第25話 父の想い、母の想い

「あいつはお前の仲間さんかい?」



オークが握りしめる何かに、シップも気づいたようだ。ラビトは何とか冷静さを保ちながらそれに答える。



「……そうだ。」


「そうか……。だが、あれはもう無理だな。おそらく死んでる。」



こういう時、冒険者が下す判断には冷徹さを感じざるを得ない。だが、ラビトにはそれがシップの配慮だと理解していた。ここで冷静さを欠けば自分たちが死ぬ。彼の言葉にはそういうメッセージが込められていることを、ラビトは長い付き合いの中で理解しているのだ。



「わかっている……。だが、わからないことがある。なぜあのオークが、俺の仲間のギーサの死体を持っているんだ……。」


「そんなん知るかよ。お前のお友達は狩りでもしてて、ドジ踏んだんじゃないのか?」


「いや……あいつは役割は農夫なんだ。戦いには慣れてないから、集落の外に出ることはないはず……」



兎人族にとって、仲間の死は日常茶飯事だ。魔物に仲間が殺されるなんてことはざらにある。だから、それをできる限り防ぐために、戦闘に長けた者とそうでない者を明確に分け、戦える者が集落の警備に当たっている。ギーサは後者であり、その中でも臆病者。1人でヒョコヒョコと集落の外に出ることなど考えにくかった。



「なら、考えられることはひとつじゃねぇか。」



シップは何気なく言ったつもりだろうが、その言葉はラビトの心に大きな焦りを生む。感じていた嫌な予感が確信に変わっていく気持ち悪さ。それが動揺となって、ラビトの心を大きく揺さぶった。同時に、コルディアの使者の笑みが浮かぶ。あの時、あいつが笑っていたのはもしかして……


その瞬間、ラビトは反射的に走り出していた。後方ではシップが声を上げて叫んでいるが、ラビトにその声は届かない。一瞬でシップたちを置き去りにして、ラビトは脱兎の如く自分の集落を目指す。



(頼む……!頼むから……!!)



消えた依頼者。依頼内容とは違う魔物の出現。そして、仲間の死体。

そこから考えられることはすべて推測の域を出ないことばかりだが、これらのピースを繋ぐものがあの使者の不気味な笑みだとすれば……。


手に感じるじっとりとした汗。乱れる心を何とか押さえつけながら、自分の全てを両脚に集中させ、ラビトは森の中を駆け抜けて行った。





「父さん、早く帰ってこないかな。」



日課である母の手伝いを全て終えたパルトは、大木の中に構えた家の前にある切り株に座り込み、小さくそう呟いた。目の前に流れるせせらぎが、キラキラと輝いて小さな音を立てている。


両手に顎を置き、せせらぎをボーッと眺める。キラキラ光る水面。その横で揺れている草花たちは、とても嬉しそうに微笑んでいるようにも見える。パルトはその花々に父の姿を重ねる。森の中を風のように舞い、軽々と飛び跳ね、魔物たちを討ち取っていく父の姿。それを想像して、ついニヤけてしまう。



「はぁ〜今回はどんな話が聞けるんだろうなぁ。父さん、早く帰ってこないかなぁ。」



父のラビトが仕事に出てまだ1日ほどしか経っていないが、パルトはすでに父の帰りが待ち遠しくて仕方なかった。かっこいい父のかっこいい傭兵譚。両脚を揺らしながら想像を膨らませては笑みを溢していると、突然後ろから誰かが飛びついてきた。



「にいちゃん!お手伝い終わった!?」


「うわっ!びっくりした!アミル、いきなり飛びつくのはやめろって言ってるだろ。」


「いいじゃん!遊ぼうよぉ〜!」



弟のアミルがそう駄々をこねるので、パルトは仕方なく遊んでやることにする。父が帰るのはおそらく明後日くらいになるだろう。それまで、楽しみはとっておかないと。そう考えながら、パルトはアミルを追った。






「ごめんください。」



家の扉が叩かれて、外から丁寧な口調で男の声がした。パルトの母であるサウは、長くて真っ白な耳をそちらへ向けると、台所での作業の手を止める。



(誰かしら?従姉妹のラーシュじゃないし……)



この集落はそんなに大きくない。ほとんどが兎族人で、しかも親族に近しい者ばかり。いつもなら声を聞けば誰が来たかすぐにわかるのだが、今日の来客はすぐにわからない。そのことに違和感を感じながら、サウは足を急がせる。そうして、玄関へ着き、ゆっくりと扉を開けると、目の前には真っ白な外套に身を包み、フードを深く被った見知らぬ男が立っていた。



「え……っと、どちら様でしょう?」



サウがそう尋ねても、男はすぐに答えず無言。それを訝しく思いつつ、サウがもう一度尋ねようとすると、後ろから弟たちと遊んでいたパルトがやってきた。



「こらぁ!アル!待て!」


「キャハハハ!にいちゃん、こっちだよぉ〜!」



兄弟の中で一番お転婆な妹のアルが家の中をぴょんぴょんと駆け回り、その後ろをパルトが怒りながら追いかけている。そんないつもの光景に、サウは「あらあら。」と苦笑しつつ、再び男へと向き直った。



「あの……何か御用でしょうか?お昼ご飯の準備をしているので……」



対応に困った顔でサウがそう告げるが、男は要件を言うどころかその視線を子供たちへと向けている。まるでパルトたちを品定めするかのような気持ちの悪いねっとりとした視線。そのことに気づいたサウの中で、先ほどから燻っていた違和感が突然警告へと変わる。


だが……



「うるさい魔物風情よな。亜人は本当に気持ち悪い。」


「あ……あなた!何者……!?」



男がちらりとサウに向けた視線。その視線から感じられた悍ましい敵意に、サウはとっさに距離を置こうとするも……



「死ぬよな。」



軽々しく口にされた暴言。その直後、サウは胸に熱いものを感じた。見れば、いつの間にか自分の胸に開いた風穴が。



「……!?」


 

何をされたのかまったくわからない。だが、自分の命はここで終わると察し、崩れ落ちる中でサウの意識は本能的に後ろにいるパルトたちへ向いた。



(私の命はここで終わる……ラビトもいない……あなたたちを守ってあげられない。だから……早く逃げて。)



血を流して倒れ込む自分を見て、涙を浮かべて泣き叫ぶパルトとアルの姿が目に映る。それを見て、サウも涙を浮かべて手を伸ばした。だが、その手がパルトたちに届く前に、彼女の体は黒い炎に包まれた。



「母さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」



同じように手を伸ばし、叫ぶパルトの目の前で、サウの体は炭と化す。その先では、白い外套を纏った男が口元に笑みを浮かべていた。

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