看取り屋

犬蓼

看取り屋


 生きることが許されるように、死ぬことも許されればいいのに。

 そんなことを思ったことはないだろうか。

 生きることは保証され保護されているというのに、死ぬことに関しては…こと自死に関しては否定的な世論がほとんどだ。

 生きることと、死ぬこと。

 対極にして表裏一体、生きているならば死ななければならないし、死ぬためには生きていなければならない。

 これは、そんな生と死の狭間で働く、僕のなんて事のない小話だ。



 「じすさ~ん」


 彼女は予約通りの時間に、待ち合わせ場所に来ていた。

 待った?と問いかけると彼女は笑顔を浮かべて頭を振る。

 

 「全然!じゃあ行こっか!」


 彼女の名は、何と言ったか。覚えていない。

 正確には覚える必要がない。

 僕の仕事は世間一般で表立って出来る仕事ではないし、彼女は僕の顧客の一人。その関係が明確であるならばそれ以上情報なんて必要ない。


 「でもあれだね、じすさんって本当写真通りっていうか」

 「それは僕を撮った写真だしね」

 「それはそうなんだけど、なんていうか雰囲気?的な」


 二人で並んで歩く…が、僕には目的地はわからない。


 「写真で雰囲気ってわかるもの?」

 「わかるよー、なんか暗そうとかチャラそうとか。

 まー、そういうの基準にしてじすさん指名したんだけどね!」

 「それは…どうも」


 目的地は決まっているのだろう、彼女はずんずん歩いていく。


 「ところでなんだけど、聞いてもいいかな?

 なんでじすさんってじすさんなの?」

 「名前の由来ってこと?」

 「そうそう、なんかこう他の人は見るからに捻ってある感じなのにじすさんだけひらがな二文字で『じす』だからさ」

 

 別に深い理由などない。名前を選ぶ段になって何も思いつかず、ちょうどそこにあったノート裏のマークから拝借しただけだ。


 「聞いても面白い理由はないよ」

 「そう言われると尚更聞きたい~!」


 簡潔に説明する。…親に性癖を暴露されたような顔をしていた。


 「…ネーミングセンス、ないね」

 「まぁ、名前なんて記号みたいなものだし、何でもよかったんだよ」


 がっかりするなら最初から聞かなければいいのに。


 「それはそうと、最初の目的地に到着しました!」


 そういって彼女は立ち止まる。…カラオケ?


 「見ての通りカラオケ!じすさんカラオケ得意?」

 「得意に見える?」


 むしろ苦手な部類だ。数えるほどしか入ったことない。

 彼女は僕の返答を聞くなりにやりと笑った。


 「いいねいいね、さ、行こうよ!」


 これも仕事の内…と胸に言い聞かせた。



 やはりというか採点する機種だった。僕は歌うつもりもなかったがマイクを押し付けられやむなく歌う…点数は悲惨なものだった。


 「ごめん、悪いとは思うけど笑っちゃう」

 「いいよもう、好きに笑ってくれ」

 「だって、謙遜だと思うじゃん」

 「君さ、僕が冗談を言うようなタイプに見える?」


 見えないけどさ、と言いつつもお腹を抱えて笑っている。

 一方彼女はここを目的地に指定するだけあって上手かった。

 拍手すると少し恥ずかしそうにはにかむ。


 「いやー照れますなぁー」

 「堂々と歌い切ってたし上手かったよ」

 「じすさんに言われても…ふふ、ごめん」


 中々手酷い。いいさ、好きになじってくれ。


 「気持ちよかったし、もう終わりでいいかなー。じすさん、まだ歌っとく

?」

 「…全力でお断りするよ」


 一曲だけでよかったらしい。彼女は特に躊躇いもなくマイクを置いた。



 「次の目的地は、こちら!」

 「こちら…ってどこにでもある喫茶店だね」


 カラオケを出てすぐにある喫茶店だった。全国チェーンで珍しくもない店。彼女は慣れた様子で次々注文していく。…僕はコーヒーだけ注文しておいた。


 「ここね、裏メニューとかあるし食べてみたかったんだよね!

 あとさ、カフェオレに色々トッピングできるんだけど、色々カオスだから試してみたかったんだよね~」

 「………」


 運ばれてきた彼女のカフェオレ(カフェオレと言っていたから元々はそうだったのだろう)を見て僕は言葉を失った。

 カオスという表現でさえ適切かわからない、サラダにでもしそうなトッピングがなされている。裏メニューの方は天津ラーメンで意外と美味しそうだった。


 「…ねぇ、一口飲む?」


 彼女がカフェオレだったものを差しだしてくる。何とも言えない表情をしている。


 「いらない」

 「ほら、間接キスだよ!」

 「いらない」

 「残すのもったいないしさぁ…」


 ならば注文しなければよかったものを…。

 味の予想まではつかないけれど、美味しくなさそうなのはわかるし。


 「…なんかすっごい後味残る…コーヒー一口ちょうだい」

 「はい」


 これも間接キスだなと一瞬思った。

 天津ラーメンの方は残さず平らげた。



 待ち合わせが夕方からだったのもあり、喫茶店を出ると、街はすっかり闇に包まれていた。人工灯に映し出された街は、どこか忙しなさそうに感じる。

 

 「もう暗いねー」

 「そうだな…」

 

 僕は何気なく腕時計に目を落とした。


 「あのさ、そろそろ」

 「え、もうそんな時間?しょーがないな…はい」


 彼女から紙幣を受け取る。時間の延長。


 「ねぇ、じゃあさ、じすさん。次で最後でいいから付き合ってよ、ね?」


 そう言って僕の腕に胸を押し当ててきた。当然だけど僕に拒否権はない。

 だって、仕事だから。


 次の目的地は、言うに及ばずラブホテルだった。

 

 「広ーい!きれーい!」

 

 部屋に入るなり、彼女は鞄を放り投げてベッドにダイブした。

 やりたくなる気持ちはわかる。やらないけど。


 「シャワー先入る?それとも一緒に入っちゃう?」

 「先に入るよ」

 「ダメでーす!一緒に入りまーす!」


 拒否権は以下略。

 

 そうして、二人して湯船に浸かっている。


 「…あのね、じすさん」

 「うん」

 「こういうのってなんかさ、もっと男として興奮したりするもんじゃないの…?」

 「する人はするのかもね」


 そう言うと彼女は肩を落として溜息を吐いた。

 乳房が揺れて水面が揺れる。


 「まさかラブホに来て普通にお風呂に浸かってるって」

 「いいじゃないか、あったまるし」

 「…無反応だし」

 「いや、君は充分魅力的だよ」


 容姿もかわいいしスタイルもいい。胸は少し小ぶりだけれど僕はそもそもその辺何も気にしない。


 「まだ全然平気で澄ましてるし!」

 「おぉ」


 いきなり握られて少しだけ反応する。

 彼女は嬉しそうな顔をした。


 「ムッツリじゃん」

 「どっちがいいんだよ…」

 「ねぇじすさん」


 彼女が体を寄せてきた。熱に浮かされた目をしている。


 「しよっか」


 情事は、それこそおざなりに。

 彼女の気の向くまま、気のすむまで。

 

 「ふぅ…じすさん、床上手」

 「それ、きっと誉め言葉じゃないよね」


 二人でベッドの上に寝転がって一息吐いた。低い天井に妙な圧迫感を感じる。彼女が伸ばした僕の腕に頭を載せ、すり寄ってきた。


 「…やっぱり、私みたいな子って多かったりするの?」

 「まぁね、最後にってホテルを選ぶ子は多いよ」

 「役得だね、じすさん」

 「…どうだか」


 僕自体、この行為自体に何の感慨もない。

 彼女が、彼女たちがそう望むからただ従っているだけ。

 僕の意志など関係ないのだから。


 「あっ、そうだ、私もそろそろ準備しなきゃ」


 彼女はそう言うと全裸のまま鞄をま探り出す。やがて、一本の薬品瓶を取り出した。…中身は何かわからないが、劇薬の類だろう。


 「じゃん、実家からくすねてきました」

 「…高価そうだね」

 「そうだね、じすさん買えちゃう」

 「マジか」

 「さすがに嘘だけど…でもまぁ高価なのは間違いないよ」


 劇薬は、瓶の中で静かに揺れていた。

 彼女はベッドの上に座ると、


 「ねぇ、なんで私がじすさんを選んだのかって聞いたよね」


 聞いてきた。それは湯船に浸かっている時。


 「あのね、これ言うと少し恥ずかしいんだけど、私、やっぱり心のどこかでは怖がってたのね。

 …死ぬってことを。

 だから、じすさん。あなただったらきっと私の思った通りの言動してくれるんじゃないかなって思って、じすさんにしたの」

 「…それはまた…僕は期待に副えたのかな」


 そろそろ話してもいいだろう、そうこれが僕の仕事。

 看取り屋。

 自殺する人に付き添って、看取る。そういう仕事。

 当然、犯罪にも該当するし表立って出来る商売でもない。

 しかし、僕にとってはこの仕事は天職だった。


 「んー、まぁね。

 でね、もうさ、後これを飲むだけなんだけど、今すっごい怖いのね。

 平気な振りしてるけど、今私心臓バックバクなんだよ、ほら」


 手を取られ胸に押し当てられる。…すぐにわかるほど早鐘を打っていた。

 よく見ると、心なし彼女の笑顔は引きつっていた。


 「…じゃあ、さ」


 これはもう予定調和。

 毎度のように僕が必ず口にする一言。


 「やっぱり死ぬの止めようとか、思わない?」


 彼女は、今日一番嬉しそうに笑うと、

 

 「うん、やっぱり私の知ってるじすさんだ」



 自殺者は後を絶たない。

 理由は様々だが、いずれにせよ現状抜き差しならないことからの脱出ということが多いのではないかと思う。

 僕のしている仕事は、果たして悪なのだろうか。

 何かから死んで救われたいと願うその願いを助け看取ることは。

 まだわからない、わからないまま僕はこの仕事を続けている。

 彼女を看取った翌日、街の個人医院の子供が他界したとニュースが高らかに告げていた。医師はショックに耐えられず病院を畳んでどこかの田舎に引っ越したらしい。


 「ありがとう、やっぱりやめない」


 彼女はそう言って、逝った。

 僕の一言は、いつも彼女たちにとってはお節介で、一度も説得に成功した試しはないけれど…。

 でも僕はこれからもその余計なお節介を続けていくのだろう。

 偽善でもいい。僕のこのお節介が、いつか誰か一人の命でもいいから救えることを願ってる。

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看取り屋 犬蓼 @komezou

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