第11話 過去の記憶

「お前には、わしの跡を継いでもらおうとは思ってない。」



書斎のイスに腰掛けたまま、ダビドは真面目な顔で息子にそう告げた。確かに、大将校などという自分にはもったいないくらいの役職を皇帝陛下より賜ったが、すでに魔王は勇者によって倒されており、これから世界には平和が訪れるはずだ。だから、わざわざ息子が軍に残る必要もなく、クロフォード家の繁栄に尽力すればよい。そう考えての発言だった。

しかし、息子の考えは少し違っていた。



「父さん、俺もあなたの跡を継ごうなどとは考えてませんよ。あれ・・は父さんのための役職だと理解しているので。それよりも、俺は魔王軍の残党のことが気になっているのです。確かに魔王は勇者によって倒されましたが、まだ奴の配下たちが各地で暴れ回っている。奴らを殲滅するまでは騎士団を誰かが率いねばなりません。」



父の前に立つアルベルトはそう言うと、握り締めた自分の拳に視線を落とす。その様子を見たダビドもまた、小さくため息をついた。



「確かにそうよな。頭が倒れたというのに……魔族とはなんと儚い存在なのかとわしは思うわ。しかし、人に害をなし続けるのであれば奴らは敵。その殲滅はクロフォード家を筆頭とする騎士団の責務ということか……」


「そうです。魔王は倒れど脅威はまだ残っています。俺だけが一族の繁栄に勤しむなんてできませんよ。本当の平和が訪れてからこそ、そうするべきですから。だから、引退については考え直してくれませんか?騎士団には……いえ、帝国にはまだあなたの力が必要なのです。」



その言葉を聞いたダビドは、さらに深いため息をつくと窓の外へ視線を向けた。そこから見える庭園では、自分の気持ちなど梅雨知らず、小鳥たちが楽しげに歌を口ずさんでいる様子が窺えた。



「わしももう年よ。愛剣が重く感じるのだ。それに地位に甘んじるのも柄ではない。魔王がいなくなったこの節目に若者へ席を譲る。それは前を走ってきた者の責務であると思うのだ。」


「ですが、陛下も……」


「わかっておる。陛下には多くの恩義がある。わしの我儘を快く受け入れ、打倒魔王のために多大なる御力添えを賜ってきたのもまた事実。だからこそ、忠義を尽くしてきた。だがな、アルベルトよ。誰しも老いには勝てんのだ。」



窓を眺めたままそう溢す父に、アルベルトは無言のままだ。



「老兵は死せず、ただただ去りゆくのみ。」



ダビドは小さくそう呟くと、くるりとイスを回して息子に向き直る。そして、ゆっくりと立ち上がり、窓際の壁に掛けてあった大剣を手に取った。



「これはお前に譲る。使うも捨てるもお前次第だがな。それに家督もだ。今後はお前がクロフォードを繁栄させろ。第一歩兵騎士団の団長になったお前ならできるだろう。」


「父さん……!」


「言うな。もはや決めたことだ。いまさら考えを変える気はない。だが、帝国への忠義は変わらん。これからは自由気ままに……とは言わんが、陛下への恩義には報いるつもりだ。」



ダビドがそこまで言うと、アルベルトは諦めたように目を閉じて小さくため息をつく。そして、改めてまっすぐな視線を父へと向けた。



「わかりました。父さんがそう決めたのなら、俺はもう何も言いません。これからは私がクロフォード家を預かります。ですが、俺はまだまだひよっこです。これからもご指導のほどよろしくお願いします。」


「あぁ、任せたぞ。」



父の言葉に息子は拳を胸に敬礼し、そのまま部屋を後にする。それを見送ったダビドは再び窓の外に視線を向けた。



「……さて、お前には最後にひと仕事してもらうとするか。」



手にはさきほど息子に譲ると決めた愛剣が握られている。その柄に独特な紋章を携えた大剣は、どこか寂しくも力強く輝いていた。





「……ちゃん!お祖父ちゃん!!」


「……んあ!」



孫の呼びかけで俺は正気を取り戻した。どうやらエマは立ったまま意識を失った俺の様子に気づき、落ち込んでいるどころではなくなっていたようだ。意識を取り戻した俺を見て大きな双丘を撫で下ろすエマをよそに、視線を自分の手に握られた杖へと落とす。



(……この杖にはそういう経緯があったわけか。)



そのまま杖を顔の前へと持ち上げ、もう片方の手で杖の柄の部分を握る。その柄には、さっきの記憶に出てきた独特な紋章が刻まれている。そのままゆっくりと杖の中身を引き抜けば、鮮やかに輝く刀身が姿を現した。



「お……お祖父ちゃん……それって……」


「こりゃ……ミスリルじゃな。」


「ミ……ミスリル!?」



エマが驚くのも無理はない。ミスリルはとても希少な鉱石で、通常ではほとんど手に入らない代物だ。その入手法は限られており、現在わかっているのはミスリルドラゴンを討伐することくらいだろう。

というのは、さっきの記憶で見て知ったんだが。



「この剣はわしが軍を引退する時に、あるドワーフに作ってもらったんじゃ。」


「お祖父ちゃんが……ドワーフに?」


「あぁ。それまでは大剣を振り回しておったが、当時のわしも老いを感じておったからなぁ。そやつに軽くて丈夫な剣を改めて依頼したんじゃよ。」



俺はそう笑って見せたが、エマはまだ理解が追いついていないようで頭にたくさんの疑問符を乗せている。まぁ、それも当たり前だろう。全て俺が今見た俺自身の過去の記憶のことで、エマが生まれる前の話だ。

だが、彼女への説明は後回しにしなければならない。今は緊急時であり、俺も急いで西の城門に向かう必要がある。さっき見た記憶が本当なら、今の俺でもなんとか戦えるかもしれないのだから。



(もちろん、だいぶ不安は残ってるけど……)



正直、どこまで戦えるのかはわからない。過去では相当な強さを誇っていたと周りから言われてきたが、今の俺にそんな記憶は残っていない。記憶がないということはつまり、これまで培ってきた経験も自分への自信も皆無と同義であるということだ。だから、戦場へ赴いたところで状況を覆せる自信もない。

だが、そんな感情さえ孫の笑顔には変えられない。エマの笑顔を守るために俺は戦場へ立つ。杖からのメッセージを感じ取った時、俺はそう決心したのだ。あと、双丘も。

俺は開いていた窓の前に立ち、いつもの癖でポンポンと腰を叩く。



「ではでは、ちょっくら行ってくるとするかのぉ。」


「……え?お祖父ちゃん、それって……」



いまだ状況を飲み込めていないエマ。そんな彼女ににっこりと笑顔を向けた後、俺はその窓から飛び出した。

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