから少し外れた高架下へ向かう。


 毎日、そこに猫がいる。

 いや猫が来る。

 尻尾だけ黒い斑なのが特徴的な茶色の猫。


 にわか雨に悩まされた時、高架下にいた先客だった猫。

 たまに足を運んで覗いてみると、その猫は何日かの間隔でその場所にやって来て、まったりと鎮座することを発見した。


 だから私は心が疲れる学校生活で癒しを求めてその高架下に通っていた。


 猫は数日の間隔で来ていたものの、ここ最近は毎日来ている。


 多分私の顔を覚えてるんだろうなって感じで一緒にその場所に行くこともあるし、毎日のように来てることを覚えたのか、数日の間隔だった猫のやってくる頻度が上がって最近では毎日来るようになっていた。


 そのことに気づいた私は、猫のルーティンを変えてしまったのだからそのお詫びとして牛乳を献上してる。


 今日も少し自分の生き方に疲れちゃったから会いに行った。


 会えるはずだった。


 会いたかった。


 会いたくなかった。

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