第2話 急転

いつもの朝。

6時に鳴る目覚まし時計。

カーテンを開ければ、杢蔵山もくぞうさんの山頂から顔を出し始めてる朝日。

冷たいが清々しい空気。

そう、いつもの朝。


れいが学校に来なかった事以外は。


いつも通りの時間に家を出て、いつものルートで学校へ向かう。

国道の横断歩道も、いつものタイミングで信号待ち。

いつもなら、後ろから追いかけてきて声を掛けるれいの姿が今日は見えない。


「寝坊か?」


珍しいというか、今まで寝坊や遅刻などした事がなかっただけに少し心配になる。

昨日の帰りにそのまま食材の買い出しに行って、夕べの雨にでも打たれて風邪でも引いたか?

なら明日の土曜日は、お粥とか消化の良いメニューに変更だな。

帰ったら連絡入れてみるか、などと考えながら学校へ向かった。


HRが始まり今日の連絡事項を先生が話しているが、オレはぼーっと窓の外を眺めていた。


うちの学校は工業高校ということもあって、機械科では大き目の金属溶融炉も所有していることから、万が一火災などが起きた場合に備え、市街地からは少し離れた山裾に位置している。

その為、窓の外を眺めても空と山しか見えないのでぼーっとするには丁度いい。

街側の空は青く晴れているが、山側の雲は灰色が強くなってきている。

しばらくの間は雨が続きそうな気配だ。


「ああ、そうそう。 隣の建築科の絹路きぬじな、突然だが海外留学だとかで、今朝、日本を発ったそうだ」

「えー! マジでー!?」

「さすが金持ちー!」

「俺結構ショックなんだけどー!」


ガヤガヤと煩くなる教室。

なんだ? 騒がしいな。 


「親御さんから今朝電話があってな、家の事情なんでって詳しい事は話してくれんかったが、先生みたいな安月給取りのサラリーマンにはお金持ちのやる事はよう分からんなぁ」

「先生、大丈夫! 俺にも分かんねーから」

「あ、私もー!」

「私はお金欲しいでーす」

「俺もー、金ほしー!」

天狗あまつ、お前、何か聴いてないか?」


何の話だ?


「あ、すいません。 ちょっとぼーっとしてて聞いてませんでした」

「ん、いやな、絹路きぬじの海外留学の件だが・・・」


留学? はっ? 海外? 何の話だ?!

若干、脳内がパニックになりしばらくフリーズしている間に、先生が再度説明してくれた。


「いや・・・聞いてねーし。 ・・・ってか、なんも言われてねぇ ・・・ない、です」

「別にお前に断る必要なくね?」

「え、旦那のつもりだった?」


クラスメイトは好き勝手揶揄ってくる。

が、オレの耳にはそんな雑音は一切入ってこなかった。

HR後にれいに電話を掛けてみたが圏外とのことで繋がらなかった。

それから学校が終わるまでの事は、殆ど記憶にない。



頭の中でずっと考えてた。

家の事情ってなんだ?

高校まで来て今更英才教育でもないだろう?

そもそもれいのじーさんはやりたいようにやらせるのが一番成長するっていうやり方だし。

昨日はそんなこと何も言ってなかったし。

明日、料理作りに行くことも本当に楽しみにしている様に見えたし。

れいの親父さんが強制的に決めた?

それにれいのお母さんなら


「お父さんの言う通りにしていれば間違いないのー」


という性格だから反対はしないだろう。

仮に「れいの将来の為に必要な事」と言われれば追従するのみだろう。

何かの間違いかもしれないし、風邪で休んでいるだけかもしれない。

とにかく何が起きているのか、帰りにれいの家に寄ってみるしかない、か。

終わりのチャイムが鳴ると同時に足早に学校を後にした。






外に出ると空一面に暗雲が広がっており、結構な雨を引き連れている。

いつも自転車に付けてある小さく折りたたまれた合羽を着て、れいの家に向かって漕ぎだそうとしたところ、自転車小屋で雨宿りしていたクラスメイトがオレに気が付いて声を掛けてきた。


「あっ! アマツ! 今朝は揶揄からかったりしてゴメン。 ・・・そういうつもりじゃなかったというか、なんというか、その、ちょっと・・・ショックだったというかゴニョゴニョ とにかくゴメン、悪気は無かったんだよホントだよ」


と、赤い髪色と同じカラーの石が入った短めの金色のピアスを着け、少しサイド側の高い所で結んだポニーテールをブンと振って頭を下げ、口早に勢いよく謝ってきた見た目ギャルな女子。

途中声が小さくなりゴニョゴニョしてたから、最初と最後しかハッキリ聞こえなかった。


「えっとー・・・」


突然の謝罪と、見た目と言動のギャップに、瞬時に名前が出て来ず返答に詰まっていると


天南てんなん さちこ」


頭を下げたまま名前を告げるクラスメイト。


「あっ! え、うん。 大丈夫、気にしてないよ天南さん」

「ってか、クラスメイトの名前忘れるとか、ひどくない? それに、テンでいいよ」


と言って腰を折ったままで顔を上げ、こちらを見てニコっと笑う。

角度的に突き出した形になった、はち切れんばかりのワイシャツの胸元に視線が泳ぐ。

その様子にプっと噴き出す天南さん。


「今から絹路きぬじさんの家に行くの?」

「あ、うん、一応ね。 幼い頃から兄弟同然に育って来た幼馴染なのに、何も知らないまま突然だったし」

「そっかー。 でも、いいね、幼馴染って響き。 何か、うらやまし」

「そうでもないよ。 それなりに色々大変な事もあるし」

「そうなんだー、あたしなんか「ゴメン! 今ちょっと急いでるから」さー・・・」

「あ、ゴメン!」


焦る気持ちから思わず言葉を遮ってしまった。


「あはは、大丈夫。 雨強くなって来てるから気を付けてね」


ちょっとシュンとさせてしまったのか、乾き気味の笑いが混ざった。


「うん、ありがとう。 じゃ! また明日ね、天南さん」


ペダルに足を乗せ、雨の中に飛び出そうとしたが重くて漕ぎ出せない。

「ん?」と思って後ろを振り返ったら、天南さんが荷台を思いっきり掴みながらこっちを見ている。


「テ! ン!」


と、強めの口調で言い、少し頬を膨らまして眉を寄せる顔をする。


「・・・あ、はい」

「分かればよろしい。 じゃ、褒美として、あたしに傘を貸す事を許す!」

「・・・えーっと」

「・・・ゴメン、傘貸して?」


両手を顔の前で合わせ、首を傾げてニコっとしながらウインクする。


「あ、はい」


これは勝てないやつです、不可抗力です。


「助かった~! マジありがと! 月曜日に返すねー!」


ブンブンと手を振って見送られる中、雨の中へ飛び出す。

何が起きているのか、どういう事なのか、確かめないと。




りんから借りた傘を胸に抱き、隣の自転車の影に掛けてあった自分の傘を手に取り開く天南。


「さーて、んじゃ帰りますかー」


雨足が強くなる中、傘をさして歩く後姿は、どこか機嫌良さげにスキップしているようにも見えた。

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