第20話 違和感

「お待ちしておりました。」



討伐の拠点に指定された場所に着くと、ポツンと張られた小さな天幕の中に案内される。ラビトと一緒に案内されたのは、今回の討伐においてギルドマスターのバルダスからリーダーを任せられた冒険者のシップと冒険者数名。ラビトとしては外で待っておきたかったというのが本音のところだが、「お前の知識と感性は役に立つから、打ち合わせには参加しろ」とシップに無理やり引き摺り出されてしまったわけである。使えるものはなんでも使うという冒険者らしい判断だと思うが、それ以前にコルディア司国の依頼者が嫌がらないかとラビトは心配になる。一応、フードは被っている。だが、この大きな耳はどうやっても隠せないから、すでに相手には自分が亜人だとバレているはず。コルディア司国は名前のとおり、調和の女神コルディアを崇拝している国で平和的平等を唱えているが、それはあくまでも人間に対してだし、彼らは人類至上主義を謳っているとも聞いたことがある。もしかすると罵倒を浴びせられるどころの話ではないかもしれないと、ラビトは少し身構えてもいた。


だが、そんなラビトの意に反して、依頼者の男の反応は思いもよらないものだった。



「あなたが疾風……お初にお目にかかります。」



そう丁寧に会釈され、ラビトは戸惑いを隠せなかった。冒険者たち以外から普通に挨拶されることなど、いままで皆無だったからだ。しかも、彼の声からは好意すら感じられる。そのことがラビトを困惑の渦に迷い込ませた。

本来、人間が亜人を見た時の反応は2つしかない。ギルドの冒険者たちはあくまでも例外中の例外で、普通なら拒否か無視。この2つが適切な反応であり、それ以外に彼ら人間に選択肢はない。それが揺るぎない現実であったはずなのに。


すでに依頼者の意識はシップとの打ち合わせに向いているため、彼の本心は探りにくい。だが、彼が自分のことをどう感じているのかを知りたくなっている自分がいた。



(昔の俺なら、絶対にこんなことは思わなかったな。)



ラビトは周りに気づかれぬように小さくため息をついた。自分が丸くなったとは思わないが、ギルドに世話になる前と今では、自分の考え方が180度変わってしまった。それは自分でも受け止めている。


しかし、人が皆、亜人を嫌うわけではない。そう考えるようになってしまった。もしかすると、この依頼者も例外に入るのかもしれない。そんな希望的観測すら頭に浮かべてしまっている自分自身に対して、ラビトの心境は複雑だった。





「わかった。ここから数キロ離れた位置に魔物たちの巣がある。そういうことだな。」



シップが地図を見ながらそう問いかけると、依頼者の男はある一つの点を指さして頷いた。



「ここには元々、村がありました。ですが、ガルディアたちに襲われ壊滅状態に……。今では数十匹のガルディアの巣窟になってしまいました。住んでいた村人たちも、おそらくはもう……」



依頼者の男は悲壮な様子でそう告げるが、対してシップは慰めの言葉はかけはしない。



「起きてしまったことは仕方がない。それに村人たちがどうなったかを調査するのも俺たちの仕事ではない。だが、ガルディアたちを殲滅することは約束しよう。その後にでも、あんたらで村人たちを弔ってやってくれ。」



無情にも聞こえるかもしれないが、冒険者とは慈善事業ではない。依頼を受けてそれをこなす。ただそれだけが仕事であり、彼らは一時の情に流されたりはしない。それが冒険者たる彼らの信念だとラビトも理解しており、シップの対応は普段通りで何もおかしいところはなかった。


シップの言葉に小さく頷く男。その様子を見ていたラビトは話が終わったことを察し、小さく息をつく。この後は、すぐにガルディアの討伐に向かうことになるだろう。そのことを外にいる冒険者たちに伝え、出発の準備を始めさせなくてはならない。冒険者は一度戦闘になれば連携において一定の練度は見せるものの、本来は自己中心の集まりだ。おそらく外では好き勝手し放題に行動しているだろうから、早めに声をかけてまとめ上げなければ。

ラビトはそう考えて組んでいた腕を解き、外に向かおうと踏み出した。それと同時に、ふと自分の視線が依頼者の男へと向かったことに気づく。別に意識していたわけでもなく、本当に無意識の動き。なんとなく、テントから出る前に視線が勝手に向いた……そんな感じだった。


だが、その視線の先の出来事にラビトは目を疑った。依頼者の男の口元に浮かぶ笑み。それはねっとりと湿った体に纏わりつくような笑み。フードでその表情は見えないが、確実にそんな笑みを浮かべていることが彼の口元でわかった。さきほどまで、あれほど悲壮な雰囲気を纏っていたにも関わらずだ。

シップはもちろん、他に同席していた冒険者たちはそのことに誰も気づいていない。気づいたのはラビトだけ。そして、その笑みを見たラビトには彼に違和感……というよりもどこか不気味な異質さを感じ取っていた。



(……?何を笑って……)



出入り口の垂れ幕に手をかけたままラビトが注視していると、男がこちらに気づいてまた笑う。今度のそれは、明らかに意図したものだとわかるように。



(……俺にはバレてもいい?いったい何のために……。いや、そもそも何で笑っているんだ?)



ラビトには、彼が何のために笑っているのかわからなかった。そして、その笑みをなぜ自分に向けるのかも。混乱が混乱を呼び、いつのまにか彼から目を離せなくなっている。


ーーー彼のことを仲間に伝えるべきか否か。


そんな迷いが一瞬頭をよぎる。



(…………いや、伝えたところで何になる。彼はただ笑っているだけだ。落ち着けラビト……久々に会った人間が自分に好意的だっただけのこと。それだけだ。それだけのことだろう?)



自分にそう言い聞かせながら心を落ち着かせていると、後ろからシップに声をかけられて我に返る。



「おい、ラビト。どうした。さっさと出発するんだから、早く出ろ。」


「あ……あぁ、すまん。」



シップたちから背を押され、天幕から押し出されるラビト。その間際、依頼者の男をチラリと見ると彼から笑みは消えていた。


天幕から出ると、シップが手を叩きながら声を張り上げる。



「さぁ、みんな!ガルディアの討伐に行くぞ!すぐに出るから支度しろ!」



それを聞くと、各々で好きなことをしていた冒険者たちは準備のために動き出した。シップは主要な面子に声をかけ、指示を出していく。そんな彼らの様子をラビトは1人ぼーっと眺めていた。


依頼者が浮かべた笑みが頭から離れない。あの笑みはいったい何だったのか。何を意味していたのか。そんなことばかり考えてしまう。男に感じた違和感……その異質さ。


考えがまとまることなく、頭をぐるぐると巡っている。すると、最後に天幕から出てきた依頼者の男がシップへとこう告げる。



「では、村の付近まで私が案内します。」



フードで隠れた表情は読み取ることはできなかった。

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