第3話 違和感

学校かられいの家までは少し距離がある。


結構な速度で自転車を飛ばしているからか、打ちつける雨も先程より強く感じられ、合羽越しでも多少痛い位だ。

国道を渡り街中に入って少し行くと住宅街になる。

その中にほぼビルの様な5階建ての建物があり、オレはその建物の地下駐車場に入ってすぐの所で自転車を停め合羽を脱いだ。


ここはれいの家だ。


れいの親父さんが結婚した当初は、賃貸マンションでしばらく暮らしていたらしいが、身籠ったことを機に、れいのじいさんがこの家を建てて息子夫婦に贈ったそうだ。

その上、維持管理するにも金は必要だって理由から、安全管理部部長の職から常勤役員へと就任させたらしい。

表向きは別の理由を用意したと思うが。

まあ、持って生まれたものの違いとは言え、なんとも羨ましい話ではある。


駐車場のB1階から玄関がある1Fまでは直通の階段が中にある為、雨に濡れる必要もない。

一応、いつもれいが自転車を停めている場所を確認したが、見当たらなかった。


海外へ留学するってのに、朝一に一人で自転車に乗って駅に向かってそこから空港へ? 荷物は?

普通なら車を出すよな? 荷物があるならタクシーって事もある。

まして地元の山形空港から海外への直通便は無い、東京、大阪、名古屋、札幌への国内便のはず。

なら、駅から始発の新幹線に乗って東京に向かった?

いや、もしかしたら仙台空港から? なら、その国際便はどこに飛ぶ?

何にしろここに自転車がないってことは、いずれにしろ駅に置いているはずだ。

色々考えても仕方がない、まずは話を聞いてからだ。

帰りに駅に寄って探してみよう。


B1から階段を上がり1F玄関のベルを鳴らす。

少し間をおいてからインターホンが繋がった音がした。


「あ、こんにちは、りんです。 れいの事で少し話したくて来ました」

「・・・ごめんなさい、ちょっとだけ待ってもらってもいいかしら」

「はい、大丈夫です」


いつもと様子が違うということは何となく感じる。

2分程経過し再度インターホンが繋がった。


「待たせてしまってごめんなさいね、どうぞ入ってらして」


カチャっと電子ロックの外れる音がしたので、中に入る。


「こんにちはー、お邪魔します」


廊下奥にあるエレベータがチンと鳴り、れいの母親がパタパタと駆けてくる。


りん君、お久しぶりね、元気にしてた?」

「あ、はい、それなりにですかね」

「そう、なら良かったわ。 それとれいの事は突然でごめんなさいね」

「ええ、今朝学校で知らされてびっくりしました」

「今日はお父さんが家にいるから、聞きたいことはお父さんと話してもらうと助かるわ」

「分かりました。 えっと、3階のリビングですか?」

「ええ、一緒に行きましょ」


エレベーターが3階に到着し、扉が開くとソファに座ったれいのお父さんが居た。


「おじさん、ご無沙汰してます」

「やあ、りん君。 何か心配かけたようですまないね、まあ座って」


おじさんの正面に座ったところで、おばさんはキッチンに向かった。


「いえ、れいからは何も聞かされていなかったので、ちょっとビックリしたというか、動転したというか」

「明日の土曜にも、また料理を作りに来てくれって、約束したばかりだったので」

「・・・そうか。 れいは・・・ 海外留学の為に今朝、日本を発ったんだよ」


今の少し開いた間はなんだ? なんで苦しそうに話すんだ? 

おじさんの独断で海外留学させたわけではない?


「ええ、学校の先生もそう言ってました。 で、何処に、いつ頃までですか?」

「・・・ん? あ、ああ、ドイツに建築の勉強をしに、ね」


あまり会話が届いてないように思える。何かえらく憔悴している様な?


「駐車場にれいの自転車が見えませんでしたが、今朝、駅まで一人で向かったんですか?」

「・・・ああ、そうだね」

「おじさん、顔色悪い感じですけど大丈夫ですか? どこか具合でも?」


と言ったとこでおばさんがコーヒーを入れて持ってきてくれた。


「ああ、すまない、ありがとう」


おじさんは、フゥとため息を一つこぼし、コーヒーを口にした。

おばさんはおじさんの隣に座り、心配そうにおじさんに寄り添っている。


「予定はどのくらいの期間です?」

「ん? ・・・ああ、少ししたら戻ってくる予定だよ。大丈夫」


大丈夫ってなんだ? 建築の勉強で留学して少ししたら戻る?

オレにだって言っている事がおかしな事ぐらいは判る。


「そうですか、なら戻ってきたらたっぷり現地の話を聞かせてもらわないと」

「あ、ああ、そうだね」


あまりにもいつもと様子が違う為


「あの、オレに何か出来るってわけじゃないですけど・・・ 何かありました?」


一瞬おじさんの体が反応したように見えた。


「い、いや、何もない。 大丈夫、大丈夫だ」


と言いながら、何度も左手で握った拳を右手で押さえる仕草を繰り返している。視線はあちこち彷徨って落ち着きが無い。

不安、焦燥、怒り、緊張、抑制・・・ そういった感じ、か? 何となく解る。


りん君、わざわざ来てくれてすまないが、私はこれで席を外すよ」

「あ、はい、突然押しかけてきてすみませんでした」

「いや、君はれいの兄弟みたいなものだ、いつでも寄りなさい」

「はい、ありがとうございます」


とソファから立ち上がった。


「じゃ、私は見送りしてくるわ」


とエレベーター前まで移動した時に、電話が鳴った。

おじさんとおばさんがその音にビクっと過剰に反応する。

電話に駆け寄るおじさん。


「じゃあ、りん君、また。 お母さん、後は頼む」


おばさんはコクと頷くと、オレと一緒にエレベーターに乗り込み「もしもし」と真剣な口調で電話を取るおじさんの声を後に、一緒に1Fまで降りた。

帰り際に何か伝えたげに何度もオレに手を伸ばすおばさん。


「あ、おばさん、れいは仙台空港から?」

「えっ?! え、ええ、そうね、仙台空港からって言ってたわ」

「そうなんですね、オレまだ飛行機って乗ったことないんで気になって」

「そう。 雨も強くなって来てるから帰りは気を付けてね」

「ありがとうございます。 んじゃ」


軽く会釈してその場を後にした。

今の出来事、会話を頭の中で思い出し、整理しながらまた合羽を着る。

駅にれいの自転車を探しに行こうと思ったが、それは後回しだ。

今は一刻も早く家に戻って、やらなければいけないことが出来た。

一段と強まる雨の中、オレは自転車を飛ばした。






「・・・もしもし ・・・はい、言われた通り学校周りには留学したと連絡しました ・・・もちろん指定された金額で ・・・はい」

「もちろん誰にも話していません! あの・・・娘は無事なんでしょうか?! ・・・必ず、必ずお支払いしますので、どうか、どうか娘の命だけは!」


受話器を両手で持ち、慎重に受け答えし、必死に娘の命を害する事だけはしないでくれと哀願するれいの父親。


「・・・はい、仮想通貨で ・・・はい ・・・月曜日には必ず」


受話器を置いたところで母親がリビングに戻ってくる。


「あなた・・・ れいは、大丈夫・・・ ですよね」

「ああ・・・ 大丈夫、大丈夫だ。 騒がず、お金さえ払えば、傷一つなく返すと言っていた」

りん君は?」

「ええ、今しがた帰りました」

「そうか・・・」


沈痛な面持ちでソファに座り項垂れる二人。

鎮まり返ったリビングで


「・・・大丈夫 ・・・大丈夫」


と、祈りにも似た言葉を繰り返しながら。

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