第2話 - AS 急転_Another Story_天南さちこ
いつもの朝。
7時に鳴る目覚まし時計も一旦は止めたものの、二度寝してしまった。
夢現の中、スヌーズで再度鳴るアラームに朝が来たと告げられる。
「やばっ!」
一気に起き上がった為、低血圧でクラっとなり再度ベッドに引き戻される。
「うぅ~、キッつ~」
天南の家庭は、ごく一般的な共働きの両親と6つ上の社会人の姉の4人家族だ。
「さちこー! 早く起きてご飯食べなさいよー?」
階段下から母親が忙しそうに叫ぶ。
「いまいくー!」
白Tシャツに黒ネコさんパーカー、黒のスウェットパンツ、それにちょっと寝ぐせのついた髪。
「今日もいっちょ頑張っていきますかー!」
と、グーを握った両腕を上に伸ばし気合を入れる。
少し大きめの丸メガネをかけ、階段を駆け下りる。
「おはよー! うわ、お姉ちゃん今日も早っ! もう準備出来てる!」
「これでも一応社会人ですから? 学生気分で遅刻なんてもってのほかよ? 眠いけど」
天南 あな、23歳、地元信用金庫で窓口業務をこなしている。
「っすよねー、バリ眠いっすよねー、今日も頑張ってきてー、んで美味しいもの食べに連れてってー」
と言いながら、既に焼かれてバターが塗られているパンを齧る。
そのやりとりを、同じテーブルで新聞片手にコーヒーを飲む父親が見てしみじみ思う。
無事大きく育ったものだ、と。
というのも、「あな」と「さちこ」、二人とも名前がひらがななのは父親のせいである。
「阿奈ちゃんはまだ子供だから「あな」ちゃんでちゅねー」
と酔っ払いながら記入した出生届を翌日そのまま提出。
幸子に至っても同じ過ちを繰り返し「さちこ」で提出。
阿奈が小学校に入学する際に自治体から届いた「入学のおしらせ」に「天南 あな」と記載されていた事から、戸籍謄本(抄本)を取って確認したところ「天南 あな」「天南 さちこ」で登記されていた事が判別した。
父親はその後3ヵ月間に渡り誰にも口を聞いてもらえないという状態に。
「「あな」なんて名前だいっきらい! パパもだいっきらい! みんなバカにする、もうイヤ!!」
あなが小学校に入学したばかりの頃は大荒れしたものだ。
初めての夏休みに妻の実家に帰省した折、祖母が言った
「あら、ひらがななんてとっても可愛いじゃない」
という発言と、公開したばかりの話題の映画「魔法使いの氷の女王」を見に行き、その映画に出てた「アナ」という芯が強く魅力的な女性キャラが人気を博したこともあり、事態は収束に向かう。
「クラスのみんながね「あな」って名前うらやましい~って言うのー!」
以前の台風はどこへやら、急転直下で無罪放免である。
「執行猶予ですからね」
妻からそう告げられて以来、うだつは上がらないままである。
しかし現在は二人とも無事育っていることもあり、昔の失敗も怪我の功名だったかなと、騒がしいいつもの朝にコーヒー片手に微笑むのだった。
「ママー! パパが朝からなんかニヤニヤして気持ち悪いんですけどー」
「いつもの事だから放っておきなさい」
「ふぁーい」
パンの最後の一口を咥えながら、食べ終わった食器を洗う。
洗面所に行き歯磨き、洗顔、メガネをコンタクトに変え、階段を駆け上がり部屋に戻って一気に服を脱ぎ捨て下着姿に。
スカートを短く(本人いわく「可愛く」)手直しした制服に着替え、軽めのメークアップをする。
もともと整った顔立ちの上、肌もキレイな為、目元、口元といったポイントだけ抑えて化粧すれば美少女(自称)の完成だ。
「よっし、今日もあたしカワイイ!」
髪を少しサイド側の高い所で結んでポニーテールに、右耳にはお気に入りのピアスを。
ダダダッと階段を駆け下りると姉も丁度出勤する所のようだ。
「お姉ちゃん、いってらっしゃい! あたしもいってきまーす!」
「さっちゃんも学校頑張って。 お給料入ったら美味しいものでも食べにいこ?」
「やったー! お姉ちゃん大好きー!」
玄関でハグする姉妹、今日もいつもの朝だ。
「二人ともー、今日は雨になりそうだから傘持っていきなさいねー」
「「はーい」」
学校までは、歩くには遠いが自転車通学を許可される程でもない微妙な距離。
カラフルな花柄の入ったお気に入りの透明なビニール傘を手に、マイペースな歩みで登校する。
「ヘーイ、みんなおっはよー!」
元気が取り柄のさちこらしい挨拶で教室に入る。
「テンおはよー、ってか今日もギリだね」
「天南おはー!」
「うぃーッス」
など返事が返ってくる。
親しい友達は皆あたしのことを「テン」と呼ぶ、結構お気に入りだ。
クラスメイトとは上手くやれている方だと思う、近すぎず、遠すぎず。
意識的に取ってる軽い言動も、周りをよく観察し、しっかり一線を引くための裏返しだ。
広く浅く他人と関わっているつもりではあるが、クラスに一人だけよくわからない男子がいる。
今もHRが始まったのに、何だかぼーっと窓の外を眺めてるみたいだし。
「ああ、そうそう。隣の建築科の
ぼーっと外を眺めている男子をぼーっと眺めていたら、先生がなんかすごい事言ってクラス内がざわついた。
ん?
てか、アマツ全く動じてないじゃん、あ、事前に知ってたから気が抜けたおじいちゃんみたくぼーってなってるわけ?
「
「あ、すいません。ちょっとぼーっとしてて聞いてませんでした」
あ、マジで放心してたわ。ちょっと面白い。
先生も丁寧にもう一回説明してるし。
「いや・・・聞いてねーし。 ・・・ってか、なんも言われてねぇ ・・・ない、です」
え? 知ってたから放心してたんじゃなかったんだ?
付き合ってるとかじゃないのは知ってるけど、羨ましいぐらい仲良さそうだったのになー、突然いなくなられるのは嫌だなー。
もし結婚とかして相手がいきなりいなくなった、とかなったらマジ笑えない、キツイよ。
「え、旦那のつもりだった?」
あ、余計な事言ってしまった。
幸いなことに耳には届いてないみたい。
それからアマツはずっと元気なく見えた、というか何か考え込んでた様な気がする。
てかあたし、よくアマツのこと見てるなー、なんで? まぁ後で謝らないとだー。
終わりのチャイムが鳴ると同時にアマツは教室から出て行った。
あ、早っ! ちょ待って謝らなきゃー!
えっと、チャリ通だったよね、なら駐輪場だ。
そそくさとバッグと傘持ってダッシュで教室から出る。
「んじゃお先ー! おつー!」
「テン、どしたん? なんか慌ててるし」
「遊びの約束とかじゃね?」
「彼氏とか?」
「え、マジ?」
好き勝手言うクラスメイト。
校門から駐輪場までダッシュしたけど、結構強くなってきた雨に打たれて思いのほか濡れてしまった。
屋根の下に入って雨を払いながらヒィーとかやってたらアマツ居た!
え、合羽着てる! しかも黄色って! 高校生にもなって?
っていうか一周回ってカワイイんだけど!
ってか謝んなきゃ!
近くの自転車に傘掛けて、髪の毛整えながら近づいて、勇気を出して声を掛けた。
「あっ! アマツ! 今朝は
途中口ごもっちゃったけど、ちゃんと謝れた!あたしエライ! てか思いっきり頭下げちゃった。
「えっとー・・・」
あ、いきなりだったからかな? 名前出てきてないじゃん。
「
まさか自己紹介する事になるとは思わなかった。
「あっ! え、うん。 大丈夫、気にしてないよ天南さん」
うーん、なんかヤダ。 出来る事ならテンって呼んで欲しい、かな。
「ってか、クラスメイトの名前忘れるとか、ひどくない? それに、テンでいいよ」
笑顔で顔上げたら、黄色い合羽しっかり着てるし、なんか視線が胸元に行ってて目が泳いでるし、あたしの今の体勢ってばなんかメッチャ胸アピールしてるみたいだし、意識してるっぽいアマツのせいでこっちまでハズいし、なにこれ? って思って、思わずプって笑っちゃった。
今までよく知らなかったけど、普段はクールに見えるのに、アマツも普通の男の子なんだ?
てか、そんなに急いでどうしたの? ああ、今朝の事で
好き、なの? よく一緒にいるし、そうなんだよね? そんなに想われるなんてうらやましい。
けど、好きって、なに? あたしにはまだよく解らない。
「今から
あ、また余計な事言ってしまった。
「あ、うん、一応ね。 幼い頃から兄弟同然に育って来た幼馴染なのに、何も知らないまま突然だったし」
失言にも怒らず、ちゃんと答えてくれる、大人なんだね、優しい対応。
「そっかー。 でも、いいね、幼馴染って響き。 何か、うらやまし」
突然置き去りにされたっていうのに、いいね、とか、うらやましい、とか、あたしの無神経! バカ!
「そうでもないよ。 それなりに色々大変な事もあるし」
今まで私に声かけてくる男子なんて、顔とか身体とか、ヤレるヤレないでしか見てこなかった。中学の時もそれで酷い目に合いかけたし、女友達だってそう、釣り餌ぐらいにしか見てなかったのかも。
みんな上辺だけ。
人間として接してくれる人なんて家族だけだった。
でもアマツはなんか違う気がする。
あたしの「感」は良く当たる。
もっと話したい、もっと知りたい、そして、もっと知って欲しい。
「そうなんだー、あたしなんか「ゴメン! 今ちょっと急いでるから」さー・・・」
「あ、ゴメン!」
ほら、やっぱり! 他の人達とは違う! 私を所有しようとしない!
それが嬉しい。
でも、ちょっと寂しい。
「あはは、大丈夫。 雨強くなって来てるから気を付けてね」
急いでるんだもんね、仕方ないよ。
「うん、ありがとう。 じゃ!また明日ね、天南さん」
雨の中に飛び出そうとしたアマツの自転車の荷台を反射的に掴んじゃった。
やだ!
何が? 何が嫌なの?
行かないで? ううん、そうだけど違う。
もうちょっと? ううん、そうだけど違う。
じゃあ、何?
自転車に跨って、黄色い合羽着て、雨に打たれるアマツが振り返る。
「テ! ン!」
次からは、お気に入りの呼び方であたしを呼んで欲しくなった。
あたしをもっと知って欲しくなった。
アマツをもっと知りたくなった。
自分でもびっくりするくらいの声が出た。
恥ずかしすぎて、ほっぺ膨らまして誤魔化した。
「・・・あ、はい」
少し笑ってたように見えた。
そうだ! また話せるよう、教室で会話しても変じゃ無いように。
「分かればよろしい。 じゃ、褒美として、あたしに傘を貸す事を許す!」
何言ってるのあたし? めっちゃ恥ずかしい。
「・・・えーっと」
そりゃ意味不明で困るよね? こうなりゃ女は度胸?
「ゴメン! 傘貸して?」
両手を顔の前で合わせ、首を傾げてウインクしてみた。少しでも可愛く見えるように。
「あ、はい」
ゴメンね、あたしの傘はそこにあります。
「助かった~! マジありがと! 月曜日に返すねー!」
ちょっと心苦しいけど、ありがとう、嬉しい。
そういうと黄色の合羽は雨の中に消えていった。
借りた傘を無意識で胸に抱き、自分の傘を手に取る。
空は暗く、強い雨を打ちつける。
だが、傘を開き見上げると、空にカラフルな花が咲いた。
打ちつける雨もまた、新しく咲く花となった。
「さーて、んじゃ帰りますかー」
雨足が強くなる中、ピョンと軽くジャンプした。
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