第23話 ヤトコさんには緊張感が足りない

 馬車が入れたのは広場までだった。宮殿跡まで続く上り坂は、すでに人で賑わい始めている。


「駆け上がるぞ」


 イグルンさんの一言で、わたしたちは馬車から降りた。


「どいてくれ! 急いでるんだ!」


 さすが保安官。声を張るだけで道が開く。人をかき分ける必要もなく、まっすぐ坂を登っていく。


 一応、わたしは人混みに赤毛の人がいないか見ながら進んだ。まったくいないわけでは無かったけれど、ヘロノスさんらしき人はいない。


 ふとお土産屋さんの看板が目に入った。昨日、猫さんのケンカを仲裁したお土産屋さんだ。


「先行っててください」


 わたしは人混みをかき分けて、お土産屋さんに入った。


 お店はお菓子を中心に、食べ物から雑貨まで、いろいろな商品が広く売られている。楽しむための買い物なら、見て回るのは楽しそうだ。けれどそのぶん、欲しい商品を見つけるのは難しい。


 運よくお店の奥に店員のお姉さんが見えたので、まっすぐ駆け寄った。


「おや、あんたは昨日の」


 お姉さんは気づくとすぐに「いらっしゃい」と決まり文句を言った。


「今日は買い物にきてくれたのかい?」


「はい。ただ、ちょっと急いでいて、クズ石って売ってますか?」


「クズ石かい? そりゃもちろん。ここらの土産じゃ定番だからね」


 クズ石は町の建材を切り出すときに、一緒に掘り出される小さな石だ。基本的にはゴミなのだけれど、きれいな物はお土産として重宝される。


「安いのはそこのザルに盛ってあるよ。宝石みたいなのはケース入りでこっちにしまってある。数は少ないけどね」


 お姉さんが店のあちこちを指さしながら、案内してくれる。でもそれをゆっくり聞いている時間はない。


 わたしはポケットから麻袋を取り出した。一昨日の仕事の報酬で、イグルンさんからもらったものだ。まだ手をつけていない。銀貨十枚は入っていたはずだ。


 わたしはそれを、お姉さんに手渡した。


「これで買える一番いい石をください。急ぎなんです」


「はいよ」


 お姉さんは袋を覗き、目を丸くした。


「ま、待っておくれ。釣りを用意するから」


「お釣りは後で取りに来ます」


「そ、そんなに急いでいるのかい? おばちゃんは構わないけど、いや、とりあえず商品だ。うちで一番いい石はこれだよ」


 お姉さんが引き出しから取り出したのは、手のひらに乗る小さな木箱だった。開くと中には大きなドングリくらいの真っ赤な石が入っていた。透明感は無いけれど、代わりに赤がよく映える。


「ありがとうございます。これを貰います」


「本当にいいのかい? 買って貰えるのは嬉しいけど、これだけ予算があるなら専門の店でもっといい石が――」


「大丈夫です。失礼を承知していうと、間に合わせなので。お金は預けておくので、精算しておいてください」


 クズ石の入った箱を受け取り、お店の出口へ――


『わっ!』


 黒髪の女の子にぶつかりそうになった。


「ヤトコさん!? どうしてここに? 宮殿跡に向かったんじゃなかったんですか?」


『いや、だってフクーラがお店に入ったから』


 ヤトコさんが、わたしの手を覗き込む。


『何を買ったの?』


「宝石みたいなものです。プレゼントを用意しておこうと思って」


『え? わたしに?』


 ヤトコさんは自分を指差して、顔を傾けた。まるでフクロウさんみたいだ。


「違います。っていうか何やってるんですか? 急がないと、ヤトコさんの加護が奪われてしまうかもしれないんですよ!」


『いや、買い物してたフクーラに言われたくないし』


 ぐうの音も出ない。


 へらへらと笑うヤトコさんからは、緊張感が欠片も感じられなかった。


「ヤトコさんは加護が――自分に与えられるはずだった能力が、他の人に奪われてもいいんですか?」


『うーん。実感が湧いてないからなのかな』


 ヤトコさんは腕を組んで、ちょっとだけ視線を上げた。


『元々わたしのモノでもないし、そんなに欲しいのならあげてもいいかなって思っちゃう。フクーラもそうだったりしない?』


「わたしですか?」


 加護を貰うなど、想定したこともない。けれどもし、貰うとしたら――


「移動に難があるので、移動を便利にする加護なら貰いたいですね。やむなく馬車に乗ることをなくしたいですから。でも、わたし以上に加護を必要としている人がいるのなら、確かに譲ってもいいかもしれません」


 ただ、何かひっかかる。


「本当にそれでいいのかなとは、思います。本当に必要ならなおさら、わたしが譲ってしまったら、その人は与えられたモノだけで生きていくことになってしまう。そんな気がして、怖いです」


『フクーラは優しいね。自分のことじゃなくて、他人のことばっか考えてるじゃん』


 わたしは首を横に振った。


「いいえ。今のわたしは『才を与えられた』みたいに言われたことに腹が立っているだけです。どうにかして一発食らわせてやろうとしか、考えてません」


 ヤトコさんは『あはは』と歯を見せて笑った。


『じゃあ急がないとね。もし先を越されたとしても、顔ぐらいは見てやらないと』


 ヤトコさんに手を取られ、店の出口へと向かう。


 イグルンさんが「たく。遅ぇよ」と出迎えてくれた。


 さすがにイグルンさんには先に行っておいてほしかった。

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