ぼくらのウソと本当の話

緋村燐

ぼくらのウソと本当の話

 三月三十一日、朝。

 五年二組の教室で、俺はとあるウソをノートの切れ端に書いた。


「なあ、ユウスケはどんなウソにする?」


 俺と同じくノートの切れ端と鉛筆を持ちながら、一見頭が良さそうに見える眼鏡をかけたマナブが聞いてくる。

 俺はクルクルと鉛筆を回しながら、書き終えて折りたたんだメモを隠してニヤッと笑った。


「それはヒミツ! ぜってー俺がイチバン取ってやるんだ。情報渡すかよ」

「なんだよそれ。じゃあカナトは? なんて書いた?」


 俺の答えに不満そうに眼鏡の位置を直すと、マナブはもう一人近くにいた友達に話しかける。


「俺は……とりあえずみんなが幸せになれそうなウソとだけ言っとく」

「……カナトらしいな」


 敵を作らなそうな優しい笑顔で答えるカナトに、俺は軽くため息をついた。


 俺とカナトは幼稚園の頃から一緒にいるいわば幼なじみだ。

 昔は泣き虫で、いつも俺が守ってやってた。


 でもそんなカナトは最近優しいとかって女子に人気で、俺としてはちょっと面白くない。


「幸せになりそうなウソ? カナト、お前本当に選ばれる気あんの?」


 マナブはカナトの答えも不満みたいで眉間にグッとシワをつくると、もういいやとばかりに机に向かう。


 そういうマナブはどんなウソを書くつもりなんだろうな?

 俺は自分のウソをヒミツにした手前聞けなくて、机に突っ伏すように鉛筆を走らせているマナブの手元をのぞき込んだ。

 【虫】って字が見えたけど、それ以上はどうやっても見えない。


 まあいいや。俺の書いたウソは結構自信作だし、トップ3に選ばれる自信はあるからな!


 と、こんな風に俺たちがウソを書き込んでるのには理由がある。

 それは今朝、生徒玄関前に張り出されていた一枚のポスターが始まりだ。

 六年生が考えた企画らしくて、その名も――。


『エイプリルフール企画!【とんでもないウソを投稿しよう!】』


 ポスターには、投稿された中から特にとんでもないウソだった上位三つが選ばれて四月一日に発表されるって書いてあった。

 一緒に置いてある投稿箱に入れればいらしい。

 それを見た俺たちは、早速【とんでもないウソ】とやらを書いて出してみようぜ! って決めて今にいたる。


「マナブ、書けた? そろそろ出しに行かないか?」

「ちょっ! 見るなよカナト! まだだって」


 まだ書き切ってないのはマナブだけだ。

 カナトが急かしたけど手を止めて隠されて、これじゃあもうちょっとかかりそうだなって俺は思った。

 仕方ないから先に鉛筆を筆箱に戻して、机の中にちょっと勢いをつけて入れる。


 すると机の上に置いていたメモがフワッと浮いて落ちてしまう。


「あ、やべっ」


 立ち上がって追いかけるけど、メモは思ったよりも飛んで女子が数人集まってるところまで行ってしまった。

 その中の一人が、俺のメモに気づいて拾ってくれる。


「これ、ユウスケくんの? はい、どうぞ」

「あ、ありがと、ユミちゃん」


 真っ直ぐな長い髪をいつもハーフアップにしてる大人しめの女子、ユミちゃん。

 かわいい笑顔でメモを渡されて、俺は思わずドキッと心臓がはねた。


 ユミちゃんはすぐに友達との会話に戻ったけれど、俺は名残惜しい気分でマナブたちのところに戻る。

 せっかくだからもうちょっとユミちゃんと話していたかったな、とか思ったから。


 ぶっちゃけると、俺はユミちゃんが好きだ。

 女子たちが俺のこと乱暴者だとかって悪口言ってたとき、ユミちゃんが「でも頼もしいところもあるよね」って言ってくれた。

 そのときから気になって見ていたら、なんだかちょっとした仕草が女の子らしくてかわいいなって思って……。


「ユウスケ、マナブも書いたよ。出しに行こう」

「……」


 戻って来た俺にカナトが声を掛ける。

 でも俺はついムスッとしてカナトを見た。


 女子に人気のあるカナト。

 実はこの間ユミちゃんがカナトのこと「優しいし、結構イケメンだよね」って話してるのを聞いた。

 俺がカナトを気に入らないイチバンの理由はそれ。

 ユミちゃんが、カナトを好きかもしれないってこと。


「ユウスケ? どうしたんだ? 行くぞ!」


 反応しない俺にマナブが教室から出ようと先に向かう。


「あ! こら、マナブ! 待っててやってたんだぞ? 先行くな!」


 カナトと二人でマナブを追いかけるように教室を出て、俺は密かに意気込んだ。


 これで俺がイチバンになって、みんなにすごいって思わせてやるんだ。

 ユミちゃんにも「こんなすごいウソ考えつくなんてユーモアあるね」とかって言ってもらえるかもしれないからな!


***


 三月三十一日、夕方。

 帰りの会で担任の深月先生が話した内容に俺は絶句した。


「朝、生徒玄関前に設置されていたエイプリルフール企画というポスターですが、学校の許可も無い上に六年生が企画したものでも無かったので取り払いました」


 どういうこと? とちょっと騒がしくなる教室の中で、カナトが手を上げて深月先生に質問する。


「六年生が企画したものじゃないってどういうことですか? じゃあ誰があのポスター貼ったんですか?」

「わかりません。でも、六年生でないことは確かです」


 深月先生の答えに「えー?」と教室が騒がしくなる。

 そんな中今度はマナブが手を上げた。


「えっと……じゃあ結果発表とかはないってことですか?」

「そういうことになります。さ、これで帰りの会は終わりです。日直さん、お願いします」


 深月先生は淡々と答えて、すぐにエイプリルフール企画の話を終えてしまう。

 俺とカナトとマナブは、三人顔を見合わせて肩を落とした。


***


 四月一日。

 朝、五年二組の教室で俺はイスの背もたれに体をあずけて溶けるように座っていた。

 せっかく今日は面白い企画の結果が分かると思ったのに。


「あーあ、せっかく考えたウソなのになー」


 俺と同じようにぐでーっとイスに座っているマナブが力なく文句を言う。

 俺は何も言わなかったけど、同じ気持ちだ。

 せっかく【すごいウソ】を考えたのに。


「まあ仕方ないよ。それに、誰が始めたのかわからないならどっちにしろ発表なんてなかっただろうし」

「……まあ、それもそうだけどな」


 不満だけど、カナトの言うとおりでもあったから同意する。

 いつまでも過ぎたことをぐちぐち言っても仕方ないしな。


「じゃあさ、お前らどんなウソ書いたんだよ? 発表されないなら教えてくれてもいいだろ?」


 勢いよくガタンとイスを鳴らして前のめりになったマナブが聞いてくる。

 そういえば昨日も聞いてきてたな、って思いながら「まあ、いいよ」ってうなずいた。

 せっかく考えたウソなんだし、せめて誰かにきいてほしい。


「そうだね。俺は――」


 カナトもうなずいて、自分の書いたウソを話そうとしたときだった。


 ピーンポーンパーンポーン


 とつぜんの校内放送を知らせるチャイムに、みんななんだ? って耳をすませる。

 いつもだったら放送が始まっても、もうちょっと騒がしいままだ。

 けど、こんな朝の会が始まる直前に鳴ることはないからみんな不思議に思ってるみたいだ。


 っていうか、いつもならもう朝の会が始まってもいい時間だ。

 なのに深月先生が来る気配もない。

 なにかあったのかな?


『みなさん、おはようございます! 本日はエイプリルフール。昨日は企画の投稿ありがとうございました!』


「へ?」


 若い男の人の声に思わず驚きの声を上げたのは俺だけじゃないはずだ。

 だって、その企画とやらは無くなったって深月先生が言ってたから。


『ですが残念なことに、理解のない先生方に早くも投稿箱を取り下げられてしまいました』


「理解のない先生方ってことは……この放送の人先生じゃないってことかな?」

「あ、確かに」


 カナトの言葉にそういえばそうだなって思う。

 若いって言っても子供って感じはしないし、明らかに大人の声だと思う。

 だから先生の誰かかと思ったけど、『理解のない先生方』なんて言い方をするならこの声の人が先生である可能性は低いと思った。


『そのため思ったより投稿数がなかったのですが、幸いにも三通箱に入れていただけていました。なので、その三通を第三位から発表しようと思います!』


 残念そうな声が一転、喜びに満ちた声になる。

 三通ってことは俺たちの書いたウソかな?

 ってか本当にコイツ誰なんだ?

 先生じゃないなら、不法侵入って奴なんじゃないかな?

 それか常識外れの保護者?


 色んな可能性を考えていたら、放送の声は丁度自己紹介してくれた。


『申し遅れましたがワタクシ、ウソを真実に変えるトゥルーと申します。発表されたウソを真実にしてお見せしましょう! みなさん、楽しんでくださいネ』


 最後に星マークでもつきそうな明るい口調に、俺は「は?」と口を開けた。

 でも、それはみんなも同じで。


「なに言ってんの?」

「ウソを真実にするとか、どうやって?」


 クラスメートのざわめきは当然。

 近くにいたマナブも声の主――トゥルーをバカにするように笑う。


「ウソの度合いによって出来ることと出来ないことがあるに決まってるじゃん。むしろこのトゥルーって奴がウソつきなんじゃねぇ?」

「だよなぁ」


 特に俺のウソは非現実的だからどうやっても本当になんて出来ないし、ってマナブに同意する。


『では、早速三位から発表させていただきます!』


 でもそんなことを知るわけもないトゥルーは発表を始めた。


『三位は……他にも投稿があったら選ばれなかったですね、この手のウソは面白みがない。【空から食べる飴が降ってくる】です!』


「あ、これ俺のだ」


 はじめに感想から始まった発表にカナトが反応した。

 そういえば『みんなが幸せになれそうなウソ』とか言ってたっけ?

 飴が降ってきて幸せになるか? とも思ったけど、『なれそうな』ってことならまあ間違ってないか。


「なにこれー? 本当に飴が降ってくるの?」


 ちょっと離れたところから笑いながら話すユミちゃんの声が聞こえた。

 そうだ、このまま発表されて俺のウソが一位だったらちょっとは自慢しても良いかな?

 元々はそのつもりで書いたんだし。


 ウソを考えていたときの最初の思惑を思い出して俺はふよふよと口元がゆるんだ。

 でも、そんな気持ちはすぐになくなってしまう。


「え? ウソだろ? ホントに飴降ってねぇか!?」

 窓に身を乗り出してる男子の叫ぶ声に、俺たちもクラスのみんなも窓の外を見る。

 そうして見えた光景に、思わず「マジか」とつぶやいた。


 みんなが窓に近づいて、俺も何度も瞬きしながら外を見る。

 中庭が見下ろせる窓の外には、しっかり個包装された飴がそれこそ天気の雨みたいに降り落ちていた。


「あ! 一年生外出てるぞ!?」

「ホントだ。早速取った飴食べてるよ。いいのかな?」


 中庭を見ると確かに一年生の姿が見える。

 一年生の教室は一階だから、外に出やすかったんだろうな。

 でも、先生に怒られるだろうに。


 それにしても深月先生遅いなぁ。

 もしかして一年生の担任もまだ教室に来てないのか?


「俺、様子見てくるよ」

「は? カナト?」


 言うが早いかカナトは教室を出て行ってしまった。

 それにつられてか、他のクラスメートもどんどん出て行く。


「ユウスケ、俺たちも行こうぜ!」


 なんだかワクワクしている様子のマナブにもうながされて、俺も教室を出る。

 そうして外に出ると本当に飴が降っていて、早くも地面は個包装された飴で埋め尽くされそうになってた。


「すげっ、これどうやって降らせてるんだろうな?」

「さあ? ヘリコプター使ってるとか?」

 適当に言ってみたけど、ヘリの音なんかしないし違うだろうなって思う。

 でも他に思いつかないし……何より、なんだか胸がザワザワした気分になって嫌な予感がする。

 マナブの相手ばかりしてらんなかった。


 しばらくして、全校生徒が外に出てきちゃったんじゃないかってくらい大勢になった頃。


 ピーンポーンパーンポーン


 また放送のチャイムが鳴って、トゥルーの声が聞こえてきた。


『みなさん、本当になったウソを楽しんでいますか? そろそろ第二位の発表をしたいと思います!』


 その言葉に俺は口に入れてた飴を飲み込みそうになった。

 そうだ、発表はまだ終わってなかったんだ!


「次、俺とユウスケのどっちかだよな? どっちかな? 次のも本当になんのかな?」

「さあな」


 ワクワクしてるマナブに俺は軽く返した。

 マナブは自分のウソが本当になったらいいとでも思ってんのかな?

 俺はなって欲しくはないんだけど……いや、それ以前に本当になんて出来ることじゃないし!


『第二位は、これはワタクシもちょっといワクワクしてしまいます! 【昆虫が大量発生して学校内を飛び回る】です!』


「は? 昆虫?」


 覚えのないウソにマナブの考えたものだってわかる。

 でも、昆虫なんて流石にまだそんなにいないだろ。

 今回はいくら何でも本当には出来ないなって思っていたのに……。


 ヴゥーン


 なんか、大きめの虫の飛ぶ音が聞こえたと思ったら腕に何かが止まる。

 なんだ? ってよく見ると、それはカブトムシだった。


「は? カブトムシ? まだ春だぞ?」


 春のカブトムシって、まだ幼虫で土の中にいるもんだろ?

 なのに、腕に止まっているのは焦げ茶色の成虫だった。


「きゃー! オニヤンマの大群だー!」

「やだ! ハチこないでー!」


 突然の悲鳴に周りを見ると、さっきまで飴を集めていた生徒たちがいきなり沸いて出た昆虫に追いかけられて、パニックになってた。

 逃げ回りながら、少しでも安全そうな校舎内に入って行く。


「何なんだよ……オニヤンマって、今の時期ヤゴだろ? どうやってこんなに……」


 理解出来なくて、何よりもあり得ないことがしっかり本当になっていることが恐ろしかった。


「わー! すっげぇ! マジで本当になった!」


 でもマナブは昆虫好きだからか目をキラキラさせてる。

 俺の腕についたカブトムシを捕って、嬉しそうにはしゃいでた。

 そりゃあこんなウソ書くわけだよ。


 俺も昆虫は好きな方だけど、マナブみたいに喜んでるわけにはいかない。

 だって、このまま行けば一位は俺のウソだ。

 もしあのウソが本当になってしまったら?


 ゾッとした。

 だって、あれは現実じゃないから面白いのであって、本当になってしまったら恐怖しかない。


 マズイ! 何とかしないと!


「マナブ! 放送室行くぞ!」

「は? 何だよ、もっと色々捕まえようぜ?」


 不満そうなマナブの腕を掴んで引っ張る。

 なんとしてでも一位の発表をされるわけにはいかない。


「このまま行ったら次は俺のウソだろ? あれは本当にするわけにはいかないんだよ!」

「はぁ!? ユウスケ、お前どんなウソ書いたんだよ!」

「……」


 半分怒ってるようなマナブの言葉に、俺は答えを口に出来なかった。


***


「ちくしょう! 放送委員は!? 鍵持ってただろ!?」

「早くこんなこと止めないと!」


 放送室前に行くと六年生がすでにいた。

 早くもおかしいと思って、あのトゥルーって奴を止めようとしてるみたいだ。

 最上級生が率先して止めようとしてくれてることにホッとして、俺は六年生に任せる。


 六年生の放送委員の人が鍵を持っていたらしくて、すぐに鍵のかかっていた放送室は開けられた。

 でも……。


「え? なんで誰もいないんだよ?」


 放送室は、もぬけの殻だった。


「何なんだ? もういなくなったのか?」

「さあ……とにかくいないんならもう終わりってことじゃないか? 先生たちに知らせようぜ」


 六年生たちは首をひねりながらも次にどうしようかって相談する。

 でも、先生に知らせようと職員室に向かう六年生を見て俺はハッとした。


 放送室には誰もいなかった。

 あのトゥルーっていう名前と声しか知らない男が始めた企画は、これで終わりかもしれない。

 でも、万が一の可能性を考えると職員室は危険だと思った。


「ちょっと待ってくれ! 職員室は――」


 ピーンポーンパーンポーン


「っ!?」


 六年生を止めようとした俺の声を遮るように、校内放送のチャイムが鳴る。

 その場にいたみんながチャイムのボタンがある機材の方を見た。

 でも、その機材の前には誰もいなくて……。


『さて、みなさん楽しんでいますか? ワタクシは楽しいデスヨ! 良い悲鳴が聞こえてきました』


 なのに、校内放送でトゥルーの声は学校中に響き渡った。


 今の時期いないはずの昆虫を大量発生させたり、放送室にいないのに校内放送をしていたり。

 トゥルーという男の得体の知れなさにゾグリと震えた。

 マナブや六年生もそうなんだろう。無言で機材の方を見ながら固まっている。


『それでは第一位の発表です! これぞまさに【とんでもないウソ】! ワタクシ、このようなウソを求めていたのです!』

「や、やめっ!」

『【先生たちがゾンビになって生徒たちを襲う!】。さあ、恐怖の悲鳴をワタクシに捧げてくださいネ』


 俺の止める声もむなしく、そのウソは発表されてしまった。

 悪魔のように生徒たちの悲鳴を楽しみにしている得体の知れないトゥルー。

 こいつは本当に悪魔なのかもしれない。


「え? 先生たちがゾンビ?」

「俺たちを襲うって……」


 六年生たちが戸惑いの声を上げる中、マナブが信じられないものを見る目を俺に向けていた。

 そうだよ! だからどうしても止めたかったんだ!


「と、とにかく学校の外に知らせよう」

「あ、あと一年生守らないと。一番教室が職員室に近いよな?」


 さすが六年生。

 とまどいながらも最上級生としてやるべきことを考えてくれてる。


「おい、お前たちは高学年に教室に立てこもるよう伝えとけ! 俺たちは低学年をまとめたり外になんとか助けを求めるから!」

「は、はい!」


 六年生たちは俺たちに指示を出すとすぐに放送室を飛び出した。

 取り残された俺たちも、つられるように走り出す。


「あー、もう! なんてウソ書いたんだよ、ユウスケ!」

「し、仕方ねぇだろ!? こんなことになるとは思わなかったんだから!」


 非難してくるマナブに言い返す。

 そうだよ、仕方ないじゃん。

 俺のせいじゃない。俺は悪くない……はずだ。


「色々文句は言いたいけどそれどころじゃないからな。俺は五、六年の教室回りながら立てこもるように伝えるから、ユウスケは四年生の教室頼むぞ!?」

「わ、わかった」


 自分は悪くないと思いながらも、多少の罪悪感はあったからマナブの指示に素直に従った。

 四年生の教室がある廊下を走って立てこもるように伝えた俺は、ちょっとだけ低学年の教室の方にも向かってみる。

 六年生が行ったから大丈夫だとは思うけど、もし本当に先生たちがゾンビになってて低学年の子が襲われてたら罪悪感がハンパなくて……。


 でも俺だって怖いから、ちょっと様子を見るだけのつもりだった。

 だけど。


「ひっやだぁー!」

「助けてー!」

「こっちだよ!」


 悲鳴を上げる一年生と、カナトとユミちゃんが何かから逃げているところに鉢合わせした。

 カナトたちを追いかけているのは深月先生っぽい。

 でも、なんか様子がおかしい。


 目が血走ってて、口からはよだれがたれまくってて。

 血の気が全くないくらい青白い顔をした深月先生は、フラフラしながら歩いていた。


「は、早く来いよ! お、おお、置いてくぞ!?」


 カナトは一年生の一人を引きずるように走ってる。

 普段は優しくてカッコイイとか女子に言われてるけど、今のカナトは昔の泣き虫に戻ってるみたいだった。


「カナト! こっちだ!」

「っ!? ユウスケ?」


 俺はカナトたちを呼び寄せて近くの空き教室に入り込む。

 ドアにつっかえ棒をして、深月先生が入ってこれないようにした。

 四人が息を整えるのを待っていたら、とつぜんカナトに胸ぐらを掴まれる。


「ユウスケ! お前なんてウソ書いたんだよ!? 先生たち、マジでゾンビみたいになってるぞ!?」

「っ!?」


 さっきの深月先生を見れば予想はついたけど、本当になっちゃってたんだ……。


「え? なに? この一位のウソってユウスケくんが書いたの?」


 ユミちゃんにも知られてしまった。

 俺は肯定も否定も出来なくて黙り込んでしまう。


「どうするんだよ!? このままじゃ俺たちっ……ひっく、先生たちに食われて――」


 ガタン!


「ひぃっ!?」


 恐怖が勝ったのか本格的に泣き出したカナトだけど、空き教室のドアがガタガタ鳴って悲鳴を上げた。

 多分、深月先生が開けようとしてるんだ。


 ガタガタって音はどんどん増えて、入ってこようとしてるのが深月先生だけじゃなくなってるのがわかる。


 カナトは俺から手を離して、ユミちゃんと一年生が固まってるところに行って丸くなった。

 すっごく怯えてる一年生やユミちゃんの顔を見て、やっぱり罪悪感が沸く。


「ごめん、俺がこんなウソ書かなかったら……でも、その代わりお前たちは守るから」

「ユウスケくん?」


 少しでも罪滅ぼしにって決意を込めて言うと、ユミちゃんが何か言いたそうに俺を呼ぶ。

 でも、ガタガタ揺らされたドアのつっかえ棒がついに外れてしまった。


「あががぁ……」


 言葉にならないうめき声を上げながら、先生たちが何人も入ってくる。

「俺が引き留めるから! カナト、お前はユミちゃんたちを――」

「ひぃい!」


 カナトにユミちゃんたちを連れて逃げてもらおうとしたけど、カナトは怖がって悲鳴を上げる。

 しかも、自分の身を守るためにユミちゃんを突き飛ばしやがった。


「え? きゃあ!」


 突き飛ばされたユミちゃんは深月先生にぶつかる。

 カナトはその横を通って一人だけ空き教室から出て行ってしまった。


「ユミちゃん!」


 俺はとっさにユミちゃんの腕を掴んで引き寄せ、守るように抱き込んだ。

 背中を向けた深月先生の手が、痛いくらい俺の肩を掴む。

 このまま、食われちゃうのかな?


 怖かったけど、ユミちゃんや一年生が助かるように時間稼ぎだけでも出来ればいいやって思う。

 六年生が早く助けを呼んできてくれることを願いながら痛みへの覚悟を決めた。


 でもそのとき。



 ピーンポーンパーンポーン



 また、校内放送のチャイムが鳴る。


『あー、残念。もっと悲鳴を頂きたかったのですが、時間切れとなってしまいました』


 あの悪魔のようなトゥルーの声が聞こえた。

 残念と言いながらも楽しそうだ。


『イギリスではエイプリルフールのウソは午前中だけと決められていましてね、ワタクシはそのルールに縛られているのですよ。ですからこの美しきウソの世界も今このときまで』

「……え?」


 トゥルーの言葉が本当なら、もう先生たちはゾンビじゃなくなるってことか?


『みなさん、美味しい恐怖の悲鳴をありがとうございました! ではさようなら!』


 別れの挨拶が響き渡ると、もう校内放送で声は聞こえなくなっていた。

 直後、俺の肩を掴んでいた手から力が抜ける。


「え? ユウスケくんとユミさん? 一年生まで、どうしたの?」


 いつもの深月先生の声に振り返り見上げると、キョトンとした先生の顔があった。

 目は血走ってないし、頬にも赤みがある。

 ゾンビじゃない。

 ホッとして力を抜くと、深月先生は周りを見て更に驚く。


「え? 教頭先生も何故ここに? っていうかもうお昼!? どうして!?」


 そのまま他の先生たちと話し出した深月先生を見て、もう本当に大丈夫なんだなって安心した。


「……あの、ユウスケくん? 離してくれない?」

「え? あ、ごめん!」


 抱き込んだままだったユミちゃんに言われて慌てて離す。

 ヤバ、とっさに抱き締めちゃってた。


 悪かったなって思うけど、柔らかいユミちゃんについドキドキしてしまう。

 でももう嫌われちゃったよな。俺のせいで怖い思いしたんだし。

 トホホ、と内心悲しんでいるとユミちゃんが俺を真っ直ぐ見た。


「守ってくれてありがとう」

「あ、いや……でも俺のせいでもあるし……」

「確かにとんでもないウソだったね。……でも、本当になるなんて誰も思わないもん、仕方ないよ」

「ユミちゃん……」


 俺が悪いって言わないユミちゃんに、なんかすごい感動した。

 カワイイし優しい子だなって思ってたけど、こんなときまで優しいなんて……。

 ヤバイ、もっと好きになったかも。


「それに、さ。守ってくれたユウスケくん、結構……ううん、すごくカッコ良かったよ?」

「っ!?」


 頬を染めて照れながら伝えてくれたユミちゃん。

 その様子もカワイイけど、俺のことカッコイイって……。

 ヤバッ、心臓バクバクする。


 なんか、とんでもないことが起こったけど……ちょっとだけユミちゃんとの距離が縮まった気がした。

 もう二度とこんな事件はゴメンだけど、少しだけ良かったかもと思った。


END

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