第24話 襲撃

禍々しい様相の木々が、永遠と続いている。

それらはまるで、巨人の群れが覗き込むようにこちらを見下ろしており、彼らのせいで太陽の光は一切届かず、森一帯には濃い瘴気が舞う。濛々と舞い踊る暗黒の粒子たちは澱んだ空気を生み出し続け、それはまるで地獄の入口のように。


アイビオリスの森を、ラビトたち一行は突き進む。コルディア司国からの依頼を受けた彼らは、件の村へと急いでいた。



「はぁ……いつも思うが、ここは本当に気持ちが悪りぃぜ。」



馬車の荷台の中で、冒険者の1人が大きなため息をついた。その言葉を聞いてラビトは苦笑する。



「だろうな。この森は人には居心地が悪いだろうからな。」


「あ……。そういう意味じゃねぇ……すまねぇな。他意はねぇよ。」



男はハッとして、申し訳なさそうに詫びを入れた。この森がラビトにとっての生活圏であることを、彼は思い出したのだろう。ラビトはそれに対し、小さく「気にしてないさ。」と返す。


この森は亜人が生まれ育つ場所。だから、自分が彼と同じように不快さを感じることはない。むしろ、この瘴気のおかげで魔物が生まれ、それが人を遠ざけている要因になっている。それゆえに、この森は亜人が安心して暮らせる場所として成り立っているのだから、彼の反応は別に悪いことでもなんでもないのである。


馬車に揺られながら、ラビトはそんなことを考えていたが、それと同時に、人間とここまで深く関わっている自分に対して矛盾を感じていた。確かに、冒険者との仕事は良い稼ぎになるし、そのおかげで家族や仲間を養えているのは事実だ。だが、本来亜人は人と相容れない存在。こうやって冒険者たちとつるんでいる自分は、亜人の中でイレギュラーな存在になっていることを、ラビトは理解していた。



(せめて、子供たちが大きくなるまでは……な。)



亜人が生きる環境は、過酷の一言に尽きる。アイビオリスの森の土地自体は肥沃で、果実や野菜などの作物をはじめ、家畜もよく育つが、それ以上に魔物の脅威がついて回る。作物を荒らされるなんてことは日常茶飯事だし、時には子供が攫われ、時には村自体に大量の魔物が押し寄せる。そんな環境の中で、子孫を残し、繁栄していくことは困難を極めた。





「おい!ラビト、いるか?」



馬車の外から聞こえたシップの声に、ラビトは我に返る。荷台についている小さな引き戸を開けると、馬に乗って馬車の横を並走しているシップが顔を覗かせる。



「どうした?」


「いや……ちょっと相談があってな。俺の後ろに来れるか?」


「わかった。」



シップが相談するなんて珍しいこともあるものだ。ラビトはそう思いつつ、荷台の後方へと移動して外へ出ると、シップが走らせる馬に飛び乗る。



「何かあったのか?」


「……あぁ。そろそろ例の村に着く予定なんだが、コルディアの使者の姿が見えなくてな。」


「使者の姿が……?」



それを聞いた瞬間、ラビトの頭には衝撃が走る。そして、同時に天幕で見た男の笑みが蘇った。



「他の連中が知るとややこしくなるから、お前だけに相談してるんだが……どう思う?」



そう尋ねるシップの言葉は、ラビトには届いていない。今の彼の頭は、あのコルディア司国の使者のことでいっぱいだった。あの笑みに感じた異質さが頭の中をぐるぐると回り続け、考えれば考えるほど、あの時に感じた違和感が全身の毛を逆立てる。



(やはりあの時、見過ごさずに問いかけておけばよかったのでは……)



あの男に対する不信感と疑念が、ラビトの正気を喰らう。そして、それは自責の念へと変わっていく。

昔の自分ならこうはならなかった。こんな後悔はしなかった。疑念はその場で全て取り払う。それがこの森で生き残るための鉄則。なのに、それを疎かにしてしまったのは、今の自分の境遇にあるのかもしれない。シップたち冒険者とつるむようになったことで、確かに稼ぎは増えた。だが、これまで研ぎ澄ましてきた生きる術を、自分は代償にしてしまったのではないか。



「……い……!おい!ラビト!?」



シップの呼びかけにハッとする。見れば、心配そうにこちらを窺うシップの顔が目に入った。



「大丈夫か?顔色が悪いぞ。」


「……あぁ、大丈夫だ。なんでもない。」



人間たちに弱みを見せるわけにはいかない。そう思い直して、ラビトは気丈に振る舞う。



「そうか。ならいいが……まもなく例の村に着く。とりあえず、あの使者のことは後回しだ。みんなにも黙っておく。」


「……わかった。」


「本当に大丈夫か……?気を引き締めとけよ。」



シップがラビトの気を紛らそうとして、笑みを浮かべたまさにその瞬間だった。



「ガァァァァァァ!!!」



咆哮と共に現れたガルディアが目の前のシップに襲いかかる。



「シップ!!右だ!!」


「な……!?」



ラビトの声に紙一重でガルディアの凶牙を防いだシップだが、馬の上では分が悪い。ガルディアの体当たりにバランスを崩し、そのまま薄暗い林の中に消える。恐怖で慄き走り続けようとする馬の手綱をラビトはとっさに掴み、強く引いてシップのもとへと引き返そうとする。だが、今度は別のガルディアが行く手を阻む。



「ちぃぃぃ!」



ガルディアに驚いた馬がおびえて竿立ちになる。振り落とされないようにバランスを取りつつ、ラビトは胸に下げた笛を吹いた。


この笛は、ラビトたち兎人が使う謂わば警笛だ。本来は兎人の仲間内で使うものだが、今は冒険者たちも認識している危険の音色。冒険者は魔物を討伐する際、いくつかの分隊を作り、一定の距離を取って行動する。そういった中、この警笛は離れた仲間に危険を知らせるのに都合が良かったので、彼らにこの音色を認識させていたのである。


だが……



(あまり効果はないだろうな。おそらく、他の分隊も襲撃されている可能性が高い……くそ!)



自分が乗っていた馬車は、すでに複数のガルディアから攻撃されており、冒険者たちが応戦している。ガルディアは村に巣を作っていると聞いていたし、知性が高く、連携して狩りをする彼らが、ここだけを襲うとはまず考えにくい。



(なら、視認できるガルディアを殲滅。冒険者たちを他の分隊の援護に回し、シップを確保。そのあとで、自分はどこかで指示を出すリーダー格を撃つ……これが最善か!)



状況を的確に判断したラビトは、即座に行動に移す。腰に携えた二対の短剣を抜き、馬から飛び降りると、疾風の如く一気に駆け出した。


行く手を阻んでいたガルディアの首を瞬時に落とし、そのまま馬車まで駆けつける。確認できるガルディアは4体で、冒険者たちは突然の襲撃に連携を失い、少々苦戦を強いられている模様。だが、意識がこちらに向いていないことは好都合だ。その虚を利用し、ガルディアの死角から各々の急所を素早く突いて、4体のガルディアを瞬殺する。



「他の分隊の援護を!俺はシップのところに向かう!」



ラビトのおかげで落ち着きを取り戻した冒険者たちは、その言葉に頭を縦に振る。ラビトはそれを確認すると、すぐにシップのもとへと急いだ。



「シップ!無事か!?」



シップが消えた場所へ駆けつけて、そう声を上げる。



「おう……早かったな。さすが疾風だ。」



聞こえた声の方へと振り向けば、血が滴る片腕を押さえているシップがいる。その横にはガルディアの死骸も。



「大丈夫か!?」



思わず駆け寄ってポーションを渡す。受け取ったシップはそれを一気に飲み干した。



「助かったぜ。あの不意打ちはさすがガルディアってところか……みんなは?」


「他の分隊の援護に向かわせた。」


「相変わらずいい判断だぜ。お前のおかげで傷も癒えたし、俺らもさっさと奴らのリーダーを討ちに……」



シップがそこまで告げた時だった。地響きと共に数体のオークが姿を現した。

木々を軽々と薙ぎ倒す怪力を持ち、豚のような頭部が特徴的だが、もはや豚とは思えないほど醜い顔を携えた怪物たちは、シップとラビトを見て雄叫びをあげる。



「おいおい……聞いてた話と違うぜ。」



シップが愚痴をこぼすその横で、ラビトは1体のオークが握りしめている何かに気づいた。自分と同じように長い耳を携えているその何かに。



「ギ……ギーサ!?」



ラビトは思わず目を見開いた。それは、まるでボロ雑巾のようにボロボロになった同じ村の仲間。ラビトの親友であるギーサ本人だった。

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