第22話 ダビドはダビドでダビドじゃない

ついにきた皇帝への謁見の日。

この日のために、ここ帝都まで丸2日かけてやってきた。しかも、ほとんどの時間を馬車に揺られてだ。これには、さすがの俺もケツが崩壊しかけている。この老体には本当に過酷な旅だったと言わざるを得ない。


だが、そんな苦行も馬車の中で過ごしたアリシアとの濃密な時間を思い返せば、すぐに忘れられる。この度のおかげで、揺れる双丘に祈りを捧げる時間は十分に取れた。俺にとって、最高でこれ以上ないほど幸せな時間だった。


その余韻を噛み締めながら、俺は今、アルベルトとアリシアとともに皇帝の住まう城へと来ていた。2人は騎士団としてあるべき正装でビシッと決めていて、いかにもそれらしい。かく言う俺も、アルベルトが持ってきた燕尾服を着せられているわけだが。


2人に挟まれ、杖をつきながら城内を進む。

磨き上げられ、透き通るほど綺麗な床。見惚れるほど繊細で、かつ精巧な意匠が施された柱や壁。そして、高価そうな絵画や装飾品の数々。それらの様相には、常人ならば息を飲んでしまうことだろう。


だが、俺の視線はすでに別のところに置かれているので、問題はない。


俺の横で揺れる双丘。俺の背丈は、アリシアの双丘を眺めるにはちょうどいい高さで、信仰を深めるには絶妙な位置。目の前で優しく弛む二つの丘に合わせ、俺はリズミカルに体を揺らして信仰心を深めていく。

やはり、アリシアが一緒でよかった。もしもアルベルトと2人きりだったら、今頃俺は宿屋で寝込んでるか、最悪家へ引き返していただろうから。



「クロフォード家当主アルベルト、入ります。」


「グローリィ家アリシア、同じく。」



そんな俺の思考などつゆ知らず、扉の前で2人が口上を切ると、華やかな反面、重々しいデザインの二対の扉がゆっくりと開かれた。その先には、大きなイスに偉そうに腰掛けている男と、その横に立つ臣下らしき男の姿が見える。


アルベルトとアリシアがゆっくり進み始めたので、俺も慌ててその後に続く。



(しまった……出遅れた。)



この位置だとアリシアの双丘が拝めない。最後まで信仰を深めたかったのにと、つい舌打ちしそうになるも、そこはグッと我慢した。

そうしているうちに偉そうな男の前までたどり着く。すると、アルベルトとアリシアが跪いて首を垂れる。一応それに倣おうとしたところで、イスの上から男が突然声を上げた。



「ダビドォ!久しぶりよなぁ!!」



ガハハと笑いながら前のめりにそう告げる男は、この国の皇帝エラルド=フィル=マレウス。そして、その横に立っているのが、宰相フルフェス=ティーマン。そうアルベルトたちから聞かされていた。



「久しぶりなのかどうかはわからんが……久しぶりじゃのう。」



跪くのは止めにして、俺はそう答える。正直に言えば、この男……皇帝エラルドのことは俺の記憶にはない。だが、この男こそ俺に大将校という称号を与えた男であると、ここに来る前にアルベルトから聞かされていたので、「初めまして……」はおかしいと理解はしている。だから、この回答だ。


そんな俺の態度に対し、エラルドは眉を顰め、目を見開いた。同時に、その場の雰囲気というか、なんとなく空気が変わった気もする。少し重たくてピリついた感じだ。



(今の言い方は良くなかったかな……)



一瞬、そう考えもした。だが、すぐにそんな考えは頭から吹き飛んだ。そもそも、俺をここに呼び出したのはそっちであって、こっちはお客として招かれたはず。言い方の一つや二つで怒られる筋合いはない。

だが、俺以外の2人は違うようだ。アルベルトはもとより、あのアリシアでさえ緊張しているのが背中から伝わってくる。皇帝を前にして杖をついて立ったままの俺が、まるで友達のように受け答えしているから、彼らにとっては気が気でないのかもしれない。2人とも、まるで恐怖で怯える小動物のように小さくなってしまっていた。


そうして、沈黙がその場を支配し始めたが、それを全て切り裂いたのは、エラルド自身の大きな笑い声だった。



「グハハハ!相変わらずよなぁ、ダビド!まったく気を使わないその感じが、まるでお前らしいぞ!病のせいで見た目はヨボヨボになってしまったようだが、やはり中身はダビドのままだな!」



先ほどのピリついた雰囲気はどこへやら。膝を打ち、大笑いをしている皇帝を見て、俺は拍子抜けしてしまった。

宰相のフルフェスが、エラルドに代わってアルベルトたちに頭を上げるように指示を出す。精神的拘束を解かれた2人は、ホッとしてため息をついている。


そうして、和んだ雰囲気のまま謁見は続いた。エラルドからは、認知症からどうやって回復できたのかとか、上級魔族はどうだったとか、この数日間のことを事細かに根掘り葉掘り聞かれて少々疲れたが、謁見は順調に終わりを迎える。



「……して、ダビド。お前には褒美をやらねばな。」


「ほう……褒美かえ。」



その言葉を聞いて、心の中でガッツポーズ。貰うなら何がいいかと俺がいろんな妄想を膨らませていると、エラルドがフルフェスにあるアクセサリーを持って来させた。



「お前にはこれをやる。」


「なんじゃ……これは?」



エラルドから差し出されたのは、幾重にも輝いている指輪。一瞬、思っていたものと違って愚痴を言いかけたが、指輪の美しさについ目が釘付けになってしまった。



「それはお前の快気祝いだ。ツヴェルクの奴に急いで作らせた。」


「ツヴェルク……?はて……?」



初めて聞く名前に俺が頭を捻ると、エラルドは「おいおい、それも忘れとるのか。」と少し驚いていたが、すぐに気を取り直して笑う。



「まぁ仕方ないか……ツヴェルクは、お前の剣を作った鍛治屋だ。お前のことを伝えたら、たいそう喜んでおったから暇なら会いに行ってやれ。」


「ほうか……あい分かった。」



頷いた俺を見て、エラルドはニカリと笑った。





謁見が終わり、ダビドたちはすでに帰ったが、エラルドとフルフェスはまだその場に残っていた。



「陛下、本当に良かったのですか?」


「何がだ?」


「あの魔道具ですよ。」


「あぁ、あれか。」



フルフェスの問いに、エラルドは少しニヤリと笑うだけ。



「ダビド様。知ったら怒るでしょうな。」


「いいのだ。あれはもとよりそういう性格だからな。」


「しかし、彼を軍に復帰させる選択肢もあったでしょうに。なぜそうされなかったのですか?」



その言葉に、エラルドは眉を顰めた。

確かにフルフェスの言うとおり、最初は軍に戻るように頼むつもりだった。だが、ダビド本人を見た瞬間、それは違うとエラルド自身が直感したのだ。彼は紛れもなくダビドだ。その昔、大将校として恐れられ、敬われていたあの剛剣。幾度となく死線を共にした盟友だ。

だが、直感的にだが、違和感を感じたのもまた事実。


ーーーダビドはダビドであるが、ダビドでない。


そんな違和感が拭えず、誘いきれなかったというのが、正直なところだった。



「今のあいつは……」



ーーーあいつは、本当にダビドなのか。



そんな考えばかりが頭をよぎって仕方がない。だが、それに囚われ続ける訳にもいかない。あれは確かに強い。それは今も昔も変わらない。いや、もしかすると今の方が格段に強いのではないか。それを確信したからこそ、自分はあの指輪を渡す決意がついたのかもしれない。



「どうかされたので??」


「いや……なんでもない。」



エラルドは言葉を濁して立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。彼の頭にはダビドのこと、そして、コルディア司国との一件がぐるぐると巡り回っていた。

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