第19話 亜人族のラビト
ラビト=ボーノ。
出身、アイビオリスの森。
種族、亜人族。
種属、兎人。
家族構成、妻と子を合わせて16羽の大家族。
職業……傭兵。
パルトの父であるラビト=ボーノは、冒険者ではなく傭兵であった。
ラビトが育ったのはこのアイビオリスの森だ。そこは魔物に溢れたまさに魔窟。まるで蠱毒の壺のように、森の中では時間を問わず魔物たちが生存競争を繰り広げている。ラビトたちな亜人族は、そんな生存競争を勝ち抜くために魔物から進化を遂げたまさに上位互換と呼べる存在であるが、それでもこの森で生き残るには常に命懸け。気を抜けばすぐに魔物の餌食となってしまうほどに。
そうした過酷な環境の中、亜人族は生き延びるために知恵を絞り、種属ごとに集落を築いた。彼らは個々では生き残ることが難しいと悟ったのだ。そして、それはラビトたち兎人族もまた同じ。集まり、協力し、魔物たちに負けぬようコミュニティを形成し、繁栄……とまではいかないが、細々と生き延びてきたのである。
魔物に理性はない。だが、本能で襲いかかってくる獣というのは厄介なもので、亜人族の中でも最弱である兎人族の日々の戦いは熾烈を極めた。魔物たちも、本能で兎人族の弱さを見抜いていたのかもしれない。魔物はウサギをよく狙う……
そうして、ゆっくりとだがその数を減らしている兎人族だが、彼らの唯一のアドバンテージはその脚力にある。一度走らせれば、魔物も他の亜人も追いつくことが困難なほど、瞬発力、加速力に恵まれた脚力。全てを置き去りにするその力で、彼らはこれまで生き延びてきたのである。
「おい、ラビト。パルトの坊主は元気か?」
馬車の荷台。首にかけたロケットの写真を見ながら考え事をしていたラビトは、同じく荷台に乗っていた冒険者からそう尋ねられて我に返った。
「……ん?あぁ、元気も元気さ。」
「そうかい。今年で幾つになった?」
「9つだ。」
それを聞いて冒険者の男は感慨深そうに頷いた。
「もうそんなになるか。早いもんだな。お前がギルドに来てよぉ。」
その言葉にラビトも「そうだな。」と小さく溢す。
ラビトの職業は冒険者ではなく傭兵だ。これはあくまでも生き様のようなものであり、一般的に"人が職に就く"ということとは意味が異なる。
彼ら亜人族は元来、人とは相入れない存在だ。その理由は彼らのルーツが魔物にあるからで、魔物から進化の道を辿ってきた亜人族は人からすれば魔物と同義。これがこの世のルールであり、理であるがゆえ、忌み嫌われる彼らが人と同じ仕事に就くことは不可能だった。街に出てそんなことをしようとすれば、殺されるか、良くて奴隷としてゴミのように扱われるのがオチである。
だが、ラビトの境遇は少し特殊だった。今の彼はまるで冒険者のように定期的にギルドから声をかけられ、仕事を請け負い、その対価を受け取っている。そして、これにはある理由がある。
今から数年前、アイビオリスの森で大規模なスタンピートが発生したことがあった。大量に発生した魔物が帝国やコルディア司国それぞれの国境付近に押し寄せたのだ。
帝国騎士団やコルディア司国に在籍する冒険者たちがその対応にあたったが、中でもコルディア司国の国境付近での戦闘は特に激しかった。押し寄せる魔物の群れに冒険者たちは劣勢を強いられ、前線を死守しようとした彼らの多くがその命を落とした。
ーーーこのままでは前線を突破される。
そんな思いが冒険者たち全員によぎり、中には恐れを成して逃げ出すものもいたが、そんな最中、まさに疾風の如く現れた兎人族の男が現状を跳ね除けた。
まるで風が吹き抜けるように軽快に駆け巡り、魔物たちを屠っていくその姿はまさに"疾風"と呼ぶに相応しく、彼の活躍のおかげで前線は持ち直すことができた。そうして、魔物の撃退に成功した冒険者たちは、街を、人々を守ることができたのである。
もちろん、彼が亜人であるとわかるや否や、多くの冒険者たちが難色を示し、中には暴言を吐く者もいた。彼が自分たちにとって救世主であるにも関わらず、だ。
しかし、ラビト自身も自分の境遇を理解していたし、揉め事は面倒だったので、特に言及せずその場を立ち去ろうと背を向けたその時だった。当時からギルド長であったバルダスに声をかけられたのである。
「お前、うちのギルドで働かないか?」
彼はラビトに深く感謝し、ラビトさえ良ければギルドの一員としての活動しないかと提案してきた。多くの冒険者たちはバルダスの言葉に耳を疑い、抗議の声を上げたが、彼はその中傷を全て跳ね返し、ラビトにラブコールを送り続けたのである。
「もう、7年にもなるか。」
ラビトは胸にあるロケットを優しく撫でた。
あれから7年。ギルドの一員として迎えられ、バルダスの計らいで多くの依頼をこなし、その対価を受け取って森での生活を凌いでいる。本来、冒険者への対価は金であるが、ラビトたち亜人はお金を使用する場面がほぼない。その為、バルダスは依頼の都度、必要な物資をラビトに確認し、完了時にそれらを提供してくれている。それはラビトたちの生活に欠かせないものになっている。
「ラビトは今回の報酬、何をもらうんだ?」
冒険者の男に興味本位でそう尋ねられ、ラビトは小さく答える。
「今回……?今回はお金を少しもらおうと思ってるよ。」
「へぇ!珍しいじゃねぇか。いつもは食料とか道具類が多いのに……どういう風の吹き回しだ?」
普段はあまり笑わないラビトの笑みを見て、冒険者の男はかなり物珍しげだ。ラビトはそんな彼の様子に苦笑する。
「君ら人間は誕生した日を祝うんだろ?俺たちにそういう風習はないが、なんとなく9つになった息子を祝ってやるのも悪くない……そう思ったのさ。」
「なるほどな!パルトのやつぁ、絶対に喜ぶだろうぜ!」
男は嬉しげにそう話すと、今度は自分の身の上を話し始めた。ラビトはその言葉に耳を傾けつつ、冒険者とは不思議な存在だとつくづく思った。
自分たちは忌み嫌われる存在だと小さい頃から教えられてきたから、こうして人と世間話をする日が来るなんて夢にも思わなかった。今でも街に行けば罵声の嵐。物を投げつけられることなんて当たり前だし、ひどい時は殺されかけもする。だが。ギルドにいる冒険者たちはいつの間にか自分のこと仲間として認識してくれている。もちろん、初めは同じように冷たくあしらわれたが、依頼をこなすうちに自分の力を認めてくれるようになった。それが嬉しくも奇妙にも感じられた。
街の人間と冒険者。
同じ人間であることに違いはないが、そこには根本的な何かが違っていると思う。だが、いったい何が違うのかはラビトにもわからない。バルダスは使えるものはなんでも使うのが冒険者の矜持だと言うが、それだけでは言い表せない何かがあるのかもしれない。とはいえ、その何かを理解できる日が来るかどうかは、ラビト自身にもわからない。
夢中で話す男の言葉に耳を傾け、そして笑い合う。そんな時間を過ごしているうちに、馬車はいつの間にか目的地付近にたどり着いたようだ。ゆっくりと馬車が停止し、御者役の冒険者がこちらへ振り返る。
「先行している奴からの伝言だ。ここからは歩く。コルディア司国の依頼者さんが、この先の拠点で待っているそうだぜ。」
その言葉を聞いたラビトは気を引き締め直す。そして、ゆっくりと荷台から降り、これから進む先を静かに見据えるのだった。
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