第23話 我が信仰に幸あれ!

謁見が終わり、俺たち3人は泊まっている宿屋へと帰り着いた。今後の予定をアルベルトに尋ねると、今日まではここで一泊し、明日の早朝便で俺たちの街へ帰ることになる、ということだった。


イスに腰掛けて一息つき、俺はエラルドから貰った指輪を眺めてみることにする。見る角度によって、赤、青、緑、そして黄色などの様々な色が、姿を現しては消えを繰り返しており、まるでたくさんの色の波がぶつかり合っているようにも見える。七色という単純な表現では言い表せないとても複雑な色合いには、それはそれは目を見張るものがあった。



「綺麗な指輪ですね。何という鉱石でしょうか。」



隣にいたアリシアが、指輪をまじまじと覗き込む。騎士団の団長とはいえ、彼女も女の子。こういうアクセサリーには興味があるのだろうか。



「そうじゃな。綺麗な石じゃが……なんちゅ〜名前かのぉ。」


「そんなに綺麗なんですか?どれ……」



俺とアリシアのやり取りにつられて、アルベルトも覗き込んでくる。そうして、3人で指輪についた鉱石を眺めていると、アリシアがふと、あることに気がついた。



「これ……なんだか一定の間隔で同じ色……というか模様が現れてませんか?」


「そうか?俺には全部同じに見えるが……」



アルベルトの発言はおじさんのそれ。俺も気をつけようと心の中で反省する。



「いや……やはりそうですよ。同じ模様が定期的に現れています。これはなんでしょうか……まるで信号のような……」


「う〜ん、俺にはそうは見えんが……やはり見間違いじゃないのか?」


「いえ、確かにそうですよ!」


「それなら、アリシアが付けて見てみるといいわい。」



面白いことに気づくものだと感心し、俺はアリシアに指輪を手渡した。初めは恐縮していたアリシアだが、俺がいいから付けろと促すと、少し恥ずかしげな表情で指輪を嵌める。



「なんでその指なんだ?」


「い……いいじゃないですか!お……乙女の夢……ですし……」



左手の薬指に付けたことをアルベルトに指摘され、動揺するアリシアだが、少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべると、指輪を天にかざして眺め始めた。



「どうじゃ?なにかわかったかのぉ。」


「え……?あ……!」


「君は今、見惚れていたな。アリシア。」


「ア……アルベルト!さっきから少しうるさいですよ!!」



余計なことを言うなと言わんばかりにアリシアが睨みつけると、アルベルトは両手を上げて降参したとばかりに肩をすくめる。



「で、アリシア。どうじゃ?何かわかったか?」


「う〜ん……それがですね。私が付けた途端、模様が変わってしまったんですよね……」


「ほらみろ!やっぱり君の見間違いだろう。」


「そんなことないですって!なら、次はアルベルトが付けてみてくださいよ!」



そう言ってアリシアは、指輪をアルベルトへと手渡した。それを受け取ったアルベルトは、渋々と1番ハマりそうな右手の小指に嵌めてみる。



「どうですか?」


「いや……どうと言われてもわからんが……」


「見せてください。」



アリシアはアルベルトの右手を引っ張って、小指の指輪を覗き込むが、思った結果は得られなかったようだ。アルベルトを一瞥すると、淡々と指輪を彼の指から外し、俺に返してくれた。そんなアリシアの態度に、アルベルトは少し不満げだ。そんな2人のやり取りを見て、本当に仲がいいなと思う。


受け取った指輪を嵌めながらそんなことを考えていると、納得がいかないアリシアが再び俺の手を覗き込む。



「あ!またこの模様!……」


「本当か?あまり君の目は信用ならんが……」


「いいから見てください!……ほらここ。ここに点のようなものができては消えて…………ほらまた!」



アリシアが指差した部分に注目してみると、確かに点のようなものができては消えを繰り返しているように思えた。アルベルトも今度はそれに気づいたようで、じっくりと観察しているようだ。



「これ……なんだか手の動きに合わせて移動してないか?」


「……?それはどういうことじゃ?」


「……えっとですね。つまりはこういうことです。」



アルベルトは俺の手を取ると、右へ左へとゆっくりと動かし始めた。



「こっちに動かすと、この点はこっちに動く。逆にこっちだと……反対側ですね。」


「確かに……」



納得するアリシアの横で、俺の頭にコンパスという道具が浮かぶ。確かに一定間隔で現れる点は、コンパスが方角を指し示すようにのように、ぐるぐると動いていることがわかる。ということは、この指輪は何かがこの先にあることを示しているのではないだろうか。俺はそういう結論に辿り着いた。



「そんなら、この点はどこに向いておるんじゃ?」



そう尋ねると、2人は少し考え込んだ後、アルベルトが代表してそれに答える。



「本当にこの点が方角を指し示しているというなら……この先にはアイビオリスの森が広がっています。」


「アイビオリスの森……」



そういえば、前にエマに教えてもらった覚えがある。魔物の巣窟と呼ばれ、一度足を踏み入れれば二度と出てこられない恐ろしい森があると。聞いた時はそんなところ誰が行くんだとバカにしていたが、その森を縄張りにしている魔物の中に、サキュバスやハーピィなどがいると聞いて、俺の信仰心が滾ったことも思い出した。



「わし、ちょっとそこまで行ってみようかのぉ。」


「な……何を突然言い出すんですか!父さん!」



つい漏れてしまった俺の呟きに驚くアルベルト。だが、双丘への信仰を深めようとする時の俺は饒舌だ。



「いやな……エラルドがくれた指輪が何かに反応しとるんじゃろ?これには何か意図があるんじゃないかと思ってのぉ。あいつは昔からそういう奴じゃからな。」



我ながら素晴らしい出まかせだ。そもそも、俺はエラルドがどんな奴か覚えてないし、この指輪にそんな意図があるとも思ってない。だが、俺とエラルドは旧知の仲らしいので、そんな俺が皇帝の意図を匂わせれば、騎士団であるアルベルトたちは勝手に想像して納得してくれるはずだ。そう考えたのである。そして、その推測は的中する。アルベルトは「確かにそう言われると……」とか言って何か考え出す始末。それに、アリシアも後ろでウンウンと頷いている。その様子に、俺は心の中で苦笑しながらゆっくりと立ち上がり、簡単な準備体操を始める。



「え……?もしかして今から行くんですか?」


「ほうじゃ。善は急げって言うじゃろ。」


「いや……陛下に確認してからでも……」


「バカタレ。奴はそういうのを嫌うじゃろうが。『先見の明を持って行動せよ。』わしが前に奴に言われた言葉じゃ。」



これも適当な話だが、そう言われればアルベルトたちは何も反論できなくなると理解しているから出る言葉である。



「で……ですが、アイビオリスの森まではけっこうな距離がありますよ。ここから歩いて半日はかかるかと……」


「……う〜ん、それならなんとかなるじゃろ。」



ーーー我が信仰に距離など関係ない!


思わず息子にそう説教しそうになるが、それはグッと我慢して、疑問を浮かべるアルベルトに笑顔を向ける。



「この前の西の森の一件。あの時、わしはい〜感じで動けとった。昔の感覚を少し思い出してのぉ。だから、それくらいの距離なら、ササっと自分の足でも行けそうなんじゃ。」



これに関しては出まかせではない。この前の魔王軍との一戦で、自分の体がどれくらい動くのか理解できた。それにエマから聞かされた俺自身の武勇伝から考えると、それくらいの距離は簡単に走破できるはず。我ながらちょっと恐ろしくも感じているが、今の俺なら馬車よりも速く走れると確信しているから、こんなことが言えたわけだ。


ただ、滾る信仰とは別に、胸騒ぎを感じているのもまた事実だった。先日の魔王軍襲撃の件があったから、そういうことに敏感になっているのかもしれない。だが、なんとなく俺はここにいかなければならない気がする。



「そ……そうですか。それは息子としては嬉しい限りですが……。しかしですね、父さん……」


「そんなら、行ってくるわい。」



腕を組んで反論しようとしていたアルベルトを無視して、俺は部屋の窓から飛び出した。後方から息子の大声が聞こえたので、チラリと振り返り、告げた言葉は「夕暮れまでには戻るでのう。」の一言。アリシアはアリシアで窓から顔を出しわ何故か嬉しそうに手を振っているが、それは気にしないでおく。


そうして、チラリと指輪に視線を落とした後、俺は大通りを一気に駆け抜けていった。


ーーー我が信仰に幸あれ!

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